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喚び寄せる声  作者: 若竹
28/70

第28話 正体

h22.11/28 改稿しました。



 女はさやさやと揺らめく髪をたなびかせ、輝く衣をその身に纏いて漆黒の魔法陣より現れた。

 眩しいほどの虹色の輝きを纏うその姿は光に遮られ良く見えない。しかし、圧倒的なまでの存在感で、女は瞬時にその場を支配した。






 周りで聞こえている雑音が遠くなり、私は暗闇に包まれた。

 ユウの意識が深く沈むと共に、漆黒の魔法陣が現れる。魔法陣は虹色の光を放ち、ユウをその場から連れ去った。後に残されたのは、人の気配がかき消えて静寂に包まれた部屋だけだった。


 真っ暗で何も見えない。何かの音だけが、一定のリズムで聞こえてくる。トクリトクリと確かな音が心地よく、闇が温かく私を包む。

 ぽつりと虹色の光が私の奥底に灯った。小さな光は徐々に強く大きく光を放ち、煌々と暗闇を虹色に染める。私を飲み込むほどに膨れ上がった輝きは、今まで存在している事すら知らなかった私の一部。

 やがて空間をも埋め尽くした虹色の輝きに私は染まった。けれど、光はその大きさに反して私を飲み込むような事は無く、私にしっくり馴染んでぴたりと重なった。まるで、今までずっと一緒だったかのように。


 温かい。頭のてっぺんから足の爪先まで身体の隅々に優しさと強さが満ちる。

 ぐっと思考が深まって、理解力が増す。今までに知り得るはずのない知識が泉のように湧いてくる。

 半月が移ろい満月に変わるように、どこか欠けている私の一部が重なり合って全身に私という存在が満ちる。生命力が私の奥から星の輝きのように爆発した。

 私は芳しい花の香りに包まれて、頭上に見える景色に向かって彗星の如く一気に浮上した。

 私は、今、覚醒した。閉ざしていた瞳を静かに開く。

 

 そこは、深い闇を思わせる森の中だった。むっとする緑の香りと鉄錆のような生臭い血臭。そうか、私はこの場に転移したんだ。


 視界に入るヴァルサスの姿。その姿は半ば石化し上半身はほとんど灰色になっている。

 ヴァルサスの表情は今までに見た事が無いほど険しく、顔が歪んでいた。その顔色は血の気が無く、紙のように青白い。呼吸のたび、ひゅうひゅうと喉が鳴る。全身には油汗をかいていて、髪は水を浴びたように濡れていた。そんな中で異様に光る瞳だけが鬼火のように爛々と燃えている。そこには執念ともいえる強い意志が宿っていた。


 その姿に私の心臓は鷲掴みにされた。重い圧力が心臓を握り潰そうとする。胸がぎゅっと引き絞られた。


 ヴァルサスは死の淵に立っている。生前に見たつらい病気と闘う患者の姿と重なり合う。

 ヴァルサスは今、気力だけだ。それだけで立っている。

 死の影が彼にねっとりと纏わりついている。彼の喉元には死神の鎌がひたりと当てられているよう。

 ヴァルサスが死んでしまう!怖い、ヴァルサスがいなくなってしまう!


 恐怖が私を付き落とす。彼が存在しないこの世界に、私の居場所など何処にも無い。全身の毛がぞわりと逆立った。

 周りを見ると、レオンの姿が目に入った。レオンは左腕が石化している。身体のバランスが取れないのか、剣を支えにしてようやく立っている。レオンが呼吸をするとゼイゼイと音を立てた。その土気色の顔を覆う表情は怖いほどの殺意と苦痛に満ちている。

 カイルの石になっている姿が見えた。他の石化した騎士達と一緒で身じろぎひとつしない。石像達の表情は苦痛と恐怖に歪んでいた。

 満身創痍のエディルがいる。騎士達は皆余裕の無い表情をして、私の視界に映った。


 油汗をかき、余裕の無い鬼気迫る形相。それは、私にとって馴染みのあるものだった。

 かつて病床にあった私自身の顔がそうだったから。私は癌のもたらす全身を蝕む強烈な痛みに何度も悲鳴を上げた。麻薬の力を借りなければ耐える事が出来なくて、正気を無くして獣のように叫び声を上げた。

 皆の姿と過去の記憶が重なった。その、かつての私の表情が目の前にある。

 癒したい。

 苦痛を取り去って、皆に笑顔を与えたい。

 心の底から想いが迸った。


 ヴァルサスやレオン達を追い詰め、苦境に立たせている石化の呪い。

 私は確かに感じる見えない力を右手に掴み、勢い良く力任せに振り千切った。今の私にとって、ゴルゴンの力は手応えも無いほどにもろく、児戯に等しかった。千切った力は砂場の城のように崩れて消えた。


