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愛の瞳のリリアック  作者: vlad
二月、邂逅
10/10

(9)仮面のリリアック



 スラヴァは自室へ戻り、それ以外の四人は階下の厨房へ。

 外は日が落ちて暗くなり、城の中庭や廊下のあちこちでは魂達が輝き出す時刻となった。厨房に魔除けのイコンは置いてないらしく、夕食の支度をするチカ達の周りにもふよふよと赤や青の光を放つ魂が集まってくる。ピシュティの肩にはオレンジ色のカーチがくっついていた。


「必要な食材はここにあります」


 ミルチャとピシュティが水を汲んでくる間にイオンが大きな袋から野菜を取り出していく。玉ねぎや人参、ジャガイモなどがごろごろとテーブルに並べられた。


「後はトマトと……肉もほしいですね」


 イオンと一緒にチカも食材を準備する。ミルチャとピシュティが井戸から戻ってくると、イオンが全員にナイフを手渡した。


「これ、何? なんかいっぱいあるから、入れるんだろうけどさ」


 ミルチャが茶色の物体を手に取り、珍しげに見つめる。隣にいたのでチカが答えた。


「ジャガイモです」

「知ってるの? 君、食べられる?」

「食べられますよ」

「ふーん……」


 ジャガイモもヨーロッパには遅れて入ってきた食材だ。ミルチャは生前、ジャガイモを食べたことがなかった。


「チカ、ニンニク入れて良いですか?」

「やめろ」


 イオンの質問に、チカではなくピシュティが素早い反応を見せる。イオンが目を細めてピシュティを見遣った。


「影響あるんですか? 確かにニンニクと吸血鬼は相性悪そうですが、実際のところどうなんです?」

「私が食べるわけではないが……ニンニクは苦手なんだ。やめてくれ」


 ピシュティからの強い要望があったため、ニンニクは無しとなる。それからは皆で野菜や肉の下ごしらえを始めた。


「料理とか……なんか、久しぶりに人間らしいことしてるな、俺。生きてるって感じる。死んでるけど」


 ミルチャが人参の皮を器用に剥きながら、しみじみとした口調でポツリとこぼす。隣でジャガイモの皮剥きをしながらチカはミルチャの手際の良さに唖然としていた。


「ミルチャさん……速いですね」

「え? 何が?」

「人参の皮剥き……もうこんなに終わって……!」

「そう? チカは遅いな。ナイフ慣れてないの?」

「そう、ですね。あんまり……」


 今まで料理は母親に任せきりだった。そんなチカなので、作業はできるがスピードが遅い。


(私も頑張らなきゃ……!)


 ミルチャに負けてはいられない。一つでも多くジャガイモを剥かなければ。


「皮を剥き終わったものはこちらに渡してください。僕が洗って切ります」


 イオンがそう指示を出した時だった。


「うぅ……」


 呻くピシュティに、皆が彼を見る。


「シュテファニツァ? なんで泣いてんの?」

「た、玉ねぎが……! 目に!」


 玉ねぎを切っていたピシュティ。目をやられ、涙がポロリとこぼれる。


「貴方にはニンニクだけでなく玉ねぎも効くんですね」


 呆れたようにイオンは言った。カーチの魂も、からかうようにピシュティの頭の上をピョンピョン跳ねている。デカい図体した男が玉ねぎなんかで泣くなよ!と言っているかのようだ。


「シュテファニツァ、交替! 俺がやる」

「ああ……ありがとう。助かる」


 ミルチャがピシュティと入れ替わり、玉ねぎの前へ。ピシュティは涙を拭いながらチカの隣にやって来た。頭の上のカーチも一緒だ。


「玉ねぎは俺がやれば良かったか。俺なら目に影響ないし」


 ミルチャの独り言に、チカは彼が仮面をしているから大丈夫なのだろうと考えた。


(でも、なんで仮面をしてるんだろう?)


