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囁き

きみは、わたしの前に現れて、言った。


「あたしね、もうすぐいなくなれるの。」


綺麗な横顔。つんと立った鼻先が、月の色を反射して光る。


「ねぇ、いいでしょう。」


わたしにとって太陽のようなきみは、きらきら光って見えた。




「あたし、綺麗?」




高校生活は、あまり好ましくない。


かといって、中学時代を謳歌していたかと言われればそうでもなく。ただ、何も変わらない毎日だった。高校生になっても、それは変わらないだけ。ただわたしは、高校生ってもっときらきらしてて、もっと華やかな晴れ舞台のようなものだと考えていた。それが、期待外れだっただけで。


 机の上に書かれた黒く艶めいた落書きは、伏せて眠るとよく見える。巻いても解ける黒髪が、ふらりと視界を遮った。この髪が、愛おしく、恨めしい。こんなに綺麗な髪の毛は、もっとカワイイ女の子とかが持つべきなんだ。わたしのこの顔は、髪にとっては役不足だ。例えば、そう、出席番号31番の、彼女みたいに。


「ほたる、書類出した?」


「あぁ~、まだかも」


「早くしろって桜井先生言ってたから気を付けなね」


 うちのクラスは男子が16人、女子が15人。しかし、古臭いうちの学校では、男子の出席番号が1番から始まり、女子の番号はなぜか31番から始まる。


 彼女は伊崎蛍と言った。ほたる、という名が合う、小柄でかわいらしい子だった。彼女の髪は、蛍の身体のように黒い。けれど、どこか埃を被っているような、くすんだ色をしている。彼女はわたしの方を一切見ない。わたしの世界であなたはきらきらと輝いているのに、あなたの世界にわたしは映ってすらいない。トップアイドル並みの輝きを、自慢するみたいに見せつけてくるのに。そんなあなたに、わたしのこの黒い枷を、嵌めてしまえたら。


「楽なんだろうなぁ」


 まるで中二病のガキみたいな、そんな呟きが口走った。こんな自分が嫌になる。精神的にも未熟で、悪い意味で高校生らしくないこの脳が、嫌いだ。嫌だなぁ。


授業内容には興味ない。教科書を読んで、ワークを解いていれば解ける。わたしの頭がいいとかではない。この学校の偏差値が少し低いが故にできる技。そもそも、わたしの頭は人並みではないのだ。


 中学時代に、先生に疑われた。なにも悪いことをしたわけじゃない。わたしには、何かが足りなかったそうだ。だから、診断も受けた。けど、烙印を貰えるほどの人間じゃなかった。昔からそうだ、わたしは何もかもが、中途半端だ。できることが人よりも少ない、だけど、できないことよりもできることが多いから、何にもなれないまま。どうにもならないままのわたし。


「二宮さん、ちょっといい?」


 肩をポンと叩かれる。声は上から降ってきて、そちらには副担任の榎本先生がいた。


 榎本先生は、校内で少し噂立っている。かっこよくてスタイルが良いから、女子生徒に評判がいい。しかしその傍ら、男子生徒からは怖い鬼教員だと囁かれている。こうも男女で評判が別れるものなのかと、感心する。


 榎本先生の後ろをついて歩いていく。昼休みの廊下は賑やかで、先輩たちも廊下を走るのかと感動した。


「入学してからあまり友達と話している様子が無いって聞いて、少し気になったんだけれど」


「……べつに良くないですか? あとわたし、中学もこんな感じだったんで」


「うーん、でも、体育の時間にペアが組めないのも困るんじゃないか」


「わざわざペア組まなくても、うちのクラスどっちみち人余るからいいじゃないですか」


「でも」


「榎本先生と組めばいいだけですし、それが嫌ならその制度やめたらどうですか」


 榎本先生は、ありえない、とでも言いたげな顔でこちらを見る。気に食わない、この人のことはこれから呼び捨てでいい。幼稚な私は、そう思う。


 友人ができないのには、わたしの人見知りが起因している。自己紹介は名前と出身中学程度、話しかけられても二つ返事。それしかできないから、仕方ない。話を広げるのも、きっかけを作るのも、榎本には想像できないくらいに苦手なのに、どうしてこいつはそれがわからないの。


「それでも、俺は二宮のこと心配だから。副担任として」


「いいですよ別に、わたしは一人でも生きていけます」


「お前なぁ」


 人気の少ない午後一時の昇降口から、わたしはひとり逃げ出した。

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