44.現代料理チート回?
夜、野営の篝火を前にして、アカネは感激の涙を流していた。その手の皿にはある料理が盛られている。
「か、カレーライスぅ……カレーライスぅぅぅ!!」
アカネが幼い頃から大好きだったあの食べ物、それがカレーなのだ。その昔、母親と一緒に湯煎をして食べたレトルトカレーの味を今でも思い出すことができる。
「ごめん、レトルトで」
「いいの、いいのよタナカくん、これで! そもそも現代料理を食べられるというだけで私は感激しているの……前回の変態は一旦忘れてあげる!」
「そう言ってくれると幸いかな……一旦かぁ」
このレトルトカレーはタナカが召喚したものである。彼が女神から授かった祝福は異世界通販。地球上の通販で取り扱われる物品、即ち生鮮食品や銃火器、危険な化学物質、車両などを除いた殆どのものを魔力を消費して取り寄せることができるのだ。アカネが感激する様子を見たジロとステラはドン引きしていた。
「ウンコ……」
「ウンコクッテル……」
スパイシーな香辛料の臭いとアレを彷彿とさせる見た目に二人は思わず顔を顰めるのだった。そんな彼らの様子にも構わず、早速とばかりに匙を手に取り食べ始めるアカネ。一口食べてみると、その瞬間に広がる辛味の中に広がる甘み、そして絶妙なスパイスの香りが口の中いっぱいに広がっていくのを感じた。同時に、懐かしい記憶も蘇ってくる。
「噂には聞いてたけど、結構いけるね」
ウルリーケは元現代人なだけあって美味そうに食べている。ウルバンも香辛料の香りには慣れている様子で、ひとくち恐る恐る食べた後、その後はパクパクと口に運んでいた。
「美味しいよ! 食べてみてよ!」
「不味かったらジロさんがタナカをぶん殴りますからね!」
「えぇっ!?」
そう言いながらステラは一匙すくって口に放り込む。が、芳しくない表情で首を傾げる。
「ん〜〜……?」
もう一口、もう二口、そうして三口目を口を口にするも、微妙な反応である。
「不味くはないですが、慣れない味なので美味しいとは思いませんでした」
「そっか……」
定番である現代料理チート、そしてその逆張り! かと思いきやなんとも微妙な感じであった。こんな面白くもなんともない展開が果たして許されるのであろうか。
「じゃ、じゃあ、ジロさん食べてみて!」
「アカネ、人間はな、うんこを食べないんだ。うんこを食べるのは野兎や魔物のやることなんだ」
諭すよう優しく語りかけてくるジロ。そんな彼にウルバンが告げる。
「食わず嫌いはよくないぞ、ジロ。このうんこ、話の種にでも食ってみるがいい。少々塩辛いが食えぬものではないうんこだ」
「うんこうんこ言うな!」
その言葉に促されるように意を決して口にするジロだったが、少し眉を顰めた後に黙って平らげた。
「悪くはない」
尽く読者の期待に答えられない、リアクションに困る反応を残した二人であった。客商売だぞわかってんのか!?
