第21話 王都
h22.11/7 改稿しました。
もう少しで雲に手が届きそう。
私は鳥か、風になったように感じていた。
ハクオウは、地上から離れて遙か上空をまるで風そのものであるかのように、私達を背中に乗せて飛んでいく。時に、風よりも速く空気を切り裂きながら。
地上を見下ろすと、美しく雄大に広がる大自然がどこまでも続いていく。
その景色は私達の目の前を飛ぶように通り過ぎていって、まるで飛行機の中から地上を見下ろしているようだった。
美しく広がる鬱蒼と繁った森。森を分断するように流れる大きな川。幾つか大きな滝が見え、瀑布をたてて空に虹を作っている。その流れはときに激しく奔流となって、ときに緩やかになっては流れていく。その川の大きさは海の一部を切り取ったみたいだった。
綺麗……。
森がとぎれると灰色の岩が多い草原が広がり、緑の占める割合が減って行く。私達の飛行する高度より低い位置に色鮮やかな赤や黄色、青を身に纏った鳥が逆Vの字に群れをなして飛んでいく。高い鳴き声をあげながら飛んでいる鳥の群れを私達は追い越して、さらに飛び続ける。
地上にはインパラに似た動物やバッファロー、大きな蜥蜴のような動物達が大群をなし地響きを轟かせながら草原を横切るように移動していく。
景色は過ぎ去っていく。
目の前に迫ってくるのは切り立った山々と高低差のある大地。
連綿と連なる山々はその頂に白い雪化粧を身に纏い青白い山肌を晒していた。山の標高が高いので頂上近くになると山肌が凍っているのだろう。
山々のすそ野には隙間を縫うように澄んだ色を湛えた水が川を作って流れていく。
何て素晴らしい景色なんだろう。
この素晴らしく感動を覚える景色を私はできるだけこの目に映したくて、眼をしっかりと開けヴァルサスとの会話も無くただひたすら眺め続けた。
ハクオウはこんなに高い上空を飛行しているが、乗っている私はほとんど気温の変化を感じないし風を切る音もあまり聞こえない。
私達の周りには空気の層が出来ていて、外気から遮断されている印象をうけた。
ハクオウの飛行は安定していて恐怖を感じない。風に体を揺らされることも無く微かに風を頬に感じる程度だった。
完全に空気が遮断されている訳では無いのだろう。でないと呼吸できなくなってしまう。
これもハクオウの力なのかな?
「ユウ、そろそろ王都に到着するぞ。ゆっくりと高度が下がって行くからな。落ちないように気を付けるんだぞ」
「うん」
私は落ちないようハクオウにしっかりとしがみついた。
ヴァルサスが私の後ろにいるのだけれど、彼には頼れなかった。
またヴァルサスが強張ったら。子供の姿のときのようには思わなくなっていたら……。
どきんと心臓の音がした。
そしたらこの世界での私の居場所はどこにも無いように思えた。
……今の姿に変わってしまったけど、傍にいてもいいのかな?
でも、私の体はどんどん成長していく。このまま年を取り続けたら?あっという間に成人を通り越して壮年や老人になったら?
掌にじわりと汗がでた。怖い。
魔族や獣族の混血児はある程度で成長が止まるのだそう。子供の姿から青年へと。私もそうだといいけれど。
いつまでも雛のままではいられない。いつかは巣立たなければいけない。
ハクオウはゆっくりと高度を下げていく。途中、気圧の変化で耳が痛くなったがヴァルサスがハクオウに何か伝えると、耳の痛みも感じなくなった。
「見えてきたぞ。あれが王都だ」
目の前にはなだらかに広がる草原と林。丘陵地に広がる畑とその内側に現れた一段高い大地。その外側を挟むように流れる大きな二つの川。川には橋が幾つもかかっている。
その大地に辺り一帯をぐるりと囲む巨大な壁があり、外壁の内側には石造りの建物でできた巨大都市が出現していた。
「ここが王都……!」
「ああ。ここは私が生まれ育った場所だ」
町に入ると灰色と白を纏った鳥達が一斉にこちらに向かって羽音をたてながら飛んできた。それは、私たちを歓迎し出迎えてくれたかのよう。
「わあっ!凄いっ」
「ふふ、ようこそ、王都へ」
町は沢山の建物と人がひしめきあっていて、活気に溢れている。こじんまりとした家やアパートのような背の高い建物が整然と並んでいた。
町の大通りや広場は露店で賑わっていて、色鮮やかな果物や野菜、食べ物や布、服などが売られているのが空から見えた。
