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喚び寄せる声  作者: 若竹
14/70

第14話 殿下と副団長

h22.10/22 改稿しました。

「おい、ボウズ。お前、一体何処からこんな処へ迷い込んできたんだ?」


 私の体は宙に浮いていた。目の前の男性が、私の身体を自分の眼の高さに合うよう持ち上げたからだ。まるで、無力な犬か猫になった様な気分だ。

 男性の美しい新緑の瞳から鋭い眼光が放たれ、私の眼を射抜いた。


「うう……」


 怖い。

 男性の鋭い眼差しも、後ろにいる羽根の生えた獅子も迫力満点だ。

 男性の問いに何て返答をしたら良いか考えるが、緊張の為か全く何も思い浮かんで来ない。


「……」


 私が答えられないでいると、更に男性はずいっと顔を寄せた。

 綺麗な新緑の瞳が一段と近くなった。


 うっっ、ち、近い……。余計に怖い。


 緊張が一段と高まり、私はごくりと唾を飲み込んだ。息が詰まりそう。

 そんなに迫力のある眼で見られると、余計に緊張してしまう。今や、私は必死になってどう説明しようか、あれやこれやと考えたが、さっぱり何も思い付かない。


 だ、駄目だ。何にも思い浮かばないよ~。どうしよう!


 背中に冷や汗がつうと伝った。ドキドキと心臓が早鐘を打つ。


 突如、この緊迫した雰囲気を打ち破る様に、生温かくてざらっとした感触の何かが私の左頬にべろりといった感じで触れた。


「ひえぇっ!な、何?」


 思わず悲鳴が出た。緊張している上から更に未知なる感触を味わい、混乱がピークになった私は半泣きになりそうだった。

 反射的に感触のした方を見ると、今度は思いっきり顔面一杯に生温かく湿った赤い物がべろりべろりと二度も舐めるように私に襲い掛かった。


「んっ!ぷぅあっ!」


 息苦しいっ。一体何なの?!


「おい、ヒエン。止めろ、子供が驚いているじゃないか」


 先程の怖い男性が私に救いの手を差し伸べた。私は半泣きになりながら、男性の腕にしがみ付いた。未知なるべろべろ物体がもたらす恐怖に、先程まで感じていた男性への怖さは吹き飛んでいた。


 男性が制止を掛けると漸く気持ち悪さと息苦しさから解放された。ううう。私を襲ったべろべろ物体は一体何だったのか?そろりと確かめた。

 見ると、大きな獅子の閉じられた口から仕舞い忘れた大きくて真っ赤な舌が覗いている。

 どうやら先程の得体の知れない気持ち悪い感触は、このヒエンと呼ばれている獅子の舌だったみたいだ。この舌に思いっきり舐められたのか。


「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だぞ」


 半泣きになった私の顔を見られたのだろうか?あやす様に男性は私に言った。


「ヒエン、その半出しになった舌を仕舞えよ」


 先程まで怖い程の鋭い眼光を放っていた男性の瞳は、今では違う光を宿しているように見えた。私に触れている大きな手は、温かいぬくもりを服越しに伝えてくる。男性の両腕は私をそのまま包み込むと、ヒエンの舌から私を庇うように、彼の胸へと私を押しつけた。しかし、その力は私にとって強すぎた。


「うむうっ。ちょっと…」


 ぐ、ぐるしい。力が強いよ、この人。い、息がっ!


 再び生命の危機を感じて、じたばたと男性の腕の中で暴れる。彼は漸く気が付いたのか、私を抱く腕の力を緩めてくれた。


「お、すまん。苦しかったみたいだな。少し力が強かったか」

「……」


 少し所では無い。危うく知らない男性の腕の中で昇天するという、危険なシチュエーションに陥る所だった。


 あ、危なかった……。

 男性はその腕から漸く私を解放し、地面に降ろしてくれた。

 ゼイゼイと音をたてて息をしながら必死に酸素を取り込む。返事が出来る余裕など、今の私には欠片も無い。

 その様子を見た男性は少しやりすぎたと思ったのか、隣にいる獅子に話し掛けた。


「こうなったのも全部お前の所為だぞ、ヒエン」


 自分の事は棚に上げて男性はヒエンを非難した。非難されてヒエンはフンと鼻を鳴らした。明らかに納得していない。


 ヒエンと呼ばれるこの獅子は、黄色と赤橙色のトラ縞の毛皮に朱色の鬛をしていた。何とも色鮮やかだ。更にその背中には鷲の翼を持っていて、トラ縞の尻尾の先はヤマアラシのように鋭い棘になっている。


