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喚び寄せる声  作者: 若竹
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第36話 出現 4


「いつもと少し様子が違うが、何か変わった事でもあったか?」

「えっ。……どうして?」


 その問いは、今の私にとって針の先端のように鋭かった。核心を突いた問いに、自分の口がただ固まったままでとっさに言葉が出てこない。

 何と答えようか。焦っている間に、レオンの方から視線を逸らした。

 口からほっと溜息が出ていた。私は知らず小さく息を吐いていて、気付けば空気は緩くなっていた。


「いや、ユウは考えている事が表に出やすいからな。なんとなく、難しい顔をしているように思っただけなんだが」

「そんな表情をしてたの? やだ! 心配させるような事は、何にも無いのに。ただ、今までに色々あったから疲れてただけ」

「そうか?」


 ちらりと向けられた視線は疑わしそうだったけれど、レオンはそれ以上何も言わなかった。

 納得してくれたのかな? 確かにそれは嘘ではなかったので、信憑性があったのだろう。


「レオン、ありがとう。心配してくれたんだ」

「ん? ああ。俺はいつだってユウの力になる。だから小さい事でもいい、遠慮なんかしないで何でも相談してくれ」

「うん」


 それにしても、こんな風に何かと私の事を気遣ってくれるレオンの存在が有り難い。その心遣いが伝わってきて、胸がほんわりと温かくなる。

 自然と顔が綻んでいた。ただ、嬉しかったから。そんな私の指先を、しっとりとした何かが触れた。慌てて見ると、ヒエンの舌がちょんとちょんと窺うように触れていた。


「もしかして、ヒエンもなの? フフ、ありがとう」


 今度ばかりは涎も気にならない。私はお返しに、ヒエンの顔をゆっくり撫でた。


「お前、結局目標を達成したかったんだろ。どうしても舐めたかったんだな」


 ぼそりと漏れたレオンの声に、ヒエンは反応しなかった。……絶対聞こえてると思うけどね。

 ヴァルサスの事は、今考えてみても何も分らない。だったら今は、もう少し待ってくれないだろうか? 簡単に返事をする事はできる。でも、今の私は現実を受け入れる心の準備が出来ていないのだ。いっぱいいっぱいで、溺れてしまいそう。私が何とか現状を受け入れているのは、ヴァルサスやレオン、それに周りの人たちが温かく受け入れてくれたから。けれど、その状況が変化してしまったら、今までのように出来る自信など全く無かった。

 私はこれ以上考える事をやめた。今は、レオンとヒエンと一緒に過ごす時間を楽しもう。


「それにしても私って、そんなに出やすいかな」


 そんなに分り易く態度に出ていたのだろうか。だとすれば、なんともお恥ずかしいったら。レオン以外の他の人にも伝わってないといいけれど。

 そうか、今回レオンは私を心配して誘ってくれたのかな? でも、先日久しぶりに会ったばかりだったのに、その少しの間で気付くレオンの観察眼は凄いよね。


 それから、今までに見た事もない花や植物が咲き誇っているこの庭園を散策した。異世界ならではの文化と不思議な美しさを楽しんで、二人と一匹でいる時間を満喫した。その間、私達とすれ違う人の大抵が、ヒエンを見ては驚いていた。ヒエンのような騎獣は珍しいようで、その反応を見るだけでも面白かった。

 

 ほんの束の間だけれども、今はヴァルサスとの悩みを忘れる事ができた。たとえそれが、逃避だとしても。


「お、この匂いは。懐かしい、久しぶりに食ってみるか。ユウもどうだ?」

「匂い?」

 

 そう言うと、ずんずん先に歩いて行く。レオンの後について庭園から出ると、街道沿いに露店が並んでいた。お客で賑わっている露店からは香ばしい匂いが漂ってくる。レオンお目当ての店の前には、何人かの客が並んでいる。


「ヒエンと一緒に少し待ってろよ」


 程なくして差し出されたのは、片手で気軽に食べられるスナックのようなものだった。食べてみると、フライドポテトのような味と食感がする。上からかけてある甘辛いピリッとしたソースがアクセントになっていた。


「あ、美味しい!」

「だろ? ほらヒエンにもあるぞ」


 そう言って差し出されたのは何かの肉の串焼きだった。ヒエンは木製の串を気にせずに、串ごとバリバリ食べてしまった。うん、なかなか迫力ある食べ方だった。



 満喫した私達は、王城へ戻ることにした。

 

 レオンがおいでと言うと、私をヒエンの鞍に乗せてくれる。私は少し恥ずかしく思いながらも、自然と身体を預けていた。背中にレオンの温もりが伝わってくる。私は今までより、ずっとレオンとの距離が近くなったように感じていた。レオンの腕が私をやさしく包み込んでくれると、若干の恥ずかしさと同時に安心感が心に広がった。


 ヒエンの背に乗って王城を目指す。太陽は沈みかけ、夕日が空を紅い血のように染めていた。何だか不気味な色。体に感じる風はじっとりとして、湿気が纏わりつくよう。


「何だ? この音は」

「音?」


 耳を澄ますと微かに聞こえる何かの音。

 何だろう。地鳴りのような。


「まさかっ。これは!」


 突如それは爆発したかのように大音響をたてた。爆音は衝撃となって私の身体をずしんと襲い、地響きが轟く。

 ヒエンの体が上下に揺さぶられ、身体が不安定に浮きそうになる。ヒエンが咆哮した。


「きゃあああ!」

「ユウ、しっかり掴まってろ!」


 会話すらまともにできない。地上はもうもうと土煙が上がり、体を突き上げるような重低音と共に大地が二つに裂けた。

 建物は倒壊し、深い地割れに建物もろとも人々は飲み込まれていく。大地と人々の悲鳴が空間を満たし、上空まで届く。


 そして、裂けた地面の中からは黒い霧がもうもうと噴き出し、地上は真っ黒に覆われていった。




 


今回も読んで下さいまして、ありがとうございます。

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