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喚び寄せる声  作者: 若竹
16/70

第16話 炎の嵐

今回もヴァルサス視点です。


h22.10/28 改稿しました。


 長く感じていた守護者の砦の修復作業は漸く終わりを告げた。朝も早くから響く、修繕作業での活気ある喧しい音から漸く解放された。

 久しぶりに平穏な朝を迎える。空気は清々しく、差し込む朝日はいつもより一段と眩しく感じた。


 ヴァルサスは修復作業をとても長く感じていたが、実際のところ修復作業は迅速かつ確実に行われていた。王都からの建築技師や大工達の手を借りて、守護者の砦は以前より強度を増して存在を新たにしていた。


 ヴァルサスは報告書に眼を通す。手に持った報告書には人員の配置転換が記載されていた。今回の騒動で、王都への異動をさせたのだ。


 多数の怪我人や病人達も砦の修復が済む頃には回復し、砦の人員達も落ち着きを取り戻しつつあった。

 ただ、怪我人や病人達の中には未だ精神的に不安定な者、ストレスを強く感じている者等、癒しが必要な者も存在した。その為、移動が可能である者は王都へと帰還をさせた。


 今の砦の機能は、被害を被る以前とほぼ同じ程度にまで回復している。周辺地域の巡回任務に砦の騎士や召喚士達の半数程度が出ている。

 魔物は相変わらず、数を減らす事も無く度々出現している。その為、絶えず哨戒任務と周辺地域の警護、討伐を続けていた。


 ここ数年、魔物の出現回数や数自体が増えてきている。活動が活発になっており、数年前よりも明らかに強くなっていた。

 これは一体どういう事だ?一体何の兆しなのだろうか。事態は今だ解明されていない。



 突如朝の爽やかな空気が一変する。魔物が出現したと、緊急で連絡が入ったのだ。魔物はこの砦付近に出現していた。

 見張りの棟より非常事態を知らせる鐘の音が、煩く鳴り響いた。


 執務室にいたヴァルサスは、魔物出現の報告を受けると直ちに戦闘準備に取り掛かるよう指示を飛ばした。


 執務室にはヴァルサスの他にカイルとユウがいた。私はカイルに指示を出す。


「カイル、戦闘準備を。私の装備を此処へ、私も出る。あと、侍女のフランを呼べ」

「はっ」


 カイルは素早く姿を消した。


 先程から、ユウが不安そうに私を見ている。

 こんな表情はさせたく無い。出来るだけユウに不安を感じさせないよう、私は笑顔を浮かべて話し掛けた。ユウには砦の安全な場所へ避難させる必要がある。


「ユウ、この砦付近に魔物が現れた。私は今から魔物を退治してくるからユウは退治が終わって安全になるまで、侍女のフランと共に部屋で待っていてくれないか?」

「魔物?魔物って、この前の様な?」


 ユウはとても不安そうだ。私の服を小さな両手でぎゅっと掴み、潤んだ琥珀の瞳で此方を見上げてくる。その表情はこわばっていた。

 私は下の方にあるユウの小さな顔に両手で触れると、両頬を包み込んだ。親指をそっと動かして、その軟らかい頬を緩く撫でる。


「いや、違う。今回はグール共だ。やつらは大して強く無いから、安心して待っていてくれ。討伐はすぐに終わるだろう」


 そう伝えると、砂金を混ぜ込んだ蜂蜜のような瞳に様々な感情がよぎった。

 しかし、ユウの愛らしい唇から洩れた言葉はたった一言。


「うん……。待ってるから」


 ユウは不安そうに私を見上げながら頷くと、私の体にぎゅっとしがみ付いた。ユウが自分からこんな風に、私に抱き付いてくる事など初めてだ。ユウの小さな体で表現された気持ちを、私は自分の体で受け止めた。安心させる様、小さな体を抱きしめ背中を撫でる。

