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『元・陸自特戦群の俺、1937年のアメリカに転生。祖国と家族を救うため、たった一人で米軍の将官を狩る』  作者: 月神世一


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EP 3

机の上の家族写真と、壊れゆく照準

深夜2時。ニュージャージー州、陸軍航空基地の司令部ビル。

昼間の喧騒は嘘のように静まり返り、廊下を巡回するMP(憲兵)の規則正しい足音だけが等間隔で響いている。

フリー記者として昼間に行われた基地見学の際、坂上はすでにこの建物の構造、死角、そして警備のシフトを完全に頭に叩き込んでいた。

暗闇に沈む3階の廊下。坂上ジャック・ジャスティンは、音もなくアーノルド准将の執務室の前に滑り込んだ。

ピッキングツールを取り出し、鍵穴に差し込む。カチャリという極小の金属音とともに、分厚いオーク材のドアが静かに開いた。

(……よし。明後日の視察飛行、アーノルドが搭乗する機体のシリアルナンバーと、整備シフト表を確認するだけだ)

坂上の目的は、機体への直接的な破壊工作ではない。整備不良を装った「墜落事故」に見せかけるため、特定の機体の整備記録を改ざんし、点検の目をすり抜けさせる下準備だった。

マーシャルの時と同じだ。決して「暗殺テロ」だと悟られてはならない。

ペンライトの赤い光(暗闇で目が眩まないため)を頼りに、デスクの上の書類を素早くめくっていく。

数分後、目的のフライトスケジュールと整備担当者のリストを見つけ出した。坂上は震えのない確かな手つきで、胸ポケットから小型のカメラを取り出し、書類を撮影していく。

ミッションは順調だった。特戦群としての冷徹なマシーンのまま、作業を終えられるはずだった。

――ペンライトの赤い光が、デスクの片隅に置かれた「銀色の写真立て」を掠めた、その瞬間までは。

「…………っ」

坂上の視線が、それに釘付けになった。息が、止まった。

写真の中で微笑んでいたのは、昼間に気さくに肩を叩いてきたアーノルド准将と、彼に寄り添う上品な妻、そして……あどけない笑顔を浮かべた、二人の子供たちだった。

父親の大きな手にしがみつく娘の笑顔が、モノクロの写真の中でひどく無邪気に輝いていた。

『お父さん! 今日はカレーじゃなくて、ハンバーグにしてよ!』

不意に、坂上の脳内で、娘・真奈美の幼い頃の声がフラッシュバックした。

休日に家族三人で出かけた宮島。フェリーの上ではしゃぐ真奈美の肩を抱き寄せ、カメラに向かって笑いかけた、あの時の自分。

写真の中のアーノルドの笑顔は、愛する家族を慈しむ「ただの父親」のそれだった。

(……俺は、この男を殺すのか)

坂上の右手が、痙攣するように激しく震え始めた。

カメラを取り落としそうになり、慌てて両手で押さえ込む。

(この男を殺せば、この妻は未亡人になり、この子供たちは父親を永遠に失う。俺の手で、この幸せな家族を木端微塵に破壊するのか……?)

「がっ……、はぁっ……!」

喉の奥から、くぐもった嗚咽が漏れそうになる。

息ができない。胸の奥を万力で締め付けられるような激痛。視界がぐにゃりと歪み、耳の奥で爆音のような耳鳴りが鳴り響く。PTSDの発作だ。

『お父さん、どうしてこんな事をするの?』

写真の中のアーノルドの娘が、真奈美の声で自分を責め立てているような幻聴が響く。

「違う……! 違うんだ、真奈美……!」

坂上は、頭を抱え、デスクの上に崩れ落ちそうになった。

この男を生かしておけば、数年後、あの空を覆い尽くすほどのB-29が日本へ向かう。

あの悪魔の爆撃機が、広島の街を焼き払い、無数の「誰かの家族」を消し炭にするのだ。

だから、殺さなければならない。日本の家族を守るために、アメリカの家族を壊す。それが戦争だ。それが、俺が選んだ修羅の道だ。

(……止まるな。ここで止まれば、明子が、真奈美が焼かれるぞ……!)

坂上は血が滲むほど唇を噛み切り、無理やり正気を引き戻した。

震える手でカメラをポケットに押し込み、乱れた書類をミリ単位で元の位置に戻す。

「……すまない、アーノルド」

闇の中で、坂上は写真立ての「良き父親」に向かって、誰にも聞こえない声で呟いた。

「俺は、俺の家族のために……お前たちから、未来を奪う」

逃げるように執務室を後にする坂上の背中は、冷たい汗でびっしょりと濡れていた。

もはや、口の中に広がる血のコーヒーキャンディすら、彼を慰めることはできなかった。

狂い始めた歯車は、もう誰にも止められない。墜落の日は、すぐそこまで迫っていた。

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