第34話 奇病 7
今回はヴァルサス視点です。
クリスほか、危篤状態にあった重傷者の治療が済み治療内容が明らかになった今、次はアルフリードの治療を行う番だった。
ただし、クリス達は全快した訳では無いので、途中経過を今後も用心して見て行かなければならないが、魔族の治療は人間にも十分通用する事が証明された。
治療の際、同室内に居たユウの姿が脳裏に浮かんだ。ともすれば、ユウにばかり意識が向かってしまいそうだ。今は視線と意識を向ける事を自分に禁じた。そうしなければ、この重要な場面で、昨日感じた軟らかく果実のように甘い唇や、その体と香りを再び堪能してしまう、そんな自制の効かない自分を自覚していたからだ。
私は護衛と共に王宮奥の王族専用治療施設へと向かった。常ならば私の傍にはカイルが控えている筈だが、今は病床のクリスの傍に付き添っていた。
それにしても、いつの間にクリスとあの様な間柄になっていたのだろうか。私は表情には出さないまま、内心頭を捻っていた。あの場でカイルが名乗りを上げるとは、予想だにもしなかった。二人が深い心の交流を持つ程の仲であるなど、私はそれまで全く気付かなかったからだ。
まあ、落ち着いた頃にでも、尋ねてみるとしようか。
アルフリードの治療はクリス達の治療が異常なく済んだ後、反応を見て行われる事があらかじめ決まっていた。
それは、アルフリードには今だ余力があり、少しの猶予があった事。王位第一継承者という身分である事。魔族から提供される前例の無い治療である事。それが主な理由であった。全てが手探りで行われる治療では、このような対応も仕方のないものだろう。
しかし、頭では理解しているつもりだが、クリス達を犠牲にした治療実験であるというのも一つの事実だった。ざらりとした物が私の心を撫でる。私はそのどうしようもない思考を頭の隅へと追いやると、アルフリードの治療が行われる部屋へと向かった。
「これは、ヴァルサス殿下。お入りください」
部屋の前に立っている両脇の騎士達が、さっと扉を開いた。
この部屋には限られた人物しか入れない。ここにいるのは、王族と王家専属の治療士達、危険が無い事を確認された、シリウス含む数名の魔族がいるのみだ。あとは、王族専門の護衛が物々しく脇に控えている。
部屋にはクリスの時と同じように、魔法陣の中のベットにアルフリードが横たわっていた。
アルフリードは血色の無い顔色で、力なく横たわっている。その意識の無い身体は、常ならば考えられない程に脆く、弱々しく見えた。
その場には王と王妃がいた。今の二人の顔は、王族としての威厳ある姿は欠片も無く、親としての顔をした、唯の人だった。王妃はアルフリードと同じ位、血色の無い顔を晒している。立っているのもやっとという風情で、実際には王の支えでようやく姿勢を保てているといった具合だ。
その二人で支え合う姿は、二人がいかに深くお互いを愛し、必要としているかが如実に現れている姿でもあった。
「父上、義母上、お待たせしました。アルフリードの容体についてはどうですか?」
「ヴァルサスか。やはり、良くなる兆しは見当たらんな。本人の持つ魔力が元々強いので何とか保ってはいるが、それも時間の問題であろう。やはり、魔族から提供された治療を行うほかないな」
「やはり、そうですか。最初の症例は成功しています。今回も無事に済むよう我々も全力を尽くしましょう」
「ああ、そうするしか道はないであろうな」
「ヴァルサス、ありがとう。私達、貴方がいてくれて本当に心強いわ」
父に縋ってようやく立っている義母の様子は痛々しい物だった。顔色は悪く今にも倒れそうで、ヴァルサスは義母の息子を思う心情を思いやらずにはいられなかった。
「義母上、大丈夫ですか? 少し休まれた方がよろしいかと」
「いいえ、大丈夫です。このままここで、アルフリードの傍に付いていたいのよ。私だけ休んでいる訳にはいかないわ」
「分かりました。では、我々はここで見守りましょう」
ヴァルサスは椅子を準備させ、何とかリリネを座らせると、治療を見守る事とした。
部屋中に香と紫煙が立ち込め、呪文の詠唱が満たす。低く、地を這う様な声が続き魔力が満ちる。そのままの状態で何度も呪文は繰り返されたが、アルフリードの容体には変化が全く見られなかった。徐々に魔族や治療士達の様子が変わり、焦りの色を漂わせる。
魔法陣は反応を見せず、アルフリードは依然魔力を燃やし続けている。
これは、先程のクリスと同じ状態だ。アルフリードは心に深く闇を抱え、それを誰も気付かなかったのだ。アルフリードは表へと出さず、一人抱え込み育てていたのだろう。人に打ち明けられる程度ならば、其処まで闇は育たない。溜め込まなければならない状態だからこそ、このようになったのだろう。
「私が彼の精神に入り込もう」
ヴァルサスは状況を判断し、魔族に声を掛けた。これ以上、同じ事を続けようとも効果が無く、限界であると察した。
「彼の状態では今のままでは救えない。是非、参加をお願いします。だが、先程も申しましたように危険はありますが」
ヴァルサスの言葉を聞いて、シリウスが反応する。しかし、それを聞いたリリネは止めようとした。
「ヴァルっ。なりません、私が行います」
「いえ、母上はこの国にとって無くてはならない人です。私が適任で」
言葉を言い終わらない内に、勢い良く部屋の扉が開いた。不意に襲ってきた開放音が耳に痛い。
「ヴァルお兄様、ここはわたくしが行いますわっ!」
「ソレイユ」
ドアを開けて入ってきたのは、妹の王女ソレイユだった。走ってきたのか、白い肌が上気している。美しいウエーブを描く淡い色の金髪がゆらゆらと揺れ、強い意志を宿した紫の瞳がこちらを見ていた。
「お兄様ばかり、いつもこのような事をさせてしまって。わたくしだって、少しでも力になりたいのです」
ソレイユは一度こうと決めたら最後まで意思を貫くという、意思が強いというか、頑固な所があった。この様子では、一歩たりとも引く気が無い事は明白だ。
「しかし……」
「よかろう。ヴァルサス、ソレイユ。一人より二人の方がより力となるだろう。どうか、私達の代わりにアルフリードを救ってやってくれ」
視界の片隅で、シリウスが頷くのが見えた。仕方が無い。二人である方が良いのであれば、ソレイユの力を借りよう。いざとなれば、自分が守りきってみせる。
ヴァルサスとソレイユは、今だ魔力の放出を続けるアルフリードの傍に位置すると、その冷たい手をお互い握った。シリウスが二人の意識をアルフリードへとつなぐ。
「いいですか、今からあなた方は患者の意識が存在する心理層へと下っていきます。貴方がいる所はそのまま相手を蝕んでいる原因のある場所と考えて下さい」
どこか遠くでシリウスの声が聞こえるように感じた。急激に眼の前が暗くなり、意識が落下するように強い力で引かれるのを感じた。
今回も読んで下さいまして、ありがとうございます。