 ヒエンは私に顔を近づけてくると、鼻をフンフンいわせながら私の匂いを嗅いだ。今度は何をするつもりだろう。私は身がまえた。

 するとヒエンは猫がする様に、大きな頭と体を私に擦りつけてきた。

 うをっっ。こ、転げる。

 大きすぎる獅子の身体は小さな私の身体では受け止められず、バランスを崩して転げそうになる。


「ふあっ!」


 咄嗟に私は近くに在る物、すなわち男性の足にがっしりしがみ付いた。


「ボウズ、お前随分とヒエンに気に入られたみたいだなぁ。こいつは気難しくて、なかなか人には懐かないんだが……」


 少し驚いた様に男性は言ったが、必死に男性の足にしがみついている私にとって、そんな事はどうでもいい。


「おい、ヒエン。お前はもう厩舎に戻れ。御苦労だったな」


 男性はヒエンに労いの声を掛け、ヒエンの背中に括り付けてある鞍を外すと、彼は労わる様な優しい手つきでヒエンのふさふさした毛を撫でる。

 鞍を外されたヒエンは返事をしているかの様に両耳をぴくぴく上下に動かした。

 しばらくすると、挨拶が済んだのだろうか?ヒエンは、男性から視線を外すと私の方を見た。


 ――――ん?

 何故に此方を見る?……嫌な予感がする。


 ヒエンに私の背中側から服の襟首近くを軽く咥えられたかと思うと、ひょいと子猫のように持ち上げられた。どうやっているのか、器用に咥えていて私の皮膚を傷つけず、首が服で締まる事も無く持ち上げられていた。


「ひゃあ!」


 か、勘弁してよ~!


「おい、おい。ヒエン、それはお前の食事じゃないぞ」


 見かねたのだろう、男性は呆れた様にヒエンに声を掛けた。

 ヒエンはそれに対して男性の方に首を巡らして顔を向ける。宙に浮いている私も必然的に一緒にそちらを見る事になる。またもや私の両足は地面と離れてぶらついていた。


 ……はぁ。今日は何でか、吊るされる事の多い日だわ。


 遂に私は、半ばあきらめの極致に到った。

 そんな私を放っておいて、一人と一匹のやり取り?は続く。


「なにィ?こら、何を言っている。そいつはお前の子供じゃないんだぞ!!しかも、お前、オスだろう!」


 男性は少し焦った様な表情をしている。対するヒエンの反応はこの位置からでは見えないけれど、この様子だと本当に会話が成立しているみたいだ。――――驚いた。


「はあぁ?彼女と一緒に居たいだあ?……メス、い、いや女の子か!そういうのは獣同士でやれ!っておい、勝手に連れて行くな!!」

「ガウ」


 ……一体どういうのだ。今のは聞き捨てならないぞ。


「その子はお前にはやらん!そんな事はこの俺が許さんぞ!此処に置いて行かなければ、お前の今日の飯は抜きだっ!」

「……」


 ……貴方のモノになった記憶もありませんが。


 この状況は、結婚の許しを乞う彼氏と、それに反対する父親という緊迫した場面みたいだ。お父さんは今にもちゃぶ台に手を掛けようとしている!

 そして私はというと、この騒動に出くわした隣近所の人で、ハラハラしながら見ているという気分。


 ユウは吊るされたまま、第三者の様な気持でいたが明らかにこの騒動の中心人物であった。この場面は更に続く。


「ウウウ」


 ヒエンは耳を激しく上下にピクピク動かしている。抗議するかの如く長い尻尾を激しく地面へと打ち付けた。砂埃が宙に舞う。


「そうか、其処まで俺の言う事が聞けないのなら、仕方ない。お前をベニと一緒の厩舎にぶち込んでやる!!」


 ああっ、お父さん、ちゃぶ台ひっくり返したー!

