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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

誰が令嬢を殺したの?

作者: ときつみか

短編SSです。推理ものではありません。


その日、メイドが消えた。

王城でも最近、噂話に名前のあがらぬ日が無いとまで言われた有名なメイドだ。


彼女の名はカーナ=モンモランシー男爵令嬢。

国のそこそこ田舎に領地を持つモンモランシー男爵家の一人娘である。


カーナ嬢の死体は数日後に王都で発見された。






「ふむ…名前はカーナ=モンモランシー。男爵令嬢、ですかな」

「はい!」

王城の使用人人事を担当する侍従長カーネルは、仕官希望してきた若い娘を見た。


彼女はメガネをかけた赤髪の女性で、いつも明るい笑顔がトレードマークとのこと。

「メイドとして仕官したい、とのことですが。理由を伺ってもよろしいですかな?」


「うちの領地、水害とかのトラブルが多くて。いっつも補修工事とか避難民への援助とか、なにかと出費が多いんですよねぇ」

はぁ、と侍従長の前でため息をつく彼女だったが、すぐに笑顔を取り戻した。


身上書に付けられた書状に記された紹介者は父親である男爵当人。

貧乏な貴族家令嬢が父親に命じられて王城へ出稼ぎすることは珍しくない。

そのほとんどが、あわよくば高位貴族と縁を繋ごうという婚活目的だというのも常識だ。


しかし、侍従長には目の前の可憐な淑女からそのような浮ついた空気を感じ取れなかった。


「でも、わたしは五体満足で、健康ですから! こうやって頑張れるだけマシなんです!」

そう言って、細い腕で力こぶを作ってみせる彼女。


「なるほど…仕官したいというのはそういうことですかな」

川というのは領地の統治におけるトラブルメーカーだ。豊かな水を供給する一方で、氾濫でしばしば災害をも引き起こす。治水工事は金のかかる事業の代表格で、彼女の実家は金欠の改善のため一人娘を王城まで働きに出したことが侍従長には容易に察せられた。


丁度、王城のメイドには寿退職者も出て人手が足りないと聞いている。

実家のために働こうとする若い令嬢をここで雇うのも渡りに舟というもの。


「いいでしょう。来週から貴方を見習いメイドとして雇用します」

そして彼女の笑顔に癒された侍従長は、カーナをひとまず仮採用すると決めた。

王城で働く者の背後について調べさせるため、規定通りに身上書を情報部門に提出して。



カーナは優秀だった。

メイドとしての掃除も、洗濯も。とにかく早くてきっちりしている。

他のメイドの仕事も率先して手伝っていた。


やがて、他のメイドの代わりに洗濯物を魔法研究室まで運ぶようになって。

そこで羊皮紙に書かれた魔術式を見かけて、宮廷魔導師たちとたわいない話をしている時に、たまたま彼らのヒントになる体験談をしたらしい。

そんなことが何度か続いて、宮廷魔導師からカーナを研究室専属にしてほしいと強い要望が魔法大臣宛てに寄せられるほどだった。


メガネをかけた彼女は知的な印象が強く感じられ、野暮ったいメガネに隠されてはいるがよく見ればかなりの美人だった。専門知識が無くてもイヤな顔一つせず自分たちが早口でまくしたてる研究の愚痴を聞いてくれて、ときおりは彼女との会話で研究のヒントを得ることすらある。

研究一筋の宮廷魔導師たちはすっかりカーナのファンになっていた。



また別のメイドの代わりにカーナが近衛騎士団の隊舎に洗濯物を届けることもあった。

ここでは腹痛で仕事を休んだ料理人の代わりに手料理を披露し、騎士たちに絶賛された。

本職の料理人よりうまい料理を作り、デザートまで披露する彼女に近衛騎士隊はすっかり胃袋を掴まれ、求婚が相次いだという。


近衛騎士には爵位持ちの貴族家子息も多く、男爵令嬢なら目の色を変えて飛びつきそうな縁談もいくつかあったようだが、まだ任官されて間もないのに結婚退職となっては自分を採用してくれた侍従長に申し訳が立たないので、とすまなそうにお断りされたそうだ。


しばらくは誰とも婚約できない代わりに、とカーナは定期的に騎士たちの詰め所に手作りのお菓子を差し入れするようになり、甘党の副団長を筆頭にますます人気は高まった。


週に二回。訓練の合間の休憩時間には粉砂糖が雪のように上に振られたマドレーヌや砂糖漬けのフルーツが載ったタルトなど、甘いだけでなく見た目にも美しいカーナのお菓子を楽しみながらのお茶会が開かれる。


