66.情報の交通渋滞
一方、ジロは死後の世界に来ていた。もちろんここは剣と魔法のファンタジー世界、死後の世界だって存在する。彼は武家屋敷にいて、日の当たる縁側でぼんやりと日向ぼっこに興じていた。いつもの旅装束ではなく、いかにも武家のお坊ちゃんのような直垂を着ており、毛並みはよく整えられていた。この光景は彼が故郷を出ることになる前の記憶を元にしたものだった。
「うむ、今日も快晴、心安らかなり」
なんか変なやつみたいなことをつぶやいた直後、どこからか足音と金属の擦れる音が聞こえる。その方向に目を移すと、ボロボロの大鎧を着た(ジロ視点では)世にも美しい狼人の女が立っていた。
「おお、なんて美しい……トモエ!」
「お、おめぇーー何やってんだぁぁーーーーっ!!?」
予想もしてなかったあまりの光景に思わず叫んでしまったトモエと呼ばれた女だったが、それは致し方のないことであった。ここは死者の国、ジロが居ていいはずがないのである。しかし、当の本人はまるで気にも留めない様子だ。
「ああ、懐かしい……いや、なぜ懐かしいんだ? まあいいか、トモエ、陣中着は脱いで離れに籠もろう」
「はぁ……相変わらずのスケベ狼でちょっと安心……いや呆れたぜ。だが、ここにいるのはいただけねえな」
「ん? どういうことだ?」
ジロはキョトンとして首を傾げた。自分が死んだことを覚えていない様子である。
「お前が今いるこの場所は、果てしない闘争を司る神龍オージーンの領域、戦死者の楽園の間、道の駅ヴァルハラだ」
「ここ道の駅なのか」
「そう、戦死者は楽園の間へと向かう前にここでお土産を買うことが出来る。一番の人気はヴァルハラソフトクリームだな。血に見立てたベリーソースがたっぷりかかっている」
「戦死者の……俺は……そうだ……俺は死んだ……ステラ、アカネ……」
「ホントにあたいよりいい女見つけやがって……妬けるよ」
「……何を言ってる、お前よりいい女はいないさ。何度も試したが……お前ほどの女はいなかった」
「何度も?」
「いやなんでもない」
「……まあ、あたいが言い出したことだからしょうがないけど。ほら」
トモエは懐から何やら光る玉のようなものを取り出し、ジロに差し出す。
「これは……まさか……」
「まあ、息子だか娘だかはわからんが、親父の命を助けることが出来るんだから本望だろうよ」
この玉は命そのものであった。トモエが戦死した時にお腹にいた子供の魂が宝玉になった姿だ。ジロはそれを受け取ると、そっと握りしめる。
「すまなかった……不甲斐ない父で……」
「ありがとうって言うもんだぜ、トキジロー。あと50年はこっちに来るなよ」
その言葉に彼は頷く。するとその体は徐々に薄れていき、やがて完全にその場から消滅した……かに思えたが、数秒後には戻ってきた。
「やっぱり、一回だけ夫婦の営みを……」
「あのさぁ…………い、一回だけだぞ……?」
この時、命の玉は、えっ、我が子の前で? と思ったそうな。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「死に顔が物凄いスケベ顔になってるけど、大丈夫かな……やっぱ生きてたりしない?」
一方で現世では、しょぼくれたアカネがジロの亡骸を眺めていた。彼女の傍らには、ぼんやりと宙空を見つめるステラが座っている。
「まだユニコーンの角の効能が切れていないのか、不思議と穏やかな気持ちです」
「……ユニコーンの角って、風邪には効くの? 胃腸炎とかにも?」
「効きますよ。多分」
「じゃあ、ジロさんの仇を取る事ができるかもしれない」
すると、ステラはゆっくりと彼女の方を見る。
「いえ、あのような無敵の能力に立ち向かうのは難しいかと」