 とたん、ヒエンの体は硬直した。鬛と毛が逆立ち、尻尾はぴんと立っている。


 ――――あ、固まった。


 ヒエンは一声キュウンと鳴くと耳と尻尾をだらりと下にさげた。どうやら最後の一言で勝敗が決まったようで、ヒエンは咥えていた私をそっと放してくれた。私は久しぶりに感じる地面の感触を、大いなる喜びを持って迎えた。

 漸く解放された……。はぁ。


 ヒエンは私の方をじっと見て、切ない眼差しで何か訴えたそうにしている。しかし、遂に諦めがついたのか、ヒエンは私の顔を名残惜しそうに一回舐めると、背中に哀愁を漂わせながら、去って行った。


 ……さようなら、ヒエン。

 私は絶対に引き留めない。このまま見送る事にした。




「はぁ~。あいつは一体何を考えてんだか。お嬢ちゃん、悪かったな。あーあ、ヒエンの涎で顔がベトベトだ」


 そう言うと、疲れた様に溜息をついた。彼は私の頭をぐりぐりと撫でると、懐のポケットからハンカチを取り出してヒエンの涎が付いた顔を拭いてくれた。


「さて、遅くなったがお嬢ちゃんの名前は?俺はレオン・アシュレイだ」

「夕月沙耶です」

「……ユウか」


 私の名前はまたもや軽く省略されてしまった。多分発音し難いのだろう。


「ユウ、さっきはボウズと呼んで悪かったな」


 そういうと彼は鮮やかな緋色の頭を照れた様に掻いた。

 私は気にしていないとレオンに伝えた。


「なあ、ユウの歳は幾つだ?」

「29歳です」


 私は素直に自分の年齢を答えたけれど、勿論信じてもらえない。彼は私を上から下までざっと眺めると言った。


「何だ?熟女ごっこか?うーん、お嬢ちゃんが本当にその年なら良かったんだがな。お嬢ちゃんがあと、15歳くらいは歳がいってたらなぁ。なかなか良い具合にこう、成長してそうなんだが、本当に残念だ」


 こうとはボディの事かしら。今の私には凹凸という物が全く無い。

 しかも、熟女ごっことお嬢ちゃんとは。私はショックを受けた。特に熟女の方に。しかし、レオンは全く気が付いてない。


「お嬢ちゃんはどうして此処に居るんだ?迷子にでもなったのか?」


 先程とは違って優しく私に問い掛ける。この雰囲気なら、身構える事無く返事が出来た。


「はい。多分あっちの方から来たと思うんですが、途中で解らなくなってしまって……」

「あっち?あちらの方向と言えば、宿舎かな。一体誰の連れ子だ?お父さんか、お母さんは?」

「……」


 私はヴァルサスに迷惑が掛かりそうだと思った事と、自分が言い付けを守らずに出てきた事で、多少後ろめたさを感じていて、素直にヴァルサスの名前を言えなかった。


「しょーがねえなぁ」


 レオンは溜息をついて両眼を閉じると、何かを諦めた様に明るく言った。


「俺は今から少し用事が有るんだが、それが済んだ後ならお嬢ちゃんに付きあって宿舎まで送ってやれるぞ」

「ありがとう!レオンさん。とても助かります」

「よしよし、それじゃあ行くか。ヒエンの所為で時間を食っちまった。それと、俺の事は呼び捨てでいいぞ。そんなに畏まらなくてもいいからな」

「はい、レオン」


 レオンは外した鞍をさっさと片付けると、石畳みの空間を出て建物の中に入って行った。

 私はレオンの後に付いて廊下を歩く。必死に足を動かして付いて行こうと歩くが、足の長さが違いすぎて、見失わないよう歩くので精一杯。途中、何度かレオンは振り返って私の存在を確認した。

 レオンはヴァルサスよりも更に背が高いのでは?そう思いながらも小走りに付いて行く。

 息を切らしながら付いて行くと、レオンがさっと此方に来た。

 突然私の体は宙に浮いた。何の断りも無くレオンが掬う様に私を抱き上げたからだ。


「ほら」

「きゃあっ!」


 ぐんと視界が高くなる。あんまり高いので、思わずレオンの肩と首に両手でしがみついた。


「た、高いよ」

「ははは、びっくりしたか。高いだろ。自分で言うのもなんだが、俺ってスマートで背が高いからな」

「……」


 ホント、背が高い。私の目線は二メートルくらいの高さになっているのでは?

