87.渡りに船
大テントの中では戦いが続いていた。術者であるサエの拘束は出来たが、彼女にはケルベロスを止める理由がない。
「くっ、じゃあもう殺すしかなくなっちゃったよ……!」
アカネは彼女に手をかざして魔法を放つ準備をした。
「考え直して! 同じ日本人でしょ!? 女神様の手助けをしないと!」
「なんであんな女神の手助けをしてるの?」
「だって、魔王が……」
「あ、これタナカくんパターンか」
もうみんな忘れているだろうから説明すると、月の港への道中で出会った稀人の少年である。43話で登場。人格排泄が趣味の変態である。彼も女神によってこの世界に呼び出され、魔王を倒すという使命を帯びていた。実際に魔王は存在するが魔王国の君主号に過ぎず、圧政を敷いたり侵略を重ねていたりするわけではない。まあ通常の国家と同程度には侵略したりすることもあるが。
「そういうペテンにすぐ騙されちゃ駄目だよ」
「何を、そんなはずは……」
しかし、そこで突入してきた集団を見て、サエは現実を見ることになる。ナムヒが先導してきた集団が騒ぎながら大テントに入ってきた。
「ブッ殺すぞオラー!」
「うわ、なになに!?」
アカネは驚いて集団の方を見る。サエも、同じようにそちらの方を向いて、そして目を大きく見開いた。
「ヨシくん……?」
「あ、サエちゃん!」
知り合いが中にいたようである。彼女がヨシと呼んだ少年も、集団の他のメンバーと同じくボロ切れを纏い、肌は傷と汚れにまみれていた。彼らは幼馴染であった。
「な、なんで、その格好は何?」
「い、いや、これは……」
彼はバツが悪そうに顔を俯かせる。幼馴染相手に、自身が受けた仕打ちなど打ち明けようはずがなかった。しかしながら、彼女はその姿を見て察して、顔面蒼白になっていた。
「え、じゃあ、私は……」
「見たか、これがお前さんの守っていたものだ!」
エルヴィンが叫んだ。
「だから早くコイツを止めてくれ!」
その間にも、ケルベロスの猛攻は続いていた。
「ケルベロス、帰投」
サエがそう呟くと、ケルベロスの身体が光の玉となり、彼女の懐に戻った。エルヴィンは安堵し、両手剣を鞘に納める。一方で、彼女は失意のどん底にいるようである。
「私は、このサーカスの護衛を任されて……ヨシくんは別の仕事で元気にやってるって聞いてたから……」
「サエちゃん……」
サエの瞳に、涙がじわりと滲んだ。彼女が護衛として守っていたのは、幼馴染である彼を傷つける者たちであった。女神や徳川組の口車に簡単に乗せられたことを、彼女は酷く後悔した。
「ごめん……ごめんなさい……」
「いいんだよ、サエちゃん」
ヨシと呼ばれた少年は慰めるが、彼女自身の後悔は晴れない。
「俺の相手はめっちゃ美人の人だったし」
「あぁっ!? テメェ!!」
「なんでそういうこと言っちゃうかな」
彼女の気を楽にさせるためなのかなんなのか、事実かどうかわからないことを口走るヨシ少年。
「とにかく、こうなったらあの女神と指定暴力団徳川組復讐するしか無いんじゃねえか? そうだろみんな!」
少し空気が緩んだところで、ナムヒはサエと後ろの集団に向かって叫ぶ。
「おう! 姉御の言う通りだ!」
「やられたらやり返すわよ!」
「殺すぞ〜〜〜〜!!」
意気揚々と返事をする稀人たちであったが、アカネの頭には疑問符が浮かんでいた。
「姉御って……何があったの?」
「あたしのカリスマ性ってやつだな」
剣や金槌などを掲げたり、思い思いに復讐を誓う彼ら。とはいえ実際のところ、解放された高揚感から気が大きくなっているだけで、具体的に何をどうしていいかわからないのが現状である。
「まあ、お前さんたちが別に戦う必要はないがな。吾輩たちは女神を討伐するのが目的だ。情報をくれるだけでも大いに助かるぞ」
エルヴィンはそうサエに語りかける。サエは暫し黙りこくっていたが、やがて覚悟したように言う。
「わかりました。私が知る限りのことをお伝えしましょう」
ところで、ジロとステラは餓者髑髏が消え去った今も、未だに地面に突っ伏していた。
「うぅ、踏み潰されてペラッペラのパァになってしまいましたよ」
「やかましい」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今回の騒ぎは当然、文屋の耳にも届き、一大ニュースとなって扶桑と世界を駆け巡った。族滅とされていたホージョー家の一員の生存の報と共に。
「号外! 号外だよ! あのホージョー家が生きてた!」
「なんだってすげえ! それより俺が見つけたすげえ石を見てくれよ!」
「おぉぉ、すげえ!」
「この石すげーぞ!」
