-プロローグ-
鋼鉄転生アルヴァリオン
-プロローグ-
岩石が所々に散らばる荒野に、重々しい砲火の音と空気を裂く砲弾の音が断続的に響き渡っている。
空は赤く燃え、大地はひび割れ、空気は焦げた機械の匂いで侵されている。
そう、そのとおり。
ここは戦場だ。
目を凝らせば大地に屹立し、あるいはブースターを吹かして大地を滑空する巨大な人型が見えるだろう。
それはこの世界における、戦場の主役。
全長二十メートルにも及ぶ戦闘用の人型兵器だ。
片方はブルーやホワイトを基調とし、袖口や胸部に金銀の紋様を描いた、装飾の多い機体。
使っている武器は剣や槍であり、これにも儀式用のそれの如く美しい装飾が施されている。騎士然としたそれを構え、果敢に切り込んでは相手を切り裂き貫く。
離れた距離にいる相手に対しては曲線を多用した優雅な形状のライフルを構え、正確無比な射撃でこれを撃破してゆく。
そんな彼らの相手はグレーを基調とした、いかにも戦闘兵器ですと言わんばかりの機体だ。
こちらは前者以上に形状が同一の機体であり、役割によって装備を変えている。
保持しているのは主に突撃銃やバズーカ砲にミサイル・ランチャーといった、人間が使うそれをそのまま大きくしたような兵装。
突撃銃が三点射撃で吼え、バズーカ砲弾が白煙を引いて敵機に追いすがる。
彼らはまるであらかじめそうプログラミングされたかのように、互いをカバーし合い、連携し、敵機を追い詰めていく。
それは、個にして全。まるで一つの群れのようだ。
大別してこの二種類に分けられる機体たちは巨大な銃や剣を握りしめ、互いに壊しあい、殺し合っている。
荒野に銃声が飛び交い、砲声が轟き、爆音が響き渡る。
すでに両者の戦闘はすでに半日以上に及んでいる。そこかしこに破壊された機体やその一部が転がっている。
では今、いったいどちらが優勢なのか。
「……」
友軍があらかじめ飛ばしておいた高高度飛行型情報収集端末からの俯瞰映像を取得し、モニターに映す。
もしこの砂漠の戦場を俺のように俯瞰している者がいれば、ブルーの機体群がグレーの機体群に包囲されるように追い込まれているのが分かるだろう。
そしてその後ろに城壁と、それに囲まれた街がある事にも。
つまり、ブルーの機体たちは背水の陣なのだ。
負ければ国土は蹂躙され、多くの犠牲者が出る。それが分かっているからこそ、彼らは死に物狂いで戦っているのだ。
|装飾を持つ機体-<エンブレム・アーキテクト>と呼ばれる機体の性能は高い。
機動力・防御システム・装甲強度・アビオニクスにヴェトロニクス。
どれをとっても|グレーの機体、<スレイヴ・オーガニクス・コマンド>、略称<SOCom>と呼ばれる機体の数倍はある。
それがなぜここまで苦戦の極みなのかと言えば、相手の数が段違いなのだ。
仮に<E・A>が<SOCom>より三倍高いスペックを持っているとしても<E・A>一機が相手にしているのは十体以上の<SOCom>だ。
性能を削った代償として<SOCom>は量産性が高くカスタマイズのバリエーションが豊富で、圧倒的な数と形態を生かしてこちらを包囲、殲滅するスタイルをとる。
戦いは数だよ、と誰かが言っていたな。まさにその通りだ。
『通信だ』
コクピットにピッと小さなランプを灯す。
『連絡がきたぜ。出撃だ』
「ようやく?もう待ちくたびれたわよ」
防衛部から出撃の許可が出たらしい。
この機体は最も強力でありながら-否、それ故に今回後衛を言い渡され、歯がゆい思いをしていたところだ。
一刻も早く撃破され続けている友軍機の支援に行きたいと思う気持ちでいっぱいだった。