「いつもと違って冷静だからなんか話しづらいな!?」
いつもはボケ倒すくせにこういう時に限って冷静な言葉を返すステラにツッコミを入れつつ、頭を搔くアカネであった。
「ステラはジロさんが殺されても平気なわけ?」
「平気ではないですが……」
少し言い淀むステラだったが、意を決して話を続ける。
「今の私は冷静沈着、クールな美少女長命種です故、愛する人との別れも美しく受け入れてしまうでしょう」
「やっぱり冷静でもいつものステラだったわ……よし、ユニコーンの粉末、使わせてもらうね!」
渋るステラから強引に革袋を奪い取ると、少量を手に乗せた。
「……どうやって接種したらいいの?」
「鼻からスッと行っちゃってください」
「え、えぇ、なんか嫌な感じの使い方だ……」
恐る恐る鼻を近づけ、思いっきり吸い込む。そしてそのまましばらく固まった後、無表情になった。
「なるほど、これがユニコーンの精神安定の効能……嘘みたいに穏やかだ」
「行きましょう、ジロさんの弔い合戦に」
そう言って二人は立ち上がると、ヨカゲの向かった先、出口へと歩みを進めるのだった。後ろのニヤけ面で斃れている男が、息を吹き返しているのに気付かずに。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
門前では四人の若者がサンダーアックス将軍に説教を受けていた。
「話も聞かずに武器を持ち出したり、思いやりの欠けた行動を取るととんでもないことになる! これは僕の故郷、オーストラリアの話だが、昔のイギリス人はタスマニアの原住民たちを虐げ、ついに絶滅させてしまったんだ。こんな悲劇はどのような世界であってももう二度と起こってはいけないんだ」
「はあ」
「そっすね」
生返事をする若者たち。全く、最近の若人は!
(ていうかサンダーアックス将軍、元はオーストラリア人だったんだ……)
ヨカゲはそんなことを考えながら彼の話を聞いていた。そんな中、甲冑の女が立ち上がる。
「こんな事をしている場合ではない、きさらぎの鏡について知っているのか将軍は」
「ええ? ああ、アカネって子が持ってるやつだろ? 中に入って行ったけど。ヨカゲくん、何か知ってるかな」
「俺に振るな!」
「このガキ、やはり何か知ってるんだろ!」
甲冑の女がヨカゲに掴みかかる。このままではまたしても将軍の説教が始まり、堂々巡りになってしまう! そんな展開を阻止するべくというわけではないが、アカネとステラが走ってきた! 更にその後ろを下半身丸出しのチャラついた男も付いてきていた!
「ヨカゲ、待て!」
「俺のちんこがどっか行ったんだけどーー!!?」
「えぇっ!?」
アカネとステラは後ろから聞こえた叫び声に少しビビるが、粉末の効果ですぐに冷静さを取り戻す。
「……ああ、いらないから切り取ってから丁寧に回復しておいたよ。うわ、股間ツルンツルンじゃん、何も無い」
「いるだろ!!」
「いや、強姦魔には相応しい最後だよ。肛門も塞いでおいたから」
「死ぬじゃね―かよ!」
「そうだよ?」
二人が問答を繰り広げている間、甲冑の女はステラの顔を見て驚いていた。
「まさか、エルフ、それもシュコダ家の令嬢がこんなところにいたとは……!」
「誰ですあなたは!」
「私は黒軍の一人、フニャディ・カタリン。家出したとは聞いていたが」
甲冑の女は兜を脱いでみせた。金髪と白い肌、そして長い耳が露わになる。それは紛れもなくエルフの証であった。そこへ、更にもう一人の人物が現れる。
「……急いできたんだが、何やら揉めているな」
「あ……お兄!」
それはジロであった。彼を見つけた狼耳の少女は一目散に飛びつく。
「お兄! あたしだよ!」
「……だ、誰」
