第23話 不穏な報告
今回はヴァルサス視点です。
h22.11/13 改稿しました。
時を遡ること少し。
ヴァルサスとレオンは謁見の間にいた。広いこの空間は今、ざわめきも無くシンと静まり返っている。
玉座には壮年の男性が王者の風格を漂わせて座っている。この人物こそウィルヴェリング現国王オルバルト・ウル・グランディオーブだ。王座より下段にいるヴァルサスとレオンの周囲にはこの国の宰相や大臣、貴族や神官など臣下達が両脇にずらりと並んでいる。
「青の騎士団団長ヴァルサス・シン・グランディオーブ、青の騎士団副団長レオン・アシュレイ、守護者の砦よりただ今戻りました」
「肩苦しい挨拶はよい。面を上げよ」
「はっ」
青の騎士団というのはヴァルサス率いる召喚士達が所属する騎士団だ。
砦での青い制服を纏った召喚士達は青の騎士団に所属し、赤い制服を纏った騎士達は赤の騎士団に所属していた。両者は守護者の砦での任務に就いていた。赤の騎士団団長は激しくなる魔物との戦いにおいて重傷を負い、任務の遂行が困難であったため数年前からヴァルサスが代わって守護者の砦に赴任している。
また、数と強さを増している魔物に対抗するため召喚士達はそれぞれの隊に分かれて他の騎士団と共に協力し合い、日々の任務に努めていた。
ヴァルサスは顔を上げると久しぶりに会う事になる、王であり父でもあるその人の姿を見た。
そこにはいつもと変わらぬ健在で圧倒的な存在感をたたえたオルバルト王がいた。
オルバルト王は輝く銀髪に深い紺碧の瞳をしている。王は玉座から衰えることのない鋭い眼光をたたえた紺碧の瞳で他者を睥睨している。王は重々しい声をその王座から放った。
「よくぞ戻って来たヴァルサス。そなたの活躍は余の元へも届いておるぞ。この国の召喚士でそなたの右に出る者など存在しないであろう」
「は、若輩者の我が身には過ぎたお言葉です」
ヴァルサスは身に余る思いで王の言葉に頭を下げた。
それは、オルバルト王その人も優れた召喚士であったためだ。召喚士としてのヴァルサスを上回る者の名を挙げるとするならば、オルバルト王その人だ。しかし、経験以外で比較をすれば王の言葉に偽りは無いだろう。
「そなたら騎士団の報告書、並びに他の騎士団からの報告書を読ませてもらった。
その内容はこの国の近い未来に真の懸念を感じる物であった。この場にてその詳細を述べよ」
「は。レオン、始めよ」
ヴァルサスに促されたレオンは何のてらいもない態度で真っ直ぐな視線を王に向け、静かに語り始めた。
「はっ、申し上げます。ここ数年の間に我が国内での魔物の発生数が激増しております。現在と十年前とを比較しますと、その出現数と確認数は倍以上に膨れ上がっています。しかも、その個体自体が凶暴さを増し強くなっています。この状況は我が国だけでなく、近隣諸国でも同様で、魔物の確認数増加に伴い被害も倍増しております。隣国での小さな村などは魔物の襲撃に耐え切れず、消滅してしまった所もあります」
背筋の冷える、ぞっとするような内容であった。
その報告内容に動揺した者達がざわついて音を立てる。
それを気に留めずレオンはさらに淡々と報告を重ねて行った。レオンが言葉を発すると再びその場は水を打ったようにシンと静まり返った。
「また、魔物の増加に呼応するかのように世界中で確認されている奇病も増加と拡大を続けています。奇病とは、魔力の放出が止まらず命が尽きるまで魔力を燃やしてしまう病気です。いまだ、どの国でもその原因は判明せず治療法や対処法は見つかっていません。その発生が確認されたのが十年前でした。当時は極少数のみの、あまり認識の無い病気でしたがここ数年で増加の一途をたどっております」
この奇病が最初に確認されたのはウィルベルングに隣接する大国イルムディであった。
