第22話 城下
h22.11/7 改稿しました。
大きな手でゆっくりと撫でられてる。
優しい手の感触が心地好い。ゆっくりと私の意識は浮上した。大きな優しい手は頬を包み込みながら瞼の上を羽毛のように優しく撫でた。
「ん、んん……」
「ユウ」
「どうだ、目覚めたか?」
目を開けると、そこには私を心配そうに見下ろす二つの顔があった。
レオンと眼鏡男だ。
眼鏡男はレオンを押し退けるようにして私の視界に入ってくる。
誰だっけ?この眼鏡男。眼鏡男は金髪でアメジストみたいな紫の瞳をしてる。
ここはどこだっけ?私、何で寝てるんだろう……。
「おい、お前、気分はどうだ?」
そういえば、この顔はさっき部屋に現れた狼藉眼鏡男!
はっと正気に戻ると私は勢い良くがばっと跳ね起きた。その瞬間鈍い音と火花が!
「!」
「!!」
い、痛ーいっ!
眼鏡男は私に近付き過ぎてたみたい。私は眼鏡男の顔面にいっきり頭突きを喰らわせてしまった。
眼鏡男の頭蓋骨は石でできてるに違いない。物凄く痛くて声が出ない。悶絶モノ。
「~~~~~!」
「ぐっ!」
私は再び倒れ込むと顔を枕に埋めた。あんまり痛くて思わずじわりと涙がにじむ。
「凄い音がしたなー。ユウ、大丈夫か?」
「うう。私の方の心配もしろ。その娘の頭突きのせいで額が割れたぞ」
「アルフリード殿下は大丈夫でしょ、石頭ですからね。額なんてどこも割れて無いじゃないですか。それよりユウの方が何倍も心配ですよ」
「先程のは言葉のあやだ。見ろ、眼鏡が割れてしまった」
「はいはい」
私は痛みをこらえようと、ぐりぐりと枕に顔を押し付けた。
「~~~!…………?」
あれ?なんだかこの枕、違わない?ごつごつ硬いというか、温いというか。
不意にこの枕が普通のとは少し違うことに気付いた。
この枕、変。
んん?
ぱちっと目を開いた。どこかで見たことのある青い上質な生地が目に飛び込む。
あれ?これって……。
そのまま生地を追って視線を上にずらす。微かに動いてる?
そのまま上に視線をあげていくと呼吸のたび微かに動くお腹と胸、次いで心配そうな表情をしたレオンの顔が見えた。ぱちっと視線が合わさる。
「!!!」
――――ぎゃあああ!!
「ユウ、どうだ?ちょっと見せてみろ」
「ひゃあ!し、失礼しました!」
レオンの膝枕だったんだ!何てこったい!
それでは、先程ぐりぐりと顔を押し付けた場所はまさか、マサカ……レオンの股間?
ひいえええ!!
いかーん!それはやっちゃいかーん!
私は再び勢い良く跳ね起きた。途中まで。伸ばした手が空を切る。
「!」
素早くレオンに取り押さえられ再び押し戻された。彼の太腿へと。
私の右肩はレオンの大きな左手に掴まれ押さえつけられていた。
「お嬢ちゃん、少し大人しくしてるんだ。さっきは酷く頭をぶつけたからな。さぁ、良く見せてみろ」
最近のレオンは私を窘める時や注意する時にお嬢ちゃんと呼ぶようになった。
レオンは私の前髪を優しい手つきで掻き分けた。額を見てる。
「どれ、赤くなってたんこぶが出来ているな、ここ。ユウ、気分が悪くなったり吐き気はないか?」
「ないない!」
「本当か?どんどん赤くなってきたぞ?」
「ちょっと痛い程度でホントに大丈夫だから!レオン、だからもう放して!」
「そうか?なら良いが」
レオンは私のたんこぶをよしよしと言って撫でると、ようやく私を解放してくれた。私は自分でもびっくりするくらい素早くレオンの膝枕から逃げた。
もう、ホント恥ずかしいよ!私はそれを必死で隠すようレオンに質問した。
「私、どのくらいああやって伸びてたんですか?」
「ほんの半刻程度だ。すぐに目が覚めたぞ」
「そうですか……」
一刻とは30分程度だから15分くらい膝枕をされてたのか。15分間も……!
「ああ、耳まで赤くして。ユウ、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫です!」
そこへ眼鏡男が会話に割り込んできた。信じれないことに今の私にとっては救いの声だ。
「おい、レオン。ところで兄上はご一緒ではないのか?」
「はい。ヴァルサス殿下はもう少し陛下や宰相との話し合いがあるようで、こちらに戻られるには時間がかかるとのことでした」
「そうか、残念だ。せっかくお会いできると思ってたのだが…」
眼鏡男は心なしか肩を落とした。しかし、私はそんな眼鏡男の様子に全く同情を感じない。私だけでなくレオンもだと思う。レオンは眼鏡男を放って私に声をかけた。
「ユウ、ヴァルサス殿下を待っている間、城下に行かないか?この間の菓子を買いに行こう。ヴァルサス殿下の許可は貰ってある」
「えっ?!ここから出てもいいの?」
「ああ、俺と一緒ならな」
「やった!ありがとう、レオン!」
「俺もユウと二人っきりで出かけるのが楽しみだ」
お城の外はどうなっているのか実際に出てみたかった。
「私も行ってやろう」
「は?殿下?」
突然眼鏡男が言いだした。レオンは少し戸惑ってる。
「私も行ってやろうというのだ。案内してやろうではないか」
「案内ってそんな案内できるほど城下に出て行けないでしょう?大体ご自分の職務は……」
「いつもは変装をしている。それに今日は時間を作ってここに来たのだ」
要は暇ってこと。
眼鏡男の眼鏡は先程の私の頭突きで無残にもひび割れてる。そんな眼鏡では見えにくいんじゃないかな?
