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第6話 焦燥のジェーン

ビクトリア女学院の生活が始まった。わたしは、うじうじ悩むひまもなく新しい環境に放り込まれた。見るもの聞くもの何もかもが初めてで、置いてきぼりにされないようにするだけで精いっぱいだ。


グレーのブレザーに赤いリボン、緑のタータンチェックのプリーツスカートの制服に袖を通して、わたしは姿見で全身をチェックした。どうだろう、似合ってるかな? 聞くところによると、近所でもこの制服は憧れている子が多いらしい。確かに誰が着てもかわいいデザインだ。このわたしでも、なかなか格好良く見える。


しばらくはシャロンのことなど考えるひまがなかった。一学年のクラスは2つしかなく、同じクラスになったが、特に接点もない。唯一、寄宿舎の談話室に見覚えのある本が置き忘れたままになっていたので、それを彼女の机の上に戻しておいたことがあったくらいだ。


まだちゃんとした友達ができたわけではないが、食事の時は初日に会ったグロリアやトリッシュと一緒に食べることが多い。彼女たちから学校のことやクラスメートの情報を仕入れて、わたしは、この学校でどのように振舞えばいいか頭をひねった。


パパからは無事に日本に着いたという連絡があった。ほっとしたと同時に、本格的に離れてしまったんだなと一抹の寂しさが残る。これからは誰の力も頼れない、自分で頑張るしかないんだと改めて気を引き締めた。


そんなこんなで2週間くらい経ったある日、ベイカー館でハドソン夫人から声をかけられた。


「ジェーン、ここの生活には慣れてきた? 色々覚えることがあって大変でしょう?」


「はい、まだ分からないことだらけですけど、少しずつ覚えているところです。グロリアやトリッシュが色々教えてくれて」


「同じ部屋のシャロンはどう?」


ここでシャロンの名前が出て来て、一瞬わたしは言葉に詰まってしまった。


「シャロンは……初日には学校を案内してくれたんですけど、それからはあんまり」


あんまりどころか、同じ部屋だと言うのに事務的な会話以外していない有様だ。だが、それを正直に伝えるのはためらわれた。


「そうなの。いやね、今度こそうまく行けばいいなと思って。確かにちょっと変わったところあるけど、本当はいい子なのよ。みんなに誤解されやすいだけで。こないだも私のバスカヴィルを見つけてくれたの」


「へ? バスカヴィル?」


わたしは、聞きなれない名前を耳にして聞き返した。


「うちで飼ってる犬の名前よ。室内犬だから普段は外に出ないはずなんだけど、何かの拍子にいなくなっちゃってね、それをシャロンが探し出してくれたの。お得意の推理を発揮して」


「推理!? 推理なんですか? エスパーじゃなくて!?」


「やだあ! エスパーなんて本当にいるわけないでしょう! シャロンはね、観察力がものすごいのよ。同じものを見ていても、私たちとは得られる情報量が違うの。こうして、私たちが気付かなかった真相にたどり着くというわけ。ちゃんと説明すれば納得してもらえるのに、その過程をすっ飛ばすから色々誤解されやすいけどね」


そう言えば、わたしの時も同じようなことを言っていたっけ。確かに種明かしを聞いたらなあんだと思ってしまったが、果たしてわたし一人で同じ結論に到達できただろうか。いや、絶対無理だ。同じものを見ていても、シャロンの観察力は抜群にいいのだ。ただ漫然と見ていて見過ごすということがない。彼女にかかれば、どんなものも隠し通せないだろう。


「だからね、ジェーンがシャロンと仲良くできたらなって。別にそうしろと言ってるわけじゃないんだけど、あなたは大丈夫そうな感じがしたのよ。これは女の勘ってやつですけどね」