この催しは近衛騎士たちの癒しとなり、騎士たちは地元領地でのトラブルから男女関係の笑い話まで、カーナと楽しく談笑して英気を養うのが日常の風景となった。



だが、カーナの活躍の裏で、王城にはあまりよくないウワサが流れるようになった。

いわく、あのメイドは近衛騎士団の団長やら副団長を婚約者から寝取った、だの。

宮廷魔導師と愛人関係にあるからえこひいきされている、だのというくだらないウワサだ。


それとともに、カーナに対するいじめが目立つようになった。


宮廷魔導師のひとりナァザが王城の廊下を歩いていると、向こうからカーナが歩いてきた。

すると、近くにいたメイドが廊下に足を伸ばしてカーナの足を引っかけた。

大荷物を持っていたカーナは受け身も取れずに転んでしまい、荷物を廊下にぶちまけた。


ナァザは慌ててカーナに駆けよって助け起こし、足をかけたメイドを睨んだが、なぜかそのメイドが驚いたような顔をしていたのが印象に残った。

カーナを助ける男がいるとは思わなかったと言うことだろうか。


きっと悪いウワサの流れている彼女には何をやっても咎められないと思っているのだろう。

嫉妬か、それ以外の妬みか。カーナに害が及んでいるならウワサの元を絶たねばと思ったが。

「ありがとうございます…!」

と感謝の笑顔を向けてくれるカーナに手を取られて赤面しているうちに忘れてしまった。

両手でこちらの手を握ったカーナは、抱きしめるように自分の胸に男の手を押し当てて。


むにゅっ…


豊かな胸の柔らかな感触に、童貞の宮廷魔術師が照れてしまったのはいたしかたあるまい。

こちらを見つめて全身で感謝の感情を表現してくれるカーナに、彼はその時、本当の意味で惚れたのかもしれない。


この日以降、ナァザとカーナの会話は以前より弾むようになり、それまで無口であまり皆と話せなかった彼も、カーナをまじえて研究の話を活発に討論するようになった。



また別の日。

近衛騎士団の副団長は、いつもの時間に事務的な書類を提出した帰り、王城から騎士団隊舎へ向かう道の分岐で意外な光景にでくわした。

自分の婚約者である伯爵家令嬢が数人の取り巻きと共にカーナを詰問していたのだ。


カーナはうつむいてただひたすらに詰問を耐えているようだったが、副団長が駆け寄るとその足音を聞いてはっと涙に濡れた目を見開き、片頬を手で隠した。

副団長はそれを見て、カーナが令嬢たちに殴られたことを悟ったのだ。

カーナは令嬢たちに無礼をわび、目を伏せたまま副団長に頭を下げると、小走りで去った。


厳しい視線を向ける副団長に、令嬢たちは弁明した。身の程知らずの泥棒猫、あのメイドに身分の違いを教えてやっただけだと。そらぞらしいその言い分に、副団長は聴く気も失せた。


代々高位の騎士を輩出する武門の貴族家と、糧秣を担当する農林閥の貴族家。軍の輸送部門と補給の一体化による軍の機動性と経済性の向上を狙った政略結婚で定められた婚約者。


だがこの一件で副団長は婚約破棄を決め、糧秣の補給に関しても仕入れ元の変更があった。


この結果、食料購入の費用がかさみ、また軍用の耐水梱包がされていない干し肉がカビたり民生用の小麦の袋が悪路での輸送中に破けて中身がこぼれるなどのトラブルが続発した。

補給担当と会計担当は副団長に文句を言うわけにも行かず、代わりに業者に怒鳴り込んだ。

業者は改善を約束しつつも、対応にはどうしても時間が掛かると陳謝し、クレームを入れたふたりに金貨の袋を渡して当面発生するトラブルについては見逃してもらえるよう頼んだ。



