02. 通話
蓮──もとい『くろ』さんとSNSで相互と呼ばれる関係になって数週間。
DMでおすすめのMVや雑誌の撮影メイキング動画なんかを僕がポツポツと送り、その動画の感想を彼が返してくれるというラリーが何往復か行われるのが日常になった頃。そのとき既に、かなりの頻度でお互いメッセージを送り合うようになっていた。
歌番組のカメラワークがどうだっただの、新曲の衣装がこの部分がかっこいいだの、今までは一人で壁打ちするしかなかった言葉たち。
それがSNSなどで一方的なものとして吐き出して終わりにならずに、誰かに受け取ってもらえる。単純なことなのに、こんなに嬉しいことだったなんて。こうして実感を得るまで僕は知らなかった。
しかし、そんな中でひとつ問題が発生した。
それは会話のラリーの頻度が高くなると、相槌などの細かな会話のせいで送った動画のURLがすぐに埋もれてしまうということである。
僕が動画の再生リストをあらかじめ作っておけば良かったのだが、「人に物を薦める」という行為に慣れていなかったのが災いした。
どうにかしてメッセージが流れないような案を二人で考えた結果、コミュニケーションを取るのはSNSのDMから通話アプリに移行しようという結論に至った。その過程で、「せっかく通話アプリを入れるのだから、実際に通話してみるのはどうだろうか」という話になり、とんとん拍子でその日に通話を繋ぐことになったのである。
「あ、あ──、もしもし。……聞こえてますか?」
メッセージの軽い文面のイメージからは明るく元気そうな印象が強かったが、実際の彼は、ゆったりとした余裕を感じされる話し方と耳馴染みの良い落ち着いた声色だった。
「っぁ、はい! もしもし! き、聞こえてます。大丈夫です。……僕の声も大丈夫ですか?」
「はい。ちゃんとキレイに聞こえてますよ」
僕は盛大に声のボリュームを間違えてしまったが、くろさんはそれを茶化すことはせず、穏やかな声で受け止めてくれる。
「あの、はじめまして『煮卵』です。いつも薦めた動画を見てくれて、ありがとうございます……」
「はじめまして、『くろ』です? ──って、いつもDMでは話してるからなんか変な感じっすね。こちらこそいつも色々オススメしてくれて助かってますよ」
「……ほんとですか、あれもこれもって沢山送っちゃってたのに」
「むしろ、それがありがたいっていうか。新参者だから、一人だったらどれから見ればいいんだろって悩みまくりで、こんなにQ:UAR7Zにハマれてなかったかもです」
お世辞かもしれないが、素直に嬉しい。「Q:UAR7Z」というグループだけではなく、僕まで肯定されたような気分だった。
「なら、良かったです。くろさんがいっぱい感想送ってくれるから嬉しくなっちゃって。調子乗りすぎてないか、心配な部分も少しあって」
「むしろ、どんどん調子に乗っちゃっていいのに。この前送ってくれたMVのメイキングとか、公式チャンネルとは別の場所で投稿されてるやつだったから──」
DMであれだけやりとりをしていたのに、僕はくろさんに対して、どこか身構えてしまっている部分があった。けれど、話しているうちに気づく。
(──この人も、僕と同じファンなんだ)
そう認識した瞬間、肩の荷が下りたように体の力が抜けた。
この後に何を話したのか、僕は具体的に覚えていない。けれど、また話したいという気持ちだけは確かに胸の中に残っていた。
***
蓮と実際に会うことが決まったのは突然だった。
ある日の通話終わりに送られてきた、一通のメッセージ。
『さっき通話で忘れちゃってたんだけど、煮卵さんってグッズとか集めてる?』
『集めてるってほどではないけど、ちょくちょく買ってますよ』
テスト勉強をしたのに実際はしてないふりをする、というような強がりを、僕が言ったわけではない。これは事実だ。
Q:UAR7Zは単独ライブツアー毎に、各メンバーのプロデュースグッズや、フォトカード、アクリルスタンドやアクリルキーホルダーなど、多種多様なグッズが発売される。
しかし、このフォトカードやアクリルスタンドが問題なのだ。
エンタメ界隈の宿命というべきか、ブラインド商法が付きまとってくるのである。アクスタはメンバー全員がシャッフルされたランダム全7種だし、フォトカードに至っては全21種。メンバー1人につき、3種類のカット──そのうち1種は箔押しサイン入りのシークレットバージョンだ──という具合。
事前通販ではコンプリートセットが用意されているにもかかわらず、ランダム販売のロットで振り分けられているアクリルスタンドやフォトカードの在庫も一瞬で枯れる。
一応、会場用に別で在庫が追加されているうえに、1会計につき5点までという制限付きため、ツアーの千秋楽付近で買いに行けば、買えないことはない。
けれど、そこで立ちはだかるランダムという壁。
メンバーの誰が出ても嬉しいは嬉しいのだが、正直に言うと推しが手に入らないのは苦しい。
とはいえ、臆病な僕はランダムで同じものが出てしまったとしても、今までSNS上での交換・取引というものに手を出せなかった。一期一会。時の運。そう自分に言い聞かせていた。
『この間フォトカ届いたんだけど、何枚か聖の出たからどうかなって。欲しかったらあげるー』
『え、いいんですか? フォトカって定価いくら……あ、颯くんのやつと交換とかのが良かったりしますかね?』
『どっちでもおけ、煮卵さん次、どこ参戦予定だっけ?』
『次は3月の大阪両日か、その次だと4月の宮城と横浜のです。一応どっちも両日予定なんで、くろさんの都合がいいときに合わせます』
『俺、次は横浜初日だから、そんときに渡すわ! 煮卵さんとエンカするの初めてだから楽しみ』
エンカ、という3文字を見て背中に冷や汗が流れる。
あれ、気づかないうちに会う約束しちゃってないか、僕。てっきり、交換するのであれば郵送とかするものだと……いや、でもお互い同じ場所に行く予定があるならば、郵送代がもったいないし、手渡しの方が合理的だろう。
不整脈を起こしたかのようにドクドクとうるさくなる胸を深呼吸でどうにか鎮める。
今まで、どんなイベントもライブも一人で参戦してきた僕にとって、このエンカはライブと同じくらい重大な出来事だった。まだ会うと決まっただけなのに逸る気持ちを抑えられない僕は、くろさんをフォローするきっかけとなった投稿を見返す。
改めて繋がりたいタグをつけて投稿された写真を見ると、くろさんは多分、いやほぼ9割の確率でイケメンだ。
服の雰囲気とか写真を撮られたときのポーズの仕方とか、スタイルの良さとか。そういった細かい部分から醸し出される雰囲気は、僕の人生で関わったことのない人種に見える。
僕は同性だからとか、年が近いからとか、通話できるくらい仲良くなったのだからとか、そんな軽率な思いあがりで虎の尾を踏んでしまったのでは……。一度は収まった脈がまた上がり始める。
急に今までの自分が何か粗相をしていないか不安になってきた。DMやメッセージ履歴を丁寧に丁寧に遡り、先ほどのエンカの約束をしたメッセージまで辿り着く。
「……初めてだから、楽しみ」
ひと文字ずつ、噛みしめるようにゆっくりと読み上げた。言葉の意味を咀嚼していくうちに胸の中心に熱が集まる。
変に取り繕うようなことはせず、素直な気持ちを打ち込んで祈るように送信ボタンを押した。
『僕も会えるの楽しみにしてます』