 私が目を白黒させているのを見たレオンは突如、堪え切れなかった様に吹き出した。


「ははは!」


 レオンは楽しそうに艶のある声で笑った。目線が同じ位の高さになった為、整った凛々しい顔が良く見える。先程までの怖い顔はなりを潜め、打って変わって違う表情を見せた。細まった瞳は悪戯っ子の様にきらきらと煌めいて、とても魅力的だった。

 その彼の笑顔に私はしばし、頬を赤らめてぼうっと見惚れてしまった。


「あ、レオン様。お疲れ様でした。今、戻られたのですか?」


 建物の中の長い廊下を進んでいると、前から青年とも呼べそうな年若い騎士の格好をした男性が近付いてきた。


「ああ、たった今戻った所だ。殿下は今、どちらに居られる。執務室か?」


 レオンは殿下と呼ばれる人に用事があるようだ。二人のやり取りを黙って大人しく見ていた私は、レオンの立場はこの青年の上司だろうと推測した。


「いえ、先程まで執務室に居られましたが、今は席を外されてます。会いに行かれるのなら、もう少し後にされた方が良いかと思いますよ」

「そうか、何処かに出られたのか?」

「いえ、砦の中に居らっしゃいますよ」


 青年は先程から気になっていたのだろう。私の方をちらちらと見ていたが、やがて好奇心に負けた様にレオンに質問した。


「ところで、その子は一体どうされたのですか?まさか、レオン様の子供ですか?」

「違うに決まってるだろ。な、お嬢ちゃん」


 私はコクリと頷いた。


「そうですか、ならば守備範囲が遂に其処まで広がったとか。いけませんよ、そんな小さな子供にまで悪戯しては」

「……人を変態扱いするな!この子は迷子になってた所を偶然拾っただけだ」


 そう言うと、何故か青年は残念そうに言った。


「なんだ、そうでしたか」


 青年は笑い、それではと一言挨拶をして其の場から立ち去った。レオンは随分と砕けた上司なのだろう。部下とあんな風に話をする人なら。

 レオンは苦い顔をして青年を見送ったが、こちらを向くとやけに真剣な顔をして、私に言った。


「まったく、どいつもこいつも好き勝手な事を言う。ユウ、いいか。あんな悪い大人は絶対信用しては駄目だぞ。人をあんな風に無闇に疑うもんじゃない」


 私は取りあえず、ここは素直に肯いておく事にした。なんだか、違う事を言ってはいけないような……。


「はい、レオン」

「よしよし、お嬢ちゃんは本当に素直でいい子だな」


 何故かホッとしたようにレオンは笑顔を見せた。

 彼は私の頭を軽く撫でると、懐から時計の様な物を取り出して時間を確認する。


「今は丁度昼時だな。先に食事をしてから殿下に会いに行くか。お嬢ちゃんも腹が減ってるだろ?昼飯を一緒に食おうか」

「はい」


 そういうわけで、お昼を御馳走して戴く事となった。

 向かった場所は砦の食堂だ。丁度お昼時だったので、食堂には沢山の人が集まっていた。

 騎士や作業着を着た職人さん、他にも白い制服を着たお医者さんや医療スタッフの様な人達などでごったがえしていた。

 幸い、隅の方にある小さなテーブルが空いていたので其処で食事を取ることとなった。

 レオンはトレイに山盛りに盛った自分用の食事と、私には軽いお子様ランチを思わせる物を持ってきてくれた。

 内容は、カリッと揚げてある根菜の様な物と甘い肉団子とサラダ。

 あ、美味しい。主食は少し硬めの丸いパンだ。味は全体的に甘く、薄味だ。


「それはお嬢ちゃん専用特別メニューだぞ。料理人に頼んで作ってもらったんだ」


 そう言うと、レオンは顔を傾けて調理場の方へ視線を送った。レオンの視線の先にはコックさんが立っていた。あの人が作ってくれたのか。私はコックさんと眼が合ったので、軽く頭を下げた後、手を振った。