 気になって、何気なく尋ねてみる。


「ミルチャさんはどうして仮面をつけてるんですか?」

「ん? 目が見えないからだけど?」

「えっ……」


 サラリと、凄まじい爆弾を落とされた。


「目が、見えない……?」

「うん」


 何でもないかのように、ミルチャは頷く。


「冗談、ではなく……?」

「こんなことで嘘ついてどうするの?」


 どうやらジョークではないらしい。

 チカは今日一日を振り返り、サーッと顔を青くした。

 彼が本当に目が見えていないのならば、掃除を手伝ってもらったり、重い荷物を運んでもらったりと、かなり大変なことをさせてしまったはずだ。


(わ、私、ミルチャさんになんてことをっ!)


 知らなかったため気遣えなかった罪悪感がズンと心にのしかかる。チカは感情のままに大きな声で謝った。


「ご、ごめんなさい!! ミルチャさんが見えてないって知らなくてっ……掃除とか、荷物運びとか大変でしたよね!? 無理させてごめんなさい!」


 ミルチャは口をぽかんと開けた。すぐに言葉が出てこない。


「は……? いや、待って。なんで君が謝るの?」

「え……? だって、私……」

「チカ、落ち着くんだ。ミルチャは見えてるぞ。普通ではないがな」

「えっ……え?」


 割り込んだピシュティの言葉をチカが上手く理解できずにいると、調子を取り戻したミルチャがクスリと笑った。


「チカ、俺がこの仮面をつけてる理由なんだけどさ、これはちょっと特殊な仮面でね。つけてると目がダメな俺にも、周りが見えるんだよ。だからチカの可愛い顔もちゃんと見えてるから、安心して」


 不意打ちで「可愛い顔」と言われ、チカはちょっぴり恥ずかしくなる。照れ隠しに急いで質問をした。


「眼鏡、みたいなものですか……?」

「いや、違うよ。この仮面はディーが魔術で作ってくれたものなんだ。つけると直接、頭の中に周りの景色が入ってくる。慣れるまでは不思議な感覚だったな……」


 ミルチャは過去を懐かしみながら語る。それから「ディー」の紹介をしてくれた。


「ディーは医者でね、ドラクに魔術を習ってた吸血鬼なんだ。色んな病気のことを調べて研究してる。たまにこの城に来るから、君も会えるんじゃないかな?」


 知り合いに医者がいるのは心強い。チカはミルチャの話を聞きながら、気になって再度確認した。


「じゃあ、ずっと見えてなかったわけじゃないんですね? 仮面をつけてれば、見えるんですよね?」

「うん」

「今も?」

「うん。君が見えてるよ、チカ」

「良かった……」


 ホッとして微笑むチカに、ミルチャはちょっとくすぐったくなる。


「なんか、チカの反応って新鮮だな。目が見えないって知られると、ほとんどが馬鹿にされるか見下されるか、変な同情されるかだったから。真っ先に謝ってきたの、君くらいだよ。びっくりした」

「す、すみません。私も、驚いちゃって……」

「ちなみに、俺に変な気遣いとかいらないから。今まで通り、普通に接してほしい」

「わかりました」


 素直に頷けば、隣のピシュティが微笑んだ。


「やはりチカは良い子だな。スラヴァなんてミルチャのことをリリアック(コウモリ)と呼ぶ時があるんだ。コウモリは視力が悪いからな」

「そうだよ。あいつ、俺が壁にぶつかるのを見て“壁も避けられない間抜けなリリアック”って馬鹿にしてたんだ。仮面をもらってからはそんなこともなくなったけど、今も馬鹿にする時は呼ばれるね」

「……スラヴァくん、ひどいです」

「大丈夫ですよ。ミルチャもかなりヤバイことを言い返してますから。彼らが罵り合いになったら耳を塞ぐことをオススメします」


 それからチカは、ミルチャの目や仮面に関しての話題は避けようと決めた。なぜ目が見えないのか、怪我なのか生まれつきなのか、そんなことを根掘り葉掘り問いただすのは失礼だと思ったからだ。


「そっち終わった?」

「ま、まだです……」


 しばらくして、玉ねぎを終えたミルチャが椅子に座って皮剥きをしているチカの方へとやって来た。彼はチカを手伝うわけでもなく、近くの椅子に腰掛けると、その不思議な仮面を通してチカの横顔をジッと見つめる。


(えっ、見られてる……? なんで……?)