ウィルベリング国内で確認されるようになったのは去年からだったが発生数は増加の一途をたどっている。未だ謎が多く魔力の過剰放出と制御不能という今までに前例の無い症状を呈し、原因の解らない病気として奇病とされた。
レオンに続いてヴァルサスが言葉を継ぐ。
「この魔物と奇病は何がしかの関連があると考えられております。なぜなら奇病と魔物被害の発生場所、発生時期が一致している事が多いからです。偶然にしては余りにも数が多過ぎる。しかし、その関連が具体的には何であるのか分かってないのが現状です」
ヴァルサスが言葉を発し終わった後も謁見の間はシンと静まりかえっている。
その時何かの予兆のように地震が発生した。揺れはかすかに感じるほどの小ささで直ぐに収まったが敏感な者は気付いた。
不安の色が色濃く謁見の間に広がっていく。
「そうか、報告御苦労であった。皆の者、もはや一刻の猶予も無いほど現状は逼迫している。今以上の対応を早々にせよ。医療機関には奇病の原因究明を第一に優先するよう命じる。ヴァルサス、そなたには増加し凶悪化する魔物への対策として守護者の砦での任を解き、対魔物機関の設立とその最高責任者へ任命する。レオン副団長、そなたも砦での任を解きヴァルサスの副官として対魔物機関へと任命する」
「ははっ。非才ながら謹んで職務をお受けいたします」
「ははっ。粉骨砕身して己が職務を全う致します」
ヴァルサスとレオンは深々と頭を垂れ、謹んで任命を享受した。
謁見が終わった後ヴァルサスはレオンと別れて別室にいるが、一人ではない。部屋にはオルバルト王とセーゲル宰相もいた。王は先程の威厳ある態度とは異なり穏やかな雰囲気を醸し出している。口調も変わっていた。
「久しぶりだな、ヴァルサス。元気だったか?守護者の砦が魔物に破壊されたとの報告を受けた時は、さすがのお前もどうにかなったのではないかと胸の塞がる思いがしたぞ」
そう言うと、オルバルト王はヴァルサスをぎゅっと抱擁した。
私は久しぶりに父の温もりを感じた。一体いつ以来だろう?こうやって父と抱擁を交わすのは。色々な感情が現れては姿を変える。なんとも複雑な気持ちだったが最後に感じたのは温かさだった。
気のせいか、父の背が若干低くなっているように思う。先程の謁見の時には微塵にも感じられなかったのに。父にはまだ老いの影は見られない。まだまだ男盛りだろう。
……自分でも気付かない内に背が伸びていたのだろうか?
「御心配をおかけして申し訳ございません、父上」
「いや、お前が無事であったのなら何よりだ」
「はい。父上も御健在で何よりです。あの時はいち早く我が守護者の砦に救援を頂き、本当にありがとうございました。おかげで砦の機能もすでに回復しております」
「そうか、お前達の助けになれたのなら良かった」
「父上……」
感謝の念が湧きあがった。私にとって、父は今も昔も大きな存在だった。
そこへ美しい女性が入ってきた。現王妃リリネだ。
彼女は円熟した女の美しさを備えた熟年の女性で絹糸のようなプラチナブロンドに紫の瞳をしている。
私は誰にも悟られないよう密かに心を引き締めた。王城に戻れば彼女と会う事になると覚悟はしていた。
彼女を見た自分はどう感じるだろう?王城を出てから何年も前に彼女への想いをとっくに乗り越えたと思っていたが、実際に会ってみたらどうなるか自分が分からなかった。
リリネは第二王妃だ。第一王妃エリンはヴァルサスの産みの母であり、リリネの姉でもある。エリンはヴァルサスが物心も付かない幼い時に魔物に襲われその命を散らしていた。
以来、リリネはヴァルサスを我が子のように愛情を持って育ててくれた。ヴァルサスにとってリリネは育ての母親だ。
しかし、私はリリネを母親として思ってなどいなかった。
年上の、一人の女性として捉えていたのだ。それどころか私の初恋の相手はリリネだ。
私は随分早熟な子供だった。早くに母親を無くし、母に良く似たリリネに母の面影を求めたのだと思う。しかし、いつの間だったのだろうか?リリネへの気持ちが違う想いへと変わっていた。
