王子、私は人魚ではなくてイルカ族ですよ〜人魚の王女を見初めたからと婚約をなかったことにして放逐しようとしてますが人妻なのでそもそもあなたと結婚できませんし無意味です〜
「君との婚約は白紙にさせてもらう」
この台詞に至るまでの経緯はこうである。
尾ひれのついた種族であるから、泳ぎは得意。
得意中の得意。
人間が漂っていたのでえいやっ、と助けたところからミルニアの首を傾げる行為の数々が展開される。
王族じゃないですよねと確認されたが首を振る。
「結婚しよう。婚約してくれ」
婚約とは、と首を傾げていたらいつの間にか王子だったその人と婚約していた。
ミルニアはサインしてない。
うわ、と思った。
「あの、やめてほしい」
「その言葉遣いも直してもらわねば」
人の人格にケチをつける。
「ですから、これはこうです!」
「違うってば。間違ってることを正しいことと教えないでよ」
教師は間違っている発音をミルニアに伝えてきたので訂正するとピリと顔をしかめて王子に発した。
それを聞いて少し顔を困ったようにする彼は婚約者でのちに結婚するのだからしっかりしてくれと一方的に言われる。
(発音違うのに)
違うのに、と心中で言う。
叱られた。
解せぬ。
そもそも婚約したいとか、婚約するとか、プロポーズを受けてない。
なのに、なぜ教育をしなければならないのか解せない。
間違っているのはあちらなのに。
こちらはそんなことに付き合う気はないと、教育拒否。
間違った知識を植え付けられても損しかない。
そうしていると、王子の動きが変化した。
またもや、海で拾い物をしてきたらしい。
なんと、それは。
「人魚の王女?」
自分のことを棚上げしているわけじゃないけど、王族が何をしているんだ。
のこのこ、他国に連れて来られるのってどうなの?
ミルニアは難しい顔をする。
正直この国となにかを結ぶ旨みはない。
港というか、海ばかりに囲まれた国がここ。
海の種族がそこと手を取り合って、なんの意味があるのか。
陸路続きの国と盛んに交流を行っているわけでもない、極小国。
やはり意味はない。
恋愛婚くらいしか、旨みという得は見つからない。
ミルニアだって、なにもいいところが無さすぎてゲンナリしてきたところ。
そう推理していると、招待状を送られて5日後に急に広間へ連れて来られた。
こんな、準備をさせるつもりはない日程。
ふざけているし、馬鹿にしている。
王子と久々に会うけれど、どこか嬉しそうでミルニアと目が合うと汚らしいものをうつした顔を浮かべる。
(こっちの方だよ)
困ったように笑うしかない。
「きたか平民!」
「平民って」
「黙れ!私を誘惑して堕落させようとしても無駄だ。この人魚の国からきた王女が私を救ってくれたのだから!」
「何度でもお救いしますわ」
寄り添う二人はまるで最初から恋人のような近さだ。
あと、初耳のことがある。
誘惑して堕落?
勝手にミルニアに惚れて、勝手に婚約者にしただけだ。
「あのう」
「貴様とは婚約をなかったことにする」
話しかけようとしたら遮られた。
「貴様などいらん。どこへなりとも行け。扉は開け放たれているから好きに出ればいい」
なんだったら童話のように海に飛び込んだらどうだと、周りも笑う。
「あのー、ずっと言いたかったのですけど」
出ていくのは構わないけど、言いたくて、訂正したくて言いたかったことがある。
それを終えるまでは、どこかへ行くのもなんだかなって?
