第1話 はじまり
初めて小説を書きます。拙い文章ですが、温かく見守って下さい。
h22.10/10 改稿しました。
もう此の砦は駄目だ。じきに落ちるだろう。
召喚士は眼前の光景を冷静に見つめる。彼の姿は全身に打撲や傷を負っており、服は埃と泥に塗れて襤褸雑巾のような出で立ちになっていた。
その姿は余りにも痛々しく、彼が今立っていられるのが不思議な程であった。
しかし、その出で立ちを裏切るかのような彼の鋭い眼光は、今なお爛々と青白い光を帯びて力強く輝きを放ち、その存在感は際立っている。
眼の前には見上げるほどに巨大な魔物がいた。その大きさはこの砦の外壁より遙かに巨大であった。禍々しいその姿は蛇の様な胴体に6本の腕を持ち、顔はドラゴンに似て、口はまるで横に二つ分あるかの如くに大きい。爬虫類のように裂けた口にはぞろりと凶悪な歯が生えていた。
死、混沌、破滅。
魔物の姿から連想させられる、そんな言葉が脳裏をかすめた。
魔物と彼の周囲には負傷した部下達が何人も力無くぐったりと大地に転がっており、ピクリとも動くものはない。此処からでは生死の判別がつかなかった。
彼の胸の中に様々な思いが駆け巡った。後悔や自責、逡巡と新たなる決意。
これ以上、私の部下やこの砦は傷付けるわけにはいかない。これから先は髪の毛一筋でさえ傷付けさせるものか。
これ以上の暴挙は許さない。
彼は決意した。自分に行える最後の手段を用いる事を。……この状況では最早この方法しか手段は残されて無い様に、今の彼には思われた。
彼を含めた召喚士達の攻撃はこの凶悪な魔物の表層を傷付けるのみで、決定的なダメージを与える事が敵わない。今までの攻撃や召喚獣の力では魔物を倒す事が出来なかった。そして己の魔力も底をついていた。
まさに今、この砦を守る騎士達は後が無い状況まで追い詰められていた。
魔力が無い状態というのはその本人の生命をも危険にさらす。なぜなら己が生命力を削り取るように、魔力に引き換えてしまうからだ。
この体に残っている魔力はもうこの命しかない。己の命に代えても、この魔物をこれ以上進ませてはならないのだ。
この砦の後ろには彼らの国が、町が、王都があった。砦の役目とは、この国に暮らす国民の安全を魔物や外敵から守る事であり、その為に存在していた。
彼の脳裏には自分にとって大切な存在である親、兄弟、友人、部下達の姿が浮かんだ。更に、己が守るべき多くの民が居る。
その人達を守るためならば、私は己の命を媒介に召喚を行う事を恐れない。
彼の傷付き倒れた部下達も己の大切な存在を守るため、命懸けで魔物に立ち向かって行った。
魔物よ、此処までだ。ここがお前の墓場となる。
彼は両腕を勢いよく前方に突き出した。魔力の無い状態での強制的な召喚のために、普段は唱える事のない詠唱を唱える。両の掌からは白い光が放たれた。彼の今の姿からでは予想が付かない程力強い声が辺りに朗々と響き渡った。
「死と闇を司る魔神ケルヌンノスよ、我の命を代償に眼前の魔物を滅したまえ!!」
しかし、力を振り絞るように行った召喚は何時もの魔法陣とは異なっていた。まるで周囲の光を吸い取るかの様に真っ黒い、漆黒の魔法陣が現れる。
漆黒の魔法陣は虹色の輝きを自ら発し、ゆっくりと回転しながら空中に浮かび上がる。
複雑な文様が素早い速さで上から、上から重なり書き換えられていく。
その異様な雰囲気を発しながら回転する魔法陣は更に形を立体魔法陣へと変化し、彼の制御を離れていく。最早、召喚を行う為のコントロールが全く取れないでいた。
がくりと膝を付いた。真っ直ぐ立っていられない。
彼の体からは力が抜けていく。魔法陣と召喚獣に生命力を吸い取られているのだ。
遂に魔法陣は変化を終わらせる。漆黒の魔法陣の最終形態は巨大な球体となっていた。
魔法陣の中心部には、眩い虹色の輝きが出現していた。その輝きはぎゅっと収縮したかと思うと姿を変形させる。
人の姿へと。
そこには彼の予想とは全く異なる、まばゆく虹色に輝く女が出現していた。虹色の女は膝を抱えて胎児のように丸く空中に浮かびあがっていた。
な、何だアレは……!!!
予想を裏切る召喚獣のその姿にがく然とする。失望と落胆を抑えきれない。次いで失笑が、皮肉げな形となった唇から洩れた。彼にとって、次の召喚などありはしない。これが人生最後の召喚になるのだから。
命懸けで行ったこの召喚は失敗したのか?
彼の体からは次々と力が抜けて行く。最早膝を付いている事すらかなわない。崩れ落ちるように其の場に座り込んだ。
彼の心にじわりと絶望という暗い感情が湧き上がって来る。
彼はそのまま魂が抜けた人形の様に、茫然と虹色の女を見つめ続けた。
女だと思うのは、髪が長く身体つきが女の様に見えたからだ。しかし、眩い虹色の光で輪郭程度しか判らなかった。
初めまして。此処まで読んで下さり、ありがとうございます。