第33話 前触れ 1
どうしてこんな事になっちゃったんだろう?
私は今、城下にいる。
王城の治療院で治療に使う薬草や薬のストックが少なくなってきたので、不足する前に買い出しに来たのだ。
そのため今日の私は動きやすい上着にズボンという、男の子みたいな格好をしている。
当初の予定はクリス先生と一緒に出かける筈だったんだけど、先生の体調が今日はなんだかすぐれないからと、私のみで出かける事になった。
クリス先生大丈夫かな?
あの人が休むだなんて、めずらしい。早く良くなってくれれば良いけれど。
クリス先生の昨日の様子はいつもと変わりなく働いていたし、私の面倒も見てくれていた。
一体どうしたのだろう?
まあ、私もそろそろ王都にも慣れてきた頃だし、独りで出かけてみても何とかなるだろうと思い、一人で城下に買い出しへ行こうとしたんだけれど……。
城下は活気に溢れていて、大通りには沢山の人で賑わっている。両脇にずらりと並んだ店からは客引きの威勢のいい声が飛んで来て、客の商品を値切る声がそれに続く。
私は両手をそれぞれ力強い手に引かれながら、並ぶ店や商品を眺めた。
どこからか、風に乗って香辛料の効いた甘い肉の焼ける匂いが漂ってきた。
美味しそう。
ふらりとその匂いに惹かれて歩きそうになったけど、両手を引かれているのでそのまま真っ直ぐ進んだ。
ちょっとくらい一人で気ままに楽しみたいなぁ。
私は胸の内で、ぽつりと呟いた。
ふと空を見上げると、私の気分を裏切るように空はとても澄んでいて、青空に白い雲が綿飴みたいに浮かんでいた。
そんな中、私の周りだけ人がいない。否、私達だ。
皆、私達を避けるように通り過ぎて行く。
見てはならない者を見たかのように眼をそらす人、逆に興味深くじろじろと眺めて行く人など周囲の反応は様々だけど、見世物になった気分がするのは確かだった。
私の右隣には背の高い赤毛の帯剣した騎士がいる。こちらはレオンだ。
レオンは背が高い上、騎士の服装のまま出てきているので、目立つ事この上ない。
私の左隣には全身をダークグレーのフード付きマントで覆っている、いかにも怪しげな男性がいる。
フード付きのマントは完全に男性の姿を覆い隠していて、全く姿が伺えない。
この、明らかに不審者っぽい感じの方は、ヴァルサスだった。
この姿も悪い意味で良く目立つ。
こういう所にアルフリード殿下と兄弟なんだな、などと感じてしまう。
だって、変装した時のセンスがあんまり良く無いよね。
というか、悪い。
そんな二人に挟まれて私は両手を二人に引かれながら、まるで囚人のように連行されているかのように歩いている。
二人とも背が高く2メートルくらい身長があった。いや、レオンなんかはヴァルサスより背が高いので、もう少しあると思う。
ここのウィルベリングという国の人達は皆身長が高く、男性は平均身長185センチ程度で、女性は170センチくらいある。
そんな中でも両脇の二人は周りの人達よりも頭一つ分背が高かった。
それに比べて私は160センチ程度なので平均より背が低く、二人に挟まれると子供のようだった。
脳裏に宇宙人がNASAの研究員に連行されている写真が浮かんだ。
もちろん、宇宙人とは私の事。
今の光景は異様な凸凹三人組が手を繋いで歩いているといったところだ。
もし、レオンがヴァルサスと同じような怪しい格好をしていたら、間違いなく通報されているに違いない。
かろうじて通報されていないのは、レオンが騎士の格好をしているからかも。
「ねえ、二人ともそろそろ手を放してほしいんだけど」
私は恥ずかしさと、いたたまれなさでもう何度目になる希望を口にした。
「駄目だな」
即答。一呼吸分も無かったよ、今。
レオンったら、もう少し考えてくれてもいいんじゃない?
こうなったら相手を変えて、懇願してみる事にした。
「ヴァルう~~」
「……」
無反応。こちらは軽く流された。何故だろう、心なしか逆に握っている手に力が籠ったような気がする。
「ユウ、いいか? お嬢ちゃんなんかが一人でこんな所を歩いていたら、一瞬でかどわかされるぞ。ここは治安は良いが、それでも危険な事には変わりないんだからな」
大袈裟な。
一人でいる訳じゃないし、別に手を繋がなくてもいいじゃない。
「でも、両手を繋がなくても」
ぼそぼそと、二人には聞こえない程度の小声で愚痴をこぼした。
けれど、私の小声はしっかりとレオンの耳には届いたみたいだった。じろりとこちらを見たレオンの表情はちょっと笑っていたけれど、眼は真剣だった。
ダメ、絶対って感じ。
なんて地獄耳。
こんな事なら、二人とも絶対に一緒に出かけるなんて言わなかったのに。
あの時、一人で出かける事になった私が治療院でスタッフの一人と話していると、タイミング良くレオンが治療院に現れた。どうやらレオンはクリス先生に用事があったみたいだった。
そこで、たまたま私の買い出しを聞いたレオンは、何故か血相を変えて付いてくると言い出したのだ。
レオンの方こそ仕事はどうなっているのだろう?
