82.伏魔殿エロ城
ところで、イシオ・タケイの言っていたことを裏付けるかのように、かの女神ローナはドー国に降り立っていた。そしてその場にはこの地の領主であるタヌマロ・コノエ、そして指定暴力団徳川組組長イエユナ・トクガワが勢揃いしている。
「ごきげんよう、我が下僕たち」
女神ローナが口を開く。イエユナが遊郭で得た利益を使って建設した通称"エロ城"と呼ばれる城の奥深くで密談を行っていた。
「下僕ではない……いや悪の幹部の城の名前が"エロ城"ではしまらないでおじゃるな……」
彼女の言葉に眉をひそめつつも、常々思っていた不満をついにぶちまけた狸のような姿の狼人タヌマロ。
「何を言うゆ! ミーの建てた立派なお城だゆ!」
そしてそれに抗議するのは、極東の人類種であるイエユナであった。この狼人ばかりの扶桑にも人類種は定住していたが、ドー国以外では有史以前に殆ど駆逐されている。そして、ドー国地方は流れ者や脛に傷を持つ者たち、ならず者と服わぬ民の受け皿となっていた。そんな無法地帯から利益を吸い上げて成り上がったのが指定暴力団徳川組である。彼らの膨大な資金力は 阿片やハシシ、逃げ延びた農奴や密入国者、移民、政府軍により討伐されたならず者や稀人の集団の残党などの利用から得られたものである。事実上の実権を握っているのはその頭領であるイエユナその人であり、タヌマロは名目上の支配者、つまりは権威を担っている。彼という侍が承認していることにより、このドー国は一応のまとまりを見せていた。これはここ数年のことであり、これ以前はまさしく無法地帯と呼ぶに相応しかったのである。扶桑中央政府も努力をしていたのだが、もちろん、それを妨害していたのが指定暴力団徳川組であった。
「まあよい。ともかく、我々は利害が一致しているので協力しているだけ、下僕と言われるのは心外でおじゃる」
「そうだゆ。ビジネスパートナーと言ってほしいゆ」
「まあ、たしかにそうね。稀人のガキどもの処分を任せられるのは大きいわ。近頃のこの世界は私に厳しいし」
女神は大量の稀人、即ち地球人類をこの世界に持ち込んでいた。魔力の存在しない世界から来た人類には空気中の魔力が急速に体内に侵入し、異能の力を得ることが多い、いわゆる転移・転生特典とはこれである。つまるところ、彼女は自分が力を与えたと嘘をついていたのである。その中でも魔力量の高い稀人からローナは魔力を吸収し、出し殻をイエユナに処分させる。その膨大な魔力を得ることにより女神ローナはこの浮世世界に顕現し続けることが出来る。単なるペラペラの地球人になってしまった稀人たちはその多くが少年少女であり、そうでなくともこのような異世界では抵抗するすべもなく、奴隷や遊女、能力があれば私兵として働くことを強いられていた。当然このような事をすればたちまち現地政府に察知され、警戒網が敷かれるはずだが、そこでタヌマロの出番である。ホージョー家の事件以来、このような僻地に転封されたのだが、彼は指定暴力団徳川組の動きを容認し、賄賂や利益を利用して役人たちを抱え込み、朝廷への目眩ましを行っているのである。
「10日ほど前、私を付け狙う連中の足取りが追えなくなった。きっと私の妹か、その眷属のトカゲのせいね。判明次第、刺客を送るけど」
「付け狙う連中、確かジロとか言ったゆ?」
「……」
神妙な顔でタヌマロは黙り込んでいる。彼にとって、ジロとは因縁の相手であった。ホージョー家を襲撃したのは他ならぬ彼の主導によってである。幼少期から知り合いではあったが、彼に対抗心を燃やすもあんまり相手にされず、それどころか自身よりも能力の低いはずであるジロが宰相として選ばれた。綿密な根回しを行ってホージョー家襲撃事件を起こすもトモエの猛烈な抵抗により部隊は壊滅、共倒れとなる。しかも肝心のジロには逃げられ、コノエ家とその家臣の大半の人物が戦死か打ち首、タヌマロはドー国に転封となった。改易とまで至らなかったのは、彼自身が黒幕である事を巧みに隠していたからである。
「それよりタヌマロ! なんでドー国の状況を漏らしたゆ! バレて征伐されたら一大事だゆ!」
「落ち着くがよい。噂を流したのはわざとでおじゃる。より大きな陰謀を隠すための陽動に過ぎないのじゃ。それに今、朝廷には我々をどうこうできる優秀な官僚はいない。麿達がホージョー家を滅ぼしたから」
「まあ……そうゆね」
扶桑はホージョー家の事件以来、政治的な停滞が続いていた。数多く官僚にホージョー家の息がかかっており、事件に巻き込まれ殆どが死亡したためである。この、殆どの役人がホージョー派閥であったという事がコノエ家の襲撃に一定の正当性を保ち、これが改易に至らずに済んだ要因の一つでもある。
「人が育つには時間がかかる。しかしもう10年、優れた戦略眼を持つ政治家が現れない方がおかしい。行動に移さねばならないでおじゃる」
「時は満ちたということだゆ」
タヌマロとイエユナ、二人の目がギラリと光る。ローナはそれを見て、なんか光らせたほうがいいかなぁと目を1680万色に光らせた。
「うわっ、なんだゆ!?」
「気持ち悪っ。目が光るってそういうことではないでおじゃろう」
ローナはシュンとなって目を元の色に戻すのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方で朝廷、扶桑首都オオミコトノキョウの宮殿にて。官僚や役人たちはここ数ヶ月でようやく落ち着きを取り戻していた。ホージョー家の事件の後処理から始まり、人員募集、人材育成と同時並行に内政に外交に交易における関税交渉や各地の従属国との自治権の交渉、軍事にももちろん、あらゆる場面にホージョー家の手が入っていたために、10年近く国政を維持するのがやっとであった。
「よくぞこんなド素人ばかりでなんとかなったものだ……」
地元の役人の中から唐突に宰相として抜擢され、わけもわからぬまま事務処理の工程管理を任せられたとある狼人の役人、イワイ・チクシノさんはそう呟いた。国政に携わる役人が数十、数百も一夜にして消えた後の処理をなんとかしただけでも大したものだろう。しかしながら、出来なかった点も多い。この10年、他国に制度で遅れ、予定されていた公共工事も頓挫し、財政はやや悪化、景気は後退気味、軍隊の装備更新もままならない状況で、扶桑は大いに弱体化した。その間、外交に飛び回り隣国を制御していたのは他ならぬ帝であった。彼も三時のおやつを減らされたというのに。
「あの時、朕が"桜を眺める会"などというものを止めてさえいれば……」
多くの役人や家臣たちを慰労する催しを行っている時にコノエ家に襲撃されたのである。会の開催を承認したのは帝本人であり、彼はこの事を今でも嘆いている。
「……もし生きてるなら、逢いたいよ……逢いたくて、でも逢えなくて、寂しくて……叶うことなら今すぐ逢いたい……」
なんか変なポエムみたいなのを詠んでいた。かつて彼を支えていたのはジロであり、そのジロを失い、最近では自信を無くしてポエマーになっている。その実力は五流もいいとこだが。
「わかりみ」
そして今の宰相であるイワイさんも相づちをうつ。国難を乗り切りつつあるが、まだまだ問題は山積みであった。
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