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喚び寄せる声  作者: 若竹
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第34話 奇病 5

 


 私はヴァルサスに口づけられていた。


 呼吸さえも奪い取るその激しさに、眼の前が霞んで頭の中が白く染まっていく。

 私の唇からは、あえぎ声とも唸り声とも取れる音だけが、微かに、かすれては途切れながら漏れて行く。

 口の中はとても熱く苦しく、けれど脳天を痺れさせるような感覚が絶え間なく私を襲ってくる。

 何とか鼻で呼吸をしているけれど、全てを奪う様な口づけに酸素を求めて体が喘ぐ。いつの間にかぎゅっと掴んでいたヴァルサスの服を握る手の力が弱くなり、指先が痺れて力無く震えてくる。

 もう、膝に力が入らず立ってなどいられない。

 ヴァルサスにいつの間にか縋りついていた私の体は、人形のように全身の力が抜けると、その場に崩れ落ちそうになった。

 それは、酸欠のためなのか、それとも背筋を這いまわる様に駆け抜ける感覚によるものか、どちらかはもう分からない。

 けれども、そのまま崩れ落ちる事は許されなかった。

 私の体を包む、檻のように回されたヴァルサスの腕と体が、私を自由にする事を拒む。その檻は、私を小鳥のように囚えて離さない。

 ヴァルサスの舌は私の中を幾度も思うさま蹂躙し続けた。

 熱い。

 もう、口の中の唾液はどちらのものなのか、唇が誰の物なのかも分からない。

 全ての音が聞こえなくなって、気が遠くなりそうになった時、ようやく私の呼吸は解放された。


 床から離れていたつま先がそっと降ろされると、そのまま私の体はへたり込むように力なく床へと崩れた。

 荒い呼吸が自分の口から何度も漏れる。喘ぐように、必死で酸素を取り込んでいる唇は、腫れぼったくてひりついている。

 ヴァルサスが私の顔を覗き込んでいる。私は魅入られたようにヴァルサスの瞳から眼を逸らす事ができなかった。

 私の唇に、硬い感触のある指先がそっと触れて、ゆっくりとなぞる。


「愛している、ユウ」


 私は上手く働かない、止まった思考のままヴァルサスを見上げていた。ただ、その言葉が脳に届いた時、身体のどこかにある芯が発火し熱を孕んだような気がした。


 言葉が何も出てこない。

 ヴァルサスにとっての私とは、娘か妹くらいの保護対象として、考えていてくれているのだろうと今まで思っていた。だから、尚更今の状況に衝撃を受けていた。  

 先程の、激しいキスも、告白も。


 私にとって、ヴァルサスは兄のような存在となっていた。私は生前三十路であったというのに、この世界ではいつの間にかヴァルサスに頼りきっていたのだ。それ程までにヴァルサスの存在は頼もしく、かけがえなく、私にとって、とても大きなものだった。


「驚かせてすまない。だが、この思いを抑えきれなかった」


 一体いつから? なぜ?

 それ以上は思い付かない。何故か、私の体は力が入らなかった。ただ、拒絶する事も、嫌悪感を感じる事も無かった。私の中からは、拒否や否定の言葉すら出てこなかった。本当に家族のように思っているのならば、そう感じても可笑しくは無い筈なのに。


 鈍くなっている思考は、私をより一層無防備にさせていた。

 私の両脇をヴァルサスの引き締まった腕が囲った。私はいつの間にか、床に体を預けるような姿勢になっていて、ヴァルサスは床に両腕を付いて私の上に覆いかぶさっていた。

 どこまでも深い、夜空の瞳が迫ってくる。

 重力に従って垂れてきたヴァルサスの銀髪が、私の頬に、次いで首筋に触れては羽毛のように愛撫する。私の皮膚は鳥肌が立ち、身体が微かに震えた。首筋に軟らかな感触と温もりが触れて、視界は銀糸に埋め尽くされた。

 首に、鎖骨にヴァルサスの唇と頬の感触が何度も落ちる。ぞくりと、再び背中を走り抜ける感覚が襲う。


「あっ、あぁ………」


 かすれた声が、私の唇から艶を含んで漏れていた。

 その声を聞いたヴァルサスはびくりと体を大きく震わせると、動きを止めた。体中に緊張を漲らせ、私の首筋に埋めていた顔を上げた。私の潤んだ視界にヴァルサスの瞳が映る。

 

 ヴァルサスと眼が合っている少しの間が、とても長く感じられた。

 すると、ヴァルサスはぎゅっと眉根を寄せて、硬く瞳を閉じると大きく溜息を零す。それは、何かを吐きだす様な苦痛を含んだ物だった。

 そして、ヴァルサスは身体をゆっくりと離すと、私を床から起こして座らせてくれた。

 

 ヴァルサスの艶を含んだ瞳は強い光を灯していたけれど、いつもの穏やかな表情へと戻っていた。


「これ以上ここには居られないな。ユウ、大丈夫か?」


 私はただ、頷いた。言葉を出すのが怖かったからかもしれない。

 私の様子を見たヴァルサスは、微かに口元に笑みを浮かべると、まだ行うべき事があると言ってこの部屋から姿を消した。






 私はフランが部屋に現れるまで茫然と、その場に座り込んだまま、ヴァルサスが姿を消した扉をぼんやり見ていた。

 思考は絵の具を撒き散らしたかのように、ぐちゃぐちゃだった。

 私はヴァルサスの見せた感情の激しさに、初めて私の知らない彼の一面を知った。それは驚きと少しの恐怖心と、そして今までとは違う感情を私にもたらした。

 私にとって先程の激しい口づけは、不快では無くむしろ、鼓動を熱く走らせる程の快感を感じさせた事を自覚していた。






今回も読んで下さいまして、ありがとうございます。

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