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喚び寄せる声  作者: 若竹
25/70

第25話 悪夢

h22.11/19 改稿しました。


 魔物の襲撃により緑の騎士部隊は壊滅状態に陥った。衝撃的な報告内容は王城に動揺をもたらし、すぐさまこのような被害をもたらした魔物の情報収集がなされると黒の騎士団へと討伐命令が下った。

 緑の騎士部隊を壊滅させた魔物を討伐せよ!


 ヴァルサスとレオンは個々の戦闘能力や連携を考慮し黒の騎士団の中から数人を選抜すると、夜明けと共に討伐へと向かった。

 報告によると出現したのはキマイラとサイクロプスであったという。

 その数はキマイラが十体未満と少数程度でサイクロプスが3体だった。ただ、キマイラとサイクロプスとなると個体そのものの強さがグールやワイバーンと比べて圧倒的に違いがある。襲われた緑の騎士部隊ではひとたまりも無かったのだろう。

 騎獣に乗った黒騎士達は目的地に向かって空を駆けた。






 胸の内がざわめくような、ざらりとした感覚が離れない。ユウは落ちつかない気持ちでそわそわしながら一人部屋で過ごしていた。

 とても嫌な予感がする。この感覚がずっと離れない。

 私は朝方悪夢を見ていた。よりによって、ヴァルサス達が魔物の討伐に向かったこの日に。


 目の前の空間は暗く霧がかっているかのよう。先が全く見えなくて、歩いても歩いてもどこまでも続いているかのように延々とその空間は続いた。一体どこまで続くのだろう?

 私の内に心細さや不安が湧きあがって来た頃、突然ヴァルサスとレオンが私の前に現れた。二人は私に背中を向けた形で立っている。

 私はこの不気味な空間で見知った姿を見てほっとすると、駆け寄って二人に声をかけた。


「ヴァル、レオン! ヴァル達もここにいたんだ! 良かった、貴方達二人がいてくれて。私、気が付いたらこの場所にいたんだけど、一体ここはどこなんだろう? 二人はいつからこの不気味な場所にいるの?」


 けれど、二人にはまるで私の声が聞こえていないみたい。声をかけても身動きや反応が全く無い。

 訝しく思って私は二人に近づくと、もう一度声をかけてヴァルサスの背中に触れた。その背中は何故だろう? 硬くひやりとして冷たい。


「ヴァル、レオン。返事をして。ねえ、聞こえて無いの?」


 すると、ヴァルサスがピクリと頭を動かした。彼は首から上だけを不自然にゆっくりと動かして振り返り、横顔を私に向けた。その動きは人間とは思えないようなぎこちなさで異様な動作だった。まるで機械の擦れる音が聞こえてくるような……。


「ユウ……」


 ヴァルサスはスローモーションみたいにゆっくりと口を動かした。そして、口を開けたまま苦悶の表情を浮かべて動きを止める。まるで彫像みたいに。

 ヴァルサスの横顔を占める余裕の無い苦痛を耐える表情に、私は驚愕し動揺した。


「ヴァル? ど、どうしたの一体? 大丈夫?」


 そう声をかけた途端だった。突如ヴァルサスの首や顔の皮膚が変化し始めた。

 コンクリートのような灰色に。


「!! な、何これ! ヴァ、ヴァル! レオン、ヴァルが石に変わって行く!」


 私は驚きと恐怖と混乱で訳が解らなかった。どうしていいのか何が起こっているのか理解できず、ただ為す術も無くレオンに助けを求めた。しかし、レオンは振り返る事すらせずにピクリとも動かない。

 その間にもヴァルサスは首元からどんどん石化が進み、顎が変色して口は動かなくなった。さらに瞬く間に美しい眼が、額が石へと変化して最後に髪の毛の先まで灰色に変わり石化してしまった。


「あああ!! ヴァル! どうしよう、どうしたらいいの?! 石になっちゃったよ! ねえレオンってば! お願い、返事をして! ねえ!…………ま、まさか、レオンまで?」


 私は二人の正面にまわった。するとレオンは髪の毛以外がすでに石と化していた。残っていた燃えるような赤い髪もあっという間に灰色へと変わる。

 二つの石像から鈍く甲高い音がした。石像に次々とひび割れが走っていく。私はそれを何とか止めようと手を伸ばした、その時。二つの石像に大きく亀裂が入ると裂けるような恐ろしい音を立ててぼろぼろと崩れ去った。

 

