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喚び寄せる声  作者: 若竹
4/70

第4話 癒し

h22.10/10 改稿しました。

 

 私は宇宙怪獣の前にゆっくりと宙を滑る様に近づくと、その顔面の前で佇んだ。

 血の様に赤く炯々と光る怪獣の眼をじっと見つめる。


 宇宙怪獣の瞳は色々な感情が蠢いていて心の中を現すかの様に揺れている。

 宇宙怪獣は先程から周囲への攻撃を止めていて、驚く程大人しく彫像の如くに動かない。

 その赤く炯々と光る眼でじっと私を見つめながら、此方の様子を窺っている様だった。


 動かない怪獣に対していつの間にか、人間側からの攻撃も止んでいた。辺りは静まり返り物音一つしない。ピンと緊張の糸が張り詰める。

 彼らも彼女と宇宙怪獣の様子を息を殺す様に、じっと見守っていたのだ。


 私は恐れる事無く、そっと宇宙怪獣に手を伸ばして触れた。


 掌に伝わって来る宇宙怪獣の感触は、彼女の予想に反して温もりがあった。私はその温もりに驚きを感じた。蜥蜴のように冷たい体温をしているのではないかと思っていたからだ。その感触は金属の様に固く、しかし、温かくて人肌程度の温もりがあった。

 私と同じ体温で。


 手が触れている所から、お互いが触れ合った場所から、怪獣と私の意識が繋がり私の気持ちが怪獣に流れ込んで行く。


 さらさらと流れる様に私の気持ちが入って行く。まるで流れる水の様に。

私の心は小川の様な流れから、やがては大きく広がって河の流れの様になり怪獣の心へと注がれる。

 怪獣の心は震えた。水面に波紋が広がるかの如く、最初は小さく、徐々に大きく広がっていく。やがては湖面いっぱいを覆う程に大きく波がうねった。

 私の心がゆっくりと怪獣の戸惑いを塗りつぶして行く。じわりじわりと浸食していくかの様に。代わりに湧きあがって来る感情の名は――――喜びだった。


 次の瞬間、宇宙怪獣の喜びは爆発するように一気に弾けた。



 歓喜が渦となって私の体に押し寄せてくる。

 私はその渦にあっという間に飲み込まれた。まるで洗濯機の中に放り込まれたかの様だ。ぐるぐると私の意識は翻弄されて眼が回る。酔いそうになった。


 その渦の中で私はふと、何かの違和感を感じた。何だろう?何かがずれているかのような感じだ。服を着た時に表と裏が逆であったかの様な、そんな感じ。なんとなくではっきりとは言い難い。

 私は怪獣が持つ内側からの捻じれた力を感じた。


 それを感じた時、不意にこの怪獣の姿は歪で内側からの力で体が変化している。それが原因で今回の事態を引き起こしている。この悲惨な事態を。

そう解った。

 何故そう理解する事が出来たのかは解らない。私の中にもう一人の私がいて教えてくれた、そんな感じだ。

私は戸惑いながらも声を掛けた。何と言ったら良いのだろう……?


「キミは体の内側から歪みが出ているね」


 よりによって、こんな整体師さんが言う様な事を口走ってしまった。

 ああ、どうしよう!訂正しようか、もうこのままで突っ走るか?私は焦った。

 いやいや、まずは私の言いたい事を理解してもらわねば。


「私に、歪みを戻させて」


 何だか余計に微妙なセリフだ。明らかに墓穴を掘ってしまった。……微妙にセクハラっぽい感じがする様にも思える。あわわ。


 言ってしまった後からそんな事を考えた。私は宇宙怪獣の様子を窺ったが、相手は気にしてない?ようだ。しかし、相手は怪獣なので伺った所で解らない。そりゃそうだ。顔色だって最初から青みがかっているし。

 つまり、どう受け止めたかなんて全くもって分からなかった。気にしていない事を祈る。


 私は改めて目の前の宇宙怪獣を見た。


 怪獣の姿が二重になって別の姿が見えてくる。

 硬い皮膚の直ぐその下には歪んだ姿が見えた。身体の中心がべろりとめくれて歪に膨れ上がり、外側は異様に引っ張られてこれ以上は無い位伸びている。


 その歪んだ姿で過ごすのは辛いだろう。

 私の中のもう一人の私が伝えてくる。頭の中に何かが浮かんだ。

私が私を後押しする。


 根拠の無い自信だが、自分には歪みを元に戻すことが出来るような気がする。


 私は決意をした。ごくりと唾を飲み込む。

 掌を怪獣に向けて翳した。自然なあり方に戻れと念じながら。

 私の掌から虹色の光が生まれると宇宙怪獣を包み込んだ。虹色の光に包まれたその体は徐々に小さく萎んでいく。

 更にめくれて広がった物が内側へ戻るかのように萎んで小さくなり、やがて人型へと変わる。

 その人はふんわりと虹色に輝くと私の胸の中に吸い込まれ、消えた。

 最後に笑顔を私に見せて。


 私、どうやらウ○○○マンになったみたいです。


 およそ常識では考えられない事態が続いている。最早私の脳みその限界も近いかもしれない。私は己の思考をウ○○○マンに置き換える事で受け止めた。


 取りあえず私は親しみを込めて宇宙怪獣をこれより怪獣クンと呼ぶ事にしてみた。これなら受け容れ易いし、可愛いだろう。私の中の怪獣クン。うん、良い感じだ。

 私は怪獣クンに向けてメッセージを送った。胸に手を当てると気持ちを込めて呟く。

 怪獣クンのこれまでの辛い気持を思い返して。

 

 怪獣クン、私の中で少し休んでいてね。


 そう告げるとほっとしたかの様な、泣きたい様な、喜びの様な、複雑でごちゃ混ぜの感情が伝わってきて怪獣クンからの返事があった事に、私は思わず自然と微笑みが零れた。





 怪獣クンが消えた後、周りを見渡すとそこは破壊された建物や物が散乱している。

 そして沢山の人が倒れていた。建物の下敷きになった者、体や頭から血を流して倒れている者、手足が通常とは違う方向へ向いている者等、眼を覆うほどの悲惨な光景があった。


 苦しい……助けてくれ……。誰か……。

 怖い。まだ死にたくない、死ねない……。

 痛い!痛い!


