32.【悲劇】初夜権に狂わされた夫婦
「そりゃとんでもないやつに会ったな。騒がしいと思った」
街には既に数日滞在している。ギルドで依頼を受けたり、ディートリヒの工房を手伝ったりして過ごしていた。今はディートリヒとジロが共に酒場で昼食を摂っているところだ。
「魔導将軍、というか中間管理職というのも可哀想ではある」
「お前は見る目が無いな、あんなやつ全部保身だろ」
「また言った」
ジロが眉をひそめると、ディートリヒはニヤニヤと笑みを浮かべた。そこへ、アカネがやって来る。
「あ、いたいた。ジロさん。なんか偉い人が探してるよ」
「絶対厄介事だ」
ジロはため息をつくと、残っていた料理を平らげてから彼女とともに店を出た。当然、彼の言う通り厄介事が待ち受けていた。
「お主がログレスの英雄か。あのクソシャルルを抑えつけてくれたことは感謝する」
「いやぁ別に何もやってませんがね」
ジロは頭を掻きながら答える。目の前には初老の魔人の男性がおり、立派な身なりをしていることから身分の高い人物であることがわかる。
「私はこの街の市長だ。是非とも褒美を取らせたいので、市庁舎まで来ていただきたいのだが」
何やら含みを感じる物言いであった。とはいえ断る理由もないので、二人は市長について行くことにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「マジヤベー奴がいるので助けて欲しい!」
「ほらやっぱり」
ジロは頭を深く下げる市長を見ながら、うんざりした様子で呟いた。アカネも苦笑いを作る。
「初夜権というものをご存知だろうか」
「あぁ、例のアレですか」
アカネは前の世界にいた時に読んだ本を思い出し、頷く。
「そう、婚姻した処女の女性に対して領主、首長が抱く権利を持つというものだ。実のところ、あれは婚姻の際に税を取る為の建前で、なおかつここ数百年は税の取り立てすら無視され続けているカビの生えた古臭い法律なのだが、廃止はされた記録は残っていない」
曰く、実際に行使されたという記録も残っていないという。ちなみにこれは我々の現実世界でも似たような状況らしい。尤も、記録に残っていない『だけ』とも考えられるが。
「だが、それを行使しろと主張する者がいるのだ」
「それは問題ですね! 一体誰がそんなことを!」
鼻息を荒くし憤りを見せるアカネだったが、それに対して市長は顔を曇らせる。
「それがだな……そこにいる男女がそうなんだ」
彼は二人の後ろを指差した。そこには一組のカップルがいて、不機嫌そうな顔をしている。
「市長! 早く私の妻を抱いていただきたい!」
「そうよ! 抱いてくれるまで一歩も動かないわ!」
変わった趣味の新婚夫婦であった!
(なんだこいつら)
ジロとアカネは同じ感想を抱いたようだ。そして市長の顔は更に険しくなるばかりである。
「私も妻がいるし、史上唯一初夜権を行使したとかで歴史に名を残したくはないし……」
彼は深いため息をついた。しかしながら、冒険者二人にどうしろと言うのだろうか。
「知らないのか? 今世界的にNTRが流行っているんだよ!」
新郎の方はまるでこの世界が地上の煉獄であるかのようなことを声高に叫ぶ。彼の目は血走り、今にも暴れ出しそうだ。
「ジロさん、この人たち怖い!」
「安心しろ、俺も怖いから」
ジロとアカネは抱き合って震えるばかりだ。そんな二人を尻目に、新婦の方が口を開く。
「じゃあせめて、代わりの人を用意してよ! 誰も協力してくれないんだから!」
「そりゃそうだよ」
いつものように、アカネが思わず突っ込む。そんな変態プレイに付き合ってくれるような人間は稀有と言えよう。
「市長みたいな汚いおっさんじゃないと興奮しないのよ!」
「え、傷つく……」
新婦の言葉にショックを受ける市長であったが、そもそも彼女の性癖が特殊なのだから仕方ないことだろう。言うほど仕方ないか? そこで、ジロの脳裏にはある人物の顔が浮かんだ。さっきまで一緒に食事を摂っていた人物だ。
「……ディートリヒなら、お眼鏡に適うかもしれない」
「ジロさんもまあまあ失礼だね」
失礼なことを言うジロに対し、アカネはジト目を向けるのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
当然、ディートリヒにとっては寝耳に水であった。いきなり押し掛けられて何かと思えば、突然変なことを言い出し、しかもその相手が自分だときたもんだ。これにはさすがの彼も動揺を隠せない。
「待ってくれ、どういうことなんだ」
「知らないのか? 今世界的にNTRが流行っているんだよ!」
「知らなかった……」
新郎の胡乱な妄言にあっさり騙されるディートリヒに対し、ジロが口を開いた。
「それでな、ディートリヒ、お前は汚ぇおっさんだから新婦を拐かすには丁度いいと思ってな」
「ジロ、傷つくぞ流石に。友人に対して」
「……友人を見る目がないな!」
してやったりの顔をするジロの腹をアカネが肘打ちする。彼はウッと声を上げて腹を擦る。
「合コンにも出てたし、願ったり叶ったりなんじゃないの?」
「……ま、まあ、違うと言えば嘘になるが」
そうやってアカネが問いかけると、ディートリヒはバツの悪い顔で答えるしかなかった。そんな彼を見て、新婦の方もニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「うん、それじゃあ、いいわよねぇ?」
「あ……ああ……」
かくして、新婦は彼と一夜を過ごし、それから頻繁に彼の工房を訪れるようになった。よかったね、ディートリヒ! 何もよくはねーよ。
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