第17話 クリムゾンの瞳
h22.11/2 改稿しました。
魔物は、ヴァルサス達はどうなっただろう?
ヴァルサスから自分の部屋で待っている様に言われたユウだったが、ヴァルサスや仲良くなった召喚士達が心配でたまらない。
魔物とは、グールとは、一体どんな相手だろう?
もし、ヴァルサスや皆に何かあったら……。ヴァルサスは大丈夫って言ってたけど、実際どうなんだろう。傷ついてはいないか?
――――怖い。
ヴァルサスに何かあったら。そう思うと、とても心細くて堪らない。
ユウにとって、ヴァルサスはこの世界で生きて行く上で心の拠り所となる唯一の存在であり、保護者の様な存在でもあった。それは子供が親を無条件に信頼している姿と似ている。
この世界で生きて行く術のないユウにとって、ヴァルサスは絶対的な存在であると言っていい。精神的にも生活面でも。ユウは今まで無自覚だったが。
私はこんなにも彼に依存している。まるで、生まれたばかりの雛鳥が親鳥を求める様に。
彼が居ないこの世界では生きて行けない。
そんな気がした。
此処での生活に慣れ日々を過ごして行くうちに、ヴァルサス以外にも私の存在を支えてくれる人達が現れた。それは、得体の知れない私なんかと仲良くしてくれる、レオンやヒエン、カイルやフラン、召喚士達だ。彼らの存在は私にとって、とても大切な友人や先輩、親戚のオジサンの様な存在となっていた。
そんな彼らが戦っているのだ。危険を顧みず。
――――このまま此処でじっと待っているなんて出来ない。
この部屋から抜け出して、ヴァルサスの様子を見に行こう。
決心した。一度決めてしまえば迷う事など何も無い。腹の底にぐっと力が籠った。
侍女のフランの隙をじっと窺って、フランがほんの少し此の場を離れた隙に、私はそっと抜け出した。
「迷惑掛けてごめんね、フラン。後でたっぷり反省するから。でも、どうしてもヴァルサス達が気掛かりで、大人しく待っているなんて出来ないの」
心の中でフランに手を合わせて謝った。
私は砦の中を必死で走った。
途中、見張りの騎士達に見つからないよう辺りを窺い、時に身を隠しながら。
今だけは、この小さくなった体に感謝する。目立つ事無く物陰に隠れて移動する事が出来たからだ。
砦の外が窺える場所を目指して走る。多分こっちの方だったと思う。
最近ではお使いと称して砦の中を探索する機会が出来たので、この砦の構造に以前よりは詳しくなっていた。迷子になる様な事は無い。
この砦は建物の周囲をぐるりと外壁が囲んでいる。外壁の一番上は回廊となっていて、其処から敵が攻めてきた時に攻撃できるようになっていた。私は外壁上の回廊を目指して階段を一気に駆け昇る。
子供の体は体力が無いし、段差の高い階段を昇る事がキツい。
途中で何度も息が上がり、心臓がバクバクと動悸を打つ。それでも歩調を緩めず階段を駆け上がると回廊までたどり着いた。
肩で大きく息をしながら壁に手を付いて呼吸を整える。汗がどっと出てきた。
少しして息が整うと、そっと顔を覗かせて回廊を窺う。砦の守護に当たっている騎士が巡回しているのが見える。
こっちに気付きませんように……!
私は息を潜めて体を縮こませた。
騎士が私とは反対方向に向けて巡回に回る隙に、音を立てない様その場をそっとすり抜けた。
こそこそしながら進んでいると、丁度隅の方に小さな子供一人なら入れそうな物陰になっている空間を見つけた。私は其処に滑り込む。
――――此処なら見つからずに良く見れそう。
改めて周りを窺うと、視界の上には淡く輝く不思議な壁があった。不思議な壁はこの砦を守る様にすっぽりと砦全体を覆っていた。これは今迄無かったものだ。一体何だろう?
しかし、疑問は取りあえず置いといて、ヴァルサス達に集中する。
「ヴァル、皆、何処に居るの?」
良く見えない。私は更にヴァルサス達の姿を見ようと身を乗り出して周りを見渡した。
音が響いてくる方向を良く眼を凝らして窺うと、この砦より少し離れた場所で戦っている騎士団と魔物の群れが見えた。
あっ、あそこっ!
赤と青の騎士達の中に、目にも鮮やかな純白の衣装を纏った姿が目に入る。陽光を受けて、鋼色に光る銀の髪が見えた。
ヴァルサス!
騎士団は彼らの人数を上回る数の魔物と交戦していた。
魔物の群れが目に入った途端、私の心に怪獣クンに感じた時とは違う怖気の様な生理的嫌悪が湧き上がる。
何だろう?とても嫌な感じがする。あれが魔物?