「黙れ。黙って出ていけ」
周りの人たちが口を出してくる。
「いえ、そういうわけにはいかないです。なんせ、私の種族を間違えているので」
「はぁ?」
「何を言ってるのあの平民」
「王子が甘い顔をするからつけあがってるぞ」
「人魚人魚って言ってましたけど」
気にせず宣言。
「貴様は人魚じゃないと?ただの魚を半分足につけた人間とでも言うのか?」
などと、バカにしているが。
この中で馬鹿にされたのは、例の人魚の姫だけ。
ミルニアを馬鹿にしたことは枠に入ってない。
人魚は魚だけどミルニアは魚じゃない。
「はい。人魚じゃないです」
立派な哺乳類。
「私はイルカ族の皇帝、アンネービンの妻です」
自分は王族じゃなくて皇族だ。
人間をイルカ族が敷地に入ったからと、奴隷の景品にしようとしたところを助けた。
陸に送り届けるだけのはずだった。
しかし、城に留め置かれて奴隷として押されたマークを消すためだけに時間を置いたのだが、近付きたくても会いに来なくなるし。
会いに行ったら会ってくれない。
「イルカ族?なんだそれは?聞いたことがない」
「聞いたことがないのは海の中の種族だからで、陸の島のこことは住む世界が違うから」
例えば空高くに鳥族がいても、この人たちは気付かないだろう。
「はは。でまかせを!人魚の姫が現れたからと見栄を張るな。見苦しい。なぁ?」
王子が姫に目を向けた途端、姫の尋常でない様子に固まる。
「ひ、いや。そんな。知らなかった。知らない。ごめんなさい。そんなつもりじゃ。終わりよ。ぶつぶつ。ごめんなさい。イルカ?なぜこんなところに」
ずっと言い続ける態度に、得体の知れない状態を感じたらしい面々。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ」
「そのうるさい口を閉じろ」
ふわりとミルニアの鼻に、懐かしい香りがあった。
隣を見ると、美しい青く透き通る瞳を持つ男が彼女を守るように立っていた。
「奴隷を甘やかせるからこうなる。これで分かったか?二度と奴隷を付け上がらせるな」
「そうはいっても、ネービン」
愛称を呼ぶととろけるような顔をして、こちらへ口付けてくる。
「すでに人魚の生まれた国は征服し終わった。今はもう名前もなくなったところだ」
「ひい!ち、父上に母上、お兄様はっ」
人魚の姫は彼に口上。
「は?たかだか人魚如きがおれに口を聞いてるのか?」
殺気を放つと姫は黙る。
「処刑されたくなかったら、許可するまで婚約者を横取りしたことを延々と反省して後悔しろ」
アンネービンは姫の口を封印し、王子の方へ目をやる。
「うちの国で奴隷になって、永遠に海に囚われかけていたところを助けた女を切り捨てるとは、お前もなかなかなゲスだな」
彼には賞賛を与える。
しかし、王子は奴隷の件について聞いてくる。
初めてのことなのだろう。
彼は売り買いされていたオークションでミルニアが買ったのだ。
イルカ族のいる国ではオークションはスポーツみたいなものなので、何の問題もないイベントだった。
「それじゃなにがなんだかわからないよ?」
ネービンとミルニアは幼馴染だったのだが、アンネービンが実力で皇帝の座をもぎ取ったと思えば結婚しろと言ってきた。
皇帝になった後なのはよくわらない。
「王子は奴隷になるところだった?」
貴族や王子の両親などがざわめく。
「他にも理由があって、オークションで払った金額を返してもらおうと思った」
「き、金額?」
王子が青白い顔をする。
「うん。三ウーミ。この国の金額に換算すると」
具体的な数字を言うと王子も王族も驚き動揺。
早く回収しないと。
「私の大切な貯金を切り崩して買ったから、離れたくても離れられなかったんだよね。出ていけって言うけどまずは返してよ」
「し、知らぬ!」
王子よりも先に声を出す王。
金額がデカすぎて踏み倒そうとしている。
「金は違うところから取るからここにこだわらなくていい。それよりも、おれを一人にするな。お前のやることは、おれのそばにいることだ」
「ごめん。お金と奴隷印がまだだったから」
「奴隷印とは、なんだ?」
先ほどの説明にも出てきた、奴隷印とやらを王子は見たことがない。