ひときわ目立つ時計台が目を引く。美しい鐘の音が周囲の空気を震わすように幾重にも重なり合って響きわたった。
さらに町を飛びこえていく。町の内側に大きな二つめの外壁が出現し、その内側には数多くの大きな屋敷が建っている。
「ここからの一帯は貴族の居住区だ」
「へぇー、立派な建物が多いねー」
貴族の屋敷はとても立派で庭も広い。
石畳の街並みを、中世の映画のように馬車が走っているのが何度か見えた。
ハクオウは貴族の居住地を悠然と飛んでいった。
「ここがこの国の中枢、王城だ」
「ふわあぁぁ!!」
「フフ……」
目の前の壮麗な光景に意味の無い声をあげた。もうほんと、言葉が無い。そんな私をヴァルサスは面白そうに笑った。
私達の眼の前には蒼く透きとおった水を湛えた湖の中央に、まるで浮かぶように建つ巨大な城が出現した。
それは金色の半円を描く巨大なドーム状をした屋根、幾つもの高い塔に囲まれた白亜の城だった。大理石でできた白亜の城からは、白い石畳で舗装された一本の道が外側へと延びている。
私達は空からゆっくりと旋回しながら王城の中へと入った。
ハクオウが羽ばたきながら入っていけるほどの広いスペースがある巨大な城だった。
城の壁には至る所に透かし彫りで緻密な装飾がびっしりと施してあって美しい。まさに職人技。
さらに、眼にも色鮮やかな美しいタイルで天井の内側や、壁、太い柱に様々な絵や文様が描かれ飾られていた。
ハクオウは青い垂れ幕がはためく召喚獣専用門をくぐりぬけると広い空間に出た。
そのままふわりと着地する。着地した所は見上げるほどに高い天井にステンドグラスが嵌め込んである場所だった。色とりどりの光が天井から差し込むと、その場は幻想的な空間となった。
「ユウ、着いたぞ」
ヴァルサスに声をかけられるまで、口をぽかんと開けてぼんやりしたまま私は固まっていた。
「ふぁあ!」
ヴァルサスは私を軽々と抱えるとあっという間にハクオウから飛び降りた。
私をその場に立たせてくれたあと、ヴァルサスはハクオウを撫でてお礼を言う。
「ここまでお疲れだったな、ハクオウ。感謝するぞ」
「私も、ハクオウ。長い距離を飛んでくれて本当にお疲れ様でした。私、今日ハクオウに乗せてもらえて、とても良かった。本当にありがとう!ここに来るまでにハクオウの背中で見た景色は二度と忘れないと思う」
労いの言葉と感謝の気持ちを伝えると、ハクオウは小さく喉を鳴らして私の体に頭を擦りつけた。
私もハクオウの顔を撫でる。
そこへ、遅れてレオンを乗せたヒエンが飛んできて着地した。レオンがヒエンから降りるとすぐさま係の者がやってきて、ヒエンを連れて奥の方へと姿を消した。
ハクオウの方はというと、光を放ちながら紋章がハクオウの足元に出現した。
紋章は出現した時と同じ形で現れた。紋章が現れるとハクオウは光の粒子になったかのように光りを放ち、ぱっと散って姿を消した。
「よくお帰りなされたヴァルサス殿下、レオン副団長」
「セーゲルか。出迎え御苦労」
深緑のローブを着た中年の男性が姿を現した。セーゲルは深々とヴァルサスに向かって礼をする。そして、私の方に鋭い眼差しをむけた。何だか怖そうな感じの男性だ。
「して、殿下。そちらの少女は?」
「私の連れでユウと呼んでいる。よろしく頼むぞ。それより陛下は今、どちらへいらっしゃるのだ?」
「陛下はただ今謁見の間におられます。隣国の使者と謁見中なのです。今しばらくお待ち頂く事になりますゆえ、まずはくつろいで移動の疲れをお取り下され」
「そうか、ならばそうさせてもらおう」
「殿下の元へ後ほど使いの者をやりますので、それまでお待ち下され」
「ああ。レオン、ユウ、行くぞ」
私はヴァルサスとレオンに連れられて、その場を後にした。
今、私は王城にあるヴァルサスの部屋にいる。
砦の部屋とは比べ物にならないほど広く上品でありながら豪華な部屋に、私はまたもやあんぐりと口を開け、ぼんやりソファに座ってる。
庶民にとってこの環境こそが異世界だわ。それほどまでに想像外。
心なしかここの空気さえ高級な気がしてくる。これ以上ここで呼吸をしたら一体幾らお金がかかるのか。
いやいや、それはさすがに可笑しいぞ。お金は掛からないだろっっ!