 まさか手際の悪さを観察されているのだろうか。ただひたすら無言でジッと見つめられ、チカは嫌な汗をかいた。

 不意に、ミルチャが口を開く。


「チカはニホン人だよね?」

「はい、そうですけど……」


 いきなりどうしたのか。

 チカが首を傾げると、ミルチャは勢いよく次々と質問し始めた。


「ニホンてどんなとこ? ニホン人は君みたいに、みんな若く見えるの? 島国だっけ? なら周りは海だよね。食べるのは魚? 山はある? カルパチア山脈みたいな山は? そう言えばピアノ弾けるんだったよね。君の国はどんな音楽が流行ってるの? 歌は? そうだ、言葉が違うんだった。文字も違う? どんな文字を書くの? 愛してるって書いてみて」

「ミルチャ、女性を口説く暇があるなら鶏肉の準備をしてください」


 イオンが割り込み、やっと止まる。チカは気圧されて、一切口を挟めなかった。


「ヨヌーツ、お互いを知るのは大事なことなんだよ?」

「確かに会話は良いことですが、喋るとチカの手が止まります。後にしてください」


 ハッキリ言われ、ミルチャはしぶしぶチカの側を離れた。イオンの指摘通り無意識に作業の手を止めていたチカは、我に返ってまた手を動かす。すると隣のピシュティが小さく笑った。


