07. look at r
見られる、ということに慣れたのは、いつだろうか。
「聖くんは顔が綺麗ね」と色んな人に褒められるのが当たり前になってから?
学校で、遠巻きから同級生たちがひそひそと噂話をするようになってから?
練習生としてスクールに入学して、レッスン中に人前でパフォーマンスをするようになってから?
オーディションに落ちることが、当たり前に感じるようになってから?
メジャーデビューをして、舞台に立つ機会が増えてから?
どれも正解のような気がするし、不正解のような気もする。
でも、見られるということに対して、好意的に捉えられるように自分の意識が明確に変わった瞬間が、芹澤聖には存在していた。
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今日はグループ全員での雑誌の取材と撮影、聖単独での昼の情報番組のロケVTR撮影、そして夜には歌番組の生放送出演というスケジュールとなっている。
都内から関東郊外へ、関東郊外から都内へとんぼ返りをするという何とも忙しないものではあるが、他のメンバーも大体同じくらいか、それ以上の忙しさのため、文句を言う気はさらさらない。
いや、嘘だ。朝と夜はグループ仕事なら、昼もグループ仕事──それが難しいなら、せめて都内の仕事を入れろとスケジュールを確認した瞬間に文句が口から飛び出そうだった。
売り出し時なのは理解している。
今年で単独アリーナツアーも3回目。関東近辺や大阪などの主要都市で開催される公演は、ファンクラブの時点でチケットが完売、地方も黒幕で座席潰しをしなくても埋められるようになってきて、徐々にグループの実力がついてきていた。
そのうえ、グループのセンターである須藤遼が、つい先日まで放送されていた深夜ドラマでバズり、個人・グループ共々で認知度が急上昇中。男性アイドル界隈で有名なグループから、お茶の間に浸透するアイドルになれるかは、今の頑張りに掛かっているはずだった。
しかし、都内に戻るために数時間も車に乗り続けるのは、気持ち的にも体的にも正直きつい。腹の底に溜まった何かを重い息を吐き出す。
雑な手つきで、プライベート用のスマホのロック画面を解除して、いつものようにSNSを開いた。
もちろん、ログインしているのは「グループのオフィシャルアカウント」でも「芹澤聖オフィシャルアカウント」でもない。このアカウントはいわゆる裏垢というものだ。
ユーザーネームは「り」。
プロフィール欄には「Q:7/♡推し/同担◎」の文字だけ──余談だがこの白ハートは俺のことを表しているらしい。
フォロー数は83人。フォロワー数は14人。
アイコンは、聖の実家で飼っている猫の接写を薄ピンクのフィルターを施した画像。
──という具合の非公開アカウント。
しかし、特に文章や写真を投稿をしているわけではない。
流出したと言われる芸能人のようなアカウントとは用途が全く別ものだ。
なぜなら、このアカウントは閲覧が目的だから。
もっというと、特定個人のアカウントを見続けるだけのもの。
だから、適当にフォロイー・フォロワー数を増やしたし、スパムだと思われないようにbioやアイコンも工夫をした。
botではなくてファンアカウントだと印象付けるために、わざわざグループ公式や自分の公式アカウントもフォローして度々リポストしたり、「楽しみ」など当たり障りのない一言を付けて引用するようにしたりもした。
その甲斐あって、特にブロックなどもされずに、今の今までフォロイー・フォロワーの関係のままとなっている。
見ているのは『煮卵』という名前で、俺──芹澤聖推しの、大学生の男の子のアカウントだ。そのことを突き止めるまでにそれなりの時間を費やしたが、見つけてからは、ずっと追いかけ続けている。
フォロー新着のタイムラインは雑多な投稿で埋まっていた。
けれど、お目当てはそこじゃない。右にスワイプをしてピン止めをしたリストのタイムラインへと切り替える。
たった一人だけ入っているリスト。
タイムラインにはその人の投稿だけが、ずらりと列挙されている。投稿の頻度はそこまで高くない。だけども、それだからこそ、見ていないうちに何か更新されているんじゃないかと気になってしまう。
『煮卵』という気の抜けた感じの名前もかわいらしくて、更新されていなくても、その文字列見るだけで癒される。
『夜の新曲パフォーマンス楽しみ』
『けど今日バイトだから、リアタイできないのは残念』
今日は更新されていた。俺がロケの撮影をしている間に投稿されていたそれらを、スクショして保存する。
しかし、二つ目の投稿に付いているリプライに自然と眉をひそめる。
『@2tamago おはよー! 俺もリアタイむずそうだから仲間!笑』
『@__kurodayo 悲しい仲間だ…… 大学行く前に録画してきたから、それ楽しみに頑張る』
ここ数か月で見るようになった名前。「くろ」というユーザー。
彼のアカウントはフォローしていないが、公開アカウントのため、以前どんな投稿をしているのか、どんな人物なのかを確認したことがある。
俺たちや彼と同じ年代で、Q:UAR7Zにとってはそこそこ珍しい男性ファン。同性だから仲良くなったのは理解できた。
他の子だったのなら、微笑ましいファン同士のやりとりだと流せただろう。
けれど、こうして目に見える形でやりとりをしている様子に、不快感を覚える自分がいる。
そんな風に思うのであれば、この裏垢を使って話しかければいいのかもしれない。
芹澤聖が、ファンのそれも女性ファンに成りすまして特定個人のファンと繋がっているなんて、バレるはずがないのだから。
言い訳しても、これまで踏み越えられなかった一線なのだ。
歯痒い。だけど、できない。
ならば、できることをするしかない。
できることと言えば、今日も最高のパフォーマンスをして、彼に喜んでもらうくらいしかない。
はぁー、と長い溜息を吐く。
窓の外は相も変わらず同じ景色がひたすらに流れ続ける。都内に到着するまで、まだ時間は掛かりそうだった。