「いやああああああ!!」






「ユウ! 起きて、ユウ!」


 私ははっと眼を開いた。フランが心配そうに私を見ている。

 夢……? 私は全身にぐっしょりと汗をかいていて、寝巻は私の汗を吸って濡れていた。

 その、汗でべたつく不快な感触は私の気持ちを表しているようだった。


「ゆ、夢だったの……? ああ、良かった夢で。本当に怖かった……」

「随分うなされていましたよ、ユウ。貴方の声が聞こえたので様子を窺いに来たのですが、余りの様子に思わず起こしてしまいました。何か怖い夢でも見ましたか?」

「ええ。起こしてくれてありがとう、フラン。本当に怖い夢だった。……余りに怖くて口に出せないくらい」

「そう、それは余程恐ろしい夢だったのね。でも、もう大丈夫ですよ、ユウ。だって、ただの夢なんですから。夢は所詮夢です。……そうですね、何か体が温まる飲み物を用意しましょうか? 少し気持ちが落ち着きますよ」

「……ありがとう、フラン」


 少しして、フランはほんのり湯気の立つミルクティーを用意してくれた。私はフランからティーカップを受け取ったが、気が付くと手がカタカタと震えていて中身が零れそうになった。

 そんな様子にフランは眉根を寄せると心配そうに私を見た。

 フランは私の隣に座るとティーカップを持ったまま震える私の両手をフランの両手で優しく包み込んでくれた。


「……フラン」

「大丈夫ですよ、ユウ。怖い夢はもう終わりです。……貴方が落ちつくまでもう少しこうしていましょうね」


 暫らくそうしていると、ようやく手の震えが収まった。

 私はぬるくなったミルクティーを一口含んで飲み込んだ。フランの優しい気持が沁み込んだミルクティーの味わいがじんわりと心と体に沁み込んでいく。

 私は体の力を抜くとようやくホッと一息つけた。


「ねえ、フラン。ヴァルは今どこにいるか知っている? 私、夢のせいで彼の顔を見ないと不安で」

「ヴァルサス殿下ですか? 殿下はレオン副団長と共に黒騎士達を率いて魔物の討伐に出かけられましたよ。今朝方日の出と共に出立されました」

「ええっ、そ、そんな」

「ユウ、大丈夫ですよ。どんな夢を見たのか知らないけれど、ヴァルサス殿下に変わった様子はありませんでしたよ。今まで殿下と離れて過ごす事が少なかったから不安になりましたか? それとも魔物の討伐が不安ですか? 大丈夫、殿下はお強い方です」

「……」


 そうじゃない。でも、どうやって言っていいのか分からない。

 魔物の討伐があることなど私は全く知らなかった。事前に分かっていれば何か教えてくれそうなのに。もしかして、ヴァルサスは私に心配をかけまいとしてわざと教えてくれなかったの? ……そうかもしれない。ヴァルサスは心遣いを忘れない優しい人だから。それともこの討伐は急遽決まった事だっだのかもしれない。


 ――――ただの夢。それにしては不吉で生々しいリアルな夢だった。私は夢の内容を何度も否定したけれど、何かを予感させるような夢の内容が頭にこびりついて離れなかった。

 繰り返し何度も恐ろしい場面が甦る。不安が私を包み込んだ。

 悪夢とともに続く魔物の討伐。私は不安が自分の胸の中で育ち、膨れていくのを感じていた。






「ヴァルサス殿下、もう少しで目的地に到着します」

「うむ。皆の者、これより警戒空域に突入する。気を引き締めよ!」


 彼らは今、騎獣に乗って上空を高速移動している。黒騎士達はヴァルサスを先頭に隊列を組み、一糸乱れぬ様相で速度を保ちつつ移動していた。

 この空域は魔物の被害が出た地域にほど近く、一行は警戒を強めて進んでいく。

 ヴァルサスが命令を下すとそれをハクオウの能力で空間を超え各騎士へと伝えられた。

 その命令にヴァルサスの元へと全ての騎士達から空間を超えて応答が返る。


 ハクオウに騎乗したヴァルサスの傍らにはヒエンに騎乗したレオンとグリフィンに騎乗したカイルの姿が左右にあった。後ろに並ぶ黒騎士達の中にはエディルの姿もある。


「殿下、北北東方向に魔物の存在を確認しました! キマイラです。その数10体!」


 探索を行っていたエディルから報告が届く。


「この速度で進めば数瞬で対峙します!」


 左隣に控えたレオンがヴァルサスの代わりに言葉を発する。レオンは言葉と共に抜刀し剣を頭上高く掲げた。


「皆の者! 戦闘態勢を取れ! これよりキマイラの討伐にかかる。その数10!」

「おおう!」


 遙か北北東方向に黒い点のような影が現れた。この距離では姿がはっきりと判別できないが、徐々に姿が見えてくる。その姿は上半身はライオンで下半身はヤギ、蝙蝠のような羽根に毒蛇の尻尾を持つキマイラだ。