「……! あーあ! せっかくこんなクソ田舎まで追いかけて来てやったのに!!」
彼女はへそを曲げてしまうが、ジロは本気でわからないような表情をしていた。とはいえ心当たりはあった。
「あの、ちっこいのか、ペク家の」
「そうだよ、ナムヒだ、ナムヒ・ペク……お前の婚約者!」
「いや、婚約はしてないはずだが」
「したぁーー! したしたした! お嫁さんにしてくれるって言った!!」
「だが、10年も前の話だぞ。お前はその時6歳…」
新情報の渋滞にサヤカとヨカゲ、そしてサンダーアックス将軍はキョトンとした表情をしていた。
「えっと、ステラちゃんのちんこが取れて、しかも令嬢でロリコンだった……?」
「多分そうじゃないと思う」
突如としてなんかいっぱい出てきた情報をサヤカと将軍が取りまとめようとした時、さらなる客人の声がした。もういいって。
『ついに見つけたか、きさらぎの鏡』
それは女神ローナの声であった! が、しかし、誰も彼女に応答はしない。
『ゴホン……ついに見つけたか! きさらぎの鏡!』
「ワッと情報を浴びせないで! 今ちょっと黙っててくれる!?」
再び語りかける彼女だったが、サヤカに恫喝されてしまい、面食らってしまう。
『ええ……ま、まあ、仕方ない。顕現してやろう』
すると、空間から光り輝く美しい女性が現れた! 如何にも女神然とした風貌である。そんな彼女を見て真っ先に声を上げたのはヨカゲであった。
「女神様!」
「ハァ……ハァ……顕現はマジでキツイから、早く持ってきて……」
めちゃくちゃ苦しそうな表情で現れた彼女の名は女神ローナ。悲しいことにこの世界はこの女神野郎を排除するように入念にプロテクトのようなものが張られているため、彼女が実体として存在するには膨大な魔力と体力が必要なのである。彼女はぶっちゃけ運動不足であった。彼女の言葉を受け、ヨカゲは馬車に向かって走り出す。そしてそれに気がついたカタリンが声を上げる。
「おい待て! みんなやつを止めろ!」
「え?」
突然の言葉に驚きながらも、皆一斉に彼女の指差すヨカゲの方を向く。彼は今にも荷車によじ登ろうとしていた。
「させませんっ」
そこへ、ステラが手に持っていたものをそのままぶん投げる。それはユニコーンの角の粉末の入った革袋であった。勢いよく飛び見事にヨカゲの後頭部に命中、中身が飛び出し彼は粉末に包まれる。
「ゲホッゲホッ、なんだこれ、ゴホッ」
「今だっ、取り押さえろ!」
「俺には、チート能力があることを、ゴホッ、忘れたか!? "死ね"!」
彼はそう叫びながら右手を前に突き出し念じた。しかし、掌からはニュッと稲が飛び出した。
「えぇ……」
一同は困惑し、足を止める。
「そんな馬鹿な! "死ね"! "死ね"!」
何度呪文を唱えても彼の手から稲が生えるばかりである。
「ダメだ、稲しか出ない!」
「どういう原理で?」
アカネは思わずツッコミを入れる。これがユニコーンの角の粉末の隠された効能だというのだろうか。単なる面白くもない親父ギャグのような気もするが。
「嘘だろ、俺の祝福が……!」
「人殺しにしか使えない前の能力よりずっといいでしょ」
「うぐぐ…………まあ確かにそうだ」
粉末の効果で冷静になったヨカゲはしばらく考えると納得してしまった。女神ローナはそんな状況を見てキレた。
「ふざけないで! こんなくっだらねー展開で私の邪魔をあっだめだわパワーが足りない」
しかし、怒りの叫びの途中で顕現の限界が訪れてしまったようで、彼女は光に包まれて消えてしまった。
「待て! 邪神め!」
カタリンが叫ぶももう遅い。待ちたくても待てないローナは完全に姿を消してしまったのだった。
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