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喚び寄せる声  作者: 若竹
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第35話 推測 2

 


 これは一体……。

 ヴァルサスの眼は、学者が提出した報告書に釘付けとなっていた。

 それは、召喚獣として現れたユウの姿と古代神の姿が類似していると共に、この古代神話は現状と極めて酷似していたからだ。




 今、この世界で信仰されている神は、光の神を頂点とした数柱の神々で成り立っている。

 しかし、この手元の報告書にある古代神話は現在の世界が創造された現代のものでは無く、滅びを迎えたとされる旧世界でのものだった。

 旧世界での神は二柱しか存在しておらず、無の空間に突如誕生した神と言われている。また、現存する神の祖であるとも語られている。

 この二柱の古代神は世界を創生した強大な存在であったのだが、今では忘れ去られてしまったお伽噺のような存在だ。

 実際ヴァルサスはその程度位しか、古代神については知識が無い。そもそも、光の神を生み出したという遙か昔に滅びた存在など、知っている者すら少ないだろう。


 この二柱の古代神は、それぞれ太陽神と月神の名で呼ばれていたようだ。

 太陽神は光と英知と希望を、月神は生と死と安らぎを司る神であったという。 

 太陽神と月神は共に力を併せて旧世界を天地創造する。しかし、その時同時に混沌という全てを原始に還すものも誕生してしまった。


 二柱の神は大地を生み緑を茂らせ、海と山に獣の生命を誕生させた。そして、様々な生命を次々と生み出したのだが、最後に旧人類を誕生させたという。大地は豊かな自然が覆い、獣は繁殖し、旧人類の文明は栄えた。

 

 しかし、旧人類が栄える程に混沌も同じく成長を見せた。やがて混沌は大地を飲み込む程に大きく成長してしまい、旧世界へと襲い掛かった。混沌という無秩序の中で、再び世界を無に帰そうと。


 地上には混沌から生まれ出た魔物が溢れた。地上の緑は失われ、獣は死に絶え大地は裂けた。

 旧人類は次々と病に侵され死を迎えた。抗うすべもなく、絶滅への道を坂を転げ落ちるように急速に辿って行く。そして、全てを凌駕する程強大に成長した混沌によって、旧世界は飲み込まれ無へ帰そうとした。

 これに対し、二柱の神は絶滅に瀕する世界を救うべく、混沌を滅ぼそうとする。しかし、混沌はこの時既に二柱の神と拮抗するほどの力を得ており、力及ばず失敗してしまう。

 よって、月神は己自身の命と引き換えに混沌を地中深くに封じ込め、再び混沌が地上に現れないよう己の身体で裂けた大地を覆った。

 これにより月神の体は砕け散り、大地へと降り注いだ。すると死に瀕した大地は修復し、再び甦ったとされている。

 残された太陽神は新たなる神々を生み出し、再び地上に生命を誕生させた。

 新たに生み出された人類、それが今の人間である。

 しかし、ここで太陽神は力尽き、残された世界を新たな神々へ託すと深い眠りについたという。

 

 ここまでが旧世界と旧人類、古代神の神話だった。


「これは、魔族に残されていた旧世界の神話です。随分と古い物で、ほとんど残存する資料のない忘れられた神話でして。実際魔族ですら知らない者が大多数でしょうな」


 報告に来た学者が貴重な資料の発見に興奮をにじませて話す。これは、今までは余り交流の無かった魔族と奇病対策を通じて接触する中で、偶然見つかった記録だった。

 その記録が現状をなぞるかの様な内容であったため、急遽魔族に協力を要請し調査研究の対象となった。


「こちらがこの資料の元となった原書です」


 老学者が差しだしたそれは、随分と古い本だった。脆くなった紙のページをそっとめくると、乾いた音を小さく立てる。その本に記載されていた文字は古代語で、ヴァルサスには全く読むことのできない忘れ去られた文字だった。


「一部の魔族は先祖の記憶を血の中に受け継ぐそうでしてな。たまたま、古い血統を受け継ぐ方が記憶の断片を甦らせたため、調査の糸口になったのです」

「ふむ。しかし、この内容が現状を辿っているのならば、恐ろしい事が今後待ち受けている事となる」

「はい。ですが確証は致しかねますがな。神話とは何とも曖昧な物。その内容については一部のみの解析しかできておりませんで、現在も詳しく調査中です」

「だが、このまま見過ごす事もできないな。妙に気に掛かる内容だ。続けて出来るだけ急いでくれ」

「はい、全力で挑みます」

 

 さらに、この月神の姿についての資料がある。


「こちらは依頼された召喚獣についての資料です。殿下の召喚獣と同一であるという確証は無いのですが、共通点が見られましてな」


 月神は虹色に輝く光を纏った女神であったという。生と死を司るというように、二面性のある女神であった。命を司り癒しを施す半面、命を刈り取り容赦なく死を与える女神でもある。また、安らぎという闇を司どってもいた。

 

「ヴァルサス様。これを見れば、虹色の召喚獣は古代の月の女神である可能性があると思われます。どうも、外見他その能力に共通点が多数見られておりますしな」

「……そうか。確かに共通点が幾つかはあるようだが。今の所、これは参考までと受け止めさせてもらおう。それにしても、この古代神話はまるで、我々の現状を書き写したかのようだな。もし、これが本当に旧世界で起きた事ならば、我々に今後考えられる事は……」

「滅亡への道ですかな?」


 老学者は面白くもなさそうな顔で言葉を放った。


「確かに、その召喚獣が現れたこと自体、何かを予兆しているようだとしか思えませんな」


 そう言い放った老学者の表情は、古代神話を否定しているようにも、恐れているようにも見えた。

 報告を終えた老学者が執務室から退室すると、あとに一人残されたヴァルサスは、重い空気の中再度資料に目をやった。

 ユウが用意してくれたお茶は、机の片隅ですでに冷めきってしまっている。それは、今の自分の気持ちを代弁しているかのようだ。


「ユウ、お前は一体何者だ?」


 小さく漏れた言葉に返事は無い。発した言葉は部屋の中を重く漂うと、虚ろに滞った。

 ヴァルサスは自分の掌を何となく見つめた。その掌で、ユウを何度も抱きしめ温もりを感じたというのに、何かが指の隙間から零れ落ちて行くような気がする。

 思わずぎゅっと拳を握り締める。けれど、その感覚は収まるどころか強くなるばかりだった。

 

 それは、突如ユウが手の届かない、遠い存在であることを自覚してしまったからなのか。

 この時ヴァルサスは、握りしめた拳を開く事ができなかった。



 



今回も読んで下さいまして、ありがとうございました。

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