たぶんコイツもだろう。
「ぅしっ」
パイロットスーツに包まれた拳を胸の前で叩き合わせ、気合いを入れている。
たゆんとゆれる豊かな膨らみ。
呼応するかのように、搭乗している機体も同じ動作をする。
<E・A>と異なりこの機体の操縦は操縦桿ではなく、パイロットの動作をトレースして動く仕組みなのだ。
重々しい金属音が鳴り響き、周囲に控えていた後衛の友軍機が何事かと一斉にこちらを見た。
「ちょっと。うっさいわよ」
『知らねぇよ。おまえがやったんだろが』
コクピットに響く二人分の声。
付き合いがそれなりに長くなってきたせいか、互いに交わす言葉には遠慮もなくなってきた気がするな。
レーダーモニターを見れば、前線の<E・A>部隊はなおも押し込まれており――ついに城壁の間近に敵の砲撃が届きだした。
「っ」
『おっ』
着弾の衝撃が伝わり、全高三十メートルもある機体だというのに地響きを感じる。
『むっ。ありゃまずいぜ』
周囲を警戒していた“俺”は、とあるものを見つけた。
『右方向距離二十。下方五.四』
「あ……れは!」
運の悪いことに、着弾付近の城壁にはちょうど脆くなっていた部分があったのだ。それは、数十年にわたって街を守り抜いてきた代償だ。
衝撃を受けて城壁が崩れ――なお運の悪いことに、その下には逃げ遅れた少年がいた!
崩れる城壁の下で、少年が呆然とたたずんでいる。状況に思考が追い付いていないのか、逃げる気配がない。
おいおい。
このままじゃ、潰されて死んじまうぜ。
っつーか避難勧告が出ているのになんでここにいる?
逃げ遅れたのか、それとも誰かを探しに来ているのか……。
ま、諸々の疑問は後回しだな。
まずは……。
「たすk」
『助けるぞ。飛べ!』
言おうとしていたことを“俺”に先取りされ、パイロットがむすっと頬を膨らませる。
「先に言わないでよ。命令するのは私だってば!」
叫ぶと同時に、ぐっと両足を踏みしめ、ジャンプ!
同時に機体の足元が爆発したように弾けた。
外骨格のように体に装着されたフレームがその動作を機体に送り、三十メートルの巨体が黒煙たなびく空に舞う。
途端に機体が傾ぎ、わたわたと手足が降られる。
うへぇ、間抜けな光景。
外部カメラ見てなくてよかった。
コクピットの中にはひゃあぁっ!と響く、間の抜けた少女の悲鳴。
「ちょ……っと!と、飛び過ぎ!少しはそっちで加減しなさいよ!」
『だから知らん。俺はお前の動作を再現するだけだって、何度も言ってるだろうが』
「あーもう!相変わらず融通きかないわね!」
とはいうものの、このままでは機体はバランスを崩して地面に激突してしまう。
『……オートバランサー。姿勢制御バーニア・ドライブ!』
機体の各部にあるクリスタルや発光ラインがひときわ強く輝き、機体の姿勢が安定。無様な顔面ダイブはなんとか免れた。
「や、やればできるじゃない!」
『ありがとよ』
両手両足を曲げ縮こめた姿勢のまま、機体は少年を助けるべく滑るように空を移動。
だが落下する元・城壁の方が速い。
「間に合わない!<リフレクター>!」
<リフレクター>とは、全ての<E・A>に搭載されている、いわゆるエネルギーバリアシステムのことだ。
<E・A>であれば自機表面を覆うように展開されるだけだが、この機体であれば――。
『こいつのは<ディフェンスウォール>だ。いい加減覚えろよ。……ピンポイントで展開。潰すんじゃねぇぞ』
「するかっ」
やいのやいの言い合いながら空中でバランスをとり、右手を突き出す。
手のひらにある光球が輝き、赤い光を放った。
そうだ。この機体であれば、バリアで覆う対象を自由に設定できる!