鏡で見てもただただ、いつもの肉体があるだけなのは確認済み。
「イルカ族秘伝の技で水分を使って描く技術だ。お前は体に見えない奴隷の印があるんだよ。こいつに会ってたら消してもらえたんだろうが、お前はこいつと合わなかっただろ。まだ消えてない」
王子は身体を震わせる。
「いやだ。消して、消してくれっ」
「消そうとしたミルニアを蔑ろにして、遠ざけたくせになに言いやがる」
彼らに吐き捨てると、姫の方を見て笑った。
「お前のことはもう決定している。イルカ国が増えるから働き手として永遠に最下級だ」
「わ、私が、働く?」
「それだけじゃない。お前のせいで国がなくなったのを全員から受け止める役目だ。精々傾国にした責任を取れ」
姫はまだなくなったところを見てないので、国は無事であれという希望的観測を抱いているらしい。
無駄なことを。
そんなことはありえないと言える。
彼がなくなったと言うのなら、なくなったのだ。
そこに万一の可能性はない。
ということを教えてあげれば、涙を流して絶望のかんばせをこちらに見せていた。
ミルニアは何も言ってないけれど王子達は自分を婚約者と内定させていた筈だ。
「さて」
なのに、姫はこちらのことを甘く見て人の婚約者を獲ったことになる。
「陸人達はこいつをもう婚約者と思ってない。ということはきちんと返してもらうぞ」
こちらも王子なんてお呼びじゃない。
本当はいらないけど、必要ないし求めてないけど。
のし付けてあげたいけど。
「ちなみに、お前達にも責任は取ってもらう」
彼はこの場でお開きにするためか、最後だとあくどく笑う。
「せ、責任?」
王の近くにいた男が青ざめた顔をする。
これだけ人魚の姫が動揺しているので、事実なのだろうという空気が室内には漂う。
「ミルニアをいじめたし、おれの妻を誘拐して婚約して、勝手に捨てて。無事で終わるなんて思わないことだ」
アンネービンはあくどく笑うとミルニアを腕に抱える。
抱えられた彼女は、大好きな相手にギュッと抱きつく。
「さよならは言うか?」
「お世話になってもないからやらない」
変な発音や意味を覚えさせようとする、不勉強なところも幻滅。
婚約を受けてないのに勝手に妻にしようとする強引さ。
勝手に結んだ婚約を罪を作って国外、ないし、海の中に行けという残酷さ。
どこにも良い所などない地。
魅力の反対をいく国など、ミルニアもそうそう見たことがない。
アンネービンはミルニアを愛おしそうに抱きしめながら、相手を睨みつけている。
「ミ、ミルニア!」
迎えにきてもらえなくともミルニアはいつでも逃げられたので、そこまで心配させるのとはないとたかを括っていた。
予定していた時期よりも早く出ていかなくては行けなくなったので、ミルニア的にはもう潮時かなと思っていたら、彼が颯爽と現れてしまったというわけで。
人魚だと思っていたから、海の中で泡になるのは残酷なことではなかったと、思っているのかもしれないけど。
「ミルニア!奴隷の証を消してくれ!私の婚約者なのだからやるべきだ!だろう!?」
「ちっ!いい加減しろ」
アンネービンがミルニアを婚約者扱いする王子にいい加減、許せなくなったようで手をかざして魔法を発動。
「最初から君の婚約者じゃなかったんだけど」
水球を彼の体にまとわせて、息を吸えなくなる。
「ガボ!?カッ、ボボボボ!!」
水の中に囚われて、息も吸えぬ状態になっている。
それを二人で見つめた。
ミルニア的にはこの国が亡くなっても、滅亡しようとなんとも思わない。
現に人魚の国もすでになくなっているから。
この国だけなにもなしというのは、不公平。
というアンネービンの言により、この国の罪に対する罰は彼の中で決まっているらしい。
「罰はもう決めてあるから、行くぞ」
アンネービンはうっそり笑う。
「うん」
水球から飛び出て放り出された王子は、ずぶ濡れになっている。
「濡れ鼠、お似合い。私の奴隷からはもう解放されてるから、あとは好きにすればいい。奴隷印は消えないけど見えないし」
彼と共に外へ出て、海へ入る。
向かったところは人魚の国。
支配済みだった、やっぱり。
数時間後に王女を無理矢理泡が連れてきて、現実を見させた。
