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09. 酔ってる


『起きてる?』


 と、蓮に一言メッセージを送ったのは、日付が変わるか否かという時間だった。

 それから既に軽く一時間は経過していたが、返信はおろか既読すらつかない。時間も時間だし、既に寝てしまっているのかもしれなかった。

 予定があると言っていたから、もしかしたら遅くまでいることもありえるだろう。


 返信が来るまで、提出日までに余裕があるものの、面倒だからと見ないフリして先延ばしにしてきたレポートでもしていよう。電源ボタンを押す。数秒もしないうちにディスプレイの青い光が部屋を明るくした。


 タイプ音が部屋の中に響く。亀のような速度だが、確実に課題は進んでいった。しかし、ディスプレイに浮かぶ文字を追いながらも、視線が度々、右下に表示される時刻に吸い寄せられる。一秒の進みがやけに遅く感じた。

 最初は踊るようにキーボードを叩いていた指先も、今は意味のないリズムを刻んでいる。

 横に置いてあるスマホは沈黙を保ち続けていた。

 だというのに、僕はわざわざホームボタンを押して、通知が来ていないかを確認してしまう。案の定というべきか、返信はまだない。


(やっぱり時間も時間だし、さすがにもう寝てるか……)


 手に取ったスマホを裏返しにして、机に置き直そうとしたその瞬間。場違いな明るいポップスが部屋の中に鳴り響く。Q:UAR7Z(クォーツ)の最新シングルのカップリング曲。この着信音が鳴るのは、蓮が電話を掛けてきたときだけだ。

 弾かれたように通話ボタンを押す。


「……っ、もしもし」

「あ~もしもし! 聞こえてる~?」


 そんな僕とは反対に、蓮は昼間のような、いや、それ以上に快活な様子だった。声もかなり大きい。今が真夜中であることにすら、気づいていないような雰囲気さえある。


「聞こえてるけど、いきなりどうしたの」


 率直な疑問を投げかける。いつもなら、僕か彼がメッセージを送ったときは、基本的に同じ手段で返すのが当たり前だった。こうやって、いきなり通話してくるなんてことは初めての出来事だ。


「湊が連絡してきたんじゃん。だからぁー電話しないとって思ってぇ」


 回っていない呂律に、普段とは違うテンション。

 おそらく、蓮は酔っぱらっている。怒ったり泣いたりするようなネガティブな感じではなくて、陽気になる方なのはまだ救いか。

 そんな状態でも、僕からのメッセージを見てレスポンスを返そうとしてくれた気持ちに、胸がじんわりと温かくなった。とはいうものの、さすがにこの状態の彼と通話を続けようなんて気にはならない。


「蓮、酔ってるでしょ」

「うん。そーかも。お前に」


 あまりにも自然に吐き出された歯の浮くような言葉に、思わずむせた。

 ゲホッゲホ、と盛大に咳き込む僕に「大丈夫か~?」と半笑いになっている彼は、素面に戻った時にこのやりとりを聞いたらどんな表情を浮かべるのだろう。


「あー……ウケた。そんな咳き込むほどだった?」

「そりゃあそうでしょ! いつもはこんなん言わないのに」

「じゃあ、湊クンは、俺がどんなことなら言いそうだと思う?」


 酒焼けのせいか、いつもよりざらついた声。僕と1つしか年齢は変わらないはずなのに、その声にはやけに官能的な色が乗っている。


「……そうやってからかうなら、もう切るけど」

「ふふ、ごめんじゃん。で、なんで俺に起きてるって送ってきたの?」

「あ、そうだった。ほら今日の歌番、二人ともリアタイできなかったから時間合わせて通話しながらでも一緒に見れたらなって──」

「何それ? お前めっちゃカワイイこと考えんね」


 かわいい、という単語を拾った瞬間、頭がフリーズした。けれどすぐさま思い直す。この酔っ払いの戯言を真に受ける必要はない。そして、もし今後、彼と外で夜ご飯を食べる機会が訪れたときは絶対にアルコールを摂取させない、ということを心に決める。


「蓮、やっぱ酔ってるよ。もう寝よう、はい、おやすみ」

「え、ちょ、ごめんって待っ──」


 問答無用で通話終了ボタンを押した。

 あの状態で、このまま僕に付き合わせるより、水でも飲んでさっさと寝た方がいいに決まってる。

 今度こそ、スマホを机に置こうとしたその時、蓮との個別チャットに、猫が涙を浮かべている顔のスタンプが送られてきた。

 続けざまに、その猫が土下座をするスタンプも送られてくる。

 僕はあえて、既読無視することにした。次に通話をするときは今日のことをからかってやろうと意気込む。

 通話を切りかけた瞬間の、蓮の焦った様子と少し間抜けな猫の姿が重なって、無意識のうちに笑みがこぼれていた。


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