オルバルトは王として立派な存在だ。今も昔も。だが、父親としては国王としての執務に追われて殆ど会うことが出来ず、私は甘える事など到底できなかった。父が私の事を十分気にかけてくれているのは分かっていたが。
代わりにリリネを一層求めたのかもしれない。
父との間に弟のアルフリードと妹のソレイユが生まれていたが気持ちは強くなっていくばかりだった。許されない想いが。
だが、リリネは自分の義母で、父と愛し合っている。そして自分は第一王子で。何もかもがこの気持ちを許さない。その想いを出す事さえ出来ない。
二人を見ているのが辛く、時に微笑ましくもあり引き裂かれるような気持ちになった。
――――強引に自分の物にすることができたなら手に入れたかもしれない。
だが、それを表に出す事もなかった。ぐっと心の奥に秘め、リリネの姿を見ないよう距離を取った。女も抱いた。しかし、気持ちは収まるどころか強くなっていく。
私は王位継承権を放棄して、ついに王城から出る事を希望した。別にどこでも良い。できるだけ遠く離れていれば。
いつかこの気持ちが落ち着いて薄らいでいくのを期待した。
久しぶりに会うリリネは相変わらず美しかったが、私の気持ちは穏やかで落ち着いていた。
「ヴァルサス、貴方大丈夫だったの?恐ろしい魔物に襲われたとか!よく顔を見せて」
「はい、義母上」
「……元気そうで良かった。本当に久しぶりだわ、こうやって顔を見るのも。貴方の事が心配で一日も早く貴方に会いたかった!」
リリネは私よりもずっと小さな体で抱擁した。伸びあがって私の頬に軽くキスをする。
彼女は私のかつての想いを知らない。そして知らせない。
私はそっと抱擁を返した。
「義母上。御心配をおかけしました。義母上は以前とお変わりなく美しくいらっしゃる」
「ふふふ、ありがとうヴァルサス。貴方は少し変わったわね。なんだか大きくなったみたい。今の貴方の姿を見てほっとしたわ、本当に。全く心配ばかりさせるんですから、この子は」
「……本当にすみません、義母上」
「いいわ。それより近々、守護者の砦の任務を離れてこちらに戻って来れるとか?」
「はい、先程決定しました」
「貴方が帰ってきてくれて王も私も本当に嬉しいわ。アルフリードとソレイユも大層喜ぶでしょうね。あの子達の様子が目に浮かぶようよ」
「ええ。私もまた兄弟共に過ごせると思うと嬉しいです」
「――――ヴァルサス」
父が私を静かに呼んだ。その表情は苦渋に満ちている。
「お前には大変危険な役割を背負わせるな。父として本当に申し訳なく思う」
「……いえ、王家に生まれた者として当然のことです。国民のためより凶暴となる魔物から少しでも被害を減らし安全に生活できるよう努める事が、王族である我が責務だと思ってます」
「ヴァルサス……。私はお前を誇りに思うぞ」
「私も父上と義母上を誇りに思ってます」
私の両肩に父が手を置いた。父の両手は力強く温かい。
リリネは美しい顔に穏やかな笑顔を浮かべると父に寄り添った。
それに気付いた父はリリネの腰を引き寄せその瞳を覗き込む。
二人はじっとお互いを見つめ合った。
二人が深く愛し合い、信頼し合っている姿が目の前にあった。
かつてはこの姿を見るのが苦しかった。だが、今は穏やかな気持ちがあるだけだ。
「……リリネ」
「……オルト」
お互い指をからませ身を寄せる。
そろそろ他でやってくれないかと思っていると、セーゲルの咳払いの音がした。多分セーゲルも同じ気分のようだ。彼は毎度毎度これを見せつけられているんだろう、顔をしかめている。
「ゴッホン!」
かなりわざとらしい咳払いだがその効果は抜群だった
「!」
「!!」
二人は我に返った。
咳払いは年季が入っている。咳払い一つで二人を我に返させるなど、職人技だろう。セーゲルは相変わらずいい仕事をするな。
