表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喚び寄せる声  作者: 若竹
34/70

第33話 前触れ 2

 漸く私の両手は解放された。


 子供の様に手を繋いで歩くのはどうしても勘弁してほしかったので、食事を済ませた後に何とか二人を説得したのだ。

 二人にはどう説得したかというと、子供扱いをされるのは正直辛いし、二人が付き添ってくれているのだから手を繋がなくても安全だとか、心から信頼しているなどと言ったのだ。

 レオンもヴァルサスも持ち上げられているのは分かっているとは思うけれど、実際に私がそう思っているのも事実なので、私の気持ちも伝わったのだと思う。


 私達は今、目当ての薬屋に来ている。

 薬草とか薬を扱うお店について、私はこじんまりとして薄暗い場所かと想像していたけれど、予想していたよりもずっと広くて奥行きのある明るい建物だった。

 天井まである棚には沢山の種類の薬草や奇妙な薬が山の様にずらりと並べてあって、小さな文字で大小のさまざまな瓶にラベルが貼ってある。

 さらに、遮光のいる品物や冷所保存する物は奥にある薄暗い部屋に並べてあった。

 他にも様々なサイズの包帯やガーゼ、色んな種類の消毒液と消毒用の綿球や持ち運びできる程度の医療器具のような物まであって、意外と元の世界とこちらの世界の医療状態が似ていると思えた。

 そう、この世界と元の世界は共通点や類似点が多いのだ。

 人間や動植物、その他の生物の身体つきや形だって、元の世界の物と類似している。

 もちろん、ドラゴンや魔物、魔力とか他にも違う物も多々あるのだけれど。

 私がこの世界の食事を普通に食べれて栄養摂取ができるのも、呼吸が普通にできるのも類似した世界だからだと思っている。

 つまり、元の世界と同じか、又は似たような栄養成分が体を構成・維持することで今の私の体は健常な状態を保ち、私の呼吸が平常でいられるのも大気中に含まれる気体とその割合が同じであるという事なのだろう。

 もしくは私の体がここの世界に合わせて変化をしていたのか、順応しているのかもしれない。なにしろ、自分の体なのに自分の事は全く分からないのだから。


 私は自分の事から再び店の中へと意識を戻した。

 この店内には様々な薬草から発せられている独特な匂いが漂っている。

 品の中には王宮の治療院で見かけない様な物もあり、私は珍しさのあまり店の中をじろじろと見渡した。


 そんな、考え事をしながら店内を眺めている私を見ていたレオンは、面白そうに笑いながら言った。


「ユウ、そんなに珍しいものばかりだったか? 王宮の治療院にもここと同じものは置いてあるだろ? ユウ、さっきからぽかんと口が空いてるぞ」

「えっ!」


 思わず両手で口を覆ったけれど、その時口はちゃんと閉じていた事に気が付いた。


「もうっ! レオン、初めから開けてなんか無いじゃない」

「ははは! 初めから気が付けよ」


 ヴァルサスまでもがクスリと小さな音をたてて笑ったのが聞こえたので、私は余計に恥ずかしくて顔が熱くなった。

 この二人に私はいつも、赤くなったり青くなったりさせられる。

 もう、そんな風にからかわないでほしい。

 このままぼんやりしていてはまたレオンにからかわれそうなので、これ以上面白がられないよう私はさっさと注文を済ませる事にした。

 薬屋のカウンターに立った店員は中年の穏やかな雰囲気をした女性だった。

 私の想像では童話に出てくる魔法使いのような怪しい人物か、腰の曲がった老婆をイメージしていたのだけれど、出てきた店員は意外にも優しげな女性だった。

 店員は注文した希望の薬草と薬、素材を手早く揃えてくれた。

 それにしても、ヴァルサスもレオンもこの店を知っているとは意外だった。

 もしかするとこの店が有名なのか、又は以前に二人とも利用した事があるのだろうか?