少年の周囲を光の膜が包むと同時に、瓦礫が到達。盛大な土煙をあげてその姿を覆い隠す。
少年は、自分に何が起こったのかを知ることもなく、その命を――。
『終わらせるわけないだろうが!対象は無事に決まってる!“俺”が守ったんだからな!』
「誰に言ってるのよ。それに指示したのは、私!」
機体は脚部から着地に成功し、衝撃吸収ダンパーが受けた衝撃が数値として“俺”に伝えられる。
土煙が晴れた時、円状にガレキが避けて落ちた中心には腰を抜かした少年がいた。
もちろん、無傷。
その傍にはひときわ目を惹く派手な機体が片膝をついている。
-見た目からしてそんな感じの、刺々しくマッシヴなフォルム。
そこの突起にどんな意味があるのかと問われれば、カッコいいからだとしか言えないような感じの機体だ(いや、意味はあるんだが)。
この少年が恐らく見慣れているだろう<E・A>とは、一線を画す。
頭部の巨大な二本角と、その中心から延びる三本目の角。
根元で輝く菱形をしたエメラルドグリーンのクリスタル。
その顔は人間のそれに酷似し、鼻や口元さえ再現されている。
ぐいと突き出た胴体の中心にも、やはり大型のクリスタル球が三つ、埋め込まれている。
広い肩幅に、ブレードのようなものを備えた多角形のゴツい肩。
対照的にすぼまっていく腰部と、そこから延び大地を踏みしめる両脚部。
両ふくらはぎの外側にもやはりクリスタルが埋め込まれ、鮮やかに発光していた。
引き締まった全体の形状は、アスリート選手のような鍛えた肉体を彷彿とさせる。
『よし。無事だったな、少年』
はっはっは!
まるで人間が喋っているかのごとく機体の口元が滑らかに動き、“俺”の言葉を外部に伝える。
「そうじゃなきゃ困るわよ」
紅い光の膜ー防御用のバリアシステムだ-を、指定した座標上で展開した上から、上腕より前腕部が太い独特の腕が、呆然とした少年を守るべく伸ばされている。
レッドをベースにブラック・ゴールドなどが配された機体色が鮮やかに視覚に働きかけ、敵には威圧感を、味方には士気向上の効果を与える。
実に“俺”好み、だ。
まさに『勇者的』と言える機体で、事実その力は一騎当千。
『あいつが来れば大丈夫だ』と思わせてくれる機体なのだが、“こいつ”にはそれが伝わらないらしい。というより忌避している気さえあるんだよなぁ。
なんでって?
そりゃ、まあ……。
「ていうか、あーもう!見なさいよ!敵がわらわら集まってきてるじゃない!このままだとまた乱撃戦よ!?なんで私ばっかり毎度毎度こう、十字砲火にさらされなくちゃいけないのよ!」
操縦用外骨格に収まった少女がレーダーを睨み、八重歯をむき出して叫んでいる。
ここは城壁の内側だが、崩れかけた城壁は三十メートルもの巨体を隠す役にはまるで立っていねぇ。つまり、その裂け目から<SOCom>に認識されてしまったんだ。
『聞きたいか、理由を』
叫ぶ少女とは対照的に静かな“俺”の声がコクピットに響く。無論、わざとそういう声でしゃべっているんだがな。
「聞きたくないわよ!自明じゃない、そんなの!」
失神してしまった少年を手のひらで拾い上げ、遅れて到着した友軍機にそっと渡しながら少女は叫んだ。
そりゃそうだ。
|ブルー一色の友軍機とグレー一色の敵の中にあって、鮮烈な真紅の機体はどうあっても目立つ。
さらに、それらとは違い機体の稼働時には全身がほのかに発光するうえ、右肩に<666>、左肩に家と個人の複合紋章が描かれていればなお効果倍増だ。
『言わせろよ』
「いやよ!」
『――あ、あの~、妃殿下?敵が来てますよ~?』
言い合う少女と“俺”の間に、女性の声が控えめに割り込む。王族機守護隊を務める友軍からの通信だ。
状況は極めて切迫しているのだが、漫才みたいなやり取りを聞いたせいで気が抜けてしまったのだろーか。その声からは緊張感が感じられねぇ。
「分かってるわよ!」
がうっと少女が吼え、
『ふん。じゃあ、行こうぜ。俺の力を見せてやるよッ!』
荒々しく叫ぶ。
