EP 6
葬儀の幻聴と、活字の弾丸
数日後。ワシントンD.C.近郊の軍墓地には、冷たい雨が降り注いでいた。
黒い傘の群れの中、星条旗で包まれた棺がゆっくりと土の中へ降ろされていく。
ヘンリー・H・アーノルド准将の葬儀。参列する政府高官や軍の高官たちの顔は一様に暗く、陸軍航空隊の未来を背負うはずだった英雄の死に、アメリカ中枢が深い喪失感に包まれていることが痛いほど伝わってきた。
取材陣の最後列。雨合羽のフードを目深に被った坂上は、カメラを下ろしたまま、その光景を虚ろな目で見つめていた。
(……見ろ。これが、お前がやった事の「結果」だ)
坂上の視線の先には、最前列で泣き崩れるアーノルドの妻の姿があった。
黒いベール越しでもわかる、絶望に歪んだ顔。そして、彼女のスカートの裾を力強く握りしめ、声を出さずにポロポロと涙をこぼしている幼い娘と息子。
あの夜、執務室の写真立ての中で無邪気に笑っていた子供たちだ。
「パパ……いやだ、パパ……ッ!」
不意に、少女が堪えきれずに棺に向かって叫んだ。
その悲痛な声が雨音を切り裂いた瞬間、坂上の脳内で、張り詰めていた「何か」がブツンと音を立てて切れた。
『お父さん……! どうして死んじゃったの……!』
「……っ!?」
坂上は弾かれたように後ずさった。
アーノルドの娘の声が、自分の娘・真奈美の声に変換されて鼓膜を打ち据えたのだ。
(違う……俺は、お前たちを守るために……!)
『人殺し。お父さんは、ただの化け物よ』
幻聴は止まらない。雨音のすべてが、遺族の嗚咽が、真奈美の軽蔑するような声にすり替わっていく。
胃の底から、あのドス黒い吐き気が再び込み上げてきた。坂上は口元を強く押さえ、足もつれさせながら、逃げるようにその場から立ち去った。
特戦群としての鋼の精神は、限界だった。
これ以上、直接他人の命を奪い、その背後にある「家族」を壊し続ければ、坂上真一という人間の魂は完全に発狂し、機能停止する。
次の標的である海軍の重鎮、アーネスト・J・キングを今すぐ暗殺しに行くなど、到底不可能な精神状態だった。
* * *
その夜。ニューヨークのセーフハウスに戻った坂上は、真っ暗な部屋の中で、ただ一人タイプライターの前に座っていた。
「……直接手を下すのが怖いなら、手を汚さずに殺せばいい」
乾いた、感情のない声で呟く。
人を撃つ手が震えるのなら、言葉で撃てばいい。アメリカという巨大なシステムそのものを狂わせ、互いに殺し合い、憎み合うように仕向ければいいのだ。
カチャッ、ターン。
冷え切った指先が、キーを叩き始める。
ターゲットは、孤立主義の英雄・チャールズ・リンドバーグを支持する「アメリカ・ファースト委員会」。
マーシャルの死後、坂上がバラ撒いた「大統領の陰謀」の告発状によって、彼らの勢力はすでに燻り始めていた。今度はそこに、爆発的なガソリン(活字の弾丸)を注ぎ込む。
『――愛国者たちよ、目を覚ませ。アーノルド准将の死は本当にただの事故か? ルーズベルト政権は、戦争に反対する軍の良識派を秘密裏に始末し、強引にヨーロッパの泥沼へ我々を引きずり込もうとしているのではないか?』
事実無根の陰謀論。しかし、軍の重鎮が立て続けに不審な死(片方は病死、片方は事故死だが、繋げれば陰謀に見える)を遂げているという「状況証拠」が、その言葉に恐ろしいほどの説得力を持たせてしまう。
坂上は、特戦群の心理戦の知識と、未来の歴史の知識を総動員し、アメリカ国民の恐怖と疑心暗鬼を最大限に煽る扇動文を次々と打ち出していった。
カタカタカタカタッ!
タイプライターの打鍵音が、まるで機関銃の掃射のように暗い部屋に鳴り響く。
「……狂え、アメリカ。俺が狂う前に、お前たちが内側から崩れ落ちろ」
物理的な暗殺から、国家の精神を破壊する情報テロリズムへ。
血の匂いから逃げるように活字の暴力へと没頭する孤独な亡霊の背中を、ニューヨークの冷たいネオンだけが照らしていた。




