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なすがままに

 今からYouTubeで、アンソニー・マリーノと対談する。マリーノは、第二次世界大戦を主な舞台とする「戦場の慈悲」シリーズをはじめとした数々の有名映画に主演したハリウッドスターで、元奥さんが日本人だったこともあり、親日家としても知られている。佐川という知り合いのジャーナリストから紹介され、今回対談するに至った。


 ボディービルダーとしても活動し、アクション俳優として鳴らしたマリーノだが、最近はマインドフルネスに取り組むなど、スピリチュアルに傾倒しているという噂を耳にしている。今回の対談のテーマは、「セレブリティのメンタルケアについて」だ。


 「はじめまして。夏田と申します。今日はどうぞ、よろしくお願いします。」


 「はじめマシて。マリーノです。」


 「僕は子供の頃から、マリーノさんの映画の大ファンでして。こうして今日お話しできるのが、夢のようです。」


 「ソレはありがとうございマス。夏田先生は、私のどの映画ガ好きデスか?」


 「やめてください、『先生』だなんて。ソースケで大丈夫ですから。そうですね、いくつかあるけどやっはり一番は、『硫黄島の激戦』ですかね。作品で描かれる命の儚さや、戦場での立場を超えた相手へのリスペクトみたいなものが好きです。」


 「フム、ソースケはアートを見極める良い目を持っテいるようダネ。実をイウと、私の中でもアノ映画はお気に入りの一ツなんダ。史実デ見ても、あの一戦で見セたクリバヤシ中将の粘リは驚異的ダッタ。当時戦闘に参加シたアメリカの将校たちも、クリバヤシには敬意を払っていたんダ・・・。」


 (中略)


 「それで、マリーノさんは最近マインドフルネスなどメンタルケアに関心をお持ちだというお話しですが、どういった経緯があったのでしょうか?マリーノさんは、僕の中では武闘派のアクション俳優というイメージが強くて、あまりメンタルケアと結びつくイメージがなかったのですが?」


 「本当はアマリ言いたくないのダケど、ソースケにだからイウよ。元奥サンとの離婚調停で随分とモメてネ。あれガ人生を見返す機会にナッタ。それまでの僕は西洋社会の頂点で、物質主義の世界にドップリとツカッて生きていた。あのスキャンダルで多くを失っタことで、一度立ち止まロウと思ったンダ。」


 「僕はその問題についてはメディアで報じられていること以上は存じ上げていないので、不用意なことは言えないですが。随分と大変な目に合われたようですね。」


 「ソノトオリ。元妻と争っテいた数年間ハ、肉体的ニモ精神的ニモ非常にタフなものでシた。金も多く失っタし、スキャンダルを大々的に報ジラレタことデ、僕の社会的地位も危うカッタ。デモ、何よりもカツテあれだけ愛し合っタ彼女とあそこマデ争わなければナラナイ、ソノコトが何よりモ辛かったデス。一応はすべテ丸く収まっタけれど、スローダウンが必要ダッタ。そのトキに、マインドフルネスと出会っタのデス。」


 「その話は、聞いているだけでも胸が張り裂けそうになります。よく乗り越えられましたね。」


 「イヤ、私も当時は、本当ニ苦しんダのデス。ただ、アル時家を整理してイタラ、ビートルズの古いレコードを見つケマシた。その中にあった"Let it be"、多分日本デモ有名な曲ダト思うケレども、あれを聞き直しテいたら、だんだん気持ちがリラックスできてネ。"Let it be"は、日本語デハ『なすがままに』くらいの意味カナ。ソレ以来、苦しくなったらアノ音楽を思い出しテ、"Let it be"と呟くヨウになりマシた。嵐が過ぎ去るノヲ待つみたいニネ。・・・」


 マリーノのその発言を聞いたとき、僕は雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。「これは治療にも使えるかもしれない!」という強烈な閃きを感じたのである。その後も対談は続いたが、僕の頭の中はすでに、無限ループし続ける"Let it be"の音楽に支配されていた。


 嵐が過ぎ去るように、「なすがままに」と呟く。これは間違いなく、精神疾患の患者たちにも実践させるべきだ。しかも、今までの精神科医たちの誰もやってこなかったことでもある。


 僕の中には、かねてから既存の精神医学に挑戦したいという野心があった。世の中の常識に挑戦し、自らの手で新しい地平を切り開いてみたいという情熱が心の奥底でずっとくすぶっていて、その思いは日本一の精神科医YouTuberになった今、かつてないほど大きくなっていた。僕の十年以上の臨床経験、これまでの学びや、YouTuberとして多くの患者と接したり、著名人と対談して得た気づき。これらを結集して、精神医学におけるイノベーションを起こし、まったく新しい治療法(夏田療法とでも言おうか)を確立したいという気持ちが、強くなっていたのである。


 マリーノという天才的な人物と対談したことで、僕は大きな気づきを得られた。もちろん僕自身のレベルが、その学びをキャッチできるだけに高まっていたこともあるが、やはり、百人の凡人と会うよりも、一人の天才と会った方が、学びは大きいようである。


 「なすがままに」


 これは強力な治療の柱になるだろう。でも、これだけではまだ足りない。もう一つは柱が必要だ。そしてその気づきを与えてくれるのは、別の天才との対談なのだろう。これこそ、精神科医YouTuberである僕にしかできない作業だ。夏田療法を一日も早く完成させなければ。それにより、何万人という患者たちに救済を与え、夏田宗助の名が歴史に刻まれる日も、遠くはないだろう。


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