凄い数。あんなのと戦うなんて。しかも、空を飛んでる蜥蜴みたいなのもいるし。
あんな魔物に対して一体どうやって戦うのだろう。
突如、空を焼き尽くす程の巨大な炎の竜巻が出現した。炎の竜巻はあっという間に魔物の群れを呑み込むと、瞬く間に焼き尽くして行く。
す、凄い……。
ユウは召喚獣と騎士団によって次々と討伐されていく魔物たちの様子を、ただ茫然と見つめた。
騎士団達の実力は圧倒的だった。
魔物が退治されて行くたび最初に感じていた強い不安が私の心から消えていく。
全ての魔物が退治されるのを見ると、私は安堵の為全身の力が抜けていった。へなへなと手すりに凭れかかる。
「はぁー、良かった……」
でも、ヴァルサス達は怪我をしてないだろうか?彼らの無事をこの目で確かめない事には安心できない。
私は外壁の上の回廊からヴァルサス達の戦いを見ていたが、自分でも気付かないうちに回廊から随分と身を乗り出していた。
こんなのでよくもまあ、見つからなかったな。我ながら感心しちゃう。
ぐっと力を込めて乗り出していた身を起こそうとしたが上手く力が入らない。途端、つるりと手が滑った。
がくんと身体が傾く。
えっ?
地面が目に飛び込んだ。私は重力に引き摺られ、真っ逆様に頭から落ちる。
身を乗り出している私の身体を押し止める物は何も無い。
「きゃあああ!!」
死ぬ、間違いなく頭をぶつけて死んじゃう!
悲鳴を上げながら落ちる。必死にもがいたが、掴まる処なんて何処にも無い。
やだよう!また、死にたくない!!も、駄目!だ、だれか助けて――!!
私は地面に叩きつけられる瞬間が来るのをぎゅっと眼を閉じ、覚悟した。
しかし、衝撃は何時まで経っても襲ってこない。
「…………?」
訝しく思い、硬く瞑っていた両目をそろりと開けた。
「……あ、あれ?生きてる」
私は誰かの温かい腕に抱きかかえられていた。
恐る恐る眼をそろーっと開いた私の視界に入ったのは、青銀の髪にクリムゾンの瞳を持つ美少年だった。私はその美少年に横抱きにかかえられて宙に浮いていた。
だ、誰デスか?どちら様? もしかしなくても、今、浮いちゃってる?
私の口はぱくぱくと魚の様になった。驚きで言葉が出ない。
私のピンチを救ってくれたこの美少年は、一体何処から現れたのだろう?
私の眼とクリムゾンの燃える様な瞳が自然にぶつかった。視線が合うと、彼は眩しい笑顔をその美しい顔に浮かべた。その時私は一瞬光が差し込んだような気がした。
「漸く君に逢えた。僕の愛しい女神よ」
彼は唐突に言った。そして、私の額に口付けを落とした。――?!!
「へっ?ええ?」
な、何?この人!今、何が起こったの?
この状況でそのくっさいセリフとは一体何なの?初対面の相手に向かって。おまけにチュウを。そう、チュウ。
…………チュウう?!なんじゃそりゃー!
と、いうか誰?
どうなってんの?
「会いたかった。君の前に何度も姿を現そうとしたけど、まるで力が出なくて出来なかったよ。君の中は、優しく温かく僕を包みこんで、とても居心地良かったよ。まるで母親の胎内にいるようだった」
美少年はうっとりした表情を浮かべて、私の耳元で囁いた。
な、何だか相当キテる人かも……。本気でやばい。
相当危ない人の様な気がする。変質者?
私、何処をどう間違って今の状況に陥っているんだろう。この危険人物は一体何処から湧き出て来たのだろう?
危ない。これは避難しないと。しかし、私の気持ちとは裏腹に全く身動きできない。
この危険人物の腕の中から抜け出したいけど、力が強いし宙に浮いているから出来そうにないよ!
あわあわと、私は美少年の腕の中でもがく。
美少年はそんな私の様子に構わず話し続けた。
「ずっと君の中で眠っていたかったよ。でも、そうすると今以上に君の体に負担が掛かる。
それに、君と直に会って話したかった。もう一度、君の姿をこの眼で見たかったんだ」
「何の事?私の中?一体何を言っているの?放して、お願い!」
美少年はくすりと笑った。
「嫌だ」
「……えっ」
「覚えて無いの?僕の事。あれ程印象的な出逢い方をして、君の小さな身体の中に僕を受け入れてくれたのに」
そんな事は、した事無いよ!少年の恥ずかしい発言に体がかっと熱を持つ。
ん?身体の中?
「―――――ああっ、もしかして怪獣クン?!」
私の中といったら怪獣クンしかいない。最近は怪獣クンが私の中にいる事を殆ど忘れていたが。
「そうだよ、僕の女神。やっと気が付いてくれたね。気が付くまでこのまま君を抱いて、慌てて嫌がる君の姿をずっと見ていようと思ってたよ。それにしても、怪獣クンとはセンスの無い凄い呼び名だね!ははは!」
美少年は軽やかな声を上げながら体を震わせて、本当に可笑しそうに笑った。
呼び名については同じレベルだと思う。それをこの人に言われたく無い。
それにしても、この人……怪獣クンはちょっと意地悪な気がする。いや、気では無い。本物のいじめっ子だ。
「僕の名はシリウスというんだ。ユウツキ・サヤ。此方の言い方でいうと、サヤ・ユウツキか。宜しくね、サァヤ」
私の中に居たせいか、シリウスは私の本名を知っていた。彼は、不思議な発音で私の名を呼んだ。
お気に入りに登録して下さった方が、800件を超えました。本当に有り難うございます!