「フフッ、どうやらミルチャは君に興味を持ったらしいな」

「興味……?」

「君の血しか見ていなかったミルチャが、君自身のことも知りたいと思うようになったらしい。なぜかはわからないが」


 なぜだろうか。

 特別なことなどなかった気がするチカは、ミルチャがチカの安堵した微笑みを見てドクンと吸血鬼の心臓を高鳴らせたことなど知る由もなかった。



 下ごしらえが済み、イオンが慣れた様子で作業を続ける。大きな鍋の中、鶏肉入りのチョルバが出来上がる頃にはチカもイオンもだいぶお腹が空いていた。


「みんな! チカを歓迎するために酒持ってきたよー! 飲むぞー!」


 いくつも酒瓶を抱えたスラヴァがご機嫌な様子で厨房にやって来たのは、チョルバを皿によそっていた時だった。


「よくやった、スラヴァ」

「宴だね。乾杯しよう」


 喜んで酒を杯に注ぎ、ピシュティとミルチャも飲む気満々だ。こうして彼らの乾杯の掛け声で夕食は始まった。


「チカ、チョルバの味はどうですか?」

「ん……美味しいです」


 野菜がたっぷり入った、少し酸味のあるスープ。程よく冷めたそれを口に運びながらチカは笑顔でイオンに答えた。お世辞ではないので、自然と表情が柔らかくなる。


「そうですか。良かったです。家庭の数だけチョルバの味があるので、僕の味付けもその一つですね」


 ルーマニアの味噌汁か、とチカは思った。

 そんな人間組の二人を観察しながら酒を飲み、ピシュティが口を開く。


「朝から思っていたんだが、チカは上品に食べるんだな。貴族よりも綺麗だ」


 出し抜けに食べ方を褒められ、チカはドキリとした。朝からそんなふうに見られていたのかと思うと、自然体でいられたのに変に緊張してしまう。


「き、貴族の人達の方が、マナーは良いと思いますけど」

「チカ、貴族なんてね、食い方めちゃくちゃ下品だから。甘く見るなよ、あのテーブルマナーの悪さを」

「リリアック、それいつの時代の貴族?」

「んー? 俺が生きてた頃」

「ミルチャ、流石に今の貴族はもう少しまともになってるんじゃないですか?」


 酒が入っているせいか、ミルチャは積極的に昔のことを語り始めた。


「俺さ、食事中に自分の肉を横取りされて、俺の肉だ!って言ってその場で乱闘になったことある」

「それは仕方ないな。肉は大事だ」


 なぜかピシュティが「わかるぞ」と強く頷く。身に覚えでもあるかのようだ。


「だよな。肉のためなら戦うよ俺は」

「勝ったんですか?」

「ミハイ兄さんに止められた。そう言えば兄さんも肉が好きだったよなぁ……。酒と肉、音楽と踊り、それから愛! 人生にはそれらが必要だってよく言ってた」

「愛! ああっ、誰か、僕にも愛を!」


 芝居がかった口調でスラヴァが杯を掲げる。そんな眼帯少年をイオンはジトリと睨みつけた。


「スラヴァは恋人がほしいだけでしょう? その嘆き方は愛情が死んでる家庭で育てられたのかと勘違いするのでやめてください。不愉快です」

「落ち着けヨヌーツ、俺のワイン少しあげるから」

「憐れみという名の酒ですか? 飲みますよ。もらいます」


 空になったイオンの杯にミルチャが酒を注ぐ。それからミルチャはチカの方を見た。


「チカはホントに酒いらないの?」

「いりません」

「なら俺に血、ちょうだい?」

「えっ! 今ですか!?」


 まだ食事中である。ミルチャの食事だと考えれば提供しないわけにはいかないが、せめてもう少し待ってほしいと思うチカだった。


「ミルチャ、ここではやめろ。私も欲しくなる」


 ピシュティの瞳がギラリと輝く。獲物を見つめる眼差しだ。もちろん、視線の先にいたのはチカだった。


(ピシュティさんっ、目が怖い……!)


 まともに彼の目を見てしまい、チカが肩をビクリと震わせる。

 優しい眼差しのピシュティはどこへ行ったのだろう。やはり吸血鬼は、血への欲望には抗えないのだろうか。


「チカ、気をつけてください。酒が入るとピシュティは吸血欲求が増すそうです。僕は襲われたことないですが、貴女は女性なので警戒はするべきでしょう。もう夜ですからね。吸血鬼の本能が強まる時間です」

「大丈夫だよ、チカ。君の血は俺が守るから。シュテファニツァには飲ませない」


 そう言うとミルチャは立ち上がり、厨房の隅においてあった楽器を持って戻ってきた。


「ここにも楽器が……!」

「うん。宴になると音が欲しくなるからさ、置いてあるんだ」


 短い縦笛を手にしたミルチャが伸びやかな高い音を奏でる。それはゆったりとした響きで、広い草原に立って気持ちの良い穏やかな風を感じるような心地だった。


「フルイエルだけでは足りないでしょう。僕も弾きます」


 今度はイオンが立ち上がり、ヴァイオリンを持ってきて構える。


「じゃあ、モルドヴァのホラでいい?」

「いいですよ。ミルチャに合わせます」


 先程のゆったりした調子はどこへやら。ミルチャはノリの良い旋律を奏で始めた。どこかおどけたように聴こえるそのメロディーは暗さの中に明るさを散りばめ、独特な哀愁を漂わす。

 ヴァイオリンは遊ぶような笛の音をしっかりサポートし、生真面目な伴奏に徹していた。


(す、すごい……! 酔った勢いでアンサンブルできちゃうの!?)


 ミルチャのことは知っていたが、まさかイオンも演奏できるとは。しかもかなり慣れた様子だ。チカは思わず食べる手を止めて彼らの演奏を観察することに集中してしまった。


「ホラが聴こえたら踊らないとな」

「そうだね。チカ、踊ろう!」


 ピシュティとスラヴァが椅子から立ち、チカをダンスに誘う。突然のことに、チカはポケッとした間抜けな表情でピシュティ達を見上げた。


「お、踊り……? 私、踊れないので」

「みんなで手を繋いで回るだけだよ!」

「ステップはこうだ」


 ピシュティはチカの片手を取り立ち上がらせると、リズムに合わせて足を動かした。右足から前に進んでは、後ろへ下がる動作を繰り返す。


(なんか、マイム・マイムに似てる……)