 すると、向こうも軽く手を振り返してくれた。何となく嬉しい。

 私は嬉しかったのと美味しかった事で、特別メニューを残さず全て平らげた。


「おお、良い食べっぷりだな!」

「はい、ごちそうさまでした!」


 二人が美味しい食事を食べ終わると、その頃を見計らった様にレオンの部下と思われる騎士達が数人、私達が食事をしているこのテーブルにやって来た。彼らの制服は他の騎士と違って青い布地に金糸で刺繍が施してある。そう言えば、レオンの着ている制服も彼らと殆ど一緒のデザインみたい。

他の人から見たら色々と違いがあるのだろうけども、私には良く判らなかった。


「副団長お疲れ様です。いつの間にお戻りでしたか?」

「ああ、お疲れ様。王都から戻って来たのはつい先程だ」

「そうでしたか。毎度毎度、大変ですねぇ。……ところで副団長、一体どうなされたんですか?この子供は。……まさか?」

「俺のじゃない。趣味でもないぞ、断じて。迷子になっている所を保護したんだ」

「へえー、てっきり自分は……」

「それ以上言うなよ。実力行使に出るぞ。それに子供に悪い影響を与えるだろ」


 彼らはレオンが本気である事を察し、それ以上聞くのを止めた。


「な、なあ。そう言えば、殿下の噂を聞いたか?何でも、隠し子がいたとか。その子供が今、この砦に居るらしいぞ。確か、4~6歳程度の珍しい髪色の子供で、何でも黒髪だとか……」


 騎士達の会話がぴたっと止まった。しんと静まり、視線が私に集中する。な、何?


「まさか……」

「なあ」

「そうだな」

「……俺達この辺で失礼するか。それでは副団長、自分達、務めに励んでまいります」


 レオンの部下達はあっという間にその場から居なくなった。


「……」


 レオンは額に手を当てて、下を向いた後、実に深い溜息をついた。


「はあぁぁ……」


 彼は席から立ち上がると、食事を食べ終わって水を飲んでいる私に声を掛けた。


「ユウ、そろそろ殿下の所へ行こうと思うが、お前も一緒に付いて来い」


 そう言うと、私をひょいと抱えて歩きだした。

 有無を言わさず抱えられた私は再び目線がレオンと一緒になった。

 彼には何か思う所があるようで、先程とは違う通路を足早に歩いて行く。

 レオンは歩くのが速く、どんどん景色が過ぎて行くように思えた。

 気が付くと宿舎の中に居たみたいで、見た事のある風景に変わっていた。その間、レオンにしがみ付いていた私は邪魔にならないよう大人しくしていた。


 3階のフロアに入ると丁度廊下の奥にいたヴァルサスと出くわした。

 常に落ち着いていて、感情をあまり表に出さないヴァルサスが今、別人のように見えた。いつもは整えられている髪が所々乱れていて、表情は硬く焦っている感じだ。


「殿下!」


 ……デンカ?


 レオンはそうヴァルサスを呼んだ。そのままヴァルサスのもとまで私を抱いたまま近づいて行く。

 ヴァルサスはずんずん一直線にこちらに向かって来る。


「ユウ!探したぞ、何処に行っていた!」


 ヴァルサスは走る様な勢いで、あっという間に私達の所まで来た。ヴァルサスはレオンの腕からひょいと私を受け取ると、そのままぎゅっと苦しい程に抱きしめた。


「…………心配したぞ、ユウ。無事で良かった」

「ヴァル、ごめんなさい」


 彼の只ならぬ様子に私は驚いて、素直に謝った。余程心配させたのだろう。心から、申し訳なく思えた。

 ヴァルサスは暫らくそうしていたが、やがて私にしか聞こえない程の小さな低い声でそっと言った。


「悪い子には、後でたっぷり仕置きをするからな」


 凄みの効いたヴァルサスの声に、私はゾクリと背中に寒気を感じた。ひえっ。


 ヴァルサスは、レオンにお礼を告げると同時に彼の報告もその場で一緒に受けた。

 レオンはヴァルサスに声を掛けられるまで、ヴァルサスと私のやり取りを茫然とした様子で見ていた。これ以上は開かないだろうというぐらい、眼を真ん丸に見開いて。



 その後、私がたっぷりお小言と、お仕置きを受けたのは言うまでもない。






今回も読んで下さって、ありがとうございます。


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