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15. お誘い

 歌番組の放送から一週間が経っても、Q:UAR7Z(クォーツ)の界隈のSNS上の熱気は冷めるどころか、新たな燃料投下によって加熱の一途をたどっていた。


 グループで数回目となる、コラボカフェの開催だ。


 内容としては、原宿にある期間限定のイベントスペースを借り切り、メンバー考案のオリジナルフードやドリンクが提供されるもの。

 店内には撮り下ろしのパネルが飾られ、ここでしか手に入らない限定グッズも販売されるという。

 過去のコラボカフェも好評だったらしい。

 なぜ、僕は「らしい」という伝聞なのかというと、コラボカフェに関する情報を追っていなかったためだ。


 しかし、ファンにとっては垂涎のイベントだろう。

 既にSNSのタイムラインは、抽選予約の当落結果に一喜一憂する阿鼻叫喚で埋め尽くされていた。


 でも、僕はそこに流れる「当選」「落選」の文字を見ても何の感慨も覚えなかった。応募すらしていないのだから。

 なぜなら、僕が彼らに求めているのは、ステージの上のパフォーマンス。その一点に尽きる。

 オリジナルフードを背景に推しメンのアクスタと写真を撮ることでも、ランダム封入のコースターに一喜一憂することでもない。

 そもそも、ああいう場所は「ファン同士の交流」や「空間そのものを楽しむ」のがメインだ。接触イベントにも興味がない僕が行ったところで、場違いな空気に窒息するのがオチだろう。

 だから、今回のお祭り騒ぎも、対岸の火事として眺めているつもりだった。

 ──その電話が掛かってくるまでは。


「もしもし、湊? 今、平気?」


 スピーカーから聞こえてくる蓮の声は、いつになく弾んでいる。いや、どこか猫なで声のような、媚びを含んだ響きがあった。

 嫌な予感がする。僕は警戒レベルを引き上げながら、短く返事をした。


「平気だけど。……何?」

「んー、いやぁ。実はちょっとお願いがあって」

「お金なら貸さないけど」

「ちげーよ! 何!? 俺にどんなイメージ持ってるの!? 酷くない!?」

「冗談。で、なに」


 蓮がわざとらしく咳払いをする音が聞こえる。


「あのさ。……来週の水曜、空いてない?」

「水曜? 講義は午前だけだから、午後は空いてるけど」

「マジ!? よっしゃ! ならさ、俺とデートしてくんない?」

「は?」

Q:UAR7Z(クォーツ)のコラボカフェ、行かない?」


 予想外の単語に、思考が一瞬停止する。

 間髪入れずに、僕は即答した。


「行かない」

「えーっ、即答!? 食い気味に断るじゃん!」

「……だって、興味ないし」


 僕のスタンスは、以前彼に伝えたはずだ。

 パフォーマンス至上主義。接触やファンサービスの一環としてのイベントには、食指が動かない。


「知ってるよ。湊がそういうの興味ないって」

「知ってて誘ったの?」

「うん。だってさぁ……もったいないじゃん」


 蓮の声のトーンが、少しだけ下がる。


「実は、一緒に行く予定だった友達が急に行けなくなっちゃってさ。仕事が入ったとかで」

「……ああ、なるほど」

「予約、2人枠なわけ。キャンセルするのもアレだし、空席作るのも店に悪いし。かといって、SNSで同行者募集するのもなんか怖いじゃん?」

「それは、まあ、わかるけど」


 蓮の声色が、するりと僕の懐に入り込んでくる。

 チケットが無駄になることへの嘆きと、一人では心細いという弱音。それに彼の言い分はもっともだった。

 今回のコラボカフェは完全予約制で、倍率は数十倍とも言われているほどの高倍率だ。空席を作るのは、落選したファンへの冒涜に近い。

 普段、僕のオタク話に付き合ってくれている彼からの頼みだ。「興味がない」という理由だけで断るのは、あまりに薄情だろうか。

 

「頼むよ湊ぉ~。お前しかいないんだって。俺一人じゃ、あのキラキラした空間で飯食う勇気ないわ」

「……どうせ、颯くんのコースターが目当てなんでしょ」

「そう! めっちゃ欲しい! から、お願い。奢るから! カフェ代全部出すから!」

「奢りとか、そういう問題じゃなくて……」


 溜息をつく。

 断るのは簡単だ。けれど、電話越しに手を合わせているであろう蓮の姿が脳裏に浮かび、罪悪感がチクリと胸を刺した。


「……わかったよ。付き合う」

「マジ!? 神! さすが湊、愛してる!」

「はいはい。で、いつなの」

「来週の水曜、14時の回」

「了解。……ん? 待って」


 カレンダーアプリを開きながら、ふと違和感を覚える。

 来週の水曜日。

 公式サイトで発表されていた開催期間の初日だ。


「それって、初日じゃない?」

「そう! まさかの初日が取れたんだよ。すごくね?」

「すごいけど……」


 初日ということは、店内はメディアの取材が入っているかもしれない。そうでなくとも、最も熱量の高いファンたちが集結しているはずだ。

 想像するだけで胃が重くなる。

 けれど、もう「行く」と言ってしまった手前、撤回する、なんて真似はしたくない。


(まあ、たかがコラボカフェだしな)


 ライブ会場のように、彼ら本人がそこにいるわけではない。

 パネルとモニターに囲まれて、高いフードやドリンクを飲み食いするだけだ。気負いする必要は全くないのである。


「わかった。じゃあ水曜、駅前で待ち合わせね」

「おー、サンキュ! マジで楽しみ!」


 弾んだ声で通話が切れる。

 スマホの画面が暗転し、僕の顔が映り込んだ。

 そこには、気乗りしないと言いつつも、友人の熱量にほだされて少しだけ口元を緩めている、間抜けな男の顔があった。


 この時の僕は、まだ知らなかったのだ。

 初日や最終日という節目の日は、ライブ以外のイベント会場でも、「サプライズ」という魔物が潜んでいることを。

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