37.いました
「よく聞け、その謎の人物が持つ連弩、いやあれは弩と言うべきものなのかさえわからない。発射時に爆音が鳴り、一瞬で相手を突き刺す、恐るべき弩だ。しかも魔力を感知できないという。これはとんでもないものだ」
ウルバンは道中、ジロに対して熱弁する。一行は、標的の最後の目撃情報があった農村へと向かっていた。雪が降り始め、一面が銀世界となっている。吐く息も白い。
「手のひら大で、矢はとても小さいらしい。ビザンチスタンの諜報部が集めた情報だから間違いない」
「諜報部がいることをバラして大丈夫なのか」
「我輩は我輩の目標が達成できればそれでいいからな」
やはりウルバン、とんでもない男であった。彼は自分の欲望にどこまでも忠実である。
「我輩も話を聞き、試作してみたのだ」
彼はその場で荷物を下ろすと、中から金属の筒を取り出した。人の腕ぐらいの大きさである。
「爆発魔法を込めた魔石を込め、その上に金属で作った矢を差し込む、そして設置」
簡易的な台座を組み上げると、その上に筒を置いた、そして金槌で叩く。すると、破裂音とともに筒から矢が飛び出たが、反動で筒も後方へと飛んでいってしまった。
「話を聞いて真っ先に作った試作品だが、なんとかならないものかな」
「これって、大砲じゃん!」
アカネが声を上げる。そう、それはどう見ても小型の大砲だった。単純な構造であり反動の抑制も出来ていないが、破壊力はあるだろう。問題があるとすれば発射薬と反動である。高価な魔石ではとても実用的とは言えないし、反動の抑制が全く出来ていないために実用に耐えない。
「左様。かの者が使う代物は魔力を帯びていない、即ち魔石ではない何かによって射出しておる。それが何かが検討もつかない。アカネとやら、摩訶不思議なものに詳しい貴殿は何かを知っておるようだな」
「知ってる、けど、知らない……ヤカモトとかオタザワならわかるかも知れないけど……」
普通の女子高生であった彼女には火薬の主成分や配合など知る由もなかった。しかも理科は彼女の大の苦手科目である。ただ知っているのは火薬というものがあるというぐらいである。
「ふぅむ、そういった物質が存在するのか。調べてみたいものだがまあ、直接聞き出すが早いな」
一行は再び歩みを進める。雪が降る中、あったか魔法を貫通するほどの寒さに耐えながら進むこと半日、ようやく最後の目撃情報があった村へとたどり着いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あんたたちバカだねぇー。こんな時期に旅をするだなんて」
宿屋の主人である角の生えた魔族のおばちゃんに呆れられた一行だったが、それでも泊めてもらうことができた。宿の食堂では暖炉には火が焚かれ、暖かな空気が流れていた。
「ほら、温かいスープだよ。飲んで温まりなさい」
そう言っておばちゃんが出してくれたのは、クズ野菜のごった煮であったが、体を温めるには最適であった。
「雪の中野宿にならずに済んだのは幸運でしたねぇ」
ステラがしみじみと言う。あったか魔法があるとはいえ、雪が降れば一晩中最大出力でかけ続ける必要がある。そんなことはアカネには出来なかった。それに夜盗に襲われでもしたら一大事である。こんな時期にうろつく夜盗もいないだろうが。
「おばちゃん、変な男、ヴァレリーって男がこの村に来なかった?」
「さぁねぇ」
おばちゃんは意味深な笑いを浮かべた。
「そこに暇そうな女の子が二人いるけど、聞いてみたらどうだい?」
彼女が目配せをした方には、いかにもな風貌のサキュバスらしき女性が二人立っていた。彼女らはジロとウルバンの方を見てクスクス笑いながらも、品定めをするような目付きをしている。
「……そうか」
ジロはため息を付く。おばちゃんの言外の意図をウルバンとアカネも察したようだが、ステラはキョトンとしている。
「あの二人が何か話を知ってるんですね、ちょっと私聞いてみます!」
「ピュアかっ!」
アカネは思わず突っ込んだ。この面子で一番純真なのは彼女かもしれない。いや、一番世間知らずとも言える。彼女は二人に近寄っていった。
「ねえ、あなたたち何か知ってるんですよね? 教えてください!」
「いいわよ。先日のことなんだけど……」
「って普通に教えてくれるんかいっ!」
アカネはまたもや突っ込む羽目になった。
二人の話では、ヴァレリーたちはやはり一週間ほど前にこの村に訪れたという。その時に彼は村人を集めて苦悩を聞き出し、その記憶を吸収していたらしい。違法だとは知っていたが、別に止めなかったという。
「だって違法だったとしてもさぁ、それで嫌な記憶が消えるんならいいじゃない?」
「私も吸ってもらったもの。何の記憶かはもう思い出せないけど」
二人は口々に言う。確かに辛い記憶を消したいと考える者は多いだろう。それを叶えてくれるのならば止める理由はないのかもしれない。
「それで、どこに行ったとかは聞きましたか?」
「うーん、そこまでは知らないわねぇ。しばらく滞在するとは聞いていたけど」
そこへ、宿屋の二階から女性が桶を持って降りてきた。
「おばちゃん、ごめんけどもう一杯お湯頼める? お金払うから」
女性はこの世界には似つかわしくない服装をしており、腰に拳銃らしきものを携えていた。
「……おるやん!?」
アカネが声を裏返して叫んだ。見るからに稀人で、しかもウルバンの言う特徴と合致する。
「そこの女、ヴァレリーという男について知ってるか」
ジロが女性に話しかけるが、返事はない。
「……そこの美しい、可憐なお嬢さん」
「あ、ジロさん、多分そういうことじゃないと思うよ」
女性の眉間にシワが寄る。ジロを睨みつけているようにも見える。
「ムカつく。煽てればいいって? 女を見下している証拠だね」
「俺は男相手でも煽てる」
ジロの発言を無視して、女性は続けた。
「ヴァレリーについて知ってたらどうだって言うわけ? ああ、あんたたちも客? 悪いけど明日にしてくれ」
そう言うと彼女はカウンターまで行き、料金を払ってお湯を受け取った。そしてそのまま自分の部屋へと戻ってしまった。
「追いかけようよ!」
腕まくりをするアカネに対し、他の三人は冷めた反応である。
「寝込みを襲うとは卑怯千万」
「宿に迷惑はかけられない」
「寒いですし」
「えっ、でも、敵じゃないの……!?」
困惑する彼女をよそに、三人は食事の続きを始めている。釈然としないながらも、彼女も渋々席に座った。あまりに悠長な中世人どもである。
「えっ、私が間違ってるの……?」
実際、この時に襲撃できていたら簡単に解決した話なのだが、結局のところ後の祭りであった。
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