「陛下、そろそろ次のご予定の時間が差し迫っておりますぞ」
「むむむ、もうそんな時間なのか。ヴァルサス、名残惜しいが私達はこれにて失礼する」
「またゆっくり話をしましょうね、ヴァルサス」
「はい」
これからは顔を合わせる機会も増える事だろう。
私は三人を見送った後、自分の部屋へと戻った。
部屋に戻るとそこにはユウとレオンの姿は無く、まだ外出から帰っていないようだった。
久しぶりに一人で過ごすこの部屋は閑散としていてどこか寂しい。
私は意識を澄まして魔力を広げるとユウの探索を行った。すると、ユウの首飾りを通して気配が伝わってくる。ユウはまだこの城へは戻っていないようだ。城下辺りに気配を感じる。この様子だとここまで帰って来るには少し時間がかかるだろう。
深く息を吐くと、私はこの鬱陶しく感じるずるずるとした衣装を着替えることにした。
気楽な服装になるとソファにどさりと身を沈める。体がやけに重たく感じていた。
――――これからの事に対して準備をせねばなるまい。
喉を潤そうと侍女が用意してくれたお茶を飲む。一口飲むと溜息が唇から洩れた。
リリネは変わっていなかった。だが、私の気持ちは変わったのだろう。リリネと会っても私の気持ちは静かで落ち着いていた。以前のように心が乱されるようなことは無く、ただ穏やかだ。
あれほど激しかった気持が今は全く湧いてこない。それが自分で望んだ事だったが、実際に変わるとただ不思議だった。
不意にユウの姿が脳裏に浮かんだ。気付くといつもユウのことを考えている。
ユウはこの一カ月で驚くほど成長した。彼の目の前で蛹から蝶に羽化するように、子供から一気に少女へと変貌した。
そのさまは、瑞々しい草木が芽吹いて美しい蕾を付けたかのようだ。まさか、それが大輪の花を咲かせようとしていることを今となって気付くとは。
ユウが一気に成長したことに対しクリスの意見を聞いた。その意見では、ユウは他種族との混血児でないかとの見解だった。
その意見には同感だ。しかし、個人差があるのかもしれないがそれでも成長スピードが速い。ユウ自身の身体や他人の眼が心配だがこのまま見守るしか方法は無い。
ユウの前ではこのように心配していることを態度に出さなかった。余計に不安を煽ってしまうだろう。周りの者達にも協力させ、ユウにはそれと悟られないよう殆ど執務室と治療所のみの行動をさせた。
本人は多分気が付いてないだろう。落ちつけば少しづつ行動範囲を広げていけば良い。
今回は彼女がストレスを溜め込んでしまわないよう連れだした。こちらは彼女を知っている人間などいない。
ヴァルサス自身の気持ちといえば、ユウに対し何ら違和感を感じなかった。むしろ、自分の中に再び湧きあがってくる強い感情に戸惑う。
ユウが抱きついたあの時。服越しに伝わってきた身体の軟らかさと弾力。子供とは違う少女らしい身体つき。微かな香り。
どきりとした。訳もなく動揺する。
ハクオウに乗っている間どうしていいか分からなくなった。レオンとユウを離したくて攫うように強引にハクオウに乗せた。まるで子供のようだ。なのに……。自分の前にいるユウを支えてやりたかったが触れるのを躊躇った。あの、軟らかな体を再びこの腕に感じたら自分はどうしてしまうだろう。
眩しいユウの笑顔が脳裏に浮かんだ。
違う、この感情は違う!
ヴァルサスの中でのユウは子供だった。そこに少女となったユウが現れる。
再び心の中で閉じ込めた感情が蠢いている。とぐろを巻くように渦巻いた。
私はその感情から眼を逸らした。
彼女はまだ子供だ。
その後、ヴァルサスと合流したユウとレオン達三人は直ぐに城を出立した。砦でやり残した仕事を片付けて、次の任務につかなければならない。
ヴァルサス達三人は、その日の内に再び砦へと戻ったのだった。
今回も読んで下さいまして、ありがとうございます。