 チカは小学校で習ったフォークダンスを思い出した。大勢で手を繋ぎ輪になって、輪の中心に向かっては離れていく、あの動きに近い。


「僕の手も握って!」


 スラヴァが空いている方のチカの手をキュッと掴んだ。チカの両手は塞がり、強制的にダンスタイムへ。

 三人しかいないので輪にはならず、チカ達は横並びにステップを繰り返した。カーチの魂もピシュティの肩の上で一緒にピョンピョン跳ねている。楽しそうである。

 よく見れば、いつの間にか踊る三人の周りには魂がいっぱい集まっていた。色とりどりの魂達が大きな輪になり、音楽に合わせながらクルクル回って踊っている。リズム感はバッチリだ。


「チカ、上手だよ! 踊れてる!」

「ほ、ほんとですか? ちょっと私だけ、ステップ違うような……」

「間違えても気にするな。咎められることはない。楽しめば良いんだ」


 楽しめば良い。そう言われ、チカは自分が既に楽しんでいたことに気づかされた。

 ここにはチカの好きなものがある。軽快な笛の音。ヴァイオリンが刻むリズム。ルーマニア人が奏でる音楽。それを一緒に楽しんでくれる仲間。


(っ……楽しい!)


 明日がどうなるかもわからない過去の時代に迷い込んでしまったチカだが、今この瞬間、悩みや不安は吹っ飛んでいた。



「シュテファニツァ、交替!」


 しばらくしてミルチャが演奏をやめ、声を上げた。


「いいのか? 私が演奏するとハンガリーの音になるから嫌だと、前に言っていたじゃないか」

「いいよ、交替してくれるなら。俺もチカと踊りたい」

「えっ」


 ミルチャに名指しされ、ドキリとする。チカは笛を置いて近づいてきたミルチャに腰を抱かれた。


「ちょっとリリアック! 僕も一緒に踊るんだからね!」

「スラヴァはヨヌーツと交替すれば?」

「くそったれ! 僕が楽器できないの知ってるくせに!」


 ピシュティが苦笑しながら楽器を持ってくる。イオンと同じでヴァイオリンだった。


「最初は私が得意な曲でいいか? 後で君の弾きたい曲に付き合おう」

「わかりました」


 イオンと話してからピシュティがヴァイオリンを構える。ピシュティがメロディーで、今回もイオンが伴奏だ。

 ピシュティの奏でる旋律は軽快でありながら力強く、主旋律の色がハッキリと見えるような濃さがあった。

 ルーマニアとハンガリーで言語が異なるせいなのか、チカにはメロディーの発音がミルチャの笛とはまた違って聴こえた。


(ピシュティさんも上手……! なんで皆さんこんなに上手なの……!?)


 真面目に演奏するピシュティの肩からオレンジ色の光がビュンと飛んでくる。カーチの魂はチカの頭の上にやって来るとピョンピョン跳ねた。ピシュティが弾いてるんだから踊れ!と言わんばかりの跳ねっぷりである。


「チカ、シュテファニツァに見惚れてないで踊るよ」


 ミルチャにも言われてしまった。ピシュティの時と同じように手を握られ、ステップを踏む。


(あっ……ミルチャさんの手、冷たい……)


 ピシュティも温かくはなかったが、ミルチャの方がもっと冷たい。反対の手を握るスラヴァも温度は低い。


(吸血鬼だから、なのかな……)


 こうして一緒に踊っているが、彼らは死人である。忘れそうになる事実を思い出してちょっぴり暗い気持ちになっていると、曲の途中でいきなりミルチャがチカの腰をグイと引き寄せた。


「ひゃあ!?」

「ハハッ、慌てないでよ」

「ステップわかりません!」

「落ち着いて。俺がリードするから」


 スラヴァと繋いでいた手が離れ、ミルチャと二人でペアダンスに。クルクル回るチカ達を見ながら、除け者にされたスラヴァは文句を言いつつ酒を飲む。


「み、ミルチャさん、ちょっと疲れたので、休息をっ」

「疲れた? なら酒飲みなよ。元気になるから」

「だから、お酒は、飲めません!」


 結局チカは休み無しで次の曲へ。イオンが奏でるホラが始まると、ミルチャは叫ぶような掛け声を合間に入れてきた。場の雰囲気が一層盛り上がり、再びスラヴァもダンスに参加する。

 宴が終わる気配はまだ遠い。



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