同時に機体各部のクリスタルがほのかに発光し、大気中に充満した特殊粒子を活性化させた。
『稼働再開ッ!』
「だから勝手に動かさないで……っていうか動くな!」
一機だけ赤く塗装された機体は足に力を籠め、背骨の位置に三つ埋め込まれたクリスタルを輝かせると再び跳躍し、城壁を軽々と飛び越える。
配備されている一般機はもちろん、後続のロイヤル・ヴァンガードはおろか王族専用機でさえ不可能な動きだ。
『――お、おおっ!』
ああ、向けられる驚愕の視線と歓声が気持ちいいぜ。
『レーダーに反応。数三十。距離は四百!』
「この距離なら射撃武器で狙撃するわ。一体ずつ確実にしとめるわよ。|電磁突撃銃!」
パイロットから“俺”に武装選択のオーダーが入るが、却下。
『だからんなもんねぇってばよ。こっちにしようぜ。っつーか巨大ロボならまずこいつだろって、いつも言ってるだろが!』
「あ、こら……っ!?」
真紅の機体は盛大な土煙と共に着地。
ぐぅんと身を起こし拳を握りしめ、両腕を前に突き出す。
輝きを増す両碗。
ぐっと腰を据えて構え、
『喰らいやがれぇ!ストレイト・クラッシャアァーッッ!!!』
「きゃぁあっ!?」
両腕部の後端から業炎が吹き出し、ひじから先が猛烈な勢いで発射される。
自分の操作ではない反動が機体に伝わり、少女が悲鳴を上げているが気にしない。
巨大ロボたる者、最初の一撃はロケットパンチだ。
これは“俺”の心情、譲る気はない。
大体こんな派手な機体がちまちま狙撃なんて、ビジュアル的にもおかしいだろうが?スーパーロボットはもっとダイナミックに戦うもんだ。
放たれた両腕部は、あらかじめロックオンした敵機を次々にブチ抜いて行く。それもこれもこの機体のみが持つ、ある特殊能力のおかげだ。
いわゆるロケットパンチなどという非現実的な兵装を目の当たりにした<SOCom>は対応に困り棒立ちになってやがる。
はっ!ざまあみろ!
もっとも――棒立ちになっているのはヤツらだけじゃねーけど。
後ろに控える友軍機と、腕をぶっ放したコイツも同様だ。
そういえばこいつら、配属されたばかりだったか。この技見た事ねーんだっけ?
『威力はすげぇんだがな。戻ってくるまでがまどろっこしいって話、マジだったんだな』
「いったたた……」
操縦用外骨格のなかで少女が頭をさすっているが、機体は反応していない。というか反応する腕部がない。
(誘導ビーコン。腕部接続まで五秒)
<SOCom>をブチ抜いた腕部が、その表面とクリスタルを光らせながら飛行軌道を変更。
ギューンと音を立てて飛んできた豪腕はきっかり五秒後、有るべき場所に戻ってきた。
ジョイントの再接続される音が、ガンッ!っと空気を振るわせる。
振り向き、元・城壁の中を向いた機体が、がぎょんとポーズを取った。
これは“俺”がやった操作――いや、動作だ。
同時にどてっ腹をブチ抜かれた<SOCom>が一斉に大爆発。
既存の機体群ではありえない破壊力を惜しみなく披露した。
一度に破壊したロボットの数は二十を超える。
大爆発を背に影になった機体の中で、ツインアイだけがぎらりと輝く。
わあっ!とそれを見ていた友軍から歓声が上がった。
ほら見ろ。士気向上には派手なものを見せたほうがいいんだよ。
事実、今にも崩れ落ちそうだった<E・A>部隊は、再び武器を手に立ちあがり、<SOCom>に立ち向かっていこうとしている。
彼らの闘志が再び燃え上がったのを、鋼鉄の肌越しに感じる。
『はっはっは!見たか、正義の鉄拳を!』
「あ・ん・た・はぁ~!パイロットは私だってのに、勝手なことを!いつもいつも、いつもいつも……っ」
衝撃から復帰した少女が犬歯を剥きだし、正面にいる“俺”の顔を凄まじい形相で睨んでいる。
|ぴんとたった獣の耳―オオカミのそれに酷似している―が、彼女の心情をダイレクトに表している。
そう怒るなよ。かわいい顔が台無しじゃねーか。
とはいえそもそも――この少女が得意とする戦闘スタイルは射撃が多めの中距離戦闘。
