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喚び寄せる声  作者: 若竹
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第36話 出現 6


 深い谷間から噴き出した大量の黒い霧からは、次々と魔物が出現した。広範囲に及ぶ霧はおびただしい数の魔物を出現させ、城下は瞬く間に魔物で溢れかえった。


 住民は何の心構えも無く突然の事態に、為す術もなく魔物に襲われ命を落としていく。また、地震によってできた亀裂や建物の倒壊に阻まれてしまい、人々の避難はより困難を極めた。何とか一命を取り留めた者も、突然現れた魔物によって次々と命を散らしていく。

 今や城下は地獄と化していた。




「ユウ、急ぐぞ」

「はい」


 私はレオンに連れられて、王宮の中央部分より奥にあたる場所へと移動していた。この場所には、私達以外にも女子供老人などの非力な者達や戦えない者、一般市民なども誘導されていて、隣の大広間では、怪我人に対処できるよう治療の準備が整えられていた。

 皆、動揺と恐怖を隠しきれない。まだ状況を把握できない者もおり、この場所は不穏な雰囲気に包まれている。ざわめく人々の中には、城下に家族や友人、恋人が居る者も数多くいて、動揺を怒りに変えて周りに当たる者さえいた。

 この中にフランはいるのだろうか?

 私はざっと見渡してみたけれども、フランの栗色の頭に侍女服姿の女性は見当たらない。人でごった返すこの場所では、フランの姿を確認する事はできなかった。

 私達もこの中で過ごすのだろうか。そう思っていたのだけれど、レオンはさっさとこの場を通り過ぎていく。


「ユウ、我々はこっちだ」


 私はレオンの背中を慌てて追いかけた。


 広間の脇を怪我人が何度も運ばれていく。避難場所である大広間の、さらに奥へと入って行った。

 治療スタッフが働いているのに、私だけこんな風に避難してもいいのだろうか?

 そんな思いを抱えながらも、私は言われるがままレオンに付いて歩く。


「レオン、私も怪我人の手当に……」

「あっちは任せておくんだ。ユウはこちらへ来てくれ」


 優しい口調だったけれど、有無を言わさぬ雰囲気があった。レオンは私の腕を軽く掴むと、そのまま先へと急いでいく。

 避難場所である広間を通り越して奥へと向かうと、少し急な階段を昇る。石でできた階段は足音が響いて気持ちが落ち着かない。追い立てられるように階段を通り過ぎると、重厚な木製の扉が現れた。レオンは躊躇わず両手を取っ手に掛けると、扉は重々しい音を立てて内側へと開く。

 まず、赤い色彩が目に飛び込んできた。それは足元に広がる鮮やかな絨毯で、毛足の長い絨毯の上にはゆったりとした椅子やテーブルなどの上品な家具が配置してあった。ここは、一般人以外の高貴な人物が過ごす部屋なのだろう。

 私達が部屋に入ると、奥の方から言い争う声が聞こえてきた。


「よせ、止めるな。放せ」

「なりませんぞアルフリード殿下! お待ちくだされっ」

「僕も城下へと向かう。もう体調は戻っているんだ。このまま、魔物に襲われているのを指をくわえて黙って見ている訳にはいかない」

「何をおっしゃいますか。まだ体調が万全ではない貴方が出ていって、どうなるというのですか。それこそ、もし殿下に何かあれば……」


 中ではアルフリードが臣下の老人と揉めていた。興奮した様子のアルフリードは、老人に行く手を阻まれている。


「これは、アルフリード殿下。一体どうなされたのですか?」

「レオンか! 丁度いい所に来てくれたな。お前からも、じいに何とか言ってくれっ」

「いいえ、殿下こそいい加減諦めて、大人しくして下され」

「何が諦めろだ!」

「お兄様。そのくらいになさったらいかがですの? ホルストのような老人を困らせるものではありませんわ」


 そこには絹糸のような髪を結い上げた少女が立っていた。背筋をぴんとのばした後ろ姿は凛々しく、その外見から判断する年には似合わないくらい、妙に威厳があった。

 

「今出て行くよりも、私達にはここを守るという重要な役割があるではありませんか。いざとなれば、我々がここに居る人々を守る盾とならねばなりません」


 少女の言葉にはっとした表情を浮かべたアルフリードは、そのまま大人しくなった。

 どうやら少女の言葉が堪えたようだった。


「ソレイユの言うとおりだな。済まない、ホルスト。無理を言ったな」

「……殿下。お分かりいただけましたか。しかし、なんと勿体ないお言葉」


 ホルストと呼ばれた老人は眼を潤ませて、全身を震わせている。アルフリードとホルストはがっちり手を握り合っていた。


 私達がぼんやり眺めていると、少女の淡い金髪の頭がこちらを振り向いて、紫色の大きな瞳が私達を捉えた。


「レオン、貴方は無事だったようで何よりですわ。後ろにいらっしゃる、そちらの方は?」

「ソレイユ王女、お変わりない様子で何よりです。彼女はユウと申します」

「初めまして、王女様」

「あら、貴方がユウでしたの? わたくしはソレイユ。兄のヴァルサスが傍に置いている女性と伺っていたものですから、一体どんな方かと想像していたのですわ」

「そ、そうですか」

「レオンに任せるなんて、兄は随分と貴方を大事にしているのね」


 ソレイユは一体どんな風に聞いていたのだろう。ちょっと気になってしまった。




 この部屋には城内の様子が上から見えるように、小さなバルコニーが付いている。ソレイユとアルフリードがバルコニーへと出ると、外の様子を窺っている。

 私は二人の後ろから周りを見渡した。すると、この城全体が結界で覆われているのが分かる。その結界の向こうからは、怒声や大きな爆音が響いてきて、魔物がそこかしこに存在していた。


「何と。……これ程の数の魔物が出てきたとは」

「ええ、今までにない凄い数ですわ。ここが魔物に襲われる様な事態にならなければ良いのですが」


 ここに魔物が侵入するという事は、最悪の事態を迎えたという事だろう。今は、至る所に魔物がいて、この城以外に逃げ場は何処にも無い。もしも、結界が破られたのなら、外を守る騎士団達は壊滅し、この城の人々が危機的状況に追い詰められた場合だろう。


 上空に黒い影が幾つも飛んでいる。あれは、ワイバーンだ。他にも見た事の無い魔物がうようよしている。

 これ程の魔物の数がいるなど、大丈夫なのだろうか。ヴァルサス達は無事だろうか? 不安で胸が締めつけられる。


 突如、鋭い金属的な音が空気を震わせた。上空に大きな紋章が浮かび上がり、そこから白いドラゴンが突き出てくる。

 視界が光で一瞬埋め尽くされ、轟音が響き渡った。白い光に埋め尽くされ視界を奪われる。耳に痛みを感じた時、空気の振動で体がビリビリと震えた。

 視力が戻った時には、うようよと上空を飛んでいた魔物達は一掃されていた。


「凄いな。あれはハクオウか。ヴァルサス殿下だな」

「兄上のハクオウにかなうものなど存在しない。ハクオウならば……」


 けれど、それも一時の事だった。黒い霧が一層その密度を増すと、再び上空には魔物の影で黒く覆い尽くされていった。






今回も読んで下さいまして、ありがとうございます。

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