第26話 石化
今回も戦闘シーンです。
h22.11/19 改稿しました。
鬱蒼と木々が茂る森は深い闇を思わせる。黒騎士達は騎獣を降りて森の中へと入って行った。これ以上は騎乗しての移動が困難であるためだ。騎獣達には森の外で警戒しつつ待機を命じ、黒騎士達一行は徒歩で森の中へと進んで行った。
この森は奥深く広がっていてどこまでも続いているかのようだ。背の高い木々に遮られた陽光は差しこむ隙間がないほどに葉が茂っている。頭上を見上げるが木の隙間からさえ空を覗く事が出来ない。一行は薄暗い森の中を奥へと入って行く。しばらく進むと引き続いて探索を行っているエディルから報告が入った。
「ここよりさらに北東方向へと進んだ場所でサイクロプスの気配を感じます」
「そうか。皆の者、このまま警戒しつつ進行するぞ」
「はっ」
魔物に向かってさらに森の奥深くへと進んだ。緊張を孕んだ空気が黒騎士達を包む。彼らは気を引き締めながらサイクロプスの気配を追った。
「サイクロプスの気配がこちらに向かって移動して来ます。近い! 正面から出現します!」
「皆の者、戦闘態勢をとれ! 戦闘開始と共に召喚に備えよ!」
騎士たちは鞘走りの音を立てながら抜刀した。鋭い緊張が走る。魔物への攻撃に備えて身構えた。
「来ます!」
突如、粉砕音と共に辺りの木々をなぎ倒しながら巨木が襲いかかってきた。人の背丈ほども横幅のある巨木が唸りをあげ、他の木々を巻き込みながら黒騎士達の眼前に迫る。
「回避!」
黒騎士達は素早く回避行動を取る。意表を突く攻撃を皆かわしたが、息つく間もなく続けざまに第二、第三と攻撃か襲いかかった。速い。
「ハアッ!」
レオンは裂帛の気合と共に大剣を下から上に向けて一閃させると、真っ二つに巨木を切断した。
さらにヴァルサスが周囲の木々に剣を一閃させる。視界の開けたその先には三階建の建築物程度の大きさはありそうな巨大な魔物、サイクロプスが三体出現していた。
サイクロプスのその顔には両目が無く中央に大きな一つ目があり、顔には髭が醜く生えている。濃い体毛に覆われた体には、獣の毛皮で造った粗末な衣を身に纏っている程度で殆ど裸に近い。その力は怪力で人を襲っては人肉を好んで食べる。その巨体からは想像できないが、繰り出される攻撃は素早く息つく間もなかった。
召喚を行う隙が全く無い。しかも、サイクロプスの攻撃力は凄まじく繰り出される拳に当たった木々は木端微塵となっていた。
ヴァルサス達はサイクロプスの攻撃にじりじりと押されていく。
ついに回避出来なかった騎士が数人まともに攻撃を食らった。咄嗟に防御していたがその体は木の葉のように吹き飛ばされ木々と地面に激しく叩きつけられる。その後はピクリとも動かない。微かに胸が弱々しく上下に動いているのでどうやら生きてはいるようだが重体だった。すぐにも怪我人を助けに行ってやりたいが、サイクロプスの攻撃はそんな隙さえ窺えない。
「くっ、攻撃する隙が無いな」
このままではサイクロプス三体に包囲されてしまう。そうなれば、こちらが圧倒的に不利だ。黒騎士達は壊滅的な状況に陥るだろう。ヴァルサスはなんとかこの状況を打破するべく指示を飛ばした。
「このまま私とレオン副団長、そしてエディルをリーダーとして三手に分かれるぞ! それぞれ三人がサイクロプスを引き付けておく間に奴らの動きを封じるのだ!」
「はっ!」
黒騎士達はヴァルサス、レオン、エディルをリーダーに三つのチームに瞬時に分かれた。黒騎士達の動きは無駄がなく統制がとれている。彼らは突然の指示に戸惑う事無く行動に移った。
ヴァルサスは己のチームにさらに指示を出す。
「私が奴を引き付けておく! お前達はカイルを中心に足止めを行うよう召喚を始めよ!」
「オウ!」
ヴァルサスは素早く動きながら、召喚を開始する。無詠唱で行われる召喚は右腕に血のように赤い文様を描きながら一瞬で魔法陣を構築させる。
「我が刃となれ! 出でよ、魔槍ゲイボルグ!」
赤い魔法陣が光を放った次の瞬間、ヴァルサスの右手には巨大な槍が握られていた。槍は軽く彼の身長を超えていて、倍以上はあるだろう。
「ハアァッ!」
向かってくるサイクロプスの拳めがけてヴァルサスは渾身の力を込めて槍を投擲した。
槍は唸りを上げて空気を切り裂きサイクロプスの拳に吸い込まれる。槍はサイクロプスの右腕を貫通すると同時に、ゲイボルグから無数の棘が生え次の瞬間にはサイクロプスの右腕は内側から弾けるように破裂した。血液と骨と肉片が辺りに飛び散り、赤黒い大小の塊が周りの木々へと勢い良く付着した。
「グオオオオ!」
