2【それ何どうしたの】
ある晴れた快晴の昼下がり。
小さな鈴の音の呼び鈴に、昼食の準備を始めた少女は手を止める。
――名をスピカ。
あの満月の夜から十年が経った。
今ではしっかり者の少女に成長した。
――そう。あの放浪魔女のせいで。
「師匠、帰ったんですか?」
「 あ、ごめんねスピカちゃん。そのお師匠様にお願いしてた薬を取りに来たんだけど不在なんだね…?」
「ジル様?」
「ジルで良いって…」
「言付かっておりますのでお薬出せます。待っててください」
「スピカちゃん…!」
十歳の少女に冷たくあしらわれ項垂れる彼――玄関に現れたのはギルドの依頼で毎度街の警護とギルドへ納品する魔女の回復薬を受け取りに行くのを担当している人物、ジルである。
ジルは強いが毎回この依頼を受けてはこの小屋へ来ている。
というのも、この小屋の近くに強い魔物が出る恐れがあるからだと言うが、恐らく子供が大好きなジルはスピカに会う事も楽しみにしているようだ。
当のスピカは馴れ合う事が苦手なので距離を取って接しているが、ジルはどうにか仲良くなりたいらしい。
それが伝わってか伝わらないか、スピカに毎度塩対応されている。
めげない男、ジル。
「そういえばスピカちゃん」
「はい」
「玄関にこれがあったんだけど、スピカちゃんのかな?」
「?」
ジルに手渡されたのは大きめのたまご。
……たまご。
「え?」
「ほらこれ、紙切れに小さく【小さな魔女様へ】って書いてあるからてっきりスピカちゃんのかなって思ったんだけど」
「本当だ……」
スピカが抱えて持つくらいの大きさのたまご。
それが何なのか分からず、一先ず外へ出しておくのもなんなので受け取っておくことにした。
とりあえずスピカは師匠から言付かった薬をジルへ渡し、昼食作りを再開。
昼食を食べひと段落したところで急に冷静になってきたようだ。
大きく息を吸い込み、たまごを見つめ、言葉を発した。
「師匠ぉぉぉ!!!いつ帰ってくるんですか!!!緊急事態です!!」
周りに誰もいないのを良いことに時々スピカは大声で師匠への不満を言ったりいつ帰ってくるのか叫んだりしている。
ちょっと奇行に走る乙女である。
しかし今回ばかりは師匠の判断を仰がなければならない案件である。
「そもそもこのたまご、なんのたまごだろうなあ」
ひとまず小屋にあった丁度いいサイズの籠にふわふわのクッションを入れて大切に置いたが何のたまごか分からない以上危険もあった。
というのもスピカ、魔女の弟子でありながら魔力量はかなり豊富なもののコントロールが全くと言っていいほどなくて魔法を暴発させてしまうのだ。
その暴発音を聞いている街の住人から魔女の弟子は落ちこぼれだ、と密かに噂されている。
スピカはそれを知っているのであまり町に行きたがらないのだ。
それこそここまで来てくれる商人がいるお陰でこの場から動かずに済んでいるのだが。
なのでこのたまごからどんな魔物が産まれてもスピカでは対処できないのである。
「師匠ぉ……」
スピカの悲痛な叫びは薄暗くなった空へ消えていった。