そういえば、私はこの世界では現在一文無しだった。はぁ、一文なしかぁ。どこの世界でもお金は必要だよね。
そこへ謁見用に着替えを済ませたヴァルサスとレオンが入ってきた。
レオンは召喚士の制服をベースに銀の飾り紐や紋章、装飾が幾つか付いた装いにマントを羽織った姿だ。
レオンは背が高いのでマントが良く似合っている。いつもより一段と格好良い。赤い髪が一層引き立った。
ヴァルサスの方はいつもの装いとは違っていた。
前開きの服は足元までの長さでそれを腰帯で止めている。さらに上から羽織りのような上着を緩くまとっていて、落ち着いた色の腕輪や首飾りなどの装飾を身につけている。
その姿は王子様の気品と、なぜか男の色気が全開の姿だった。
イイ男が二人も。う、や、殺られそう、鼻血出るかも。
「済まないが、ユウ。少しの間この部屋で待っていてくれないか」
「お嬢ちゃん、良い子にしているんだぞ?ここは広いから抜け出したりしたら、一発で迷子になるからな」
「うっ。……解りました」
実際に砦では迷子になっているので反論できない。私はこの庶民にとって異世界な部屋で、大人しく彼らを待っていることにした。
丁度、クリス先生から渡された本があるし、これを読んでおく良い機会かも。
彼らが陛下との謁見に向かって部屋を出ていったあと、私が本を読んでいると突如部屋に男性が現れた。
「失礼する」
「えっ……」
誰?
「お久しぶりです。ようやく会うことができ……ん?」
見たことも無い男性だ。
広い部屋なのでノックの音が聞こえなかったのかな?
「……あの、どちら様でしょうか?」
お久しぶりではない。明らかに初めましてが正解の筈だ。私の問いかけは聞こえなかったのか、全く反応が無かった。
見ず知らずの男性は、私の顔をじっと見た。
じぃぃ――――っと。ジィ――――……。
長い!
しかもどんどん近付いてくるし!近いよ、顔が。近すぎるよ!
何だかこの世界の人は顔を近付けすぎると思う。
どこから取り出したのか、男性は眼鏡を掛けると私をじろじろ見た。
レンズ分厚い。
「誰だ?お前は」
遅っ!質問来るのが遅すぎっ!
私はできるだけ、身体を仰け反らせて変な眼鏡男との距離を取った。
「私は、夕月沙耶といいます」
「……聞いたことの無い変わった名だな、お前。今、この部屋にはお前だけか?部屋の主は今、どちらにおられるのだ?」
「ヴァルのことなら今は、陛下と謁見中だそうです」
「!」
一体何者だろう?この人は。なんとなく身なりや態度から身分の高い人のように思えた。
「……もう一回言ってくれ」
「え?……ヴァルなら謁見中ですよ」
言った途端がばっと眼鏡男に両肩を掴まれて揺さぶられる。がくがくと頭が揺れるくらい激しく。目の前のソファやテーブルが上や下に勢い良く移動していた。
いやいや、勢い良く動いてるのは私じゃん!
め、眼が回るよ~。
「ヴぁルぅ!?お前一体兄上とどういう関係なのだ!ま、まさか!!い、いや、だがしかし!」
「ううう~」
「兄上は意外と小っこいのに弱いんだ!」
誰が何に弱いって?
ぶんぶん頭が揺れる。も、これ以上振られたらヤバイ。脳みそ耳から出てグルヨ~。
「ちょ、ちょっと……」
私の体はぶんぶんと揺さぶられ続けてる。止まる気配は皆無だ。
そこへ救いの声がかかった。
「待たせたな、ユウ。って、オイ!大丈夫か?!アルフリード殿下、なにユウで遊んでるんですか!可哀想だから放してやって下さいよ!」
「ん?レオンか。久方ぶりだな」
ようやく揺れが止まった。この声はレオンかな~。
揺さぶりは止まったが、一足遅かった。
も、駄目、昇天。
「ああっ!おい、ユウ、大丈夫か!」
「あ。……やってしまったな……」
「ユウ!」
私の目の前はぐるぐるまわってチカチカしてる。
景色が闇に包まれた。
今回も読んで下さってありがとうございます。