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12. 推してる理由


「それは──」


 言いかけて、喉の奥で言葉が詰まった。

 通話越しに生まれる数秒間の沈黙が、質量を持ってのしかかってくる。

 スピーカーの向こうで、蓮が息をひそめているのがわかった。彼は茶化すことも急かすこともせず、次の言葉を待っている。その優しさが逆に僕を追いつめた。


 なぜ、芹澤聖なのか。他のメンバーではなく、彼だったのか。


 例えば「顔が好みだから」と言えば、それは嘘ではないけれど、正解からは程遠い。

 例えば「ダンスが上手いから」と言えば、それは事実だけれど、理由の核心ではない。


 初めてMVを見たときのことを思い出す。

 まだ、今ほど垢抜けていないビジュアルに、拙い歌唱とダンス。

 その中で、センターに立つ遼くんの華やかさは、当時から群を抜いていた。生まれ持ったスター性と言ってもいい。画面のどこにいても視線を奪う、太陽のような存在感。颯くんの正確無比なダンスも、既に完成されていた。他もメンバーも粗削りではあったものの、それぞれが歌やラップといった明確な武器を持つ、個性の光る原石たちだった。


 けれど、聖くんには目立ったフックがなかったように思う。

 歌唱力が飛び抜けているわけでも、ダンススキルが圧倒的だったわけでもない。トークが上手いわけでもなければ、キャラクターが濃いわけでもない。


 与えられたのは「ビジュアル担当」という、聞こえはいいが実力不足を隠すためのような曖昧な立ち位置。明確な武器のない彼に、事務所が与えた役割は「綺麗な置物」だったのかもしれない。そしてそれを、きっと彼本人も痛いほど理解していただろう。


 だからこそ、聖くんのパフォーマンスに引力があった。

 身を削ることでしか出せない輝きが。

 それでも他のメンバーの横では埋もれそうになってしまう小さな煌めきだった。けれど、その切実さに僕は惹きこまれた。


 ──だから、強いて言うのであれば。

 

「一目惚れ、だったんだ」


 僕が絞り出したのはそんな言葉だった。

 あまりに陳腐な響きに、自分で言っておきながら耳が熱くなる。けれど、これ以外の表現が見つからない。

 理屈じゃない。分析でもない。ただ、網膜に焼き付いて離れなかった。


「一目惚れ?」


 蓮が鸚鵡返しに問う。その声に嘲笑の色はない。ただ、純粋な興味だけがあった。

 僕は熱くなった頬を冷ますように、あるいは自分自身に言い聞かせるように言葉を続ける。


「うん。初めて見たとき、目が離せなかった。正直、ダンスも歌も、他のメンバーの方が上手かったと思う。聖くんは、なんていうか……必死だったから」


 必死という言葉の枠では収まらないような、あまりに重たい熱量をどう伝えればいいのだろう。  

 脳裏には、先ほど見たばかりの最新のパフォーマンスが焼き付いていた。

 あの頃とは比べ物にならないほど洗練されたダンス。余裕すら感じさせる表情。青い照明の下で、白い衣装を翻して踊る彼は、もはや「置物」などではなかった。誰もが認める、Q:UAR7Z(クォーツ)というグループの立派なアイドルだった。


 けれど、根底にあるものは変わっていない。

 あの研ぎ澄まされた美しさは、彼がこの数年間、絶え間なく自分自身を削り、磨き上げてきたことに対する証明だ。その進化の過程と結果が、僕を捕らえて放さない。


「もっと、見たいなって思った」


 喉の奥が震えた。これは、僕の願いだ。

 ファンという名の立場から押し付ける、身勝手なエゴだ。


「もっと、輝いてるところが。聖くんが大きな舞台でパフォーマンスしてるところが」


 その光景を想像するだけで、胸が苦しくなる。アリーナからスタンド、最上階の天井席の端まで埋まった満員のドーム。5万人が振るサイリウム。光の海の中心で、芹澤聖というアイドルはどんな一瞬を残すのだろうか。

 画面の端で必死に爪痕を残そうとしていた青年が、世界の中心に立つ瞬間。それを見届けるまでは、きっと彼を追いかけ続ける。


「──そのとき、聖くんはどんな輝きを見せるんだろうって」


 言いきってから、猛烈な羞恥が襲ってくる。こうやって自分の想いを言語化するなんて、初めてのことかもしれない。恐る恐る、スピーカーの向こうの反応を待つ。蓮はしばらく沈黙を守っていた。

 呆れられただろうか。それとも、キモすぎて引かれただろうか。

 不安が胸をよぎった頃、ふっと息を吐く気配がした。


「納得したわ」

「え?」

「同担拒否とかガチ恋ってわけでもないし。なのに、湊って接触イベとかもさほど興味なさそうで謎だったんだよな」


 蓮の声は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。

 彼は彼なりに、僕の推しに対するスタンスを分析していたらしい。

 確かに、僕は彼と直接話したいとか、触れたいとか、ましてや個人的に繋がりたいと思ったことは一度もない。僕が欲しいのは認知や接触ではなく、彼がステージで見せる結果だけだ。


「あー、確かに。パフォーマンスが好きってだけだから。そういうのは別に……」

「じゃあ、もし聖くんがQ:UAR7Z(クォーツ)抜けて、他のグループ加入しますってなったらどうなんの?」

「うーん。……ぶっちゃけると興味なくなるかも」

「へぇ! 意外!」


 蓮が素っ頓狂な声を上げる。

 冷たいだろうか。けれど、これが僕の偽らざる本音だ。


「僕はQ:UAR7Z(クォーツ)っていうグループのコンセプトと、それを表現する聖くんのパフォーマンスが好きだから追っかけているんであって。グループが変わったら僕が見たい輝きとは違うような気がする」

「はー、そういうもんなんだ。」

「実際にパフォーマンス見たら考え変わるかもしれないけど。でも、今ほど熱心に追いかけることはなさそう」

「なるほどね? 湊は『Q:UAR7Z(クォーツ)の芹澤聖』だから、聖くんのことが好きなんだ」

「そう……なるのかな。抽象的な答えでごめん」

「んーん。いいんじゃない? 俺は面白いと思ったよ」


 面白い、と笑う蓮の声には、嘘のない肯定の色が滲んでいた。

 自分とは違うスタンスを、彼はそのまま受け入れている。

 そのフラットな距離感が心地よくて、僕はまた少し、この友人のことを信頼してもいいような気になっていた。

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