すると、眼鏡男は懐から新たに眼鏡を取り出し何事も無かったように掛けかえた。
ええっ?一体何個持ってるの?
「これは変装用だ」
「…………どこが?」
「……」
どこが変装?黒縁の分厚い眼鏡で先程と変わってない。
私はレオンが眼鏡男を殿下と呼んでいることを思い出した。
「殿下」
返事はない。
「眼鏡殿下」
「……それは私の事か?私の名はアルフリードだ。眼鏡ではない!」
眼鏡はこの人しかいないし。他に誰がいるのだ。
「お前、私を知らないのか?一体どんな田舎から出てきたのだ!」
「ぷっ、く、くっくく」
レオンが口を押さえて肩を震わせている。
「アルフリード、……アル殿下」
「勝手に省略するな!」
「それじゃあ急いで出かけましょう!遅くなっちゃうよ!」
「おい!」
「ほら、行きましょ?」
「……あ、ああ。そうだな」
眼鏡殿下改めアル殿下は顔を赤らめるとそっぽを向いた。
「では、アルフリード殿下。その格好ではいささか目立ちますので地味な服装にお着がえ下さい」
「そうか?解った」
「ユウ、俺も着がえるからちょっと待っててくれ。直ぐに済む」
「うん」
そういうことで更衣を終えた男二人と城下に出かけることになった。
私達は今、一般市民の居住区にある商業地区の一角にいる。目の前にはお菓子屋さんがあった。
ここに来るまでは城から馬車に乗って途中から徒歩で移動した。
この辺りはお菓子屋さんが軒を並べている。その中で、ひと際目立つ大きなお店の前だ。
そこは立派な店構えの三階立てのお菓子屋さんだった。辺りには焼き菓子の甘い美味しそうな匂いが漂っている。
観音開きで銅の手すりの付いた大きな扉は開け放たれていて、レオンを先頭に扉をくぐった。
中には色とりどりのお菓子や飲み物、瓶詰めのジャムやゼリー、ドライフルーツのような物まで沢山の商品が所狭しと並べてある。
店の中は沢山のお客で活気に溢れていた。私はレオンやアル殿下とはぐれないようにぴったり二人に付いて行った。
「お、これこれ」
そう言うと、レオンは見た事のある焼き菓子をひょいひょい取っていく。
私は先程から気になっていたピンク色のお菓子をじっと見つめた。
今ほど自分が無一文だと自覚したことはない。
お金が、せめてお小遣いがあれば!一文無しであることが悔まれる。
私は切実に仕事に就きたくなった。
すると、私の物欲しそうな様子に気が付いたレオンが声をかけてくれた。
「ん?それが欲しいのか?」
私はこくりと頷いた。
「そうか」
そう言うと、レオンは何も言わずにひょいとピンク色のお菓子も手に取った。
「さ、行くぞ」
「うん。……ありがとう、レオン!」
レオンは私がお金を持ち合わせていないことに対して何も触れない。私は彼のさり気ない優しさに今回も心が温かくなる。彼はいつだってそうだ。いつも私の心に温もりをくれる。私は心からレオンに感謝した。
レオンが会計を済ませると、私達はお菓子屋さんを後にした。
アル殿下は小さな袋を持っていた。何やらお菓子を買ったみたい。
その後私達は近くの食堂で軽く食事を摂り、もう少しこの辺りをぶらついた。
珍しい、良く判らない用途の物を売っているお店やおしゃれな雰囲気の雑貨屋や本屋、衣服店などが見えた。露店もあってお菓子や果物、果汁を売るなど沢山の店がひしめき合っている。
その中でアクセサリーを売っている店にレオンは堂々と入ってゆく。
アル殿下と私は大人しく彼に付いて店の中に入った。
誰かにプレゼントするアクセサリーでも買うのかな?
私は店の中に並べて飾ってある、珍しく美しいデザインの指輪や首輪、腕輪や髪飾りなどを見て楽しんだ。
アル殿下が私を呼んでいる。
何だろう?
私は呼ばれるがまま、アル殿下の元へと近寄った。
「おい、お前。
……ユウ。ほら、腕を出せ」
そう言うと腕を動かす前に私の腕を取り何かを嵌めた。それは美しい金細工に紫の石が数個埋め込んである細めの腕輪だった。
「お前にやる。先程の詫びだ。言っておくが、別にお前を気に入ったからやる訳じゃないぞ。ただお前の、……その細い腕にはこの腕輪が良く似合うと思ったからだ」
アル殿下は口元に手を当てぽっと頬を赤らめるとそっぽを向いた。
……なにそれ。ツンデレってやつかしら。
お詫びというのは私を揺さぶって目をまわさせたことだと思う。断るのも何だか謝罪を拒否しているようだし、殿下はお金持ちだろうからここはお詫びとして受け取ることにした。
「……ありがとうございます」
レオンも何か買ったようで袋を手に持っていた。私達は大いに楽しい時間を過ごして城へと戻ったのだった。
今回も読んでいただき、ありがとうございます。