しばらく経ったある日、近衛騎士団と宮廷魔導師団の機密合同演習があった。

通常の訓練よりも実戦寄りの演習では、最新の戦術や魔法が紅白試合形式でテストされる。

仮設された指揮所には騎士と魔導師それぞれの部隊長たちへ、にこやかにそして甲斐甲斐しくお茶を給仕するカーナの姿があった。


「近衛騎士団の奴ら、ここを隊の詰め所と間違えてやがる」

宮廷魔導師たちはぼやきながらも、その声は好意的な響きを帯びていた。

メイドのいる陣幕も悪くない、脳味噌まで筋肉で出来てる連中もたまには気の利いたことをするじゃないか、と。


「宮廷魔導師どもは緊張感がないな」

近衛騎士たちは笑った。

だがまあ演習とは言え戦場にメイドを連れてくるなんて面白い発想をするのはさすが知に特化した連中だな、と。


演習の帰り、カーナは軍勢の最後尾で兵たちと交流を深めていた

にこやかに相槌を打ってくれる若いメイドさんに、兵たちは今回の演習で行われた作戦がどのようなもので、自分がどんな風に活躍したかを相次いで自慢していた。


その時である。

沿道の森の中から、緑と茶と黒でまだらに塗り分けられたローブで存在を隠蔽した『何者か』が突然現れた。その者はいきなり兵たちに襲いかかり、兵の背に隠れたカーナの高い悲鳴があたりに響き渡る。


「きゃあああああああああっ!」


悲鳴を聞いて近衛騎士たちと宮廷魔導師たちが抜き身の剣や杖を片手に走り込んでくる。

演習を終えたばかりでみな気が抜けてダラダラとした行軍になっていたことが幸いした。

最後尾の兵と、前方の騎士や魔導師たちのグループの間にさほどの距離はなかったのだ。


「敵襲だ!」

「カーナ嬢、無事か!?」


騎士たちが襲撃者に斬りかかると、相手は後ろに大きく飛び、そのまま空中へ溶けるように消え失せた。

「なに!?」

「転移魔法…! 上級魔導師だ!」

「そこの魔導師! ヤツの後を追えないのか?」

「無理だ。転移魔法を使えるのは上級魔法士のみだし、飛べる先は術者のよく知る空間のみ。上級の宮廷魔導師第一席は腰痛で演習に来ておらぬし、そもそも逃げた座標もわからぬのだから我々にはどうしようもない」

「くっ…魔法の使えぬこの身が恨めしい…」


騎士と魔導師たちはカーナの無事を確認する。

よほど怖かったのだろう。彼女は己の肩を抱き、かすかに震えていた。

その日はカーナを皆で囲んで護衛するように、王都までの帰途についた。


王都に着いた一行はカーナを囲んだまま王城に入ろうと言ったが、彼女がそれを拒んだ。

「それでは逆に目立ってしまうので、困ります」と。


たしかに彼女には誹謗中傷としか思えないウワサが多く流されている。

ただの流言飛語であっても、うかつに特別扱いするところを皆の前には見せられない。

騎士も、魔導師も、己の浅慮を恥じた。


使用人用の通路を使いますので、とカーナが言うので、部隊は彼女と王都の入り口で別れた。



その日の夕方。

兵を襲撃した謎の男について調べるため、宮廷魔導師ナァザは王都で情報屋を探していた。

本来自分たちの職掌ではないが、カーナが襲われたとなればなにもせずにはいられない。

情報戦は専門ではなく、知識もないが『王都で情報屋の多い一角』と言われるのがコヨーテ通りであることくらいはすぐにわかった。


ごみごみした裏通りで情報屋らしき者がいないかと探すうちに、それらしき店を見つけた。

だが、どうやら先客と商談中のようだ。


知識と盗賊の神を示す印章の看板を立てた、情報屋らしき目つきの悪い小男。

話し込んでいる相手の客は黒いローブを目深に着込んでおり、口元すらよく見えない。


王都の中でも特に喧噪の多い一角だけに、周囲はたくさんの会話が混ざり合い意味のある言葉を聞き取ることは出来ない。だからこそ、この一角に情報屋が集まっているのだろう。


