71.次なる目標
翌朝、カタリンがガチ目に怒られているところを尻目に、食堂に案内された。三日月型の小さなロールパン、刻んだサラミや野菜の入ったペイストリー、薄いクレープのようなパンケーキとはちみつが提供された。このブレダペッシオンの位置するカルパチア大森林は太古の昔にエルフたちが植林を行い、現在の巨大な森林になったのだという。とはいえ、ここ百年ぐらい続く人口増加によって徐々に開墾され、畑や牧草地が広がり、元の平原の姿を取り戻しつつあるのだという。窓の外を眺めると森の中を通る大河川が見える。また、この地は有名な温泉地でもあったので、一行は食後に温泉に浸かることにした。
「ふぅ~、最高だね……」
「私ここ来てから毎日入ってるよ」
アカネとサヤカが浴槽に浸かり駄弁っていた。広い大浴場を貸し切りである。
「みんなできさらぎの鏡を再起動してくれたの?」
「そう。クソデカ魔石を探す旅に出たよ。カタリンとナムヒちゃんと将軍とでね。長く険しくも、楽しい旅だった……」
奇しくもジロたち一行と似たような人種構成であった。差し詰め『堅物エルフとトラおじさん』とでも言うべきだろうか。知らんけど。
「それを本編に書けよ!」
お互いの土産話に花を咲かせつつも、サヤカはあることが気になった。こうしてみると彼女たちの大きさの差は歴然であり、彼女は内心理不尽さを覚えた。同い年なのに……。
「ちょっと……そんなまじまじと見ないでよサヤカ……」
「クックックッ……」
「何笑ってんの!?」
アカネは少し顔を赤くして腕を前に組んだ。とはいえそれは遺伝である。こればかりはどうしようもないが、その遺伝子を持つ者はすぐそこにいた。彼女はアカネよりも一回りは大きいのである。
「向こうまで競争よ、ステラちゃん」
「負けるもんですか!」
「子どもみたいなことやめてお母さん?」
娘に窘められるカエデであった。ちなみに年齢だとステラの方が年上である。競争も取りやめになりプカプカと浮いているステラの隣にナムヒが泳いできた。
「お前はおに…トキジローと一緒に旅してきたんだろ? 話聞かせろ」
「いいですけど、長くなりますよ?」
30秒ぐらいで終わった。ナムヒは神妙な表情で聞いていたが、意外にも早く終わったので拍子抜けであったようだ。
「え、そんだけ? もっと……ほら、あるだろ? 特に最初は二人旅だったんだから、あのガキの母親孕ませるぐらいだぜ?」
あのガキとは言うけど、私の方が歳上だからね!? との声が聞こえてきそうである。
「いえ私はまだですね、ジロさんは一番好きなものは最後に取っておくタイプのようで」
「なるほどな」
若干呆れたような声色で適当に相槌を打ち、興味を無くしたナムヒは犬かきで再び浴槽を泳ぎ始めた。
ジロやサンダーアックス将軍も風呂に入っていたが、特に需要はないのでシーンは割愛する。
「需要あるだろ、なあ将軍」
「いや、無いと思うけど……なんでそんなに自信満々なんだ!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
呑気に風呂に浸かってなどいるが、実際のところ問題はいくつかあった。あの女神がこの程度で諦めるとは思えない。絶対そういう性格だし(偏見)。また、アカネの母カエデは身重であり、彼女を連れて回ることは出来ない。というか、ジロは父親としての責任を果たすべきである。その日の夕食の席にてアカネが彼に詰め寄った。
「だって、妊娠は喜ばしいことなのに『危険日』なんて名前つける方がおかしいだろ」
「それは確かに言われてみればそうだけど、どっちにしろ避妊してよね!? 種だけ置いて帰るつもりだったの!?」
「そ、それは……」
当の本人よりも娘のアカネの方がブチギレ状態であった。
「……そうだな、すまなかった。カエデ。後先を考えずにこんなことを」
「謝らないで、ジロさん……あの時、避妊具に画鋲で穴を空けてたのは私だから……」
「お母さん!!?」
「ごめんね、アカネ。お母さん年甲斐も無くちょっと燃え上がっちゃって……」
「この野郎!!!!」
ともあれ、彼女の身柄はサヤカがキャメロットにて預かることとなった。
「同じ愛に生きる者同士、捨て置けない……!」
「そ、そうなんだ、じゃあお母さんのこと任せたね……」
爛々とした目でそう宣言するサヤカに若干引きつつも、不安はなかった。キャメロットであれば安全も保証されている上、DIYの鬼ヤカモトもいるので快適に過ごすことが出来るだろう。
さてでは、女神についてはどう対処すべきだろうか。
「お前たちがそちらの世界に行っていた間、女神や稀人たちに目立った動きはなかった」
頭頂部にたんこぶの鏡餅を乗っけたカタリンが食堂に訪れる。
「我々エルフは長い間稀人とあの女神について観測している。別に稀人が変なことをしなければ拒むつもりはないが、テキトーに人間を拐ってこの世界に放り込んで、双方にとって良い事であるはずがない」
力を蓄えているのだろうかまたよからぬことを企んでいるのだろうか、エルフたちの諜報網には引っかかっていないようであった。
「えっと、ちょっといい?」
アカネが話を遮り、カタリンに質問する。
「その女神だけど、もし仮に対峙するとしてさ、倒せるの? 戦わなくていいなら説得とか出来る宛はあるの?」
「ない」
「えっ!?」
「ない、なにもない。あるわけないだろう」
即答であった。当然、エルフたちにも策はない。この世を生み出した存在が如何程の実力なのかは推測さえも出来ないからである。
「我々としては、稀人をよこしてもいいが、もっとマシなのを送ってほしいというのがある。優秀で秩序を乱さず、他者を亜人呼ばわりしない、イケメン、身長は180以上の細マッチョ、年収は金貨40枚以上で家事も分担……」
「途中から婚活のプロみたいになってる!」
とにかく稀人が、というよりは大きな力を持って世を乱す存在を不定期に送り込まれるという点に問題がある。既存の秩序が急速に崩壊すれば、世が乱れ多くの犠牲者が出る。経済的にも悪影響だし、多くの国々に波及する。昔から西方世界はこの問題に悩まされてきた。ちなみに東方世界でも稀に起こるらしいが、砂漠世界や南方の密林などでは確認されていないらしい。なんでだ。
「だが、こちらから出来ることは備えることだけだ。我々エルフの支配域であれば通行出来るように取り計らおう。ステラ嬢、里帰りしてみてはどうかな」
「え、いや……」
いきなり話を振られたステラは困惑したが、すぐさま周りが続いた。
「いいね! 故郷がどんなふうか見てみたいし! ね、ジロさん!」
「そうだな。親の顔が見てみたい」
「そういう文脈で使う言葉じゃない!」
ワイワイと騒ぐ仲間たちだが、ステラはあんまり行きたくはなさそうである。
「いやあの……」
「そうと決まれば早速明日出発しようよ!」
「ああ、お里が知れるというものだ」
「だからそういう文脈で使う言葉じゃないよ!?」
「アカネはこのまま冒険を続けるの? どうか気をつけてね」
「うん、お母さんも。サヤカ、お母さんのこと頼んだね」
「任せてよ」
表情を曇らせる彼女を置き去りにトントン拍子に話が進んでいく。
「あ、あの、ちょっと……」
ステラの声は届かずに結局、なんか行く流れになってしまったのである。
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