人々は口々にそのことを噂していた。ホントかぁ〜? そしてもちろん、朝廷の帝の耳にも入る。
「幻想じゃねえよな……!?」
「陛下、そのパロディはもうやりましたぞ!」
帝もイワイさんも彼の無事に安堵し、すぐに迎えを差し出すことにした。そして帝だけではない、各地に潜伏し雌伏の時を過ごしていた数少ないホージョー家の残党や各隣国に潜む利益団体もこの事を知り、動き始めていた。そしてもちろん、指定暴力団徳川組もである……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
事後処理がある程度終わるとジロたちは近くの宿で身体を休めていた。例の稀人たちはサエが音頭を取り一旦はサーカス団から掠奪した資金を分配して身なりを整えることにしたようだ。
「酷い目に遭った」
「全くですよ」
ジロとステラの二人は半分ぐらい自業自得じゃないかと思ったが、誰も口には出さなかった。
「……おそらくだが、お兄の存在が知れ渡ったことで、事が大きく動くことになる」
「ああ、そうだろうな」
ナムヒとエルヴィンは例の騒ぎの事を扱った瓦版に目を通しながらそう言った。
「お兄はイケケモだから、ファンガールが殺到する……!」
「え、あ、そっち?」
素っ頓狂な声を出すエルヴィン。とにかく、新たな刺客が差し向けられる可能性は高いので、休める時に休んでおこうという事になった。
翌朝、アカネが作ろうとした卵かけご飯に一行がドン引きしていたところ、突如として窓を突き破り狼人の男が一人飛び込んできた。
「何奴!?」
騒然とする一行であったが、ジロがその人物の顔を見ると、目を丸くした。
「……君は、いやあなたは」
「私は旅の芸者、ナンキー・プープル」
「ナンキー・プープル!?」
それは、あからさまにかなり変な名前の人物であった!
「偽名です」
「あ、よかった……」
「いや通じねえだろ! 100年前のイギリスのオペラとアメリカの愛国歌の併せパロディは!」
アカネは安堵し、ナムヒがよくわからないことを口走ったが、ジロは気にせず彼に話しかけた。恭しく頭を下げる。
「お久しぶりです、お坊ちゃん」
「敬語はよしてください、ジロさん。また以前のように……」
「……ああ」
「それに、お坊ちゃんと呼ぶのも。今の私はナンキー・プープルです」
「わかった、ナンキー。デカくなったな」
ジロとナンキーは旧知の仲であった。彼は旅の芸者では全然なく、扶桑の皇太子であった。ジロがまだ宰相をやっていた頃、幼いナンキーはジロを時々遊び相手として受け入れ、お気に入りであった。ナンキーはジロの事を兄のように慕っていたが、件の事件以来は当然顔を合わせることはなく、失意の底に沈んでいた。しかし、先日の報せを聞き、いても立ってもいられず、やんごとなき立場にありながら自ら志願し、ジロを迎えに来たのだ。
「あなたに再び宰相の地位についていただきたく、お迎えに参りました」
「なに、再び宰相に?」
「もう一度あなたを迎え、扶桑の狼人の優秀さを全浮世に知らしめてやろうではありませんか! あなたの手で再び扶桑帝国を築き上げるのです!」
「なんか一気に胡散臭くなったね……罠だったりしない?」
怪訝な表情で話を聞くアカネ。しかし、ナンキーは真剣そのもので更に続けた。
「そして、我々のこれから行う東征に参加していただきたいのです」
「東征?」
朝廷は秘密裏に計画を進めていた。近年は朝廷内においても指定暴力団徳川組の影響が増しており、彼らは国中の富を吸い上げんとしていた。それに危機感を抱いた帝とその周辺勢力はドー国への討伐隊を派遣する計画を立てていたのである。
「ほぉー、渡りに船じゃねーの」
「うむ。吾輩らの目的もそのドゥー国だ」
「ドー国な」
ナムヒとエルヴィンは乗り気であった。五人と一匹だけで立ち向かうよりは征伐隊を伴った方が当然心強い。
「ちょっと待ってください」
だがそれに異を唱えるエルフがいた。ステラである。
「そんなのに参加して、もし背後からの一突きを入れられたらどうするんです? 信用できるんですか?」
「お金いっぱいあげます」
「やります、やらせてください。みんなやりましょうよ! やつらの野望を挫く時です!」
「この下りいる?」
こうして一行は東征に参加することになった。しかし、彼らは気付いていなかった。扉の外で様子をうかがっている者の存在に。
「うわ〜どうしよ、瓦版で見るのよりもかっこいい……しかも、あの鳥の人もすっごいイケメンだし……」
ただのファンガールだった。
「この下りいる? ねえ?」
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