第24話 黒の騎士団
h22.11/13 改稿しました。
「ユウ、おはようございます」
「おはようございます、フラン」
フランといつもの挨拶をする。けれど、私達がいるこの場所はいつもの砦の部屋ではない。
今、私は王城にあるヴァルサスの持つ部屋の中の一室にいる。
この部屋は砦の飾り気のない部屋とは違って華美で上品だった。
「ユウ、朝食の準備が出来てますよ。着替えを済ませてお食事に来て下さいな。」
「はい、少し待ってて。直ぐに行きます」
守護者の砦とは違う慣れない環境に私は最初戸惑いを感じていたが、数日経った今では少しずつこの環境にも慣れてきた。
ここに住むようになった経緯はヴァルサスとレオンと共に王都へ出かけた後、王城に転居することを帰ったその日に突然ヴァルサスから告げられて始まった。
突然の事に驚き戸惑う私を置いて、周囲の準備は瞬く間に整っていった。
私はといえば、自分の荷物などほとんど無いのでまとめ始めると直ぐに準備が済んだ。
その後急きょ慌ただしくこちらに引っ越してきたが、転居の理由はヴァルサスの仕事の変更と就任によるためだとヴァルサス本人から聞いた。
あれよあれよという間に王都への転居が済んだ。
守護者の砦には新たな騎士や騎士団長、召喚士が入れ替わりに就き王都にはヴァルサス、レオン、カイル以外に砦で私を可愛がってくれた召喚士やクリス先生も一緒に移動していた。彼らは今回の人事異動でヴァルサスと共に移動となったみたい。
それにフランも一緒に王都へと変わってきてくれた。おかげで私は新しい環境に不安と緊張を感じながらも心強い思いがしている。私の事を知っている人が傍にいてくれると思うとこの環境にも順応できそうだった。
それに、アルフリード殿下とも知り合いになれた。
彼は私達が王城に来て以来、ちょこちょこと部屋を訪ねてくれる。
王子様は忙しいんじゃないかな?
疑問に思い本人に直接尋ねると、
「私は仕事をこなすのが早いからな。早めに仕事を片付けて、お前が慣れない環境で戸惑っていないか様子を見に来てやってるんだ。そんな風に疑問に思うよりむしろ感謝してほしいくらいだ」
などと言うので私は取りあえずお礼を言った。
すると、何故か顔を赤くして何かもごもご言ってたが何を言っているのかは分からなかった。
とはいえ、転居先がたとえどんな場所であろうともこの世界で今の私が存在できる場所はただ一つ。ヴァルサスが許してくれる限り、彼の元であることに変わりない。
いや、私を温かく受け入れてくれた彼の元以外には考えられなかった。
けれど……。
ヴァルサスは今の姿となった私を一体どう思ってるのだろう?
子供のときと違い、今は彼との距離が少し遠くなったように思う。
それはごく当然の事かもしれない。
子供のときと同じ態度を取られる訳が無い。それほどまでに私は変化してしまった。
こんな私を受け入れてくれるだろうか?こんなに成長してしまった私を。
ましてや実の子供でも何でもない娘など、たった少しの期間で本当の親や兄弟のように信頼や愛情を育てることなど出来ないだろう。
ゆっくりと、少しづつ関係を造り上げていくしかない。
私の方も外見の成長によって子供の姿のときと全く同じようには関われなくなった。体が触れることや、体の距離の近さに羞恥心を前より感じるようになった。
やっぱり、子供の体でいたときには自分の性という意識が多少薄らいでいたのかもしれない。
まっ平らで女性としての象徴が何も無い体だったから?
そのため急な成長により私自身気付かないうちに、私の態度も変化してるのかもしれない。
このままヴァルサスは私という存在が彼の傍にあることをいつまで許してくれるだろう?