一発一発を確実に当てるタイプの射撃で数を減らし、接近された時は卓越した集中力と体さばきによる剣戟――そういう戦い方をする。
だが今こいつが繰る機体には、狙撃銃は搭載されていねぇ。あぁ、剣は……あるにはあるか。
基本的に近接格闘戦――いや肉弾戦が主体であり、少女はそれに慣れていねぇ。
にもかかわらず毎回それを強要されては、愚痴の一つも出るのは仕方ないとも言えるっちゃいえるか。
『嫌なら降りてもいいって、最初に言われただろう』
「知ってたらそうしてたわよ!」
少女がフレームから腕を抜き、ガンッ!と全天周モニターを殴る。
『なにをする』
いや、実は別に痛くねぇ、というか感触すらないんだけどな。
「~~~~~~!!」
内装フレームとはいえ当然頑強なそこをブッ叩いた少女の方が、痛そうに手を押さえてる。
いくら怪力の亜人種だといってもこいつは女の子。“俺”を壊すことなんてできるはずもねぇからな。
っつーかいつもの事だけどよ、いい加減それが無意味だって分かってくれよ。
「い、いつか絶対必ず壊してやるわ」
『ダブってるぞ』
呪詛をつぶやきながら、少女はモニターに映る敵機どもを、親の仇のように睨みつけた。
「そもそもあんた達みたいのがいるから、私がこんなのに乗る羽目になったのよ……。そうよ、もっと普通の機体だと思ってたのに!父さまにも笑われて……!」
……どうも逆ギレ状態らしいなこいつぁ。
『普通じゃヒーローにゃなれないだろうが。それに俺は気に入ってるんだ、文句言うな』
「私は気に入らないわよ!あと、どうせならヒロインって言って!」
はあ、とため息ひとつ。
「もう、最初からこうしとけばよかったのよ……」
『あ、おい……』
少女は機体の操作優先権を『共有』から『操縦者』に強制移行。
これで“俺”は、機体そのものを能動的に動かすことは出来なくなっちまった。
次に、少女はこちらに向けて進軍してくる敵機を、視線で次々ロックオン。
前進を始めようとする友軍に待機・援護要請を出し――自らはゆっくりと歩を進めだした。
威圧感を纏い、機体は重々しい歩行音をあげながら迫りくる<SOCom>に立ち向かう。
『――お……おお……』
『――なんという勇壮な……』
『――あれこそまさに、我らが伝説より出でし救世の神……』
<E・A>と違い、この機体はマニピュレータに武器を持っていない。つまり素手だ。
握りしめた拳のみで侵略者に立ち向かうその雄々しい姿に、友軍の<E・A>パイロット達から希望と畏怖と、羨望のこめられたつぶやきが漏れている。
「ふ……んふふ……」
『……こえぇよ』
しかしその視線を受け止めている機体の中では、希望もへったくれもない暗い笑みと声を漏らす少女が一人。
自分を案じ応援する声に耳も貸さず、撤退してくる友軍機が離れたのを確認し――おもむろに武装を選択。
鋭く光を放ったツインアイに睨まれ、<SOCom>達に動揺が走るのが分かった。
ゆっくりと掲げられたマニピュレータ。その中に光の粒子が生まれ、武器が実体化されていく。
機体のウェポン・データスロットから引っ張り出されたのは、<巨大な二挺の拳銃>。
その名の通りハンドガンタイプの武装だが、発射される弾丸は実体とエネルギーをマガジンによって使い分けられる。
バレルの下には凶悪な形状の近接戦闘用ブレード。この刃は切り裂くというより引き裂くに近い。
「……ふん」
歩みが止まる。
少女は実体化した<ハウリング・デュオ>をガン=カタ・スタイルでガシャリと構えた。
『っておい、それは』
まだ調整中の武器、と“俺”は言おうとしたんだが……。
「覚悟しなさい。今の私は非常に虫の居所が悪いわ。さぁ、撃ち抜かれたい所を言いなさい。五秒以内に答えればリクエストにお応えするわ」
……聞いちゃいねぇ。
外部マイクを起動し、かわいらしい声で凶悪な宣誓を披露する。
ギラリ、と八重歯――否、犬歯が光る。
“俺”の言葉は頭に血が上った少女の耳には全く入っていねぇ。そのデカい獣耳は飾りか?