 このままのスピードで進めば直ぐに正面に現れ対峙するだろう。

 ヴァルサスは戦闘に備えて騎士達に指示を出した。


「皆の者、聞け。ハクオウの攻撃を合図に対キマイラ戦を開始する! 皆、衝撃波に備えよ」

「はっ!」

「行くぞ、ハクオウ!」


 ハクオウは了解したとヴァルサスの頭の中に直接語りかけてくる。カイルとレオンを含めた黒騎士達はハクオウから距離を開け、戦闘配置についた。


「薙ぎ払え!」


 ヴァルサスの声と共にハクオウは自身の力強い翼を一度大きく羽ばたかせると首を大きくぐるりと円を描くように振った。その口の中からは渦を巻く青白い光が覗いている。光はハクオウの口の中だけでなく体内でも荒々しくうねりを上げる。うねった光は密度を増し渦を巻くと口の中に凝縮した。それは周囲の空気さえも巻き込みながら青白い光を轟々と発して純粋な力を形成する。

 ハクオウは地響きのような咆哮を放ちつつ、轟々と力が燃える巨大な顎を大きく開いた。


 強力なドラゴンブレスが恐ろしい勢いでキマイラ達に襲いかかった。放たれた力はプラズマを発しながら大気を捻じ曲げ一直線にキマイラ達に向かう。その一撃は神の鉄槌のようだ。戦慄するほどの強烈な攻撃を放つ。

 目の前の視界が青白く染まった。その刹那、鼓膜に痛みを感じるほどの爆音が轟き空気がビリビリと震撼する。ハクオウの放ったドラゴンブレスの余波は黒騎士達にも衝撃波をもたらし、轟音がシールドをも超えて波及する。黒騎士達と騎獣は強風にあおられたかのように一瞬体制を崩した。


 光が収まると前方にはその数のほとんどを減らしたキマイラ数体がこちら目がけて飛んで来る。ハクオウの攻撃の後に残ったわずかな数体だ。

 一瞬の内にキマイラ一群の中央にいた物とその周辺にいた数体は跡形もなく消滅していた。攻撃をなんとか免れたキマイラも大きくダメージを負っている。

 そこへ、畳みかけるように攻撃を開始する。


「黒騎士達よ、今こそその実力を発揮するのだ! 行くぞォ!」

「オオゥ!」


 衝撃波にひるまずレオンは声を発した。レオンを先頭に黒騎士達を率いてキマイラへと次々に攻撃を開始する。キマイラに反撃の暇を与えない。


「シルフィード! 我が召喚に応えたまえ! 我らが眼前の敵を切り刻め!」


 カイルはシルフィードを召喚する。空中に魔法陣が現れると繊細な羽根を持った風の精霊シルフィードが出現した。シルフィードは空を切り裂きながら己自身を巨大な風の刃と化してキマイラへと襲いかかった。その攻撃は死神の鎌のようだった。鋭く冷たく、そして無慈悲に。攻撃を受けたキマイラは両翼をもがれて地上に叩きつけられた。



 傷つきながらもなおキマイラは襲いかかって来る。炎のブレスを吐き毒を持つ蛇が騎士達に襲いかかる。その炎にひるまずレオンはキマイラに向けて突っ込むと、勢いを殺さず大剣をキマイラの顔面に突き立てた。肉を貫く手ごたえが両腕に重く伝わって来る。


「グギャアアア!!」

「ぬうあああ!」


 顔面から尻まで一気に真っ二へと一刀両断した。

 遅れて血飛沫が噴き出す。真っ二つに分かれた胴体は力を失い地上へと落ちていく。

 残っていた最後の一体も黒騎士達によって討伐された。


「皆の者、気を緩めるな! このままサイクロプスへの討伐へと移行するぞ!」


 レオンは声を張り上げた。指示は空間を超えて各騎士へと伝わる。力強い返答がそれぞれの騎士達から返ってきた。

 そこへ、探索の手を広げていたエディルよりヴァルサスへと報告が入る。


「森の中よりサイクロプスの気配を探知しました! その数3体。報告どうりです!」

「よし、地上に降りて森に入る!」


 ヴァルサスの命に騎士たちは力強く返事をかえすと一糸乱れぬ動きで一行は地上に降り立った。そのまま鬱蒼と高い木々が茂る深い森の中へと入って行った。






今回も読んで下さいまして、ありがとうございます。

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