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喚び寄せる声  作者: 若竹
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第36話 出現 3


 私達を乗せたヒエンは王城の召喚獣専用門から飛び出すと、空中を駆け上がるように四肢と翼を動かしながら一気にぐんと高度を上げた。あっという間に視界は空の青で埋め尽くされ、見下ろせば王城が湖の中にたたずんでいる。その高さに、私は思わずヒエンのたてがみにしがみついた。

 王城はみるみる遠ざかり、代わりに貴族たちの居住区が見えてくる。初めてヒエンに騎乗した私は緊張と恐怖で固くなってしまったけれど、その間にヒエンは悠々と貴族の居住区を通り越していた。私の背中側からは、安定して騎乗できるようにレオンが体をぐっと深く支えてくれている。時々声を掛けてくれるので、強い安心感があった。


 青く晴れ渡った空に魚のような形をした白い雲がゆっくりと流れていく。青空に白い雲が悠々と流れ、かすかに風を感じる。気温は心地好く秋くらいの気候だろうか。

 ああいうの、鰯雲っていうんだっけ? 元の世界で見るような雲が広がっている。元の世界でならば、明日の天気は崩れているだろう。

 私はようやく気持ちに余裕が出てきたので、周りの景色を恐る恐るだけれど眺める事が出来始めた。

 見上げると、まぶしい太陽の光が目に差し込んできて、私は両目をすがめて伏せた。足元を見るのはまだ少し怖いのだけれども、後ろからレオンがしっかりと支えてくれているので不安はない。また、ヒエンも気を使って飛行してくれているようなので、揺れはほとんどなく穏やかな飛行だった。

 視線を下ろすとおもちゃのように小さくなった街並みに、人形のように可愛らしい人々がちょこちょこ動いている。城下の街並みは整然と建築されたように並んで見え、白い土壁はまるで街全体を白く化粧したかのように見せていた。


 ヒエンが背中の大きな翼を悠々と羽ばたいた。左右の翼が力強く上下すると、ヒエンの背中の筋肉がしなやかに波打つ。孕んだ風が翼を抜けて私の頬を強く撫で、風を切る音と共に私の髪の毛を攫っていく。風は心地よく吹き抜けて、目の前に見えるヒエンのたてがみをいたずらに弄った勢いで、私の少し高くなった体温を程良く攫っていった。

 

 城下の時計塔が眼下に見えてきた。吊るされた鐘が陽光を浴びて、金属の輝きを放っている。距離が近付いてくると、ヒエンの気配を感じ取った鳥達が一斉に羽ばたいて逃げていく。

 こうやって城下を見下ろすのは、この王都に来た時と併せて二度目だった。城下は前回と変わらず、賑やかな活気に溢れていた。



「どうだ、ユウ。寒くはないか?」


 その問いで、私は心地好い熱を発散するレオンの体温に気が付いた。私の体はレオンの温もりで程よく温められている。その、逞しくて少し固く感じる筋肉質な体や腕で。

 いつの間にかこんな事になっていたなんて。突如暑くなって動機がした。視界が急激に狭まって感覚が鋭くなった気がする。こんなに体を密着させていたとは。伝わってくる微かな息使いや僅かな体の動きまで、はっきりと感じてしまう。駄目だ、恥ずかしくて居心地悪い。


「いいえ。むしろちょっと暑いくらいかも」

「そうか。今日は天候が良いし、日差しが強いかもしれないな」


 私がレオンの腕の中で少し身じろぎすると、レオンは廻した腕を僅かに緩めてくれた。それでも、私の体は熱を持ったままだったけれど。

 やけに心臓の音が大きくなっている私だったけれど、レオンには胸中が表に出ないように意識しながら何気なさを装って話かけた。


「空からこうやって城下を見る事が出来たのはこれで二度目だけれど、本当に綺麗な街並みね」


 地震と魔物の襲撃によって被害を被った場所はどうなったんだろう? ここからでは確認できそうもなかった。


「ああ、ここの景観は観光としても有名なんだ。そうか、共に王城に越してきた時以来だよな。あれから随分経ったような気がするが、実際はまだそんなに無いよな」

「こっちの世界に来てから色々とありすぎて、あっという間に時間が経ったようにも、まだ日にちがあまり経ってないようにも思えて実際混乱してる」

「そうだよな。ユウにとっては初めての慣れない場所で、あり得ない経験をしているんだよな」

「ねえ、レオン。この間の地震と魔物の騒ぎの後、この城下は大丈夫だったのかしら?」

「それについてはだな、ほら、見えるか? この間の騒ぎで出来た跡がまだあちらこちらに残っている。怪我人についてはユウの方が詳しいかもしれないが、混乱していた治療所も今は落ち着きを見せているようだ。とりあえず、再び魔物が出てこないよう処置を施してはあるのだがな」


 そう言われて良く目を凝らしてみると、確かに地震や魔物によってできた地面の亀裂や建築物の破損が分った。修復が済んでいる所もあるようだが、現在修復作業をしている場所もまだあった。


「なぁ、ユウ。魔物の動きが活発で無く安全な状況だったら町の外へ遠出するところだが、今は危険だからな。外壁の中で過ごそう」


 レオンの声が私の頭の上から聞こえた。頭頂部にレオンの顎だろうと思われる固いものが話す度に触れている。私がレオンに言われるまま頷くと、レオンはヒエンにどこかの場所を指示した。






 ヒエンが降り立ったのは、町の少し外れにある庭園だった。少し開けたその場所は騎獣も入る事が許可されている場所らしく、主人に連れられた騎獣らしい生き物がちらほら見える。街中では、場所によっては騎獣の立ち入り禁止区域もあるそうだ。私はこの庭園に来たのは初めてで、そもそも、このような場所があることすら知らなかった。外壁に囲まれた地域であるにも関わらず、なんと広い事だろうか。

 ヒエンに礼を言うと、得意げに胸を逸らして再びあのポーズをした。見た目とは裏腹に、なんとも可愛らしい。思わず体を撫でると気持ちが良いのか、目を閉じてしっぽをゆらゆらと揺らしている。


「ユウ、そのくらいにしといた方がいいぞ」


 その声で、目の前に大きな舌が迫っているのに気が付いた。さっと後ろに身を引いてかわす。

 間一髪、危なかった。レオンが声をかけてくれなかったら、今頃私は涎まみれになっていたかも。ヒエンが舌を出しっぱなしにしたまま、しっぽをぴんと立てた。


「なあ、奇病騒ぎでは大変だったな。あのクリスがまさか罹患するなんて、思いもしなかったよな。まったく、治療者側の立場だからこそ自分の体にも気を使わないとな。ユウは大丈夫だったのか? 忙しくて会う暇がなかなか無いが、無理してないといいんだが」

「ううん、私は大丈夫だよ。ありがとう、レオン」

「本当か?」


 唐突にレオンが穏やかな口調で言った。その言葉に、私は思わずどきりと身を竦めそうになった。


「いつもと少し様子が違うが、何か変わった事でもあったか?」

「えっ。……どうして?」


 口調は穏やかだけれども、針の先端のように鋭く感じた。私に向けられたレオンの緑の瞳はどこまでも真っ直ぐで、内心を見透かされているかのよう。

 一瞬のぴんと張ったような空気と沈黙が辺りを包んで、緑の視線が心の中まで入り込んでくるような気がした。






今回も読んで下さいまして、ありがとうございました。

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