挑発と受け取ったか――いや、そのとおりだが――、数十機の<SOCom>が進軍の速度を速め、牽制のつもりか射撃も開始する。
迫りくるミサイルとビームと砲弾。
――やれやれだ。
『<ディフェンスウォール>っと……』
まだ距離があるからビームは大気によって減衰し、実弾は重力でそれる。であっても直撃コースにあるそれらやミサイルは、“俺”が展開したバリアによって機体に届くことなく逸れるか爆発する。
『おーい。敵、来てるぞ』
一応声をかけてみるが、少女は暗い瞳で正面を睨んだまま。……やっぱ聞いちゃいねぇ。
「……時間切れよ。いいわ、みんなハチの巣にしてあげる……」
ふっ……!と鋭く吐かれる息。
次の瞬間。
大地を踏みしめた軸足の下が爆発したように弾け、突撃を敢行。
圧倒的な速度を得て、メタリックレッドの機体が大地を駈けだした。
強化外骨格に似た操縦システムの中で少女の体がしなやかに踊り、長い髪が空に舞う。ついでに豊かな胸の膨らみも弾んでいる。(これはRECしておくべきだろうか。いや、そうするべきだ)
こちらに向かって放たれる砲撃はその驚異的な動体視力と身体能力で見切り、最小限の動きでかわしていく。
特殊な遺伝子をもつこの少女にとって、この程度を見切ることは訳ないのだろう。
誘導性の高いミサイルは両手の<ハウリング・デュオ>を乱射して撃ち抜いた。
十五発の装弾数はあっという間にカラになるが、少女はあらかじめ次の弾倉を敵のド真ん前に放り投げてある。
砲撃を回避しながら、グリップの付け根にあるボタンを押してカラなった弾倉を排出。
その間も疾走は止まらない。
放り投げておいた弾倉が落下を始め――た時には、すでに機体はその真下にいる。
腕を交差させてグリップエンドを上に向け、落ちてきた弾倉を受け止める。
弾倉交換の一瞬の隙を逃さず再び砲撃が吹き荒れるが、機体はまるでブレイクダンスをしているかのように回転しながらそれをかわし、敵に肉薄して銃口を突き付け。
「<ハウリング・デュオ>!撃ち抜けぇっ!!!」
お姫様にあるまじき雄叫びと共に、一方的な戦いが始まり――そして半日続いた今回の戦争は、十分と経たずに終結した。
* * *
(また駄目……だったのか)
(御意)
どことも知れない暗闇に、疲れ切った声が響く。
見たことも行ったこともないはずの場所なのに、俺は、ここを知っている。何しろ-数えるのもバカらしくなるほどの年月、この場所に居続けたのだから。
――いや待て。それはおかしい。
すぐに俺はそう否定する。
おかしいじゃねーか。
俺は……そうだ。
俺は学生、高校生だ。こんな場所、知っているはずもねぇ。
矛盾した思考を自覚し、そして気づく。
あぁ、こいつはアレだ。いつもの夢だ。
そういえばさっき、体の中心に妙な感触を感じたのを思い出す。
夢の中だというのに思い出す、というのも変な話だけど、実際そうなんだから仕方ねぇ。
ソイツは俺の服の前をはだけ、体の中心、心臓が埋まっている位置に入ってくる。
そういうイメージとはいえ、全くもって、実に気色悪ぃ。
(貴様、俺に従え)
胸糞悪いくらい上から目線の声が聞こえる。
(俺に従え。貴様はそういう運命だ)
知るかバカ。
なんだこいつは。
俺は全力で無視を決め込む。
当たり前だ。
誰がこんなやつに、ハイ分かりましたなんていうんだよ。
コイツに限らず、これまでに何度か覚えた感触は全て、自己顕示欲や吐き気がするほどの傲慢さ、誰かの言いなりになっているバカや自分こそが世界の中心などと考えている阿呆ばかりだ。
おまけにどいつもこいつも、俺を力づくで従わせようとしてくる。
冗談じゃあない。
誰がお前らみたいなのに委ねるもんか。
ま、それもまたいつものことで、しつこく俺に触れてくるソイツらを拒絶するのもいつものことなんだけどな。
(俺に従え!聞こえんのか!?返事もなしか!無礼な鉄くずめ!)