 其の場は悲鳴と慟哭で染まっていた。

 その悲鳴と慟哭は私の頭に直接響いた。

 ――ああ、皆苦しんでいる。救いを求めて魂が叫んでいる。飲み込まれそう、この苦痛の中に。

 私は溺れそうになった。この苦しみを叫ぶ数々の声に。


 その中でも特に小さな今にも消えそうな弱々しい声が届く。声は溺れそうな私の心にしがみ付いた。私の心がぶくぶくと沈みかけようとしたその時。

 閃光の様に過去の記憶が甦った。


 私のつらい闘病の日々が。全身を襲うこの身を引き裂くような痛みが。ベットの上に居ながらにして水の中で溺れて行く様な息苦しさが。

 私の心を救った家族の笑顔が。医者の声が。看護師の温かい手の温もりが。

 皆の優しさが、愛情が!


 何かが私の奥からせり上がって来る。勢いを増してぐんぐんと。私はそれと一つになる。


 救いたい。この苦しみから全てを。


 私の心は空を目指して飛ぶ鳥の様に、溺れそうになっていた水の中から一気に舞い上がった。


 

 私の心にしがみ付いた消えそうな程の小さな声は、命の灯が消えかけていた男性からの物だった。

 声の主は体と両大腿とが千切れかけた武装した赤毛の男性だった。今、この状況で生きているのが不思議な有り様だ。

 大腿部の切断面からの出血量がかなりの量で流れている。それは、地面に血溜まりを作る程大量だった。

 男性の緑の瞳からはゆっくりと光が消えていく。生命の灯火が消え去ろうとしていた。


 ―――死なせない。

 突如、体の中からどくりと何かが湧き出すような、体の中心が熱くなるような感覚が湧き上がった。


 無意識の内に手をそっと男性に向けて翳していた。

 その苦しみから解放され癒されるように、彼の命が助かる様にと。

 彼女は思いを込めて強く祈った。


 すると思いは疾く力へと変わり虹色の光へと姿を変えた。

 彼女の掌に虹色の光が次々と生まれては集まり、やがて光は大きく膨れ上がると眼の前の男性を包みこんだ。


 すると千切れかけたはずの肉体が、時間を高速で巻き戻すかの如くに再生を始めたのであった。

 光は次々と癒しを与え、肉と血管と組織を甦えらせ、骨を繋ぐ。

 驚く事に、瞬く間に傷一つない肉体が其処には横たえられていた。


 私は自分の成した事が信じれない気持と、この奇跡の様な事柄を冷静に受け止める思考とが混ざり合った。

 男性は先程までの名残を窺えるのはぼろぼろになった服と鎧だけだった。死にかけていた男性は、今やその影も無く顔色が良くなっていた。


 更に意識を澄ますと聴こえてくる苦しみの声。


 此処に居る全ての苦痛に癒しを与え、救いたい。


 更なる強い祈りは先程以上に、大きな力を彼女の内側から引きずり出す。

 膨れ上がった光は一段と大きくなり彼女の体全体を覆うと彼女の体を飲み込んで圧倒する。瞬く間に巨大な球形の光が形成されると、ギュッと収縮するように揺れた。


 突如、一気にはじけるように光は四方八方に雨の様に降り注ぐ。それは夜空を彩る虹色の打ち上げ花火のようだった。


 光を浴びた人々はたちどころに身体に負った酷い傷や怪我が癒されて行く。


 ゆっくりとあちらこちらから戸惑いの様な声が上がった。半ばあきらめ絶望した筈の自分の体が癒されていたからだ。

 戸惑いの声はやがては生を喜ぶ歓声へと変わり、その声は徐々に大きくなって湧き上がった。


 彼女はそれを見届けると、ホッと息をついた。自分の成し遂げる事の出来た事態に驚きを感じながらも満足したからだ。私の思考と気持ちは繋がっておらずバラバラだ。私はこれまでの自分が成した奇跡の様な事柄が、他人事か夢の様に感じていた。


 私の体から緊張が解けると、同時に自分を包み込んでいた虹色の光も消え失せた。

この瞬間体中の力が抜け視界が異様に低くなった様に感じた。


 


 私は先程から気になっている、自分を引き寄せる様な何かを意識した。そちらの方向から磁石の様な引力を感じる。

 意識した途端一瞬で景色が入れ変わった。その現象に戸惑うよりも先に、目の前の人物へ意識が向いていた。何故ならば、その男性が死にかけている様に見えたからだ。


 其処には男性が倒れていた。

 襤褸雑巾のようになっているが、辛うじてまだ意識があるようだった。


 眼の前の男性の容態を意識しつつ、頭の片隅で思った。


 私はこの人物の元へ引き寄せられる様に移動したのだという事。

 





ようやく最初に出てきた彼が登場しました。

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