70.族長の苦悩
「きゃー!」
鏡の向こうではエルフの美男子が着替えをしていた。
「着いたな」
「懐かしいですね」
「なんで無視するんですか! 出てってください!」
喚く美男子を無視し、二人は荷物を整理する。なぜ美男子が着替えをしているのか、それは鏡なんて貴重品をただ置いとくのもなぁ、というカタリンの貧乏性によって更衣室に設置されたせいなのだが、二人は知る由もない。ある程度お土産をまとめたところで、鏡からアカネとカエデ親子が飛び出してきた。
「きゃー!」
「おいこら! ジロ!!」
怒髪天を衝くといった様相のアカネがジロに掴みかかる。
「お前、わかってんだろうな!?」
「な、なんのことだか?」
「それ絶対心当たりあるやつのアレだし!!」
ジロはアカネの母、カエデをしっかり妊娠させていた。こいつホンマ……。
「だって、アカネが帰ってきて、肩の荷が下りたら……ぽっ……」
「うえっ、母親の女の顔キッツ……!」
頬を染めるカエデにアカネは辟易とした表情を見せる。しかしながら、驚いていたのはジロの方もであった。
「子どもが、出来たのか……?」
「ごめんなさい、黙っていようと思って……」
彼が帰るのに、未練を残すようでは足を引っ張ると思った彼女の判断であったが、そもそも避妊しろ。
「そんなことよりジロさん」
揉める三人に割り込んで、ステラが話し始める。
「この分厚い円盤状の生地にあんこを入れて焼いたお菓子、誰へのお土産でしたっけ」
「それの方が『そんなこと』だよ!? ていうか食べ物を持ち帰ろうとしないで!」
そうしてガヤガヤと騒いでいるうちに、エルフの衛兵たちが更衣室に突入、四人は捕縛されてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
四人が連れてこられたのは薄暗い部族長への謁見の間であった。そこには、カタリン、サヤカ、ナムヒ、サンダーアックス将軍も待っていた。今日のカタリンは甲冑ではなく、ワンピースの上にめっちゃ可愛い花柄の刺繍が施されたエプロンドレスを着ている。
「えっ!? 何戻ってきてんのアカネ!? しかもお母さんまで連れて!」
「あ、久しぶりサヤカ、ちょっと、へへ、色々あって……」
もちろん、見送ったサヤカはアカネたち親子がいるのに驚いた。結構血とか流れたのに戻ってきちゃったからである。色々言いたげなサヤカを制止し、カタリンが口を開く。
「戻ったな。トキジロー、ステラ、アカネ。ここはマジャーリー部族領の領都ブレダペッシオンの宮殿」
「ブレダペッシオン……ジロさん、ここはエルフのマジャーリー部族領の領都ですよ!」
「今言ってたでしょ!?」
「族長がお前たちと話があるそうだ」
彼女がそう口にし、指を鳴らした。すると光の球が突然現れ周囲を照らす。玉座の左右には黒い甲冑の護衛が武器を持って立っており、その間には精悍な顔つきのエルフの老婆が座り睨みを利かせていた。
「私はマジャーリー族長、アールパード・エメッセ。ようこそ我が部族領へ」
エメッセと名乗ったエルフが静かに話し始める。
「この度は、我々の貴重な資源である高純度魔石を無駄遣いしてくれて感謝するよ」
四人は思った、絶対こいつ性格が悪いと。一先ずはジロが声を上げる。
「一つ質問しても構いませんか、族長」
「何かな?」
「なぜ私だけ全裸に亀甲縛りなんです」
部屋に通された時から今まで、ジロはそんな状態であったのだ! しかし質問に答えたのは衛兵である。
「黙れ! お前がスケベなのが悪い!」
そして鞭を振るって、ジロに浴びせた。
「あんっ♡」
族長は依然として玉座に座りながら話を続けた。
「もちろん、魔石の事でお前たちを責めるつもりはない。カタリンの独断だからね。そして、私のこともお前たちに伝えただろう。私が稀人、つまり日本人を憎んでいるということも」
「日本人……」
「そうだ。我が娘を凌辱し、その身体を市中に晒すという非道を行った悍ましい民族だ。その悍ましさ故に従えた人類種に謀反を起こされ、この地上から叩き出されたのだがな」
1000年前の転移転生者と現地人との戦争、人類種の多くは転移転生者についたが、彼らの一部に残虐行為を容認する者がいた。それを見た一部の人類種は彼らを裏切り、それが現地側の勝利への第一歩となったのである。その裏切り者たちの子孫が現在の『帝国』人たちであった。
「それは……ごめんなさい……」
アカネはつい謝罪を口にしてしまった。しかし族長は軽く首を横に振った。
「どうしてお前が謝る必要がある? あの『日本人』と今のお前たち稀人が別物であるということぐらいわかっている」