 続けざまに、癒しの力をヴァルサス達に一気に放つ。体の奥から癒しの力を引きずり出すと、私の願いは力となって虹色の光へと変わる。輝きが一段と増すと、光が弾けて騎士達に降り注いだ。


 ヴァルサス達は虹色の女がゴルゴンの石化能力を退けた瞬間、石化が解けた。息苦しかった呼吸が楽になり、青白かった顔色には血色が戻る。どっと血流が増し、くらりとめまいがした。身体を焼かれる様な激痛が消失し、全く動かすことの出来なかった身体が動くようになった。

 騎士達の険しかった表情は、驚愕に取って代わった。

 次いで虹色の輝きに全身が包まれる。温かく強さと優しさに満ちた力に包まれると、傷ついた身体がたちどころに癒されていく。つい先程まで己の死を覚悟したはずの騎士達は、奇跡を体験した。

 死の淵から救い出され、恐怖から解放された騎士達は安らぎに満ちた力に包まれた。まるで、母の子宮に居るかのように。騎士達は緊迫した状況であるにも拘らず、その心地よさに恍惚の表情を浮かべた。


 ユウはヴァルサス達を背中に庇うように騎士達とゴルゴン達の間に立ち、ゴルゴン達と対峙した。

 ゴルゴンに向けて、身体の奥底から怒りの感情がふつふつと湧いてくる。騎士達全員の無事を確認した今、ユウは目の前の魔物に対して意識を集中した。


 低い唸り声を上げて威嚇をするゴルゴン達とにらみ合う。視線が激しくぶつかり合って空間に火花を散らす。私の体には変化が現れない。ゴルゴン達の石化能力などなんの影響もない。

 私にそれは効かない。ゴルゴン達は動揺したように瞠目した。こちらに跳びかかってこようとするが、体が竦んだように動いていない。威圧されたように、じりじりと後退した。ゴルゴン達は、先程とは打って変わって必死の形相に取って変わった。

 私の体は闘志に反映するように一段と輝きを増した。


「お前達がこの地にいでる事はゆるされぬ」


 目の前にいる魔物は、シリウスとは違う。この存在は大地に封印された破壊と虚無、混沌の渦から生まれたものだ。この地上に存在する事は許されない。

 この思考は私であって、私では無い。まるで別の存在になったように、口から紡ぐ言葉が変わる。私は己の内側から湧きあがって来る思考に身をゆだね、行動を起こす。


 私は右手をすっと挙げ、円を描くようにぐるりと大きく回す。掌が熱を帯びた。私の掌の動きを追うように、虹色の魔法陣が数珠を連ねたように現れる。

 魔法陣は輝きを放ち、次々と展開していく。それは、幾重もの花びらを持つ大輪の薔薇か、曼荼羅のようだった。

 全ての魔法陣が眩く燃えると、大きな水晶玉ほどの光球が幾つも私の背後に出現した。

 私は掲げていた右腕を、胸の高さで真一文字に振りきった。


「滅せよ」


 私の言葉に光球は不思議な音を発しながら、一斉に空中を滑るように移動する。ばっと蜘蛛の巣を張るように広がると、ゴルゴン達を瞬く間に包囲する。

 それらは全て一瞬の出来事だった。ゴルゴン達はその場から動く事が出来ない。回避行動はおろか防御態勢をとる事さえ。


 高出力レーザーのような光の柱がゴルゴンを襲う。光球から放たれたそれは狙い違わずゴルゴンの体を貫いた。光に貫かれた身体には円形の穴がぽっかりと開き、向こう側の景色が覗く。肉の焦げる嫌な匂いが遅れて広がると、自分の体に風穴が開いた事を理解したゴルゴンの喉から悲鳴が上がる、その時。

 次々と光が雨のように襲いかかる。光によって貫かれ、身体が消滅していく。悲鳴を上げる事さえ許されず顔は蒸発した。上半身、両腕、そして最後に両下肢。光に食い殺されたかのように、一欠片の肉片すら残さず消滅する。


 目の前の光景に、他のゴルゴン達は文字どうり戦慄した。恐怖という感情に支配される。もはや、なりふり構わず背中を見せる。しかし、逃げ場などどこにも無い。無慈悲な光球に四方を包囲されている。全ての光球が冷たい光を放つと、視界に光が浸食し意識がそこで途切れた。

