第35話 推測 1
今回はヴァルサス視点です。
奇病騒ぎは収拾の兆しを見せ始めた。アルフリードやクリス、その他城内の奇病患者達の容体は安定・軽快をみせ、現在ではベットから離れて徐々に元の生活へと戻りつつある。また、国内の治療施設にもすぐさま治療方法が伝達され、直ちに対応がなされた。
また、ウィルベリングより各国へ治療方法が提供された。今まで世界各国が奇病に対しての実害と脅威に怯え、何の対処も出来ないでいたが、治療法が分かった事で急速に落ち着きを見せ始めていた。
魔族とウィルベリングの今回の活躍は、各国へ大きな影響力を与えた事となる。今後この国の発言力が増すと共に、医術に関する技術力を買われる事は間違いないだろう。
ヴァルサスは執務室にて資料に目を通し、各部署より報告を受けていた。ひとまず、ひと段落ついたので手にしていたペンを置く。
アルフリードといえば、心に巣くっていた暗い感情や悩みは、奇病が落ち着いたと同時に随分と安定した。
まるで負の感情を黒い闇に増幅されていたかのようだ。しかし、アルフリードの奥深くにあった感情であるのは間違いない。それを見過ごす事の無いようにしなければ。いつでも手を差し伸べてやる姿勢が必要だろう。ヴァルサスは己に言い聞かせた。あとで、アルフリードの顔を見に行こうか。
現状のアルフリードは随分と回復を見せている。今では軽い執務までこなす程だが無理はさせない方がいいだろう。
また、クリスの方は仕事復帰はまだだが、自宅療養出来るまでに回復している。
最近では、クリスの自宅でカイルの姿がちょくちょく見られるそうだ。
あの、真面目なカイルが一体どんな顔でクリスに会っているのやら。
多数の目撃証言によれば、随分と間の抜けた顔をしているらしい。そういうヴァルサスも締まりの無いカイルの顔を何度か見ているので、クリスと上手くいっているだろう事は間違いないだろう。
ともかく、ひとまずそちらについては安心できる。
しかし、現状はこのままでは済まされない。
ヴァルサスは正直頭が痛かった。
奇病と地震の奇妙な関連性や地震と共に出現した魔物達について、今後の対応を考えて行かなければならないのだが、解決策が分からない。今の所、各部署からの報告に決定的な解決策はなく、魔物に対する結界の強化を行うのみだ。
今の現状では魔物に対し、常に後手後手の対応となっている。しかし、このまま指を咥えてみている訳にはいかない。早急に何らかの対応をする必要性があった。
だが、どのように対応すれば良いというのだろうか。そもそも、一体何が起こっているのだ?
急遽他種族をも加えた各国の魔物対策専門家や学者をウィルベリングに集結させ会議を開いた。しかし、各国代表の学者達がそれぞれの意見を述べたが、これといったものが無く不明点ばかりが目立った。また、地震を伴った魔物による被害は甚大で、今までに前例の無いものでもあった。
今確かに言えるのは、この奇病が魔物と何らかの関わりがあり、おそらく魔物による精神面への攻撃であるという事だけだった。
ヴァルサスは鈍く重い頭をはっきりさせようと、書類から眼を離し大きく息を吐いた。気付かない内に随分と首筋が硬く凝っていて、重く疲労を感じる。
すると、微かに花の香りが鼻孔をくすぐった。疲れてしまった今の自分には、何とも心地好い香りだ。
小さな物音がする方を見れば、ユウがお茶の準備を整えワゴンを持って来たところだった。
「ヴァル、少し休憩したらどうかと思うの。今、お茶を淹れるからどうぞ。甘味も疲れに効くから食べてね」
心地好い香りと共にユウが現れる。今日も、彼女は変わらず日々の仕事を手伝ってくれていた。今、カイルはこの場におらず、ユウと私の二人きりだ。少しぎこちない笑顔を浮かべたユウは、慣れた手つきでお茶を淹れてくれた。
「ん、ありがとう」
ユウの気遣いに疲れた気持ちがほころぶようだった。自然と口元に笑みが浮かんでくる。
途端、ユウは目を伏し目がちにして、お茶の入ったカップを卓上に置いた。今迄であればこちらの眼を見て話をしてくれるのだが、今は眼が合っても直ぐにその黒い瞳を逸らしてしまう。逸らされたユウの瞳が落ち着きなく揺れ動くのを、じっと見つめた。
それは、強引に自分の気持ちをユウに押し付けてからの反応だった。
今までとは違う心境の変化から来るものだろう。自分を一人の男としてユウに対して意識づけた結果だが、少し寂しく感じると同時に心をくすぐられもする。
相反するこの感情は、いつまでも保護者でいるつもりなどさらさら無いからだ。
このようにユウの態度に変化が現れはしたが、今迄通り接してくれる所を見ると拒絶されてはいないようだ。この反応だと悪感情を抱いては無いと思いたい。
「……うん、良い香りだ。これは北の産地の発酵茶か」
「そう、新しいのが手に入ったから。今年の初摘みだって」
ふくよかな香りに重くなった頭がゆっくりとほぐれていく。あっさりとした味わいが心地好く喉を潤してくれる。
ユウの視線をこちらに向かせたい。
そう頭では考えながらも気持ちとは違う言葉をかけた。自分の言葉に反応してユウの眼元がほんのり染まるのを見れば、奇妙な満足感を感じてそれで良しとする。
告げた想いに対し、ユウからの返事はまだ無い。
しかし、今はそれで良いと考えている。
ここで焦ってはいけない。決して彼女の気持ちを手放す気が無いからだ。じっくりと時間を掛けてでも手に入れる。そこに焦りは禁物であった。
ヴァルサスは首筋の凝りを解すように軽く首を揉んだ。ともすれば、急きそうになる気持ちを抑えるように。
そこへ、再び仕事の話が入ってきた。急いてしまいそうな自分の心を抑えてくれるのに丁度良いタイミングだ。しかし、ユウとの時間を邪魔されるのは、何とももどかしい気もしてしまう。
思わず皮肉に歪んだ笑みが口元に浮かんでいた。
入室の許可をすれば、ユウはその場から奥へと姿を消してしまう。代わりに現れたのは、興奮した様子を隠しきれない、野暮ったい眼鏡をかけた年老いた学者だった。普段ならばヴァルサスとは接する事の無い相手だが、依頼していた調査についてだろうか。老学者は随分緊張しているようにも見える。
その学者が持参した報告書は、以前ヴァルサスが召喚獣について調査するよう依頼した内容だった。そう、知らなかったとはいえユウについてだ。彼女の正体が周囲に漏れる危険もあるが、何も分からないままでいる方が結果的には最悪な事態を生み出しかねない。ユウについては分からない点が多すぎるのだ。ヴァルサスは調査を引き続き、密かに行わせていた。
しかし、その報告内容は意外なものだった。驚いた事に古の神話に関連する内容で、今回の地震や奇病と同じような現象を彷彿とさせたのだ。
これは、一体……。
今回も読んで下さいまして、ありがとうございました。