ナァザは仕方なく近くの店の商品を物色しているふうを装いながら、先客の用事が済むのを待つことにした。


その時である。


王都では珍しい地震が起きた。

地震と言っても、わずかな揺れだ。建物に被害が出るほどではない。

だが王都の民にとって地震はきわめて恐ろしい災害である。

規模が小さいからといって身構えずにはいられない。


そして、地震と共に周囲の通行人も商人も口を噤み、周囲に目をやる。

一瞬だけ、会話の真空地帯が生まれて、喧噪が消える。


そこに聞こえてきたのは、地震に気付かず会話を続けていた黒ローブの発した声。

「―――王城のメイド、カーナが死んだ」

その言葉だった。


喧噪のなかで相手に聞かせるため、声を少し大きくしていたのだろう。

その言葉は、数メートルの距離があったナァザの耳にもしっかりと届いた。


黒ローブの声はどこかいびつで、男か女かもわからない。

だが、語った内容はナァザにとって、到底無視できるものではなかった。


「おいお前、いまなんと言った!」

黒ローブに対し、大声を上げて誰何する。

その声を聞くやすぐさま黒ローブは通りの雑踏へ己の身をねじ込んだ。


ナァザも直ちにその後を追うが、黒ローブは騎士たち顔負けの体術で道行く通行人の身体や足を避けきっている。


そのスピードは尋常でなく、ナァザは自分が相手に追いつけないことを瞬時に悟った。


だからナァザは魔法を使う。

周囲に店や人間が多すぎて使える魔法は限られているが、彼とて宮廷魔導師の一角だ。

正しい魔法を的確に選択し、流れるように魔力を具現化して見せた。

「<氷の矢>!」


ナァザの手の上に、氷の矢が複数生まれる。発動の早い氷の初級魔法だ。

当たれば相手を氷付けにし、尋問することが可能になる。

炎系の魔法と違って流れ弾による被害も最小限。

多少避けられても、足元に着弾すれば地面が凍って相手の転倒を誘発する。


この局面では最善の選択だった。


だが、魔法を黒ローブに投げつけようとしたとき。

相手は軽くジャンプし、そのまま夕暮れの大気に溶けるように消えた。

「転移…魔法…」

転移魔法を使えるのは上級魔導師のみ。

ナァザは相手が自らを遙かに超える力量の魔導師だったことに気付き、冷や汗に震えた。



ナァザは次善の策として、黒ローブが商談していた情報屋を締め上げることにした。

宮廷魔導師だと名乗ると情報屋の男はたちまち平伏し、あらいざらいしゃべると誓約した。

魔術による誓約は、ペナルティがあるため素人が破ることは不可能だ。


そして尋問の結果、あの黒ローブはここ数ヶ月で幾度か情報屋を利用していたこと。

貴族の人間関係などの情報を買い、少し代金をまけろといって王城の情報を代わりに男に売っていたことがわかった。


黒ローブがはした金で売った情報は情報屋によって他の客に転売され有効活用されたわけだが、そのいくつかはカーナについて流されていた誹謗中傷のウワサそのものだった。あの黒ローブは高位貴族の抱えた私兵か暗部の上級魔導師であろう、とナァザは推測した。


おそらくカーナの存在を疎ましく思った貴族令嬢のなにがしが、黒ローブを使って彼女を貶めるために偽の情報をばらまいたのであろう。そして先ほど、最後に黒ローブから情報屋に売られた情報は、カーナが死んだというもの。


もしかしたら本日起こった襲撃事件も、先ほどの黒ローブが実行犯なのではなかろうか。

転移魔法を使えるほどの上級魔導師など、そんじょそこらにいるはずがないのだから。



そして、王城に急ぎ戻ったナァザは、カーナが城に帰ってきていないことを知らされた。

「もしかしたら、本当にあの黒ローブに殺されたのでは…」


事態は急を要すると宮廷魔導師の長である第一席の執務室へ報告に行ったナァザだったが、上司の反応は妙なものだった。

「この一件、口外まかりならぬ。カーナというメイドについては存在そのものを忘れよ」

第一席はそう言った。

その深刻なまなざしに、ナァザは何も言い返すことは出来なかった。


腰痛で本日の行軍を休んでいた第一席は薬草の湿布でも貼っているのだろうか。彼の執務室から退出するとき、ナァザはかすかに土と草の匂いを嗅ぎ取った。




口外無用を申し渡されたナァザがカーナの無事を祈って自室で悶々としている頃。


近衛騎士団もまたカーナが行方不明であることを知った。

城の使用人部屋には、カーナの荷物がそのまま残されていた。


同室のメイドはカーナの事を嫌っており、人員が不足して部屋に余裕があったため部屋を替えていた。カーナはひとりで二人部屋を使っていたことから、最近彼女の身辺になにか変わったことが無かったかという調査は難航した。



このとき、ナァザの掴んだ情報は口外無用となっていたため他の誰にも伝わらず、近衛騎士団ではカーナが悪漢にかどわかされて無体を働かれているのではないかと推測した。


たとえ彼女の純潔が奪われたとしても、騎士たちは愛すべき淑女カーナ嬢をあらゆる手を使って探し出し救ってみせると誓ったのだった。汚されてしまったと悲しむ彼女を自らの部屋に温かく迎えて愛を囁き、結婚へと至る夢想を抱きながら。