右腕を失ったサイクロプスは怒りと苦悶の叫びを上げる。ぎょろりと血走った一つ眼をヴァルサスに向けた。
その瞬間カイル達の召喚が完成した。風の精霊シルフィードを召喚する。
「風よ、戒めの鎖となりて我らが敵を捕縛せよ!」
意志を持った強風が前後左右から吹き荒れ、風はサイクロプスの身動きを禁ずる。
ヴァルサスはゲイボルグをその手に呼び寄せると、動きを拘束されたサイプロクスをゲイボルグで一突きの元に退治した。
一方、レオンの方はサイクロプスの攻撃を大剣で受け流していた。何とか受け流しているがビリビリと両腕が痺れ左腕は骨折している。これ以上は受け止められない。
レオンは攻撃の隙をついてその懐に飛び込むと、痛みを堪えて大剣を横薙ぎに力強く振り払った。
「うおおおお!」
刃が胴体に深く埋まり、ぱっくりと胴が開いた。
サイクロプスの胴から血が噴き出す。サイクロプスは苦悶の声を上げ血が噴き出す傷口を抑えて後退した。そこに一瞬の隙が出来た。その一瞬を逃さず黒騎士達は水の精霊を召喚する。
「水よ、刃となって攻撃せよ!」
水は変形し円形の刃となってサイクロプスに襲いかかった。圧縮され超高圧の水の刃が幾つも回転しながら空間を分断する。
水の刃がサイクロプスの手足を切り飛ばし、毛むくじゃらの手足が宙を飛んだ。手足を失い動きを封じられたサイクロプスがバランスを崩して倒れるその前に、レオンは渾身の力を込めてその胴を一刀のもとに両断した。肉塊と化したサイクロプスであったモノは重い音を立てながら6つに別れて散らばった。
残るはあと一体。エディルのチームだけだ。
ヴァルサス達はレオン達と合流し、エディル達の元へと急いだ。召喚獣が現れた気配がする。エディル達が召喚したのだろう。
「レオンの方も片付いたか。後はエディル達が戦っている一体だけだが、どうやらあちらも片が付きそうだ」
「はい、殿下。もはや時間の問題でしょう」
「ああ。負傷した者達の具合が心配だ。カイル、負傷者の手当てを頼む」
「はっ、了解しました」
その時、突然地震が起き地面が大きく揺れた。体が宙に突き上げられ思わず片方の膝を付く。
「くっ、地震か? 大きいな。エディル達や負傷者はどうなっている? 無事か?」
よりにもよって、このタイミングでこれ程の地震とは。直ぐさま駆けつけるがエディル達は無事サイクロプスを退治していた。カイルの方からも皆無事であるとヴァルサスに返答が届く。どうやら大事無かったようだ。
「エディル、無事か? 他の者達もどうだ?」
「は、皆生存していますが自分のチームから重傷者が一人出ております。出来るだけ早く治療を――」
その時、突然地面から滲む様に黒い霧が噴き出した。
霧の中には黒い影が幾つも潜んでいる。影はぞわぞわと蠢いた。その気配は明らかに人間ではなく魔物だ。
「不味い! 皆の者、私の後ろへ!」
ヴァルサスは叫ぶと召喚を一瞬で行い結界を出来る限り広げるが、間に合わない。
突如無数の力が黒騎士達に襲いかかった。不意を突かれ、結界が間に合わなかった者達は一瞬で石化した。怪我を負った騎士達やカイルは結界の範囲外にいたため石化していた。ヴァルサス達の視線の先に現れたのは無数の蛇がうねうねと蠢く頭部を持った上位の魔物だった。
黒い霧が薄くなり数体のゴルゴンが現れる。
ゴルゴンには石化能力がある。ヴァルサスは石化を結界で防いだが、結界に無数の圧力がかかり徐々に両腕から石化を始める。
「ううう!」
ヴァルサスの喉から苦悶のうめき声が漏れた。
このままでは石化してしまう。まだ、ここでは死ねない。まだ!
脳裏にユウの顔が浮かんだ。他には何も考えられない。
ユウ!
城で自分の部屋にいたユウの頭に、突然何の前触れも無くヴァルサスとレオン、エディルやカイル、黒騎士達の様子が映像となって飛び込んできた。ヴァルサスの両腕が石化している。苦悶の表情を浮かべるヴァルサスの様子はさらにじわじわと腕から肩にかけて石化が進んでいく。片腕で大剣を振るうレオンの姿が見えた。左腕は石化している。
全身が石化してピクリとも動かないのはカイルだ。
その光景は朝の悪夢が現実になったみたいだ。あれは予知夢だったの? このまま夢どおりには決してさせない!
ユウに恐怖を凌駕するほどの強い感情が湧きあがった。私はそのまま強い感情に突き動かされる。
このままではいけない。ヴァルサスを、レオンと皆を助けに行かなければ!
突如、私の体は虹色の光を放つと黒い魔法陣に覆われた。体が熱くなり視界がぼやけていく。
私はそのまま意識が遠くなるのを感じていた。
今回も読んで下さいまして、ありがとうございます。