 それとも両方なのかもしれない。

 私は店員が揃えてくれた商品に間違いがない事をそれぞれ確認し、大小の手提げ袋に入れてもらうと、クリス先生から預かったお金を懐から出して支払いを済ませた。


「ありがとうございました~」


 店員の声を聞きながら私達は店を出た。

 予想外に愛想の良い店員の目に、私達ちぐはぐトリオはかなり奇妙に映った事だろう。

 もちろん、そんな態度は全く表に出さなかったけれども。


 大量に買い込んだ荷物は大きな袋二つとA4サイズの書類が入るくらいの袋一つになったので、男性二人が大きな袋をそれぞれ持ってくれた。

 こういう時は、男性が付き添ってくれると本当に有り難い。

 一人で運ぼうと思ったら重くて大変だっただろう。

 私は二人にお礼を言うと、申し訳ないのでせめて小さい袋は自分で持つと伝えた。


「ユウ、荷物はそんなに重く無いからそれも持つぞ?」

「ううん、これくらいは自分で持つよ」


 男性二人はそれぞれ片手に荷物を持って、相変わらず私を真ん中に三人並んで歩く。

 この並びは先程と同じではないか。

 両手を繋がれないよう対策として、私は袋を両手に抱えて歩く事にした。

 これならば、もしも二人の気が変わって手を再び繋ごうと思っても、私の両手は無事だろう。


 しばらく歩くと再び時計塔が見えてきた。

 辿りついた中央広場は相変わらずの人の多さだった。

 後は真っ直ぐ帰るだけ、その時。

 噴水の小鳥達が一斉に羽音をたてて飛び立ったと思った瞬間、再び地震が私達を襲った。

 今回のは先程よりずっと大きくて、足元がぐらぐらと揺れる。

 激しい揺れで体が突き上げられ、思わず手に持った荷物が落ちそうになった。

 視界が激しく上下に揺れる。

 混乱した人々の悲鳴が広場のあちこちで上がり、露店の商品が地面に落ちて次々に派手な音をたて、立っていられなくなった人達の転倒する音がそれに続いた。

 足元の石畳が液状になってぐにゃりと曲がり、鋭い音を発しながら石畳に亀裂が走る。

 私は体のバランスを崩して、前のめりに転げそうになった。

 両手が荷物で塞がっているので思わず手が出ない。


「ああっ!」

「ユウっ!」


 思いっきり転倒して自分の体に痛みが来る事を覚悟したけれど、時間が経っても地面は迫ってこず衝撃も襲ってこなかった。

 揺れが収まって気が付くと、いつの間にか力強い腕にすっぽりと抱きとめられていた。

 ダークグレーのマントに包まれた広い胸と規則正しい心臓の音が私を包む。

 ヴァルサスが片膝を地面に付いた状態で私を抱きかかえてくれていた。


「大丈夫か? ユウ」

「あ、ありがとう、ヴァル」


 地震に動転し、いつの間にか素早く助けてもらっていた事に驚愕した私は、思わず偽名を使う事を忘れてヴァルサスの名を呼んだ。

 私を覗きこむようにヴァルサスが身を屈めていた為、フードに隠されていたヴァルサスの表情が見えた。

 フードから見えたヴァルサスの顔はいつもと違って無表情で、どことなく緊張を纏っている。

 私を抱きかかえたまま、ヴァルサスは素早く立ち上がると周りを鋭く窺った。

 レオンもこちらをちらりと見た後、辺りを窺っているのだけれど、その表情はいつもの楽しげな余裕のある表情では無くいつになく真剣なものだった。


「ルース」

「ああ、あの気配だ。気を抜くな、レオン」


 その時、ゾクリと背筋が寒くなるような悪寒が体を這い上がった。

 何? これは。


 突如、水が勢い良く噴射するが如く空気を引き裂く音と共に、中央広場のあちこちから石畳に走った亀裂を縫うように地面から黒い霧が次々と噴き出した。