「えっ、そうなんですか? わたしのこと過大評価してませんか?」


「別にしてないわよ。そんなわけで色々とよろしくね」


そう言ってハドソン夫人はウィンクをした。そうなのかなあ。わたしそんな風に見られていたのかとその時は不思議に思った。


グロリアとトリッシュからもシャロンの噂を聞くが、そんなにいい話ではない。悪口ではないけど、得体が知れなくてよく分からないといった話だ。愛想が悪いとか、とっつきにくいとか、何考えてるか分かんないとか、そんなのわざわざ言われなくても、一緒の部屋にいれば分かる。難事件を解決したとかの話なら興味を持てるのに、わたしはどうでもよくなって生返事になることもあった。


いや、こんなことではいけない。早く自分の居場所を見つけなければここの生活が苦しくなってしまう。女の子にとって一緒の仲間がいないというのは死活問題なのだ。人の目を気にせず自由に振舞うことができるのはごく限られた希少種である。そんな孤独に耐えるだけの強さはわたしは持ち合わせていない。家族とも離れて逃げ場所を失ったわたしにとって、ここを居心地のいい場所にするというのは至上命題だった。


時間ばかりが過ぎてだんだん焦りが出てくる。果たして自分はここでうまくやれているか自信が持てなくなっていたある日、シャロンの姉であるマーガレット・ホームズに声をかけられた。相変わらずドリルのツインテールを垂らし、腰に手を当てた状態で、自信があふれてくるような感じだ。


「新入生の、確かジェーンと言ったわね。学校にそろそろ慣れてきたころかしら?」


「ああ、はい。まだ自信ないですけど何となく」


わたしはつい曖昧な返答をしてしまった。自信がないのは本当だからだ。


「シャロンと同室のようだけど喧嘩なんてしてない?」


「はい、してないです」


「それはよかった。今まで3人も部屋変わってるからね。姉として心配なのよ。あの子擬態が下手だから」


「擬態、ですか?」


擬態? 何だそれは? わたしの頭に真っ先に浮かんだのは、虫が敵に見つからないように風景に同化するあれだった。コノハチョウみたいな?


「そう、擬態。周りに合わせることも大事なのに、無駄なことにカロリー費やしたくないとかでその辺無頓着なの。だから要らぬ誤解を招いてしまって」


何となく、先日のハドソン夫人の話とつながるところがある。わたしは黙って聞いていた。


「でも、ようやく今度は大丈夫そうな気がするわ。あなたなら長続きしそう」


「ハドソン夫人にも同じこと言われましたけど、私を買いかぶりすぎじゃないですか? 他の子と何ら変わったところないですよ?」


「それはあなたが気付いていないだけよ。あの子に必要なのは、他人に流されることなく自分の頭で考えられる友人。それができる人を求めていたの」


それならわたしは真逆なんじゃなかろうか? 他人の目を気にしてばかりで、今だってどこかのグループに入らなければと焦っているというのに。マーガレットは、わたしの何を見ているのだろうか?


「女子ってすぐに群れを作るでしょ。なのに、あなたは、2週間もたつのに特定のグループに入っていない。みんなにいい顔をしておいてどこに軸足を置くか決めあぐねている。普通なら遅いわよね」


ぎくっ。わたしが気にしているところをピンポイントでえぐられてしまった。


「それって別に褒められることではないと思うんですが……」


「あなたは今葛藤しているけれど、本音のところでは人の目を気にせず自由に振舞いたいと思ってるのよ。だからどのグループにも入る気が起きないの。そういう人をもう一人知ってるわ」


もう一人って……わたしが口を開こうとしたら、それに被せるようにマーガレットがまた話した。


「それに、あの子が談話室に置き忘れた本を机に置いてくれたでしょう。本人から聞いたわよ?」


「どうしてわたしだと分かったんですか?」


「そんなの、別の人がわざわざ部屋に入って来て置くなんて考えにくいじゃない。同室の人がやったと考えるのが自然だし、あの本があの子のものと知っているのも同室の人である可能性が高い。こんなの推理以前の話だわ」


当たり前のことをなぜ聞くんだという口調でマーガレットに言われて、もしかしてこの人もシャロンと同類なのではとわたしは考えた。


「というわけで、あなたには目をかけているからよろしくね。これでも妹のことはとても心配しているの。あの子不器用だから。ではまたね」


最後までお読みいただきありがとうございます。

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