 その時ノックの音が執務室に響いた。


「入れ」

「失礼致します」


 呼び付けていた部屋付きの侍女、フランが素早く到着する。私はユウをフランに預けた。


「フラン、ユウの事をしばらく頼む」

「はい、お任せ下さいませ殿下。このフラン、しかと承りました」


 フランはしっかりとした声ではっきりと返答をした。彼女ならば、大丈夫だろう。


 強張った顔で私を見ていたユウは何か言いたそうな表情をしていたが、フランに促されると大人しく執務室の外へ姿を消した。


 私は魔物の討伐に向け自分も準備を整える。


「ヴァルサス様、剣と鎧、ローブを準備いたしました」

「頼む」

「はっ」


 カイルが私の剣と鎧を差し出す。私はそれを、手早く装備する。


 ヴァルサスの出で立ちは、黒の戦闘服に青銀に輝く篭手と半身を覆う鎧、下肢を覆う具足だ。これらは全てに魔力が付加されており、薄く軽量でありながら防御力に優れている。

 ヴァルサスの装備した鎧と篭手、具足の留め金をカイルが締めて行く。

 腰に剣を佩き、その上から襟の高く肩の詰まった、眼にも鮮やかな金糸で縁取りが施してある白のローブを身に纏う。ローブは足元まであったが、意外と肩や足の動きを妨げない仕立だ。足の付け根近くから下の前身ごろは切り取られたようなデザインになっている。


「どうだ、カイル」

「はい、何時でも出れます」

「行くぞ」


 私はローブの裾を翻し、カイルと共に急ぎ砦の門へと向かった。


 共に移動するカイルの姿は剣を装備し、黒い戦闘服に体幹を覆う強度を高めた銀の鎧と肩当て、篭手と具足、色鮮やかな青のマントを装備している。その姿は金糸を思わせる彼の髪に映え、良く似合っていた。


 相変わらず鎧姿が良く似合うヤツだ。

 この姿に魅せられた御婦人達の気持が解らなくも無い。


 私はこの緊迫した空気に似合わない事をちらりと考えた。

 彼の後ろを歩くカイルは凛々しい表情で淡々と歩く。カチャカチャと金属の擦れる音を立てながら、二人は砦の門目指して急ぎ移動した。 





 

 門に到着すると騎士隊長がこちらに駆け寄って来た。


「ヴァルサス様!」

「魔物は?」

「既に、6番隊と7番隊が交戦中です。相手はグールの群れとワイバーンです。グールの数は百を下らないでしょう。ワイバーンは10頭程確認されました」

「そうか、砦の守備はどうなっている?」

「8番隊から10番隊の者が当たっています」


 この砦の騎士団は騎士と召喚士で形成されている。彼らはそれぞれ騎士10人、召喚士2人を一グループとした部隊で分けられ、1番から30番隊迄で形成されている。


 現在16番隊以降は各々砦の周辺地域の巡回任務に当たっていて、この砦からは出ていた。

11番から15番隊は度重なる任務から、休息を与えられている。

 現在動けるのは、1番から10番隊までとなる。

 この騎士団の団長はヴァルサスである。副団長はレオンだが、昨日からレオンは王都へ出ていた。


 門に移動すると、其処には1番隊から5番隊の騎士団員達が隊列を組んで待機していた。

 騎士たちは鎧姿に盾、剣や槍を装備している。召喚士達は鎧姿の者から半身を覆う鎧や軽装の者など、カイルの様な姿の者から重装備の者と様々だった。

 共通しているのは、騎士は赤い色のマントや紋章を身に纏い、召喚士は青いマントや紋章を身に纏っている事だった。


 ヴァルサスは彼らに向けて片手を挙げ、命令を下した。


「よし。橋を上げよ!全門封鎖、結界展開!皆の者、いざ、出陣!」

「ウオオオオオおお!!」


 鬨の声を上げ、ヴァルサスを先頭に騎士団員達は勇ましく出陣した。

 騎士団員達が砦の外に出終わると、砦の跳ね橋が上がり重い音を立てて門が硬く閉鎖される。その上から砦全体を覆う様に結界が張られた。




 グールは醜悪な姿をしている。その姿は、まるで全身の皮膚を剥ぎ取った様な姿で、骸骨に筋肉と筋が付いているといった風貌をしている。グールは人肉を好み、ある程度の知恵が働く。大きさは成人男子と同じくらいか少し大きい程度で、獣のように手足を使い四つん這いになって移動する。その力は強く凶悪だ。