いずれは彼に特別な女性が現れるだろう。いつまでもこのままでいられなのは確かだ。
住居を変わるその間にも私の成長は止まること無く進んで行き、私の体は王都を以前訪れたときよりもさらに成長していた。
着替える途中で手を止めて姿見で自分自身を観察した。そこには見慣れない少女が立っている。
私の身長は160センチ程度まで成長し、髪は背中まで伸びている。身体つきは瑞々しさを湛えながらも凹凸がよりはっきりとして、女性らしくなった。
クリス先生程までとはいかないけれど胸は育ち腰はくびれ、手足は雌鹿のようにすらりと伸びて引き締まっている。
高校生くらいかな?16歳から18歳程度に見える。
私の外見は元の世界での姿よりも均整がとれていて、肌はより白くなってるように見えた。今の私は元の世界での面影を残しながらも全く別人だった。
この姿になってから何日か経ったけれど、これ以上変化しなくなった。
急な成長が止まったのか、それとも穏やなスピードへと変化したのか。今はまだ解らないけど、取りあえず落ち着いてくれたみたい。
成長が止まってくれて、本当に良かった。あのままお婆ちゃんになってしまうんじゃないかと本気で怯えていたのだ。今後はまだどうなるのかなんて分からないけど、取りあえずはほっとした。
安堵のため鏡に映る私の顔は、心なしか明るい気がする。
私は身支度を整えると食事のために部屋を出た。
「お待たせ、フラン」
「ユウ、お食事が冷めてしまいますよ。さあ、温かいうちに召しあがって下さいね」
「ありがとう。うーん、今日の朝食も美味しそう。それじゃあ早速いただきます」
私は朝食に取りかかった。
この場にヴァルサスはいない。彼は仕事に忙殺されていて朝早くから執務室へと出勤していた。
私の方ものんびりしている暇は無い。これから仕事があるのだから。
私が成長したことにより、周囲の態度も変化した。
私を小さな子供扱いする人がいなくなった。以前よりも私の意見に耳を傾けてくれるようになり、自分の言動に対する責任も付いてくるようになった。
それは外見だけでなく内面の部分や実際の能力も考慮しての対応や反応だと私は思っている。
喜しい変化だと思う。子供の姿では認めてもらえないように思えたけれど、ようやく一人の人間として、認めてもらえるようになった気がした。
それに、こちらの世界での自分のお金も手にすることが出来た。
それは決してお子遣いでなく、自分の労働に対する賃金として得た物だ。これが何も無い私にとって、とっても嬉しいものだった。
相変わらず衣食住をヴァルサスに甘えて依存しているけれど、これを期にいずれは自立したい。いつまでもヴァルサスに甘えてる訳にはいかない。
仕事というのは相変わらずヴァルサスの仕事を手伝うものだ。けれど、内容はより責任のある事務処理などを手伝うことになった。
書類の整理や分別、ときに簡単な事務手続きなども私が行い、ヴァルサスのお茶を淹れるのも続けてやっている。
私の働きぶりがその仕事を任せられる程度に認められたのかな。
それと、ヴァルサスは新体制設立のため忙しく、正直なところ猫の手も借りたいくらいなのだろう。
ヴァルサスは朝早くから夜遅くまで休み無く働いてて、いつかは体調を崩すのではないかと心配になる。
取りあえず、私は仕事に出勤するため執務室へと向かった。
ヴァルサスは新たに騎士団を設立していた。その名は黒の騎士団といい、赤・青・黄・緑の四騎士団に新たに追加された。
この黒の騎士団は他と異なりより戦闘に特化した特殊な騎士団として誕生した。
主に、他の騎士団では手に負えない凶悪な魔物に対抗するための騎士団で必然的に実力のある者が集められた、100人にも満たない少人数で構成された国内最精鋭部隊だ。
ヴァルサスは黒の騎士団団長であると共に軍事最高責任者として全ての騎士団を纏めることとなった。しかし、主には今まで通り各々の騎士団団長に采配を任せている。
青の騎士団団長は新しく擁立する事になっているが、今の所はヴァルサスが引き続き兼任している。
お陰でヴァルサスは殆ど自分の時間が無くなった。数少ない空いた時間には自分や騎士団への鍛錬と指導に当てていた。それ以外ではレオンが黒の騎士団副団長として団員の指導や育成に当たっている。
今の体制が落ち着けば少しは時間も取れる事だろう。
ユウの方も治癒の技を学ぶために今ある時間をさらに調整してほとんど毎日クリス先生に師事し、仕事の一部を手伝っていた。
クリス先生も忙しい時間の合間を縫ってユウに付き合ってくれていた。
ここは城内にある治療院の一室だ。私は仕事が終わった後この部屋に来ていた。
「先生、今日もよろしくお願いします」
「ああ、もうそんな時間か、早いね。――――それじゃあ早速始めようか。今日は実践の方をやってみるからね」
「はい」
今、私の目の前には萎れて枯れかけた花が何本も生けてある。これを再び癒しの力で蘇らすのだ。
クリス先生は枯れかけた花を一本手に取った。息を整え深く呼吸をすると花にその掌を向ける。
すると、掌から淡いオレンジがかった黄色の光が生まれ、枯れかけた花を包んだ。
花は映像を巻き戻して見るように、しなびた葉や茎、花びらが瑞々しく張りがでて甦った。枯れかけて変色し茶色じみていた葉や茎は緑色へと変化し花びらは美しい白へと変わった。
心の底から驚愕した。
「先生、凄い!枯れかけていた花が切りたてみたいになった!こんなに瑞々しく甦ってる」
「次はユウ、あんたの番だ。やってみな」
「ええっ?私もですか」
「そうだよ、あんたなら出来る」
本当にこんな奇跡のようなことが出来るのかな?目の前で見ていなければ信じられなかったかもしれない。本当に、この世界は不思議なことばかり。一体どんな原理であのように甦ったのだろう?
