第18話 魔族
h22.11/2 改稿しました。
周りの景色が一瞬でころりと変わる。
私は眼を瞬いた。まるで映画を見てるよう。
シリウスは不思議な力で砦の内側に瞬間移動した。私を抱えたまま。
私は物凄く不思議に思い、どうやって移動したのか彼に尋ねた。
「ああ、今のは魔力を使ったちょっとした転移だよ」
どうやらシリウスにとって瞬間移動、もしくは転移?とは、とても簡単に出来る物みたい。
シリウスは何も知らない私の反応が面白いのだろう、ニヤニヤしている。
せっかく整った顔なのに、そんな表情をするとは。
シリウスの表情は苛めっ子な性格が現れていて、彼を幼く見せている。
もっとも、外見と内面の年齢が一致する場合の話だけど。
私の様に体は子供で中身は三十路という、つり合いが取れない特殊な場合もあるかもしれない。なんせ此処は異世界だ。想像もつかない事があっても可笑しく無いと考えてしまう。
要は、何でもアリってやつ。
ただ、最近の私は幼い体に引きずられるのか中身の方も精神年齢が低くなってる気がする。良いのか?こんなので。イヤイヤ、私、しっかりしろィ!
私達は人目に付かない丁度建物の陰になる場所に出現した。シリウスは此処を初めから知っていて移動したみたい。
シリウスは腕に抱えていた私をそっと地面に降ろしてくれた。
「サァヤ。いや、今はまだユウと呼ぼうか。ユウ、僕は魔族なんだ」
魔族って何者?良く判らない。人間とは違う種族みたいだ。
「僕は魔族の住む国で生まれ、この年まで育った。割と元気に育ったと思うよ。病気なんて風邪くらいしか引いた事無いし」
へえー、魔族でも風邪って引くんだ。人間以外でも為るモノなのね。
うーん、風邪って侮れない。
私はうんうん頷きながら、シリウスの話を大人しく聞いていた。
「数年前から魔族の中で奇病が流行り始めたんだ。初めは発生数が少なくあまり認識されていないものだった。それが、ここ1年でどんどん増えてきて。その奇病とは、体の内側の魔力と己自身の存在が反転し、魔物の様な化け物に変化してしまうものだ。……この僕の様に」
シリウスは何かを堪える様に口を閉じた。彼の赤い宝石の様な瞳に苦渋の影が一瞬よぎる。
彼は一呼吸置くと、再び話し始めた。
「何故、そのような事になるのか原因は全く解らない。これが本当に病気なのかさえ解っていない。我ら魔族の中には一種の呪いではないかと言っている者もいる」
呪い。その言葉に私の体はぶるりと震えた。
穏やかでは無い話だ。もしそうだとしたら、誰が、何の為に、どんな理由でそんな事を?
シリウスは真剣な眼で話を続ける。先程まで浮かべていた表情は消え去っていて、ただ真剣な顔付きだった。
「反転して歪んだ魔力は己の命を削りながら一気に噴き出して燃え上がり、あっという間に燃え尽きる。魔力の少ない者等は、酷い場合一刻と持たないで死に至る。反転した者は人格が歪み意識は闇へと溺れる。気が付いたら、僕はあんな姿の化け物になっていた。
…………苦しみながらもがいていたあの時。君が助けてくれなかったら、僕はあのまま命ある限り破壊を繰り返しながら死んでいただろう」
「……」
言葉から伝わる、彼が経験した苦しみを私は感じた。
「有り難う、ユウ」
そう言うと、彼は深く頭を下げた。
其処には先程までのからかいを含んだ態度は何処にも無かった。
初めて会った時の姿からは想像もつかないが、これがシリウスの真の姿だった。
シリウスは私の中でゆっくりと癒されたと言った。だから、私の中から出てくる事が出来たみたい。でも、どうやって癒されたかは全く解らない。
それにしても、自分の中に人が居たというのはとても不思議な感覚だった。
「本音を言うと、このまま君と一緒に居たい。けれども、そうもいかないんだ。急ぎ、国に帰って僕の経験した事を皆に報告しなければ」
「シリウス……」
「それに、余り長居するとあの怖いお兄さんに感付かれてしまうからね。いや、もしかしたら既に気付いているかもしれないな」
そう言うと、シリウスはニヤリと笑った。それは、最初に感じた苛めっ子な性格を感じさせる表情だった。
その表情に何故か私の心臓はドキリと音を立てた。
「ユウ、それじゃあ名残惜しいけど此処で失礼するよ。あの怖いお兄さんに見つかる前に出ないとね。ユウ、君が僕を呼べば君の元まで直ぐに飛んで行くよ、必ず。何かあったら何時でも力になる」
シリウスは力強い口調で言った。彼の気持ちが嬉しい。私は素直に頷いた。
それにしても、怖いお兄さんとは一体誰の事だろう?
