表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

10. お返し

 ピピピ。無機質な電子音に叩き起こされた。

 唸り声を上げながらも、枕元に置いてあるスマホを手探りで掴む。

 重い瞼をこじ開けると、遮光カーテンの隙間から眩い光が差し込んでくる。

 どことなく頭の中に靄がかかったような感覚があった。睡眠不足の四文字が頭に浮かぶ。

 昨日、蓮の電話を切った後、深夜特有の変なテンションで、いっきにレポートを片付けた反動がやってきていた。

 鳴り響くアラームを停止させる。

 ホーム画面のチャットアプリのバッジ通知が1件表示されていた。指が止まった。


『起きてる?』


送信者は蓮だった。送ってきたのはたった数分前。

いつも通り、メッセージで「起きてる」と返信しようとして、やめた。少しくらいなら意趣返しをしたっていいだろう。

些細な悪戯心から、僕は躊躇うことなく通話ボタンを押した。


「昨日はマジでごめん!」

「記憶あるの?」

「ふつーにある。……から、今めっちゃ恥ずい」

「可哀想だけど、自業自得だろ」


 スマホの向こうで呻く様子に、耐えきれずに「ふっ」と空気が漏れた。

 口元を手で覆いながら話しているのがありありと伝わってくる。くぐもった声が余計に情けなさに拍車をかけていた。

 昨日は彼に振り回された分、気分がいいものだ。

 

「そんなこと言うなら今度湊と会うときは、めっちゃ飲ませて醜態晒してもらおうかな」

「アルハラやめてくださーい。それに僕、普通にお酒弱いから期待してるような感じにはならないと思う」

「どんな感じ?」

「え、吐く。あと立てなくなっちゃう」

「急に下ネタぶっこむのやめろって」


 数秒の沈黙。

 通話越しでも伝わってくるニヤニヤとした気配に、言葉の意味を理解する。よくもまあ、素面でそんな最低な変換ができるものだ。


「……その絡み方だるいな。まだ酔っぱらってる?」

「ぅゅ」

「もー……僕あと10分後には家出ないとなんだって」

「あ、マジ? それはごめん。昨日俺が電話しちゃったから、録画まだ見れてないんじゃないかって思ったけど、タイミング悪かったか」


 教科書をトートバッグに入れようとした指先が、空中でピタリと硬直する。

 その言葉は僕の内なる悪魔を呼び起こした。天使はまだ寝てるらしい。

 今学期はまだ休んだことのない授業なのだから、一回くらいなら休んだって良くないか。心臓が音を立てる。単位か推し活か。天秤はサボるほうへと傾き始めていた。


「まぁ、必修じゃないし、多少遅れたりしても大丈夫ではある」

「ほんと? ……俺、大学のことわかんないから間違ってるかもしれないけど、欠席ってできる回数決まってるんでしょ? ライブのときとかさ、もっと湊がここぞってときに取っとけよ」

「う、それはそうだけど」

「もしかして俺の予定とか気にしてくれてる感じ? なら大丈夫。今日は予定ないから。連絡くれたらすぐ反応する」


 さっきまでのふざけた調子とは違う、低く、落ち着いた声色。

 適当なようでいて、こうしてふとした瞬間に大人の顔を覗かせてくる。


「なんかさぁ」

「ん、何?」

「蓮ってずるい」

「いい意味で? 悪い意味で?」

「……黙秘権を行使します」

「お前それはずるいわ」


どちらからともなく、笑い声がこぼれ落ちた。

なんだかんだ言いつつも、蓮と話している時間が心地いいと思ってしまっている自分がいる。


「わかった。大学行ってくる。で、終わったら連絡する」

「よし」

「じゃあ、また後で」

「ん、いってらっしゃい」

「……いってきます」


黒い画面に戻ったスマホをポケットに滑り込ませ、バッグを肩にかける。

耳の奥には「いってらっしゃい」という響きがまだ残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