言われた通りやってみるがそうそう期待どうりにはいかない。全くもって変化は現れなかった。
これも予想どうり。やっぱりね。
「まずは己の意識を集中し、気を静めて。心の中に静かな水面をイメージしてみな」
「はい」
ゆっくり息を吐いて呼吸を落ちつける。頭の中に水面のイメージを浮かべた。しばらくすると湖面が静かに澄んできた。
「波紋を想い浮かべて」
湖面に波紋が生まれた。やがて波紋は広がっていく。次々と波紋は浮かんで大きくなりついには虹色に光輝いて私の体の隅々まで満ちた。光が全身に満ちると私の掌から体の外へ光が溢れ出た。
掌に虹色の輝きが生まれ花を包み込む。目の前で花はみるみる甦っていく。
驚いた事に私にも本当に力があった。嘘みたい。
けれど、実際に目の前で花は変化していく。しかも、なかなかいい調子で。変化はさらに進んでいった。
あれ?どこまで進むんだろう。
花は満開になった後、するすると萎んで蕾になりやがては蕾もつかないくらいの小さな芽と葉に戻ってしまった。
「うん?ユウ、もう一回やってみな」
「はい」
再度同じようにやってみた。けれど、次は甦るどころか枯れてしまって、さらには種が付いていた。
……何故?
「……失敗してしまいました。けど、何だかやり過ぎてしまったような変化です」
「種が付いてる。……力の微妙な調整が出来てないんだね。けど、こんな風に種を付けたりするのは初めて見るケースだ」
「そうですか。もう少し細かく調整することが必要なんですね。私にできるかどうか解りませんが今度は意識してやってみます」
「うん、そうだね。何度でもいいから頑張ってみな」
「はい」
私は何度も失敗を繰り返しながら、ようやくまともに花を蘇らせることが出来るようになった。
「どうでしょうか、先生。ようやく蘇らせることが出来たみたいです!」
「うん、そうだね。いい調子になってきたんじゃないかい?」
最初は力なんて全く発動せず、私には癒しの力など無いと思っていたけれど、どうも本当に力があったみたい。
コントロールが出来ないまま力が使えていたとしたら、大変なことになっていたかもしれない。正しく使えるよう指導を受けることが出来たのは、私にとって本当に有り難いことだった。それに、この力で人の役に立つことも出来る。
改めてクリス先生や先生を紹介してくれたヴァルサスに感謝の気持ちを覚えた。
さらに、他にも私は治療に使用する薬草の知識や薬の生成方法も本格的に学ぶこととなった。
そんな中、ヴァルサス率いる黒の騎士団に不穏な任務の知らせが届いた。
知らせを持ち帰った騎士の姿は見るに堪えない程ぼろぼろで、土と血にまみれ体中いたるところに傷があった。騎士は息も絶え絶えに魔物の出現を報告した。
被害状況は甚大で討伐に向かった緑の騎士団の部隊は壊滅状態だ。この騎士は、命からがら魔物から逃げおおせるとすぐさま王都まで飛んできたのだ。
報告が終わると共に、騎士はその場で意識を失った。
騎士はすぐさま駆けつけた治療士に運ばれていく。
知らせを告げた騎士が倒れたそのとき、体に感じるくらいの地震が起きた。ガタガタと地面が、棚や置物が音をたてて揺れる。
不気味な気配が辺りを包み込んだ。
今回も読んで下さいまして、ありがとうございます。