 視界の至る所に、私の身長を上回る程の黒い霧が噴き出ている。


「!!」

「来る!」

「ユウ、私にしっかり掴るんだ。レオン、すぐに戻る」

「はっ! ルース、ユウを頼みました」


 レオンは返事を返しつつ、背中の大剣を抜刀した。

 抜刀により金属音が冷たくその場に響き渡るのを、私は息を飲んで見ていた。

 突如、体が重力に反してグイッと引かれたように感じたかと思うと、ヴァルサスの右腕に抱かれたまま、私の体は宙を舞っていた。

 眼下に人の頭や露店の屋根、噴水が見える。

 人の身長より遙か上の空中に私達はいるのだ。

 ぎゃああ! ちょっと待って、どうなってんの?! ちゅ、宙を舞ってない?

 頬に、びゅうびゅうと空気が切れては風となって強く当たるのを感じる。

 私は驚愕と恐怖でヴァルサスにぎゅっとしがみ付いた。

 ヴァルサスは私を抱きかかえたまま走り出し、力強く跳躍していたのだ。

 気が付くと、ヴァルサスは私の他に荷物も一緒に持って宙を跳んでいた。

 驚愕の跳躍力を見せたヴァルサスは素早く着地した後も、人と黒い霧を避けながら、あっという間に建物の傍まで移動する。

 移動中、ちらりと見えた黒い霧の中には、かつて砦で見たグールの姿に似ている魔物が潜んでいた。


「魔物?!」


 何でこんな所に突然魔物が?

 ウィルベリングは国の四方に魔物の侵入を防ぐ砦があり、有色の騎士達がこの国を守っている。王都やその周辺地域となると魔物の入り込む隙は無く、今までは存在していなかった。

 また、王都は巨大な外壁で囲まれていて、今まで魔物が入ってきた事も出現した事も無かった筈だった。


 ヴァルサスは私を建物の中に入れ、素早く建物の中を確認した後私をそっと降ろし、荷物を置いた。


「いいか、ユウ。ここで身を潜めているんだ。私達が迎えに来るまで、決して動くんじゃないぞ」

「ヴァル! 待って! ヴァルやレオンは?!」


 私に背中を向けて扉の外に出て行こうとしていたヴァルサスに慌てて声を掛けた。

 ヴァルサスに置いて行かれないように、私はヴァルサスの元に駆け寄ろうとして両足に力を込めたけれど、膝に力が入らずその場にへたり込んでしまった。

 訝しく思って見てみると、自分の手足が細かく震えている。

 どうやら私は、いきなり宙を跳んでいた事で驚愕の余り腰が抜けたみたいだった。


「ユウ、魔物を退治したら迎えにくる。それまで待っていてくれ」


 ヴァルサスは私の言葉に一瞬振り返ってそう言うと、優しく微笑みを浮かべた表情をフードの隙間から覗かせて建物の外へと出て行く。

 重たい音をたてて開いた扉の外からは日の光が差し込んだ。

 ヴァルサスが扉を閉めていくにつれて、光も筋のように細くなっていく。

 扉が完全に閉じると光も途切れ、薄暗い空間に私はひとり残された。


「ヴァル!」


 私の声が虚ろに建物の中に反響した。

 ヴァルサスの後を追おうと、私は大きな扉まで何とか床を這いずって扉まで辿りついた。

 とたん、扉の向こうから微かに人々の悲鳴が聞こえてくる。

 私は耳を澄ませて外の様子を窺うと、鼓膜に絹を裂くような悲鳴や怒号、数々の物が倒れて壊れるような物音が届いてきた。

 ぞぞりと自分から血の気が引いて行く。

 数々の物音を飲み込むように魔物達の咆哮が重なって響き渡ると、私の不安は膨れて弾けた。






今回も読んで下さいまして、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