疑問に思って聞いてみると、丁度早めに切り上げた所なのだそう。
なので、私に付き添ってくれる事となった。
その後ヴァルサスに一言言って出かける事にした私はこれにも後悔した。
この、不審者のような格好で付き添ってくれる事になったから。
ヴァルサスには、レオンが一緒に付き添ってくれるからいいと断ったんだけれど、心配だとか丁度手が空いているとか、気分転換しようと思っていた等と言うので、こちらも断り切れなかった。
あの時、ヴァルサスには黙って出てきた方が良かったかも。
でも、後で注意されるのも嫌だし、怒られたくないし。
そういう訳で二人が付いてきたのだ。
私達は中央広場にある噴水の前まで来ると、立ち止まった。
広場の周囲には背の高い建物が取り囲むように並んでいて、その中にはひと際目立つ時計台もあった。
広場には沢山の露店が並んでいて美味しそうな匂いがする。
噴水の傍には文鳥に似た小鳥達が水を飲んでいた。
白い小さな身体と可愛らしい嘴をちょこちょこ動かして水を飲んでいるのが見えたけれど、私達が噴水に近づいて行くとまるで逃げるように一斉に飛び立っていく。
噴水近くのベンチには親子連れが座っていたけれど、私達を見るとぎょっとしたように固まって、その場からそそくさと離れて行った。
私達の周りにだけ人のいない空間ができた。
気のせいか、親子連れが遠巻きに私達を見ている気がする。
私が一体何をしたっていうんだ。
失礼過ぎる。
私は不機嫌そうにじっと黙っていると、レオンが突然ヴァルサスに話しかけた。
「殿下、お疲れになったでしょう。ユウの手は私が握っていますよ」
多分、私の様子を見てそう言ってくれたんだと思う。
でも、レオンだって放してほしい。
「レオン、その名で呼ぶな。初めに言ってあるだろう」
軽く違う方へ話題は流れた。
これは絶対わざと話をすり替えたのだと思う。
「ああ、失礼。ルース」
ヴァルサスは今回お忍びで出てきているので偽名を使っていた。
ヴァルサスの上と中の文字を取ってルースという理由だ。とっても単純だけど、良くある名前なのだそう。
「ルゥ?」
何だか疲れてきた私は、更に短縮して偽名を呼んだ。
もう一回、手を解放してもらえるよう懇願してみようと思って呼んだのだけれど、こちらを見たヴァルサスは無反応にじっと私を見た。
も、もう言いたい事がばれちゃったのかな?
「あ、あの~」
「……もう一回だ、ユウ。確認したい事があるから先程のようにもう一度呼んでくれ」
見上げたフードの中から、やけに真剣な光を灯す青い瞳が見えた。
な、何かまずかった?
「ルゥ」
私をじっと見ていたヴァルサスだったけれど、少ししてふらりとよろめいた。
ヴァルサスは空いている左手で自分の顔を覆った。
フードの隙間から見えた頬は微かに赤かったように見えた。
「な、何?! 大丈夫? 気分悪くなったの? ヴァル、ごめんね、変な風に呼んじゃって。もう言わないから!」
「……大丈夫だ。ユウ、そのままでいい。いや、むしろその呼び方のほうが良い」
そ、そうなの? 大丈夫かな~?
じっと黙って見ていたレオンが低い声で、急にぽつりと言った。
「ユウ、ルースの心臓に悪いからそうやって呼ぶのは止めた方がいい。むしろ、きちんと呼んだ方が健全だ」
レオンの表情は普段と変わらないのだけれど、声はちょっと不機嫌そうに聞こえた。
健全って。そんなにあの呼び方に問題が?
「いや、問題無い。レオンは大袈裟だな」
「そうですか? ルースこそよろめいたりして、体力が落ちたんじゃないですか?」
私の頭上は何となくぴりぴりしている気がする。
何だか変な雰囲気になってきたみたい。
私は二人に挟まれながら二人の様子を窺った。
どうしたんだろう、二人とも。
私が口を挟もうか迷った丁度その時、昼を告げる時計塔からの鐘の音が響き渡った。
高く低く、幾重にも重なって響く鐘の音色は、気まずいその場の空気を破った。
私を見下ろしたレオンははっとしたような表情をした。
「ユウ、済まなかったな。そんな顔をさせて」
私はどんな顔をしてたのだろう? 多分、困っているようで驚いたような、そんな変な表情だったのだろう。
「丁度昼時だ。先に食事を軽く済ませてから店まで行こう。目的の店までもう少し掛かるからな」
ヴァルサスの提案によって、近くの飲食店に入る事になった。
その時、小さな揺れを体に感じた。
思わず体の動きが止まる。
見るとヴァルサスとレオンも立ち止まっていた。
周りの人達は何事も無かったように寛いでいるように見えたけれど、ヴァルサスとレオンは少し緊張しているように感じた。
この地震は、本日二度目のものだった。
今回も読んで下さいまして、ありがとうございます。