11. 見る
揺れる車内。つり革を握る手とは逆の手で、僕はスマホを握りしめていた。
無意識に親指がSNSのアイコンへ伸びかける。危ない。
今のタイムラインは、昨夜の歌番組の感想とスクショが飛び交う、ネタバレの地雷原と化しているはずだうっかりタイムラインを更新すれば、相互フォロワーたちの、衣装やパフォーマンスについての感想たちも視界に飛び込んでくるだろう。
楽しみは、蓮と一緒に見るその瞬間まで取っておかなければならない。僕は指先を逃がすようにホーム画面をスワイプし、無難なニュースアプリを開いて情報を遮断した。
大学の講義室に到着しても、試練は続いた。
「ねえ、昨日のQ:UAR7Z見た!? 新曲やばくなかった?」
「マジやばかった! ってか、それより衣装がほんとやばい! しばらくあの衣装で歌番出るのかなぁ!?」
斜め後ろの席から、興奮を隠しきれない女子生徒たちの声が飛び込んでくる。普段なら雑音でしかないその会話が、今日ばかりは率先して耳をそばだててしまった。
僕は頬杖をつき、興味のないふりをしてルーズリーフを開いて、授業を受ける準備をする。
しかし、内心では口角が持ち上がりそうになるのを必死に抑え込んでいた。
──僕は前から「Q:UAR7Zがやばい」ってこと知ってたけどね。
なんて、密かにマウントを取る。
彼らが世間に認知され、実力も人気も伸びてきていることを、いざ日常の中でこうやって実感できると感慨深いものがあった。
***
玄関の鍵を開ける音が、いつもよりも焦燥を含んで響いた。
靴を脱ぎ捨てるように上がり込み、重たいトートバッグをフローリングに滑らせる。手洗いうがいもそこそこに、僕はパソコンの電源ボタンを押し込んだ。起動音を待つ数秒の間すら惜しい。
ポケットからスマホを取り出し、慣れた手つきで蓮のトーク画面を開く。
『家、着いた』
送ってから数秒、メッセージの受信通知とパソコンのブラウザが立ち上がるのは同時だった。
『俺はいつでも平気』
その返事を見て、すぐに通話ボタンをタップする。
スピーカーから聞こえてきたのは、昨夜の甘ったるい声でも、昼間の情けない呻き声でもない。いつも通りの少しだけ低く、ゆったりと落ち着いた蓮の声。
「おつかれ。めっちゃ早かったじゃん」
「大学で昨日のパフォーマンスについて話してる人がいたから、早く見たくて。だからすっごく急いで帰ってきた。今までで最速かも」
「っふ、そうなの? じゃあ、早く見よっか」
「うん。いくよ、せーの」
掛け声に合わせて再生ボタンを押した。
今回のQ:UAR7Zの新曲は、大人びたR&Bナンバーだ。
恋愛を主題としてきた曲は今までもいくつか発表してきているが、どれも初々しい青春の1ページの中に挟まるような歌だったこともあり、そのイメージから一転したこの曲は、発表直後は賛否両論だったし、MVで女性ダンサーが登場するのではないかとファンは戦々恐々とした。
しかし、曲のアーティスト写真が解禁された瞬間、ファンたちの文句は消し飛んだ。レースやビジュ―、白のパールが贅沢にあしらわれたジャケットの白いセットアップ。メンバーごとにスーツの形も違うというこだわりっぷりに僕たちは平伏するしかなかった。
画面の中、スタジオの照明は青で沈んでいる。
イントロのピアノリフと共に、無数のレーザーライトが交差した。
サテン生地の衣装が、メンバーの動きに合わせて濡れたような光沢を放つ。メンバーたちの普段の明るく朗らかな様子とは打って変わって、気だるげで何かを切望するような痛々しい表情を浮かべている。表現の幅に思わず口角が上がった。
サビの聖くんのソロパートでは、ターンの遠心力で広がったジャケットの裾は花弁のように舞っていた。自分の体だけではなく、衣装も活かすパフォーマンス。あんなに綺麗に布を翻らせることができるのは、きっと聖くんだけだ。
初めて見たときからずっと変わらない、指の先まで張り詰めた踊りは人形のような精巧さを感じさせる。けれど、あのときよりも研ぎ澄まされた凄みがあった。
万華鏡のように次々に変化するフォーメーションに、カメラが追い付けていないのは惜しいところだが、パフォーマンスの真価を味わうのは単独ライブの楽しみとしておこう。
テレビ用に尺を調整した1番とラスサビだけのパフォーマンス。時間にして、わずか2分半。
とはいえ、大学で話題になるのが、その短い時間で理解できた。多分、昨日のSNSのトレンドはQ:UAR7Zが席巻していたに違いない。
「め────っちゃ、良かった」
通話の向こうで、蓮が大きく息を吐き出す音が聞こえる。
「わかる。僕もはやく生で見たいなぁ、これ」
「……そんでやっぱさぁ、颯のダンスはレベチだわ」
「手足長いから映えるよね。曲的に激しく踊るって感じじゃないからどうするんだろって思ってたけど、ダンスブレイクで見せ場がくる構成だったし」
「ね、最近は遼ばっかカメラに抜かれることが多かったから、嬉し~」
「あぁ……確かにそうだね。ってか今日はなんかカメラ割り、平等だったかも」
シークバーを戻して、適当にいくつかの地点をクリックしていく。
センターの遼くんが映る分量はわずかながら多いものの、他のメンバーもほとんど同じ位の頻度でアップやソロカットが用意されていた。
「あの一瞬で湊はよく気づいたね」
「……そう?」
「俺は颯のことばっか見てるから、他のメンバーがどうとか何回か見ないとわかんないもん」
「でも、それを言ったら僕も他のメンバーより聖くんのこと見てると思うけど」
「そりゃあそう……じゃねぇ! うーん、なんだろ。俺が言いたいのはそうじゃなくて、あー、難しいな」
「そんな悩む?」
「うん。──あ、これかも。ズバリ、湊が聖くんの好きなところってどこ?」
「好きなところ?」
首を傾げる。いまいち蓮が何を僕に聞きたいのかが不明瞭だった。
「そう。聖くんの何が好きで、推してるのか」
どうして、彼は今になってそんなことを聞くのだろう。
けれど、過去、話してきたことを思い返すと、曲や振付や衣装が好きという話や、Q:UAR7Zを知ったきっかけについて話をしてきた覚えはあったが、なぜ『芹澤聖』という青年を推すに至ったのか、は口を閉ざしていた。
別に大層な理由があるわけでもない。むしろ、今まで話していなかったことに気づいていないくらいだった。
軽く息を吸い込む。
「それは──」