騎士団の調査でしつこく聞き取りをされた元同室のメイドは、あのカーナがそこらの連中に無抵抗にさらわれる訳がないだろ、と思っていた。カーナの体さばきは異常だ。モップで20人がかりで殴りかかったときも、涼しい顔ですべてかわされた苦い記憶が蘇る。


まあ、王城の廊下で足を引っかけてやったときはなぜか転んでいたけれど、王宮魔術師の前で「はしたない動き」をするのを避けただけだろうと思っている。


カーナと名乗っていたアレは一種の化物だ。

まあ、カーナを信奉してそうなあの騎士達の前でそんなことを言ったらどんな目に遭わされるかわからないから黙っているけれど。


無能な働き者は切れと言われるけど、有能すぎる働き者はもっと悪いのだとわからされた。


洗濯も掃除もメチャクチャに早く。他のメイドたちが嫌がらせで仕事を押しつけたときもまるで嬉々として作業をこなしているように感じた。


仕事をカーナに取られたメイド達は男漁りしかやることがなく、城の風紀はかなり乱れている。人心の荒廃著しく、複数の貴族が本業そっちのけでメイド達と執務中にしけこむようになった。

なんもかんもカーナが悪い。


なんであんなのに騎士様たちはご執心なのかねえ、とメイドは思い、窓から空を見上げた。





数日後。

あらゆる情報を精査した結果、カーナ=モンモランシーの死体が見つかった。


その知らせに騎士達は悲しみ、魔導師たちは目を押さえて哀悼の意を捧げた。

死体の確認現場に立ち会ったのは、カーナと面識がほとんどないはずの宮廷魔導師第一席。



発見場所は王都の地下墓地カタコンベ。カーナ=モンモランシーの埋葬記録は半年前。

死体は半ば白骨化していたが、茶褐色の髪の毛が残っていた。

残された虫食いだらけの服を見れば、生前の彼女が小柄でスレンダーだったとわかる。

栄養不足によるものだろう。女らしい豊かな胸とはとても呼べぬ体つきだったはずだ。



先日、モンモランシー男爵領に派遣された特使は、荒れ地だらけの領地を見た。

そこには、川などどこにも見当たらず、赤茶けた土が延々と続く貧しい土地しかない。

わずかな痩せ細った農民がそこに麦を植えていた。


モンモランシー男爵は、酒浸りで昼間から顔を赤くしているろくでなしだった。

特使が面会した結果、彼は酒代欲しさに自分の娘を奴隷商人に売ったと告白した。出入りの商人が隣国から仕入れた酒があまりにも美味で、輸入の関税が高額であることも無視して大量に買い付けたと。酒が手放せなくなり、重税を課しても領民が逃げるばかりで、結局は娘を売って酒代にしたのだと。

男爵が愛飲しているその酒のゴブレットからは、どこか花のような甘い匂いがした。


それから奴隷商人に事情を聞きカーナ=モンモランシー、いや『本物の』カーナが売られた娼館に調査が入り。貴族令嬢娼婦として連日のように客を取らされたあげく、身体を壊して半年前に亡くなったことが確認された。


その遺体が埋葬されるとき、娼館での箔付けのために使われていた貴族としての身分証を、黒いローブ姿の謎の人物が買い取ったことも。



カーナにまつわる詳細が明らかになれば、騎士や魔術師の士気の著しい低下だけではなく、侍従長やメイド長、近衛騎士団をはじめとした多数の高位役職者の失点になり得る。

このため、これらの情報は外部には秘匿された。





いったい、カーナと名乗っていたあの女性は誰だったのか。

本当の意味でカーナという貴族令嬢を殺したのは誰だったのか。


その疑問についての回答をナァザが知ったのは、それからほんの少し後のことである。



王城の大広間に複数の魔導師を連れて突然転移してきた黒ローブ姿の、赤髪の女魔導師。

ナァザは己の命と引き換えに、カーナの正体を知ったのだ。


その日のうちに王城が占拠され、王族が処刑され、隣国による王国の併合が発表された。




世は全て事も無し。

赤髪の魔導師は、今日もメイドとして新たな国に仕官する。

加速魔法、洗濯魔法、自己強化魔法。あらゆる魔法をメイド業務に活用しつつ。

どのあたりでギミックに気付いてもらえるかなと思いながら書きました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こ、これは正に峰不二子…!!! ボンキュッボンなんですよね!? うーんピカレスクだわ~
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