 ワイバーンは翼竜の一種でこちらも凶暴だ。毒のブレスを吐き、その尻尾にも猛毒を持つ毒針が付いている。蝙蝠の様な翼を持ち、腕と翼が同化している。体長は成人男子の2倍程度である。


「1番隊から4番隊の召喚士達よ、結界を展開せよ!」


 先に交戦をしている6番隊と7番隊に合流し、戦闘を開始する。

 グールの此方を上回る数とワイバーンの空中からの攻撃とで、両方に挟撃される形となる。6番、7番隊は召喚術を持って魔物に対抗していた。


 ヴァルサスの命令と共に地上に魔法陣が幾つも出現し、魔法陣の数に合わせた召喚獣が出現する。召喚された召喚獣は、主に防御に適した大地を司る精霊や霊獣、妖精等が多い。

 形成された結界は、騎士達を守る様に召喚士の意図に添って自在に展開した。

 盾のように広がった結界はグールの鋭い爪での凶暴な攻撃と、ワイバーンの毒ブレス、重い鞭の様な毒針攻撃を、力強く硬い音を立てて受け止めた。


 ヴァルサスは続けて指示を出す。


「1番隊から7番隊騎士達よ、そのままグールと交戦し、合図と共に回避に移れ!

5番隊から7番隊召喚士達よ、これより炎嵐の準備に入る。魔力を合わせてかかれ!」


 ヴァルサスの命令と共に一斉に声を合わせて召喚士達が詠唱を始めた。力のある召喚獣を呼び出すのだ。

 召喚獣を呼び出すまでに掛かる時間は騎士達と結界とで凌ぐ。


 ヴァルサスは召喚士達が放つ大量の魔力を引き寄せ、一つに集束させると組み上げ導いて行く。

 召喚士達の詠唱が終わると巨大な魔法陣が二つ、彼らの前に出現した。

 魔法陣がゆっくりと回転し光を放つ。

 其処に現れたのは燃え盛る炎を纏う炎の魔神イフリート。

 更に、猛き風を纏う風の魔神ヴァーユの姿が出現した。


「騎士達よ、回避行動に移れ!召喚士達よ、カウント3で発動せよ!」

「3、2、1、発動!」


 ヴァルサスの声と共に突如、視界一面に炎が吹き荒れ空をも焼きつくさんばかりの巨大な炎の竜巻が出現する。


 爆音を響かせながら、空気が沸騰する程の高熱を発し炎の竜巻はその姿を現した。


 炎の竜巻は意志を持つように唸りを上げ、グールの群れに襲いかかる。あっという間にグールの一団を呑み込み、狂気を孕んで暴れまわる。この炎と風は勢いが衰える事が無い。更に、中の温度は想像を超える高熱だ。

 炎の竜巻は一段と燃え盛り、空気を巻き上げ全てを焼き尽くさんが如くに獰猛に牙を剝いた。


 ウギャアアアアア――――!!ギイイイイ!!

 逃げ遅れ、全身を炎に焼かれるグール達の悲鳴が響き渡る。

 しかし、それだけでは済まない。


 炎の竜巻は更に恐ろしい勢いで膨れ上がる。その大きさを更に増すと八岐大蛇を思わせる姿に形を変化させ、分裂する。

 炎の大蛇は8つの首で鎌首をもたげ、轟々と恐ろしい音で咆哮を放つ。炎の咆哮はグール達にとって、地獄から響く音の様に聴こえただろう。

 八つの頭は一斉にその真っ赤に燃え盛る巨大な口を開くと、瞬く間に天から降り注ぐように四方八方から一気にグールの群れを呑み込んだ。其処には一片の慈悲も無い。逃げ場も無く、グール達は炎熱地獄に陥った。