 次々と光に喰われていく。ゴルゴン達は悲鳴を上げる間もなく消滅していった。






 虹色の女は我々を瞬時に癒し、ゴルゴン達をも圧倒的な力で殲滅した。

 辺りは静寂に包まれ平穏が戻る。その場が安全であることを確認すると、女はゆっくりと我々の目の前に降り立った。

 ヴァルサスは警戒を解いた。しかし、ユウと思われる女が次にどのような行動を取るのか緊張と共に見守る。自ら光を発して輝く姿からは、確認したくとも顔が伺えない。


「……」


 女は何か呟いた。微かに耳に届いたその声は、小さすぎて聞き取れない。一体何と言ったのか? その声を、その言葉を聞き取りたかった。

 突如、ぐらりと女の身体が揺れた。

 倒れる。そう思った時にはすでに身体が飛び出していた。力を失った体を己の腕に受け止める。受け止めた時の微かな衝撃と、確かに感じる身体の重さが女が幻では無いと伝えてきた。圧倒的なまでの存在感を放っていた女の身体は意外なほど小さく、己の腕にすっぽりと収まった。

 腕の中で女の輝が薄れていき、素顔が明らかになる。


 腕の中には意識を失い無防備な顔を晒している、大人びたユウの姿があった。

 ユウの体は骨がないように軟らかく、身体は弾力をもっていた。ユウから薫る、花の香りに包まれる。

 私は頭を殴られような気がした。衝撃に何も考えられない。

 今まで子供や未成熟な少女だと心のどこかで思っていたユウが、成熟した美しい女の姿をしていたからだ。まるで、ユウと似た別人であるようにすら思えた。


 自分の中から乾いた音が何度も響く。何だ? これは……。

 鍵だ。心の奥底の封が上げる音だ。

 心の鍵に幾つもの亀裂が入る。止まらない、収まらない。

 甲高い金属の響きで砕け散る音が響いた。心を封じ込めた鍵が粉微塵になる。

 奥から封じ込めていた獣が顔をちらりと覗かせる。それは、狂気を孕んだ咆哮を上げたような気がした。

 もはや私の理性を押し止める物は無い。長い間閉じ込めていた感情はドロドロと濁音を響かせ渦を巻いている。

 私は自分が他人よりも明らかに執着心が強い事を知っている。それは異常なほどに。

 過去の自分が甦った。もう二度と、繰り返すまいと戒めた自分を。

 しかし、それも無意味だ。もはや、この感情は止まらない。    

 黒い程に濃い色の感情が胸の内にじわじわと広がっていく。


 気が付くと、隣にレオンが立っていた。一体いつからそこに居たのか? ユウにばかりに気を取られていて、まるで気付かなかった。

 レオンは聴力が優れている。それは、レオンが獣族の血を半分受け継いでいるからだ。

 先程のユウの呟きは、レオンには聞こえただろうか? 一体何と言ったのか聞き出したくなる。しかし、私はその感情を抑えつけた。

 レオンも、ユウの無防備なこの姿をしっかりとその眼に捉えている。

 レオンの表情は驚愕と共に、別の深い感情が覗いていた。


 ――――見せては不味い、嫌な予感がした。

 同じだ。レオンは私と同じ感情をユウに抱いている。そんな、確信めいた考えが浮かんだ。

 この、ユウの姿を誰にも見せたくない。自分の物だけにして……。

 そんな考えが浮かぶ。私は羽織っていたマントを片腕で外すと、ユウの体をすっぽりと覆った。覗き込まなければユウの顔は見えないようにする。身体の方は完全に覆った。

 これで、ユウがあの召喚獣である事を知る者は、私とレオンをおいて他には存在しないで済むだろう。正体が周囲に知れる事で、ユウに新たな危険が及ぶのを避けておきたい。いや、ただ単に独占欲に突き動かされただけなのかもしれない。レオンにすら見せたくないという、私の欲に。


 私はレオンに目配せをした。レオンは先程までの感情を全て消し去った顔で頷いた。私の意図に気付いている。彼女の正体は周囲に明かさない事を、その場で意志を統一する。

 腕の中のユウが発する光は完全に消え失せた。そっとユウを窺うと、成熟した女性の姿から元の少女の姿へと戻っている。

 しかし、もう遅い。

 私は心の中で呟いた。もはや、未成熟の少女として見る事など無いだろう。


 ヴァルサスはユウを掌中の珠のように胸に抱き、騎士達と共に森を出ると騎獣に乗って王都へと帰還した。





 

今回も読んで下さいまして、ありがとうございました。

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