つーん。
バカが叫んでいるが、こう言う手合いは無視に限る。
(ええい腹立たしい!なんだ、なんなのだこのゴミは!この私の言葉を無視するだと?傲慢で卑しいやつめ!自分の立場すらわきまえられんと見える!)
むかっ。
おい。
てめえが誰かしらねぇが、見ず知らずの他人にそこまで言われる筋合いはねぇぞ。
(ぎえっ!?)
俺がむかっ腹を立てた瞬間、そいつが悲鳴を上げて俺の中から吹っ飛んだ。
どたり、と無様に倒れこむ音がする。
(く……く…………く!どれだけこの私をコケにすれば気が済むのだ、この鉄くずは!!)
はん!ざまあみろ。
(私は非常に不愉快だ!帰らせていただく!!)
ガンガンと足音高く、俺の中から吹っ飛ばされた奴が去っていく。
バーカ。
(……これで何度目なのであろうな)
(数にして六百六十五名。年月にして、ちょうど千年目、にございます)
(千年、か)
深いため息。
この謎めいた会話に出てくる数字は、夢を見るたびに変わっている事を、俺はもう知っている。具体的には、語られる数字が増えているんだ。
それが何なのかなんて、相変わらず分からないけどな。
(この千年で世界は荒れすぎた。もう戦いは止まらぬし、止められる者もおらぬ。あらゆるものを喰らい尽くすまで、我らの争いは終わらぬのだろう)
一人が立ち上がる気配。
俺の視界は相変わらず真っ暗なので、一体彼らがどこで何をしているのかもわからない。
だが彼らの抱く深い悲しみだけが――それだけが伝わってくる。
(この国は――余にはもうあとがない。今回の“契約の儀”が失敗に終わったことで、この国の滅亡はほぼ確定した。もう、おしまいだ。世界は旧人種によって再び統治されることになろう)
押さえきれない嗚咽が聞こえる。
なんだ?何をそんなに悲観している?
一体ここで何が起きているんだ?それに旧人種ってなんだよ?
問いかけたくても、もちろん声などでない。指一本動かせない。まるで鉄でできているかのように、体はピクリとも動かない。
ああくそ、もどかしい!
(いいえ、いいえ陛下。我らには、バイスターにはまだあと一人、居られます)
(あれには無理だ……)
(希望をお捨てになってはいけませぬ。あの方は日々、民と国と世界を救うべく、精進されている)
(千年もの間駄目だったことが、いまさら変わるとも思えぬ……)
――はて、妙だな。この会話は聞いたことがねぇ。
いつもはこの、深い声が嗚咽を漏らし、もう一つの声が慰めて終わるんだけどな。
俺は少し興味を持った。見飽きたこの夢に、何やら進展の予感。
(陛下。すべてを諦めてしまうのは、あの方の成人と≪契約の儀≫を待ってからでも、遅くはございませぬぞ)
目上の者に進言していると思わしきその声からは、なにより自分がそう信じたいのだという響きがあった。
(……成人の日は)
(今より十日後。月が満つる時にてございます)
(……)
微かにうなずく気配と、そして彼らに見上げられる感覚。
(あの子が最後の希望、だ。我らにとっても、世界にとっても)
(……御意)
ふわり、体が浮く感覚。
俺には分かる。
これは、夢の終わりだ。
彼らのまなざしを受け止めながら、俺は目覚めの時が来たことを知った。




