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05. 目が合う


 時間が過ぎるのは、あっという間で。

 気づけばもう後半のファンサ曲──歌や踊りではなく、花道などを歩いてファンに手を振ったり、メンバー同士の絡みを主体としたパフォーマンスのメドレーがはじまるところだった。


 毎公演、この決まってこのセクションは見てる側も忙しい。

 なぜなら、カメラのいないところでしか見られない表情や仕草が沢山存在するのである。

 運が良ければモニターには映っているかもしれない。けれど、その瞬間が映像収録されるのは、ツアーのどこか一回限りだけ。

 だから僕は(ひじり)くんに双眼鏡を向け続ける。

 他の誰かに目移りして、一瞬を逃すなんて真似は絶対に嫌だった。

 

 曲のイントロが流れ出し、メンバーが歌いながら花道を練り歩く。歌唱パートではないメンバーは、その場からアリーナ席の客に好きなように手を振ったり、指ハートをしたりして、銘々にファンサを送っている──これは聖くんとのすれ違いざまの様子で見えた。


 聖くんはファンサが旺盛な方ではない。投げキスとかそういうファンのボルテージがいっきに上がるようなことをするのは稀だ。だけど、花道を歩いているときにはアリーナ席だけではなく、顔を上げてスタンド席──それも2階だけではなく、本当に上、天井席に近い4階席までしっかりと「見えてるよ」と合図を送っている。

 ファンサができて偉い。

 勝手に感慨深くなっていると、突然、周囲が黄色い歓声で包まれた。

 僕の立ち位置の真正面には、今はおそらく圧倒的なセンターである(りょう)くんがやってくるタイミングのはずだったから、きっと彼がこのブロック付近に何かレスをしたのだろう。


 多分、僕のような野鳥の会──これはコーレスや目の前にいるメンバーよりも双眼鏡で推しを追っかけ続けるオタクのことを指す──の民は周辺にも複数人はいるだろうが、体の向きがそもそも他のファンとは全然違うから、浮いている部分はあることは否めない。

 けれど、花道の先端でイレギュラー的に、メンバーの一人である夏樹(なつき)くんから飛び掛かられて驚きのあまりに固まっている聖くんの様子を見れるのは今だけなのだから。鋼の意思で双眼鏡を聖くんに向け続ける。


 もう少ししたら、花道を折り返してエンドステージまで戻ってくるような導線となっている。徐々に近づくにつれて双眼鏡のピントを少しずつ、少しずつ調整しながら追っていく。

 微笑みを浮かべながら手を振っていく姿。グループ末っ子の悠希(ゆうき)くんに迫られて、無理やり二人でハートを作らされる姿。くだらない動きをしている遼くんの頭を叩くふりして、苦笑いを浮かべながら自分の腕を叩く姿。

 どれもこれも、ここでしか見られない輝きだった。無意識のうちに口角が緩んでいく。


 とうとう目の前に聖くんがやってきた。

 立ち位置によってはたった数秒しかいないのにも関わらず、すぐに移動となってしまう場合があるのだが、今日の僕の座席付近のブロックは2サビまるまる停止してくれる場所なのだ。

 時折、僕の方とは反対のスタンド席の方に向く時もあるため顔が見れない時間はあるものの、双眼鏡越しに見える聖くんは、およそ数メートルしか離れていないくらいの大きさではっきりと見ることができる。


 さっきまでの距離では見えなかった、首筋に流れる一筋の汗。激しいダンスナンバーをこなした後も涼しい表情を浮かべている彼でも、ライブの後半ではちゃんと汗が流れるのかと何度見ても感慨深くなってしまう。

 そして、一小節終わると聖くんはこちら側に向き直って反対側と同じようにファンサをし始めた。アリーナ席のファンに向けて次々に手を振っていく。聖くん指名のネームボードがあったのか、たまに嫌そうな表情で渋々と両手の人差し指と中指でハートを作っていた。

 

 アリーナ席ばかりじゃなくて、次はスタンド席のファンにも平等にファンサをしようとしているのか、ふと、聖くんが顔を上げる。

 ついさっきまで、違うところに向いていた視線。それがバチリ、とかみ合う音がした。彼の人差し指がこちらに向けて指されている。


 視線が合っている。

 指をさされている。


 もし、自分を対象として行われているのであれば超特大級のファンサだ。推しにされたいと思う人がこの場には沢山いるだろう。

 ──けれど、僕は。

 心臓が嫌な音を立てる。直後、僕の2、3列後ろから聞こえてきたもはや断末魔とも呼べるような悲鳴に安堵した。

 は、と軽く息を吐きだす。きっと、僕以外の聖くん推しの人がいて、その人に向けてファンサをしたのだろう。僕はそのおこぼれに(あず)かったにすぎない。


 サビが終わり、聖くんは移動を始めた。

 徐々にまた、彼と僕との距離が開いていく。

 双眼鏡を握っていた手が、無意識のうちに強張っていたことに気づいた。先ほどまでは難なく行えていたピントの調整も、なぜだかうまくいかなかった。

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