神「無属性の最強魔法を授けよう」魔法使い「サラッと言ってますけど“無”ってなんなんです?」
若き魔法使いクローサーは、魔法の神が与えた試練を乗り越えてみせた。
老人の姿をした神が褒め称える。
「よくぞ我が試練を突破した。今こそ授けよう、無属性の最強魔法『ヌール』を! これさえあれば魔王ですらおぬしの敵ではないであろう……」
「……」
「どうした、魔法使いよ」
クローサーがつぶやく。
「あの……サラッと言ってますけど、“無”ってなんなんです?」
魔法の神は目を丸くする。
こんな質問が返ってくるとは思わなかったのだろう。
「“無”は“無”じゃよ」
「いや、まあそうなんですけど、イマイチ想像し辛いというか……」
「む……」
「やっぱり魔法使いとしては、“無”っていうものをちゃんと理解しておきたいんですよね」
「うーむ、一理あるのう」
例えば炎の魔法を使うのであれば、炎の赤さや熱さをきちんと理解している方が威力は上がる。
氷の硬さ、冷たさをよく知っている方が、氷属性の魔法は扱いやすくなる。
何となくで使うのではなく、根源となる力を自分で把握していた方が、より高い効力を発揮できる。
魔法とはそうしたものなのだ。
魔法の神は少し悩んでから――
「“無”というのは何もないということじゃよ」
「……」
「これじゃダメ?」
「ダメってわけじゃないんですけど、その“何もない状態”っていうのがなかなか想像し辛いというか……」
「まあ、確かにな……」
二人とも黙り込んでしまう。
気まずくなったのか、クローサーが切り出す。
「何もないってことは、そこには生物もいなければ物体みたいなものもないんですよね?」
「ないな」
「水もない?」
「そりゃないじゃろ」
「空気もない?」
「もちろんじゃ」
「重力的なものもない?」
「無重力じゃろうなぁ」
「時間の流れも?」
「ないじゃろうな。ずっと止まったままじゃ」
「言うのは簡単ですけど、想像できないですよね。そんな世界……」
「まあ、確かに……」
無というからには何もないのは間違いない。
とはいえ何もない状態を想像しようとすると、とても想像が及ばない。
じゃあ無ってなんなんだ、という堂々巡りに陥ってしまっている。
クローサーが話題を変える。
「無の世界だと、色ってどうなってるんでしょう?」
「色? 白っぽいイメージじゃが……」
「それだと何もないじゃなく、“白”がありますよね」
「そうじゃな……じゃあ透明か?」
「透明だとしても、何かしらの色は見えるはずですよね?」
「じゃあ、黒か」
「それだと“黒”がありますよね。無じゃないですよね」
「そうじゃね」
「……」
「……」
魔法の神は首をひねる。
「この方面から無を理解しようとするのは難しいかもしれんな」
「僕もそう思います」
「そこで、少しアプローチを変えてみようと思う」
「やってみて下さい」
神は少し考えてから、おもむろに話し始める。
「想像してくれ。たまの休日、起きたらもう正午だった」
「うわ……キツイですね」
クローサーは顔をしかめる。
「じゃろ。寝すぎたせいで頭はぼんやりしている。食欲もあまりない。とはいえ、まだ正午じゃ。外に出かけるなりすれば、十分休日を楽しむことはできる。じゃが……」
「じゃが?」
「そのまま二度寝してしまった」
「最悪だ」
「二度寝といってももう十分寝てるからしょっちゅう目は覚める。しかし、体はだるいので、二時、三時、と時間は過ぎていく。体力を回復するわけでもない。本当にただ横たわってるだけの睡眠じゃ」
「もうそのぐらいの時間になると、出かける気にもならなくなりますね」
「その通り。そうこうしているうちに、あっという間に夕方じゃ」
「休日が台無しですね……」
クローサーは暗くなり始めている空を想像する。耳にカラスの鳴き声が響いた。
「とはいえ、腹は減ってくる。何か食わねばならん。幸い炊飯器には残りのご飯があり、これに湯で温めるだけで済むレトルトのカレーをかける」
「カレー美味しいですよね」
「うむ。そしてそんなカレーをスプーンでハグハグと食べる……。美味しいが、非常に空しい。この瞬間こそ、まさに“無”ではなかろうか!?」
「おおっ、確かにそんな気がします!」
神の力説に、クローサーも納得する。
「ようやく、無の何たるかが分かったようじゃな」
「はい、イメージできました! これならば無属性魔法を使いこなし、魔王を倒せるはずです!」
「うむ、期待しておるぞ!」
クローサーは意気揚々と魔法の神に別れを告げた。
***
そして――
クローサーは世界を滅ぼさんとする魔王との対決に臨んだ。
一進一退の攻防が続き、ついに大魔法を唱えるチャンスが訪れた。
クローサーが唱えるのはもちろん――
「受けてみよ、魔王! 遅く起きた休日を二度寝三度寝で台無しにし、そんな日の夕方に空しく食べるカレーの如き魔法……『ヌール』!!!」
虚無が魔王の全身を包み込む。
魔王も必死に抗うが、クローサーは無属性を完全に自分の物にしており、ついにその体は吞み込まれていった。
「ぐあああああああっ……! このワシがぁぁぁぁぁ……!」
魔王の最期を見届け、クローサーは喜ぶ。
「や、やったぞ……!」
世界は救われた。
今夜彼が食べるカレーは、きっと格別の味に違いない。
完
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