元王族ら【姫の身内】に婚約者を盗んでこうなっているのだと本当のようで実はそんな事実はサラサラないことを言う。
もっと具体的に説明してみたら、元王族達は姫を憎々しげに睨みつける。
「そもそも、王子も婚約者がいると認識してるではないかっ。いるというのならいたということだ!〇〇!なんとか言わぬかぁあ!」
姫の軽い行為で国ごと消滅したのだから、怒りたくもなる。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
姫は王子がかっこよくて、口説かれて天にも昇る気分になって。
と色々言う。
登ってる気分にしても奪ってしまうっていうのは、親御さんの躾とかの問題になってくる。
姫はめそめそ泣きながら責任から逃げたいという態度をずっとしていた。
ついでに例の王子もここに連れてきているので、王族達のやり取りを気配を殺して俯瞰している。
俯瞰どころかガッツリ関わっているけどね。
気まずそうだけど、この国の滅亡の片棒を担いだのは紛れもない事実。
「不貞など!王族が一番してはならないことだぞ!恥を知れ!」
兄王子が妹を叱責。
そのセリフは人間王子にも突き刺さったらしく、体が小刻みに震える。
王族だもんね、君も。
「ひっ!そんなつもりじゃなかったの。王子に好きだって言われて。言われたから私は、なら結婚って」
「結婚!?婚約者はどうなる!?」
「は、破棄とか、白紙とか」
姫は呑気にそんな言葉を目の前で言ってくれる。
「破棄!?白紙!?お、お前っ、お前の倫理観はどこへ行った……?お前など、お前などっ、妹ではない!自分の身に置き換えてみろっ」
兄王子が激昂。
それに姫と王子が肩を震わせる。
「今からお前に婚約者を用意してやる!そして、なんの理由もなしに婚約破棄されろ。悲涙しようと一方的にな」
「な、な、酷いことばかり言わないで」
王子が言い切る。
姫は悲観的な目を相手に向けた。
しかし、もう裁断は下された。
「酷いものかぁ!傾国の姫と言われ始めてしまっているのだぞっ。実際にもう我らは王族でなくなった。お前も今日から姫ではなくただの人魚として生きろ」
「そんな。無理よ」
姫は首を振るが、もう彼女は平民。
平民が王子と婚約することも、結婚することも叶わない。
それは、王子もすぐに王子ではなくなるし。
アンネービンはミルニアのされたことに対する報復をすでに始めている。
それは、港の国にとっては致命的なこと。
「お前の国にもそろそろ海の幸が取れなくなる頃だな。じわじわと首を絞められるような終わりを迎えることになる」
人間の王にも、そのことを書いた手紙をすでに送っていると、アンネービンは述べる。
国は今頃、てんやわんや。
述べられた王子は、なにを言われたのか首を傾げた。
内容をイマイチ、理解できないのかもね。
「好きにすりゃいい」
アンネービンは、王子を泡に包んで人間の王城に戻す。
ほへー、と間の抜けた顔に、姫は見向きもしない。
今は、自分の身に降りかかる悲劇に涙することで、忙しいのだろうな。
「うっうっ、うっうっ」
「泣いてももうお前達は奴隷だ」
海の種族の王、アンネービンは断言。
「人間どもはすぐに根をあげて国を捨てる。お前らも責任問題で奴隷落ち。育て方を間違えすぎだぞ全員」
「特に倫理観ね」
追加で、言いたくなったミルニア。
王族達は項垂れた。
「帰るぞ」
「うん。やっと帰れる」
アンネービンとミルニアはそれをみ終わると、自身の住む場所へ帰還。
いつものソファにダイブ。
この感触が、愛おしくなる日が来るなんてなあ。
「漸くはこっちのセリフだ」
ミルニアはアンネービンの文句を、受け取る。
「ごめんって」
「次からは下手な真似をするなよ」
「いや、お金を回収したかっただけなんだよ?」
「それが問題なんだ。変な勘違いをした地上人に、婚約者にされるって、展開ぶっ飛びすぎてるが?」
「それねー、それそれ」
二人でのんびり、窓から見える国の様子を眺めながら、今までの苦労話を聞いてもらったりした。
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