 かくて、100体以上いたグール達は一瞬の内にほぼ全滅した。


 炎嵐の術の激しさに、熱風がヴァルサス達騎士団までも巻き込まれたかと思われたが、炎と風は彼らを髪の毛一筋さえ傷付ける事無く、皆平然としている。

 炎と風が消えると共に、二つの魔法陣も消失する。少し遅れて2体の召喚獣も姿を消した。


 炎が消えると其処には高熱で焼き尽くされ、真っ黒い炭と化したグールの屍が累々と現れた。炭は風に吹かれて砂の様に形を崩して行く。

 後には、炎を逃れて生きているグールが数匹か残っていたが、最早騎士達の敵ではない。あっけなく討伐される。


 空中のワイバーンも先程の炎の竜巻に飲み込まれ、半数が焼死していた。残るは5匹。

 そのうち一匹は、他の物と比べてひとまわり大きい。


 ワイバーン達の動きは統制が取れていた。此方の攻撃を回避しつつ、空中から毒ブレスが襲ってくる。此方の隙を突いて尻尾での毒針攻撃が奔った。騎士の数人かは結界に守られながらもその衝撃に吹き飛ばされていた。


 ひとまわり大きなワイバーンを中心として攻撃と回避をしている。どうやらこのワイバーンが司令塔の様だ。

 更に、このワイバーンはシールドを周囲に張っている。張り巡らされたシールドにより、此方の攻撃が尽く弾かれていた。

 厄介な相手だ。


 防御を担当している召喚士達の疲労の色が濃い。早々に決着をつける必要がある。

 そう判断すると、ヴァルサスは司令塔のワイバーンを第一に片付ける事にする。


「魔物は地を這っているのがお似合いだ」


 ヴァルサスは詠唱も無く武器召喚を始める。

 右手の前に魔法陣が一瞬で構築され、次の瞬間にはヴァルサスの身長より遙かに長い巨大な槍が出現していた。

 ヴァルサスは体をバネの様にしならせ思い切り踏み込むと、巨大な槍を司令塔のワイバーンに向け力一杯放った。

 放たれた槍は空気を切り裂く音を立てながら、物凄い勢いで司令塔ワイバーンに向かう。槍は一瞬でワイバーンに迫ると張り巡らされたシールドを易々と打ち破り、左の眼球を一気に貫いた。


 ギョエエエエ―――――!!


 身の毛もよだつような鳴き声がその場に響き渡った。


 ヴァルサスは槍を放った瞬間から同時に走り出していた。

 その姿はまるで獲物を狙う肉食獣だ。走りながら、無詠唱で再度武器召喚を開始。瞬く間に魔法陣が二つ、赤の文様を描きながら両腕を取り巻く様に構築する。次の瞬間には異様な程に巨大な長刀が両手に握られていた。


 左の眼窩から槍を生やした司令塔ワイバーンは体制を崩して苦悶の咆哮を放つ。ヴァルサスは司令塔のワイバーン目掛けて勢いをつけたまま跳躍した。驚愕の跳躍力を見せ、一気にワイバーンに迫ると両腕の長刀を力強く振り降ろし両翼を一刀のもとに切断する。

 ワイバーンの両翼にぴっと赤い線が奔る。

 そのままワイバーンの頭上まで跳躍。くるりと体制を反転し両刀を左右に交差させ勢い良く振りぬいた。


「落ちろ」


 その言葉を合図にしたかのように、司令塔ワイバーンの首に赤い線が奔った。首がずるりとズレると、血を噴水の様にまき散らしながら首・胴体・両翼がバラバラとなって地上に落ちた。


 司令塔が居なくなったワイバーン達は統制が取れなくなった。

 各々がバラバラに行動し、尻尾を巻いて逃げようとする。しかし、それを許す騎士団達ではない。

 ヴァルサスの傍にいたカイルは既に詠唱を始めていた。魔法陣が現れ、其処から風の精霊シルフィードが出現する。カイルの召喚したシルフィードは風の刃をワイバーンに無数に叩きつける。刃で翼を切り刻まれたワイバーン達は飛行する事すら叶わず地上に落ちた。こうなると、ワイバーン達はまともに身動きする事すら出来ず、赤子の手をひねる様に騎士達の手で退治された。






今回も読んで下さってありがとうございます。

戦闘描写って難しいですね……。



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