族長はアカネをじっと見つめて話す。
「私はあの日本人どもを心底恨んでいるが、お前に罪はない。だから謝らなくて良い」
「はい……」
「とはいえ、私は諦めたわけではない。聞きたいのはお前たちの敵情視察の成果だ」
「視察……つまり、見てきたことを話せと」
「その通りだ」
「まあ別に隠すほどでもないし……」
ジロたちが口を開くと、和気藹々といった雰囲気で思い出話が始まった。
「それでですね、DM、と言います手紙のようなもので、性器の写真、つまり絵画ですね、それを送ってくるんですよ」
「やっぱ日本人滅ぼしたほうがいいかも……」
「そこだけ伝えないでステラ!?」
色々と誤解?っぽいものも交じっているが、大体のことは伝わっているようだった。そしてジロが軍事においての評価を口にする。
「結論から言えば、俺たちが勝つことは不可能でしょうな。白兵戦で小手先の勝利を得ることは叶うかもしれない、しかし組織のシステムそのものが遥かに進んでいます。物資の生産システムや動員力、将兵の質、量、そしてこなしてきた戦争の数。全てが我々よりも上でしょう」
「むぅ……」
「族長、やはり日本に侵攻することは無理難題でしょう。幸いこちらの世界を感知していない様子、放っておくのが得策かと」
ジロの意見にカタリンが賛成する。彼の言う通り、地球人類は数多くの戦争を繰り返してきた。日本人だけとってみても倭国大乱、白村江の戦い、源平合戦、承久の乱、元寇、戦国時代、戊辰戦争、日清戦争、義和団事件、日露戦争、第一次世界大戦、シベリア出兵、支那事変、第二次世界大戦……それら全てを生き抜いてきた。極端なことを言えば現代の地球人類は殺人鬼の末裔である。それに比べれば小競り合いこそ多く平穏とは言えないが、大規模な多国間における戦争というのは1000年前の稀人との戦いと数十年前の東西戦争ぐらいしかなく、近代的な統治機構も持たない異世界人たちは、日本にとっては脅威でもなんでもなく、民族浄化されるのが関の山であろう……いや、民族浄化はしねーか流石に。いや、するか? 専門家の意見が待たれる。
「……」
「族長……」
エメッセは押し黙り、沈黙の時間が続く。
「……」
「族長……寝てんのかな」
「寝てはおらん……」
カタリンの呟きに、エメッセが反応する。そして彼女は重い腰を上げて口を開いた。
「私は……日本を恨んでいる」
「はい……」
「それは私の娘を凌辱したからだ。しかし、その娘は今ここにはいない。1000年も前の話だ。時が経ち過ぎている……私は、あ、諦める口実が欲しかったのかもしれない……」
彼女は顔を覆い、涙をこぼしながら話を続けた。
「娘やエルフたちを辱めた日本人はあの時にもう既に全員殺したのだ、それでも怒りは収まらなかった。きさらぎの鏡の所在や向こうの世界へと渡る手段を探させた。だが勝てるはずがないとも、予測していた。連中の口から出るのはまるで異次元の技術、天国のような社会システムと設備。そのような国に攻め入ったところで、何も得られるものはない。だから私は諦めようとした」
彼女は自らの思いを吐露する。1000年の時を紡いだその想いは誰にも共感されることなく、彼女の胸中に燻っていたのだ。
「だが私が諦めようとする度に、脳裏にあの惨劇が蘇る。人々の悲鳴が、そして娘のあの姿が……私はもう、どうすればいいのか……」
「族長……だから最初っからやめたほうがいいって言ってるじゃないですか! 今の人は何があったとかみんな知らないし、最近の稀人なんて可愛いもんですよ!」
「カ、カタリンさん!?」
一同は彼女の言い分にドン引きする。
「逆立ちしたって無理なんですから、諦めが肝心ですよ! それに、もし日本が攻めてくるなら、もうとっくに来てますよ! でも来てないってことは、向こうも別にこっちを攻める気はないんですよ! あるいはそんな技術がないのかも」
「そ、そうかもしれないが……」
「気持ちはわかりますがね、何年も何年もあんたの私怨に付き合わされる身にもなってくださいよ、全く……」
「うぅ、ひどい……」
カタリンの剣幕とあまりに酷すぎる発言に更にドン引きする一同と泣いちゃった族長であった。かくして、かつての稀人がどうなったのか、最近の稀人がしょぼいのは何故なのか、何故カタリンとサンダーアックス将軍が同じ部屋に入っていったのかなどいくつかの疑問にモヤモヤとしながらも、一行は部屋を借りて身体を休めるのであった。
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