「私の方こそ助けてくれて、有り難う!シリウスが元の姿に戻れて本当に良かった、嬉しいよ。……気を付けて国に帰って。また、次に会う時までそのまま元気でね、シリウス」
「ああ。それじゃあまた逢おう、僕の愛しい女神」
また女神って言った。聞いている方が恥ずかしいよ、そのクサイ呼び方。
忘れ掛けてたとはいえ、ずっと私と一緒に居てくれたシリウスが居なくなるという事に、私は寂しさを感じながら返事をした。
人は何時かは別れの時がやって来る。
だから出逢えた事に感謝して、その時を、その人を大事にしたい。
私はシリウスと再び出逢う事を約束して、彼に向けて手を振った。
突如、シリウスはさっと身を屈めると素早く私の頬に口付けを落とした。
余りにも突然だった。私は動く事も声を出す事も出来ない。
「!」
突然襲ったシリウスの唇は温かくて、ちょっぴり湿って、そして軟らかかった。
はっとした時にはシリウスの姿は何処にも無く忽然と消えていた。
どうやら此処から去ってしまったみたい。私の頬に温もりだけを残してあっという間に。
私は暫らくその場で佇んでいたが、やがてその場から足を踏み出した。
「ユウ!こんな所に居たのね!探しましたよ!」
私が建物の影から出るとフランが向こうから走って来た。
「あ、フラン」
まずい、先程までの光景を見られて無かったか?シリウス、かなり怪しい人に見えると思うし、魔族だし。
しかし、フランはシリウスの事に気付いて無かったようで、私は安堵の息をついた。
「ユウ?顔が赤いけど、どうしたのでしょう。体調でも悪いのかしら?」
「い、いえ、何でもないの!それよりフラン、部屋を抜け出してゴメンなさい」
私は焦って否定した。フランは怪訝そうな顔をしたが、それ以上聞いてはこなかった。
「ほんと、ちょっと眼を離した隙に居なくなるんだから。でも、ユウ、貴方が無事で本当に良かった。私はとっても心配しましたよ?」
フランに心配を掛け探させたという罪悪感が心に湧きあがった。
「御免ね、心配掛けて。それにとても探させてしまったみたいで、ホントにごめんなさい。私、ヴァル達がどうしても気になって部屋を抜け出してしまったの。でも、もう大人しく部屋に戻るから」
「ふふ、解りました。それじゃあ部屋に戻りましょうか。殿下が戻られるのを部屋で待っていましょうね」
フランは優しく私を許してくれた。ありがとう、フラン。
フランの温かいふんわりとした手に、私は手を引かれながら大人しく部屋へと戻った。
程なくして、部屋にヴァルサスが戻ってきた。
「ヴァル!無事で良かった!」
ヴァルサスが扉を開けて姿を見せると、私はヴァルサスに駆け寄った。彼は白いローブ姿で現れたが、その姿はまるでお伽噺に出てくる王子様か英雄のように格好良い。彼を何かに例えるならば、その煌めく鋼の様な鈍色の銀髪と白いローブが相まって、閃光の様だ。その美しい姿に思わず私は息を飲んだ。
「ああ、ユウも無事だったか……」
駆け寄った私はぐいっと引き寄せられたかと思うと、ヴァルサスの腕の中にぎゅっと抱きしめられていた。私の顔は彼の広い胸に押し当てられ、両足は地面から離れてしまった。
「?」
どうしたんだろう?何かあったのかな?
