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喚び寄せる声  作者: 若竹
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第36話 出現 2

 


「ユウ、何かあったら必ず僕の名前を呼ぶんだ」


 シリウスがやけに真剣な表情を浮かべて言う。

 私は迎えに来てくれたレオンと共に、ヒエンのいる厩舎に出かけようとしているところだった。自分の部屋から出て、少し歩いた所でシリウスに呼び止められたのだ。

 私はシリウスの言葉に頭では随分と大げさだと思いながらも、素直に返事をした。まあ、確かに今は治安も悪くなってきているし、魔物も出現している。…けれどね。


「何かあったらって、大丈夫よ。レオンとヒエンが居てくれるから」

「そんな調子だから心配なんじゃないか。くそう、用事さえなければ付いて行ったんだけど、どうしても外せないんだ」

「そうなの? 私のことは気にせず頑張ってね」

 

 いや、別に付き添いなんていらないでしょ。なんなの、その子供扱いは。

 そこへ、一緒にいたレオンが愛想の良い表情で会話に割って入ってきた。

 

「ご心配無く。彼女のことは無事に部屋まで送り届けるよ。君は、心置きなく会議に出てくれたらいい」

 

 レオンに対してシリウスは妙に爽やかな笑顔に白い歯を見せた。日頃の経験から何となく胡散臭いと思えてしまうのは、仕方のない事だと思う。私の穿ち過ぎだろうか? 


「そうですか? くれぐれもよろしくお願いしますよ」

「それよりシリウス様、時間が押してます。お急ぎください」


 シリウスの後ろに控えていた魔族がしびれを切らしたように割って入った。彼の活躍がなかったら、この会話はもっと時間を食っているに違いない。


「分っている。少し待て」

  

 シリウスが複雑な顔をして、部下の魔族に言い放った。そのシリウスを、部下が苛ついた表情で後ろから見ているので、私の方が気にしてしまう。鋭い視線がちょっぴり怖い。

 ついにシリウスの部下は実力行使に出ることにしたらしい。シリウスの両肩をがっちり掴むと、そのまま引きずって行った。

 掴まれたシリウスは不承不承連れられて、そのまま去って行った。なんだったんだか、今のは。

 それにしても、意外とシリウスは過保護なのか、いまだに私を子供扱いしているのか。どちらにしろ、あまり良い気はしない。全く、ヴァルサスといいレオンといい、こちらの世界の男性はこのように女性を過保護にするのだろうか。

 


 レオンに連れられて、ヒエンのいる厩舎へと向かった。ヒエンのいる厩舎はとても広く、見たこともないような騎獣の姿もあった。珍しさのあまり、ついきょろきょろと落ち着きなく見ながら歩いている間に、ヒエンのいる場所までたどり着いていた。

 久しぶりに会ったヒエンは変わらず大きい。けれど、前の時のように私をぶら下げられる程ではない。成長した私には、もはやその手は効かないのだ。小さな勝利を確信した私の口元は、思わずにやりと歪んでしまった。

 久しぶりに会ったヒエンは私たちの目の前で全身を使って体をくねらせたり、飛び跳ねたりしていた。それに時々短く鳴き声なんかも上げている。その姿は何となく踊っているように見えなくもない。鋭い棘のある尻尾が勢いよく上下に揺れて地面に打ち付けられている。ヒエンの足元にはいくつも穴が開いていた。


「おいおいヒエン、なんだよそりゃ。久しぶりに会えたからといって、浮かれすぎだろうが。あ? 何? そうか。……ユウ、これは歓迎の表現なんだそうだ」


 レオンが呆れたように声を掛けたけれど、ヒエンは全く気にしてないようで暫くその奇妙な舞踏は続いた。


「久しぶり、ヒエン。また会えて嬉しいよ。元気にしてた? 今日はよろしくね」

「こちらこそ、会いたかったってさ」


 頭を下げて耳をぴくぴく動かしている様子は、その巨体に似合わず何とも可愛らしい。ヒエンは厩舎から出ると、胸を得意げに反らして見事な鷲の翼をいっぱいに広げた。その様子はどことなくボディビルダーがポーズをとっているように見える。ちょっぴり可笑しくて、私は思わず笑ってしまった。レオンといえば、呆れたように溜息をついている。


「お前なぁ。まあいい。おい、鞍を着けるからな」


 レオンの声にヒエンはつんとした表情で返した。耳をぴょこんと伏せたので、了承したのだろうか。


 鞍をつけ終わると、ヒエンは背中に乗り易いようにその場で姿勢を低くして、私を見た。どうやら背中に乗れって言ってくれたみたい。


「ユウ、ヒエンの背中に。さ、手をかしてみろ」

「よいしょっ。うわっ! ありがとう、レオン」


 ヒエンの背中に乗ろうと私は鞍に手を掛けた。ぎこちない私の動きを見たレオンが手を貸してくれ、ようやく私はヒエンの背中に乗れた。

 ヒエンの鮮やかな黄色と赤橙色の毛皮は、さらさらとしていて指通りよく心地良い。微かに獣ならではの匂いがして、ヒエンの体温と共に肋骨と背中が呼吸の度に動いているのが伝わってくる。

 続いてレオンが私の後ろに身軽な動きで飛び乗った。私の体はレオンの体に背中を預ける形で、しっかりと支えられている。


「よし、ユウいいか?」

「大丈夫」

 

 その言葉を合図にヒエンは一度、尻尾で地面を打つと立ち上がった。予想していた以上にヒエンは結構背が高い。

 私が思わず小さく声を漏らすと、レオンが逞しい両腕を私の体に廻してしっかりと支えてくれた。ヒエンの温もりとは違うレオンの体温を背中に感じながら、ヒエンに乗せられた私は空へと舞い上がった。





 

今回も読んで下さいまして、ありがとうございました。

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