「はぁ。せっかくの現代料理チート展開なのに。あ、そういえばタナカくんはカレー食べないの?」
「僕はカレー好きじゃない……」
「あんたは嫌いなのかよ!?」
コントのような食事を終え、夜は更けていく。ていうか四六時中コントやってるよね、この人たち。
「この作品自体が出来の悪いコントみたいなものだからでしょうが!」
アカネの虚空に向けた叫びが夜の森に響く……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌朝目が覚めると、アカネは驚愕した。ウルリーケの顎が薄っすら青くなっていたからだ。
「ヒゲ生えてるー!?」
「ん、ああ、ドワーフだから。女でも生える家系だと生えるんだよ」
彼女は石鹸を泡立てると、カミソリを取り出しヒゲを剃る。このカミソリは彼女のお手製、純オリハルコン製の自慢の一品である。角度を間違えると顎が落ちるほどの切れ味だ。明らかに過剰性能な安全とは程遠い危険カミソリである。
「なるほど……」
その後、一行は朝食を摂る。流石に朝からタナカの通販魔法を使うわけにはいかないと、かってぇ黒パンと淡水魚の干物を食べることになったが……。
「ウッ! 臭っ! なんか臭い……!」
「あー……現代料理を久々に食べたからかねぇ」
散々粗食悪食を強いられて異世界の食事に慣れていたアカネとウルリーケの舌は一夜にして現代の味覚に戻ってしまっていた。
「全くお二人共我儘ですねぇ。私のように粗食に耐える舌でないと食べ物を無駄にしてしまいますよ」
そんな様子の二人を嘲笑うかのようにステラは干物を口にするもすぐに眉を顰め涙目となった。
「飲み込めないほどマズイです! ジロさん口開けて!」
「嫌だ……」
「口移しで飲ませます!」
「やめて……」
一行は我慢しながら渋々といったふうに食べる。タナカも食べる前はワクワクしたような表情であったが、口にした途端に微妙な表情になった。残念な朝食となってしまった。それから彼らは出発の準備を済ませると馬車に乗り込み再び先に進み始める。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ジロたちの行く先である月の港では、怪しい影が蠢いていた。それは、酒場の看板娘なのだろうか。
「あたしは怪しくはないわよ、やーね」
それとも屋根を修繕している大工なのだろうか。
「俺は別に怪しくなんかねぇよ」
もしくは、道を掃除している男であろうか。
「最近では道路に落ちている糞便がまた増えてきましてね、雨が降ったら泥濘んでくるんですよ、想像してご覧なさい、酷いものでしょう? もうやんなっちゃう。しかし、近日スカベンジャードラゴンが用意されることになりましてね、こいつは大変頼りになるそうですよ! 魔王国の方では効果を上げているそうでしてね、実は…」
はたまた、神龍に祈りを捧げる司祭であろうか。
「神龍よ、我らに慈悲を与えたまえ」
「あいつ怪しいぞ!」
「川に突き落としてやる!」
「あなや〜〜っ!!」
民衆らによって川にぶち落とされる司祭。これほどまでに教会と民衆との対立が激化しているのには理由があった。近年流通し始めた冒険譚の写本における悪役が、この西方世界を席巻する神龍教をモデルにしたものであったのだ。現代ですらフィクションと現実の区別がつかない人が結構いるのに、中世世界など言うまでもないのだ。それだけではない、近々司教選挙が執り行われる事になっていた。ゴート族領アクイテーヌ公国は部族社会と封建社会が入り混じった国である。各種族の寄せ集めのため部族長のいない月の港には、大部族長にして大公であるレカレド二世により任命された領主がいるのだがあまり政治に明るい人物ではなく、司教が実権を握っていた。章冒頭のエスメラルダも出馬予定だ。対立候補は原住民派のフロローという牛獣人の神官の男であった。彼は神龍教の関係者でありながら、原住民たちからの人気も高かった。彼は神龍教と移民たちの進める改革が些か性急に過ぎるのではないかと考える慎重な人物であった。石橋は叩いて渡り、転ばぬように杖を持ち、『何でも許せる人向け』と書いてある恋愛小説の写本は絶対に読まなかった。
「こんなクソ性格が悪い男、どの面提げてヒロインに纏わり付くんだ!」
が、今日も私室で地雷と地団駄を踏んでいた。そこへ、扉を叩く音が響く。彼はその写本を本棚にしまうと、音の主を招き入れた。
「失礼します。フロロー様、ご報告です。先日行った事前調査ですが、エスメラルダ様の得票も無視できない数であると予想されます」
「ふうむ、やはりか。あの小娘、見てくれは良いが些か性急過ぎるきらいがある。当選すれば、特に原住民からの反発は免れんぞ」
「では、何か策がおありで?」
「いや策があったら不正選挙だろーに……しかし、何も手を打たないわけにはいかないか」
彼は顎に手を当て、不正行為にならないような手立ての思案に暮れるが、先ほど読んだ小説のせいでモヤモヤしていたので良い案は浮かばなかった……。
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