ヴァルサスは暫らく私を抱きしめていたが、少しして解放してくれた。小さな声で何か言っていたが私には聞こえない。何て言ったのかな?
ヴァルサスはため息をつくと、私と一緒の部屋に居たフランに声を掛けた。
「フラン、入浴と着替えの準備を頼む」
「はい、かしこまりました」
フランは準備に取り掛かる為、部屋を出て行った。
ヴァルサスは軽く息を吐くと、煩わしそうに詰まった立て襟を荒々しく緩めた。
そして、私を見つめる。
ヴァルサスは眉間に皺を寄せている。何となく何時もの優しいヴァルサスとは雰囲気が違う。
な、何?
「ユウ、微かに見知らぬ魔力を纏っているな。言い付けどうり、部屋できちんと待っていたか?」
ドッキーン!
文字どうり私は飛び上がった。
部屋を抜け出した事や回廊から落ちた事、シリウスとの事が脳裏にちらついた。
つっと背中に冷や汗が流れる。ヴァルサスは私が部屋を抜け出していた事や、シリウスと居た事にも何か感付いている?
ひえ~~。どうして解ったのー?ど、どどどうしよう……。
私は不倫がバレた、冴えない中年男性になった気がした。どうやってこの場を切り抜ける?
1.知らぬ、存ぜぬでひたすら通す。
2.素直に話して怒られる。でも怖い。
3.とにかく、ひたすら謝る。……この場合はやっぱり土下座か?でも、これだけは最終手段にしておきたい。
全く名案など浮かんで来ない。
ヴァルサスはゆっくりと私の方に近付いてくる。ただ、此方に向かって歩いてくるだけなのに、その動きは獲物を狙う豹の様。
「その頬の印はどうした?」
「えっ?!印?」
私は思わず頬に触れた。何か付いている?触ってみるが、指先には何の感触もしない。
フランは何も言って無かった。何か付いてたら教えてくれると思う。
私は先程シリウスから頬にキスされた事を思い出した。途端、かっと顔に血が昇る。
その様子を見ていたヴァルサスは無表情になった。おかげで一層迫力が増す。
こ、怖っ!
無意識の内に、私はじりじりと後退していた。
突如、背中と踵に衝撃が奔った。壁にぶつかったみたいだ。気が付くと、私は壁際まで追い詰められていた。
ヴァルサスは壁に手を付くと、私の上から覆い被さる様に身を屈めた。
私の頬を汗が伝った。
私はゴックンと唾を飲み込む。口の中はカラカラだ。
ヴァルサスの腕と体に囲われた私は籠に囚われた小鳥のよう。其の場から身動きが全く取れない。
ヴァルサスは私を上から見下ろしながら、さらにその身を屈めた。
私の首筋近くにヴァルサスの顔が近付いてくる。
か、噛まれるんじゃないの?
この迫力では本当に獲物になった気がした。
ふっと首筋に吐息が掛かる。
ひえっ!
「いつもと違う香りがするな、ユウ?」
ううっ!
一体どんな香りがするというのだろう。
ヴァルサスは、私と眼を合わせながら片方の眉を器用に上げた。
私は蛇に睨まれた蛙の如く身動きできない。思わずひゅっと音を立てて、息を呑んだ。
ヴァルサスの顔は更に近づいてくる。私の頬に吐息が触れた。
私はぎゅっと眼をつむった。獲物になった蛙や、ウサギになった気がした。
ぺロリと温かく湿った何かが私の頬に触れる。
「?!」
えっ?
更に、もう一度。
「消毒だ」
そう言うと、ヴァルサスは覆い被さる様にしていた体を起して私を解放した。
部屋を出て行くヴァルサスの背中をぼんやりと見ている私の顔は、茹でダコより赤くなっているに違いない。
……それにしても、印と消毒とは一体何だったのだろう?
答えは解らないままだった。
今回も読んで下さってありがとうございます。